013:一年生
そして放課後。
俺はホームルームを終えてすぐに一年生の教室のある二階へ向かった。
1-B、それが淡路のクラスだったはずだ。
クラスの前まで来るとこちらの教室もホームルームを終えてわらわらと一年生が教室を出て行っている。
教室を出ていく集団の中に淡路の姿を見つけることは出来ず、教室の中にも残ってはいないようだ。
今日は休んでいたのか、それとも見逃してしまったのか……。
さて困ったな、どうしたものか。
仕方がない。それなら一応、あちらの方にも行ってみるとしよう。
それは隣のクラスのCクラス。
こちらはまだBクラスよりも生徒が多く残っていた。
ちょうど教室を出て行く所だった見ず知らずの女子生徒がいたので声を掛けた。
「あ、すまん、少しいいか?」
声を掛けられた女子生徒は少し怪訝そうな顔をし、俺をジロジロと見渡した後にあからさまに嫌そうな顔をした。
君は表情を顔に出さない練習をした方がいいよ。そんなんじゃ社会に出てから大変だよ?
どうやら俺の悪名は一年生にも知れ渡ってしまった様だ。
まあ、一年生と絡むことなんてほとんどないのだから気にする必要もない。
「『淡路』って子はいるか?」
「淡路さんに何の用ですか?」
「あー、ちょっと話がしたいだけ何だが」
気乗りしない様子で彼女は教室の中へ引き返し、一人の女生徒に耳打ちする形で声を掛けた。
その耳打ちを聞いた生徒は一度チラリとこちらを見て席を立ち、すごすごとこちらへやって来た。
「久しぶりだな、淡路『妹』」
「何か用、ですか……」
彼女は『淡路夕花』。
俺の元カノ『淡路朝花』の双子の妹。
相変わらずの無表情で警戒心マックスだ。
昨日はああだったが本来の朝花は大人しめで基本的には社交的な女の子だった。
だが妹の夕花の方は人見知りが激しく会話が成立しづらい面がある。
そして俺も彼女との面識は決して別に多くはない。
当然、姉の彼氏だったからと言って俺に対して心を開いているなんてことはない。
しかし双子だというのにこうも違うものか。
この双子は顔はそっくりなのだが見分けるのは結構楽だ。
姉の朝花は前髪を上げているが、妹の夕花はいつも前髪で目元を隠している。
何より纏っている雰囲気が違う。夕花からは独特な雰囲気を感じる。俺はこの雰囲気が苦手だ。もしかしたら俺も似たようなものが出ているのかもしれないが、同属嫌悪という奴だろうか?
「あー、姉の淡路の方に用があるんだが中々捕まらなくてな。会える様に少し協力を頼みたいのだが」
正直、ダメ元の頼みだ。
普通に断られる可能性が高い。と言うか、まず断られるはずだ。
この姉妹は仲がいい。
付き合っていた頃に聞いた話だと、お互いに何でも話をする仲だとか。
昨日の一件のことも聞いている可能性は高いし、この言い方だと姉である朝花が自分の意思で俺を避けているようにも聞こえる。実際の所は不明だが。
そしてこの夕花が姉の望まぬことをするとは思えない。
しかし姉の朝花と話をするなら出来るだけ早い方が好ましい。ほんの少しでも可能性があるなら誰であろうが妹であろうが声を掛ける。
今自分に出来るだけのことはしておいた方が良いだろう。
「……」
「……」
考えているのか、それとも無視されているのか。
表情は変わらず、前髪のせいで視線も読めないので何を考えているのかまるで読み取れない。
「……えっと、どうだろうか?」
沈黙に堪えきれず答えの催促をする。
沈黙の続いている間は息苦しくて仕方ない。
「困る……」
『そんなこと言われたって困ります』と、いう意味でいいのだろうか?
基本的に夕花との会話では単語から前後のセリフを予測して話さなければならないことも多い。面倒なことこの上ない。
しかしこの一言だけでは引き下がれない。
当たって砕ける覚悟はしているのだ、完全に砕けるまでチャレンジする。
「結構大事な話なんだ。そこを何とか頼めないか?」
「……」
「……」
この間が煩わしい。早く答えてくれ。窒息死してしまう!
「無理……」
あ、完全に砕けたな、これ。返ってきたのは拒絶の言葉。
まあ、仕方がない。最初から判っていたことだ。
『もしかしたら』、『あるいは』程度の期待しかしていなかったのだから落胆することもない。
「そうか、わかった。なら他の方法を考えるよ。すまなかったな」
しかし判っていても面と向かって断られるというのは思いの外ダメージがデカいということも解った。
思ったよりも自分の精神力は打たれ強くはなかったようだ。
今度からはもう少し考えて話すとしよう。
「……待って」
「ん?」
彼女から引き止められることは想定していなかった。
一体何だろうか? 話は今ので終わったと思ったのだが。
「今は……無理。だから少し待っていて……」
つまり先程の『無理』という単語は『今は無理』ってことだったってことか?
なるほど先ほどの『無理』にはそんな意味が……って解るか!
いや、しかしこれは思ってもいなかったチャンスだ。
だがこちらから頼んでおいて何だが、彼女は何故協力してくれる気になったのだろうか?
この行動は姉に対する裏切りにはならないのか?
「いいのか? 理由とか聞かなくて」
「大体のことはわかってる、と思う」
その『大体』とは誰の視点からなのだろうか。俺なのか、淡路なのか、それとも他の第三者の視点なのだろうか。それによってその『大体』の内容は大きく変わって来るのだが。
それでも彼女の協力を得られるのは大きな成果だ。ここは無駄口を挟まずに彼女の好意に甘えるのが得であるのだろう。
「そうか、ありがとう。で、待つってどのくらい?」
「……数日」
「オーケー、わかった。待つよ」
「準備出来たら、こちらから連絡する……」
「ああ、宜しく頼む」
話を終えるとすぐに一年の階から自分の二年の階に戻って来た。
よしっ! 淡路自身と話が出来た訳ではないので手放しには喜べないが、妹の夕花の協力を得ることが出来たのは大きい。
今日も何もなかったら流石にサキさんへの報告の言い訳を考えないといけないと思っていたがこれなら報告出来る内容だろう。
早速、サキさんへ報告の一報を文面にまとめ送信した。
するとすぐに答えが返って来た。
『そう、なら今日は勉強する時間はあるわね。貴方の家の前で待っているわね』
……ああ、勉強の件。すっかり忘れていました。




