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019:喫茶店(前)

「ところでイツキ君は何故そのお姉さんが嫌いなの?」


 俺は思ってもいない『嫌い』という言葉に目を丸くした。


「何、その反応は?」


「ああ、いえ。確かに苦手だし少し強引なところはありますが『嫌い』だとは思ったことはなかったので。むしろ姉さんのことは尊敬しています」


「へぇ、そうなの……」


 なんだかサキさんがダークで不服そうな顔をしているが気にしてはいけない。

 この表情は見なかったことにしよう。


「姉さんは何でも出来る人ですから。勉強も運動も、まるで敵う気がしません。だから尊敬はしているんです。けどそんな姉さんと一緒にいるというのはただそれだけでも凡人以下の俺に取ってはなかなかにハードなんですよ」


「そういう気持ちは私には少しわからないわね」


 そうでしょうね。サキさんもとても優秀でいらっしゃるので俺の様な凡人以下の気持ちは理解出来ませんわな。それなのに何でこの人も姉さんも俺なんかに……。


「それに姉さんは少し……いえ、だいぶ無茶をする人なので。だからそんな姉さんと一緒に暮らすというのは俺の本意ではありません」


「そうね、私としてもカレシが血の繋がらない『お姉さん』と一緒に暮らすなんてことは安易に許可できないわ。例え一度は姉弟の関係だったとしてもね」


「……そう、ですよね」


 これってカノジョの許可の必要な案件だったのか。知らなかった。

 まぁしかし、もしこれが二年前の『あの日』よりも前のことであったのなら、俺は姉さんに着いて行ったのだろう。

 だが今は違う。あんなことはもう御免だ。

 あんなことにはなってはならない。

 だから俺は姉さんとは一緒に暮らすなんてことは出来ない。


「今日の放課後、私も一緒に行くつもりだけど問題ないわよね?」


「ええ、もちろん。是非お願いします」


 姉さんに対抗するには俺自身はあまりに無力だ。

 そもそも姉さんに敵対して勝てる人間なんか想像もつかない。

 しかし優秀さで言えばサキさんも負けてはいない。

 使えるものは全て使う。

 今はとにかく姉さんの監視生活、もとい姉さんとの同棲だけは阻止しなくては。


 そして放課後。俺の人生を賭けた決戦の刻はやって来た。

 おかげで昼休み後の授業は全く頭に入って来なかった。

 あ、それはいつも通りだったな。

 学校が終わった後、サキさんと校門前で合流。姉さんから送られた位置情報のカフェへと向かう。自分達と同じ制服を着た生徒達から奇異の視線に晒されながら。

 サキさんには同情や哀れみの様な視線が送られ、俺には怒りや呪いの類いの視線が送られている。一体俺達の関係は周囲にどのように伝わっているのだろうか……いや、知りたくもないな。

 そんな視線に晒されているにも関わらずサキさんの歩みには陰りは見られない。やはり周囲からの視線には馴れているのだろうか?

 ふと覗いたサキさんの表情はいつも通りだった。やはり何も感じていない様だ。しかし何故だろう、いつもと同じ表情であることに少しだけ違和感を覚える。

 そんなことを考えている間に目的の場所に到着した。


「やっぱりここか……」


 そのカフェが何処なのかは位置情報を貰った時から大体察しはついていた。

 そこは先週の学校帰りに元カノの淡路と来た最近この辺りで流行っているらしい喫茶店だった。

 『カフェ』と呼ぶよりも『喫茶店』と呼ぶ方がしっくり来る店構え。

 店の前には黒板が看板代わりに置いてある。

 そこには『Café jardin miniature』と書かれている。

 前に来た時もそうだったが……読めない。かふぇ、じぁるでんみにちあ……何?


