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017:土下座(前)

「それじゃあ明日、学校が終わったらカフェで待ち合わせしましょう」


 姉さんはそう言って俺の携帯端末にその店の位置情報を送信するとすんなりと帰って行った。

 姉さんが居なくなった部屋で俺はやっと心の平穏を……取り戻すことなんて出来なかった。

 ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい。

 どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう。

 姉さんにカノジョと別れる約束をしてしまった。

 しかも別れた後は結局姉さんと暮らすことになるという最悪の条件付き。

 しかし俺は姉さんには逆らえない。これはもはや本能的なものだ。どうしようもない。

 完全に詰んでいる。俺の未来が。

 ふざけるな! くそっ! 人生をこんなに早く諦めて堪るものか! 何か、何か良い方法はないものか……。

 今の俺は藁をも掴む思いだった。そこで思い付いたのはいつもうざったく話しかけてくるアイツのことだ。

 女絡みの話ならツカサの奴が多少なりとも役に立つかもしれない。

 奴を当てにするのは気が引けるが背に腹は変えられない。

 早速明日にでも奴に話してみるとしよう。


 翌日は珍しく部屋を早く出て学校へと向かった。

 早くこのことをツカサに話したかったこともあるが、昨日はあれ以降一睡も出来なかったからだ。

 眠気はそれほど感じていない。徹夜でゲームをすることなんて日常茶飯事な俺にとって、これくらいのことはどうということはないのだ。

 いつもなら昼を過ぎた頃から眠気に襲われるのだが、今日に至ってはそれもあるかどうか怪しいものだ。

 クラスに一番乗り到着するのは初めてのことで、人のいない教室を朝から目にするということが新鮮さを感じられた。

 しかし今の俺にはそんな感傷的感情なんてものよりも重要な目的がある。教室に入り自分の席に着いていつ現れるかわからない奴を待つ。

 徐々に俺以外のクラスメイトが増えて来たが目的のツカサの姿はなく、結局ホームルームの時間になってもツカサは現れなかった。


「ん? なんだ、近江はまた休みか?」


 ホームルームの中、近江がいないことに気付いた教師はそのままの音量で「まったく仕方がない奴だな」と独り言を呟いた。

 『また』? そういえば確かにここ数日、ツカサの姿を見た覚えがない。

 アイツにそれほどの興味もないので気が付かなかった。

 そういえばアイツの幼馴染みである同じクラスの女子生徒も同じくだ。

 もしかしたら他のクラスにいる奴の『女友達』もか?

 ならきっと何かしらの厄介事に首を突っ込んでハーレムのメンバーでも増やしているに違いない。

 まったく必要な時にはいないとは、使い物にならないハーレム系ラノベ主人公だ。くそ、死ね。

 そもそもあんな『藁』にすがろうとしたことが間違いだったのだ。

 ならば早急に思考を切り換えなければならない。

 こうなったらこの件は自力で解決するほかないのだろう。

 まずは冷静になり状況を整理しよう。

 姉さんの目的は俺を自分の部屋に招くこと。期間はおそらく無期限。

 『カノジョ』を言い訳に使ったが姉さんがそれを言い訳だと見抜いていない訳がない。しかし言い訳とはいえそれが障害であると判断し『カノジョ』と別れるようにとも言った。

 一方の俺自身はサキさんと別れること自体には問題はない。本来なら俺自身が求めていたことだ。しかしそれによる弊害を危惧している。その方法には今後の生活に支障がないよう細心の注意が必要だ。

 だがちょっと待て。

 これは俺がサキさんと付き合い始めた当初の考えだ。

 たった数日ではあるが俺もサキさんの人柄などを見てきた。

 それに付き合っている現段階ですでに支障も出始めている。

 今であるなら別れて問題ないとは言えなくともそうするメリットもあるのではないか?

