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021:開戦(前)

「そう? なら良かった。それじゃあ、その子にはこれから伝えるってことなのね?」


「それはぁ……」


 ニコリと微笑む姉さんの視線から逃れる様に俺の目線が流れる。

 流れた先でサキさんと目が合ったので時代劇のチンピラが雇った強者にお願いするかの如く「先生、お願いします!」と心の叫びを上げた。

 どうやらそれは伝わったみたいだがサキさんは少しばかり呆れ顔を見せた。

 そしていつもの表情に戻り、姉さんへ顔を向けて話を始めた。


「お話はもう既に伺っています。その上で私とイツキ君とで話し合った結果、私達は『別れない』という結論に達しました。今日はその事をお姉さんにお伝えする為に私もこちらに同行させていただきました」


 サキさんがそう言ったものの姉さんの視線は俺の方に向いたままだった。

 姉さんは俺を見たまま口を開く。


「ごめんなさい、イズミさん。今はユキくんに話をしているの」


「すみません、お姉さん。私はお姉さんとお話をしに来たんです」


 そう言ってようやく姉さんの視線がサキさんの方へと顔を向ける。

 そして姉さんとサキさんの視線が交わった瞬間、先程までこの席の周囲だけだった重い空気が爆発したように店全体に膨れ上がった。

 女の子の明るい声で溢れていた店内は鬼気迫る一触即発の重苦しい空気に取って変わり、まるで全てが凍り付いたように静まり返ってしまった。

 喫茶店であるにも関わらず、人の喋り声は疎か、食器の音すらも聞こえない。

 重くなった店内にジャズ音楽だけが寂しく流れている。

 こんな状況なら誰でもすぐにここを離れ、店を出て行きたくなりそうなものだが誰一人として席を立とうとはしていない。

 いま席を立とうものなら有無を言わさず巻き込まれてしまいそうな、実際にはそんなことはないのだろうがそんな空気までがある。

 これは飲食店に漂っていい空気ではない。

 今すぐにでも営業妨害で出入り禁止になってもおかしくない。

 とにかく二人をなだめないと。


「二人とも少し落ち着いーー」


「何、イツキ君?」

「どうかしたの、ユキくん?」


「……なんでもないです」


 いやぁ無理無理。この二人を止めるんなら異世界転生してチート能力を持ってからでないと無理ですって。

 まずったな。穏便に済むとは思ってなかったがまさかこれほど周囲の人間を巻き込むことになるとは思っていなかった。

 俺に出来ることはほんの少しの合図ちを打って早々にサキさんが姉さんを攻略してくれることを祈ることだけだ。


「イズミさん、これは家族の問題なの。いくらカノジョだからと言っても赤の他人が口を出す問題じゃないわよ」


「私の調べでは戸籍にイツキ君にはお姉さんなんていませんでしたよ? 今も昔も。血縁関係もありませんよね? シズクさんは何を持って家族であると言っているのですか?」


「戸籍を調べた? ユキくん、この子少し変よ、この子が本当にカノジョなの? ストーカーか何かの間違いじゃないの?」


 姉さんもあまり人のこと言えないけどね。

 俺も認めたくない。認めたくはないんだ。

 しかし姉さんに対抗するにはこの場はそれを通さなければならない。不本意ではあるがまずはそれを認めないことには始まらない。


「アア、ウン、モチロン、オレノカノジョダヨ」


「何で棒読みになるの、イツキ君? 私がカノジョであることに不服でもあるの? それとも本当に誰か他にカノジョでもいるのかしら? もし、そうだったならーー」


「はい! 和泉冴姫さんは自分のカノジョであります! 間違いないであります!」


 俺は背筋を伸ばし敬礼してハキハキとその事実を肯定する。

 危ない危ない。今一瞬、何かヤバいモノが出てきそうな気配を感じた。

 地獄の釜の底から何かが這い出て来るような強烈な危機感。

 サキさーん、今日のお相手は俺じゃないですよぉ、姉さんの方ですよぉ、俺の方に敵意を向けるのやめて貰えませんかぁ。


「ああ、それから私はお姉さんを何と呼べばいいですか? 自分の姉でもなく、ましては彼氏の本当の姉でもない人を『お姉さん』と呼ぶなんてなんだか可笑しいですから」


 俺の心の声が通じたのかサキさんは朗らかな笑顔を見せながら姉さんを挑発する。

 それに言動に姉さんは眉一つ動かすことはなかった。むしろ笑顔を見せている。このくらいのことで姉さんの表情は崩せない。


「日向雫よ。下の名前で呼んで貰って構わないわ」


「イツキ君とは名字も違うのでヒムカイさんでもいいのですけどね。では私もサキと呼んでください。改めまして宜しくお願いしますね、シズクさん」


「ええ、宜しくね。サキさん」


 まずは先制は取れた様だがまだまだ足りない。

 しかし表情も声色も変わらないが珍しく姉さんから苛立ちの様なものを感じる。思いの外効いているのだろうか?

 ともかく現在の攻め手としては中々にいい調子だ。このままサキさんが姉さんを打ち負かしてくれれば俺は解放されるのだが……。


「ところでシズクさんはイツキ君を一緒に暮らす様にお誘いしたと聞いていますが、どういうおつもりなのですか?」


「どうって? 聞くまでもないわ。高校生の男の子が一人で暮らすだなんて健全に過ごせているとは到底思えないもの。特にユキくんはね。姉としてはとても見過ごせることではないわ」


「もしそうであるとしてもイツキ君はシズクさんとではなく、自分のお母様の元へ帰るべきではないですか?」


「それには貴女の知らない事情があるのよ。家族の事情がね」


「そうなのですね。確かに私はまだイツキ君のそういった事情にはまだ詳しくはありません。ですがイツキ君の保護者はそれでもお母様であってシズクさんではありません。シズクさんがイツキ君と暮らすことをお母様に御了承は頂いているのですか?」


 これは姉さんの痛い所を突いた。

 当然、姉さんは母さんや義父さんにこのことを伝えてなどいない。

 それをしたとしても二人が賛成すること等はないからだ。

 そしてこれは例え姉さんがそれを強行したとしても、法的処置で俺を姉さんと引き離すことが出来るという事実を突き付けている。

 正論なだけにこれには姉さんも反論は出来ないだろう。

 しかし姉さんがそれくらいのことで引き下がるとは思えない。


「……確かにその通りね。私も可愛い弟のことで少し焦り過ぎていたみたいだわ。サキさんのお陰で少し冷静になれたわ。ありがとう、サキさん」

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