「ジャルダンミニアチュール。フランス語で『箱庭』という意味ね」


 黒板を凝視している俺が読めないことを察してかサキさんが読み上げてくれた。さすがはお嬢様、フランス語も堪能な様だ。


「イツキ君はここに来たことがあるの?」


「えっ、どうしてそう思ったんですか?」


「ここに来るまで地図はあまり見ていなかった様だから、来たことがあるのかと思って」


 さすがサキさん、観察力も鋭い。

 ここで元カノの話を出すのか? しかしサキさんはその話を聞いてどうなる。怒り出すのではないか? 少なくとも良い気はしないだろう。

 今は俺の人生において重要な一戦の前。

 今、サキさんに不機嫌になられては困る。サキさんには出来るだけ最良のポテンシャルで試合に挑んでもらいたい。

 ここは淡路とこの店に来たことは付せて置いた方が良いのだろう。


「いえ、店は知っていましたが実際に入るのは初めてですね」


「そうなの? まあ、いいわ。では入りましょうか」


 サキさん物怖じせずに店の扉へと進む。

 やはりサキさんを連れて来て良かった。

 俺一人だったらこの扉を開ける前に逃げ出していたかもしれない。

 そして結局姉さんに逃げ場を潰されて敢えなく御用となるのだ。

 しかしその点、サキさんがいれば否が応にも引きずり回されることになる。

 だから問題はない。……あれ? これって問題ないことか?

 先に進んだサキさんを追い越して俺が先に扉の前に立つ。

 サキさんは姉さんを知らないし、サキさんを連れて来たのは俺だ。

 ここは俺が先に店へと立ち入るべきだろう。

 扉は自動ドアではなく、開き戸になっていた。取っ手を握り扉を開くと扉の上に掛かっていた鈴が鳴る。

 内装もなかなか凝っていてアンティーク感のある店だ。中は申し訳程度の音量で雰囲気のいいジャズ調の音楽が掛かっている。

 こういう店はそれほど広くないイメージを持っていたのだが、結構広いファミレスくらいの広さがある。

 「箱庭」と言うには少し広すぎるとも思ったが、ほとんどが女性で占められた客席は確かに『華』やかであり、箱庭と言うネーミングも間違いではないと感じられた。

 扉の鈴の音を聞いた店員と思われる少女がカウンターから飛び出て出迎える。メイド服の様な衣装の少女だ。年は俺達と近そうだがバイトだろうか。

 良くみるとメイド服ではないのだが白と黒のコントラストがメイドを連想させる。もしかしたら俺が知らないだけでこの衣装もメイド服なのかも知れない。

 ただこの衣装を制服にした人間は恐らくはそういう意図を持ってやったのではないだろうか。そういう臭いを俺は感じていた。


「いらっしゃいませぇ。二名様で宜しかったでしょうかぁ?」


「ああ、連れが先に入っているはずなのですが……」


 先に来ているはずの姉さんの姿を目で探す。

 一目見ればすぐ判ると思うのだが、何分広い店内なので全体を見渡すのは一瞬とはいかなかった。

 店の半分程を見渡したところで目の前の店員が口を開く。


「この間のお客様ですよねぇ? ほらぁ、前に来た時に注文を取ったの私ですよぉ! 覚えてますかぁ?」


 顔は覚えていないが口振りからするとどうやら淡路と来た時に会っているらしい。しかしこれは不味い。サキさんにここに来るのは初めてだと言ってしまっている。今は何とか誤魔化さなければ。


「ひ、人違いではないですか? ほらお客も多いみたいだし他人のそら似ですよ、きっと」


「いいえ、ちゃんと覚えていますよぉ! 何たってバイト初日に初めて接客したお客様なんですからぁ! あ、でも今日は違う女性ですねぇ……。もしかして浮気ですかぁ? だめですよ、浮気は、メッ!ですよぉ」


 何が「メッ!」だ。ペラペラと客の情報を口に出すな。

 ほら俺の後ろにいる御仁からどす黒いオーラが漏れちゃってる! 溢れ出ちゃってる! 振り向かずとも伝わって来てる!


「……イツキ君?」


「な、なんでしょうか、サキさん?」

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