 少しシミュレーションをして見よう。


『サキさん、俺と別れてください』


『ええ、いいわよ。私もイツキ君が私には相応しくないことに気付き出した所だったし』


『それじゃあーー』


『だけど……言ったわよね? 「私が選んだ人に間違いはない」って……』


『え? ああ、そういえば言ってましたねぇ、けど誰にだって間違いはーー』


『私に間違いなんてないのよ、イツキ君。あってはならないの。だから私にはイツキ君と付き合った意味が必要なの』


『そ、そうなんですか? それじゃあ、俺はどうすれば?』


『私の犬になりなさい、イツキ君。奴隷として一生私に付き従いなさい。それが貴方と付き合った意味、私が奴隷を手に入れるための過程だったのよ。それでいいわよね、ポチ?』


『ポチ!? 犬!? 奴隷って! そんなっ!』


『犬が人の言葉を吐かないで。床に這いつくばってご主人様に尻尾を振るのが貴方の仕事よ。わかったなら「わん」と鳴きなさい』


『そんなの嫌に決まってるじゃないですか!』


『逆らうの? 私に? 私に楯突いてどうなるかわかっているの?』


『うっ。……わ、「わん」』


『声が小さくて聞こえないわね? それとも鞭が必要なの? 私、しつけは厳しい方だから』


『くっ……「わん」、「わん」!、くそぉ、わおーん!!』


 きっつぅ! 最悪だ。何故俺がこんな目に……。

 ハッ! しまった、一瞬トリップしてしまった。

 しかし流石にいくらサキさんでもこんなことするだろうか? いや、サキさんはプライドが高い……なくはないかもしれない。

 であるならやはり『あの方法』の方が得策か?

 昨日の晩に考えていたツカサが使い物にならなかった時のプラン。

 その方法ならまだ状況によって対応出来る。

 不安もあるがそれはどの方法を選んだとしても同じことだろう。

 ここは腹を括るしかない。俺の『漢』としての資質が問われている時なのだ。


 そして俺はいつもの屋上でサキさんと昼食を一緒にする約束をした。

 その昼休み、俺はそのプランを実行しその結果……サキさんに土下座して頭を踏まれている。


「ふーん、随分とお姉さんには従順なのね、イツキ君」


 この状況は俺が望んで……な訳がない。

 俺は昨日の姉さんとの一連の会話をそのままサキさんに伝えた。

 これなら別れるというのは俺の意思ではないことをサキさんに伝えることが出来、情状酌量の余地が生まれると思ったからだ。しかし結果はご覧の通り。


「イツキ君、私スイカ割りってあまり好きではないの。だってスイカが割れてしまったら中身が飛び散るでしょ、後片付けも面倒そうよね?」


「ははは、サキさん、一学期もまだ半ばですよ。もう夏休みの話ですか? でもそうですね、スイカはともかく夏に海っていうのはいいかもしれませんね」


「あら? 貴方はそこにいないのではないかしら?」


 それはどういう意味ですか?

 俺の命がもうその時にはないってことですか?


「良かったわね、イツキ君。誰よりも先に弾けることが出来て」


 顔は見えないがとってもいい笑顔な気がする。

 そして徐々に俺の頭を踏みつける足に力が入る。

 サキさんの足とコンクリートの床に挟まれた俺の頭は万力で締め付けられる様に少しずつ圧迫されていた。


「っ! サキさん、多分それ意味違う。夏に弾けるっていうのは楽しむって意味であって、物理的に頭が弾ける訳ではありませんよ? だってそれ弾けちゃったら死んじゃうから。弾けたら命が花火の様に消えちゃうから」


「そうね。せめて花火の様に美しく弾けてね、イツキ君。大丈夫、私きっと上手に割るから。それとも春なのだから『桜の様に散ってね』と言う方が正しいのかしら? そう思うと少しは儚く感じられるわね」


 サキさんの身体のサイズからは想像もしない重みが頭に掛かる。

 一体どんな物理法則でこんなことが可能なのだ!?

 くそっ! こんなことならもっと物理の勉強は真面目にしておくべきだった!

 いや、そういう問題じゃない。とにかくこのままではマズい。

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