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016:『姉さん』(後)

「嘘よ」


「……は?」


 思わず間の抜けた声が喉奥から漏れた。


「フフッ、嘘、冗談よ。その人から告白はされたけどちゃんと断ったわ」


 姉さんは腰を上げて這うようにベッドに上がり、そこに座る俺に近づき頬に触れ顔を寄せる。姉さんの吐息を唇で感じられるほど近くに。身体を動かせばすぐ『それ』に触れてしまいそうで動くことが出来ない。


「ホッとした? 安心した? 私が他の男と付き合ってるところを想像して嫉妬した?」


「……そんなことは」


 あった。もしその『嘘』が本当だったとして、俺はその相手に対してどう考えても友好的な感情を持つことは考えられない。つまりはそういうことだ。

 姉さんはそれを俺に自覚させる為に嘘を付いたのだろう。その言動は実に姉さんらしい。

 そうだった、姉さんはこういう人だった。


「私にはユキくんがいるのに他の人と付き合う訳がないじゃない。ユキくん以外の男に身体を触れられるなんて嫌よ。……本当はね、今日はユキくんを迎えに来たの」


「迎えにってどういうこと?」


「私も大学に入ってからは家を出て今は一人で暮らしているの。それでやっと準備が出来たから迎えに来たのよ」


「準備って……」


 もちろんそんな話は知らないし、聞いていない。

 基本的に姉さんは自分勝手な人なのだ。しかしそれを知る者は少ない。

 姉さんはそのことを悟られずに自分の思い通りに人を動かしてしまう。

 身振り手振り、一言二言で人の行動を誘導し、自分の思い描く結果へと終着させる。

 ただ姉さんは俺にだけはそれを隠さない。

 姉さんは知っているから、俺はーー


「場所はここからそれほど離れていないわ。悩む必要はないでしょ? またお姉ちゃんと一緒に暮らせて嬉しいわよね? お金の心配もいらないわ。これからはお姉ちゃんが守ってあげる。ユキくんは何の心配もしなくていいのよ」


 確かにそれは俺の理想の生活の一つ。働く必要はなく女の金で生活をする。

 いわゆる『女のヒモ』だ。

 断る理由なんてない。……ただそれは姉さんでなければの話だ。

 また姉さんと暮らすなんて悪い冗談だ。それも今度は二人でなんて……。

 それだけは容認出来ない。ここは何かしらの言い訳を立ててでも食い下がらなければならない。


「俺、今は付き合ってる人がいるんだ。カノジョがいるから、だから姉さんとは……」


 『カノジョがいる』。もっともらしい理由だろう。

 当然それはサキさんを想っての言葉ではない。ただの断るための口実だ。


「何人の女の子とだって遊んだって構わないわよ? これまでも女の子と付き合ったことがあるみたいだけど、でも私はユキくんを縛るつもりないの。最後には必ず私のところに戻って来るって『知ってる』から」


「そんなことは……ない」


「いくらユキくんが否定したところで事実は変わらないわ。でもユキくんがそれをそう思いたくないのであれば好きに思ってもいい。けれど、どうしたって結果は変わらない。だから私は気にしないって言ったのよ?」


 段々とあの頃の感覚が甦ってくる。

 姉さんと暮らしていた時のあの感覚。身体が重くなり、少しばかり息苦しく感じる。

 姉さんの言葉に嘘偽りはないだろう。例え本当に俺が複数の女と遊び回ろうが止めたりはしないはずだ。だがそこには本当の自由はない。

 結局それらは姉さんによって誘導され、然るべき結果へと終着する。

 それを知る俺は自由であっても自由を感じることはきっと出来ない。

 姉さんの思うままに動かされる生活しか待ってはいない。

 例えどんなことをしたって姉さんには敵わないのだから。

 マズい、否定しなくては。このままでは本当に姉さんと暮らすことになってしまう。


「……で、でも」


「無理よ、今のその子とだって上手くなんていかないわ。それにユキくんが私のこと忘れることなんて出来ないでしょ?」


 言葉が出ない。なんと言えばいい? どうしたら姉さんは諦めてくれる?

 暫く無言が続く、必死に考えようとするが全て否定される想像しかつかない。

 姉さんに言葉で反抗するなんて元々俺には無理なのだ。

 結局はこの無言の時だけが俺の必死の唯一できる抵抗。

 もしかしたらこのまま無言であり続ければ、姉さんも諦めてくれるかもしれない。諦めてくれなくても答えを先伸ばしにしてくれるかも。そうなってくれればじっくりと対処を考える時間が出来る。


「……しようがないわね」


 姉さんの身体は俺から離れベッドを降りた。


「わかったわ、ユキくんがそれでも気になるって言うのなら」


 やっと諦めてくれたか? 淡い期待に賭けていた俺はその瞬間安堵した。

 しかし次の瞬間には思い出した。そうだった、そんなことは姉さんに限ってあり得ない。諦めるなんてことは姉さんに限ってありえないことだ。

 自分の思い違いに気付いた時、その言葉が告げられた。


「明日、カノジョと別れて来て」


「え?」


「どうやらユキくんは今付き合っている子のことが気掛かりなのでしょう? 私はユキくんを縛るつもりはないって言ったけど、でもそれは私の『モノ』になった後の話よ。私のところに来るのであればその子とだっていくらでも遊んだって構わない。けれど、その子が私のところに来ることの出来ない理由なのだと言うのなら話は別よ。だから明日、その子と別れて来て」


「そ、そんなこと出来るわけ……」


 それはサキさんと付き合い始めた時から俺がずっと悩んでいる問題だ。

 それが出来るなら俺だってとっくにやっている。

 そんなに簡単な問題ではない。


「ユキくん、『出来る』……わよね?」


「……わかった」


 それでも俺はーー姉さんには逆らえない。

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