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プロローグ

 とある放課後。

 俺は喫茶店に来ていた。

 この喫茶店はいくつかの学校からも近くにあることから、学生に人気があり、店内も広く、うちの学校の生徒も良く利用する喫茶店だ。

 特に女子生徒には人気が高く、約7割は女性客で埋まっている。

 俺はホットコーヒーを啜りながら、同じ席に座っている見目麗しい二人の女性の挙動を観察していた。

 俺の隣にいる彼女は、『和泉冴姫(いずみ さき)』。

 最近出来た同い年で高校二年生の俺のカノジョ。

 綺麗なロングヘアに凛とした佇まい、幼さは少し残るものの端正な顔立ちからは高校生とは思えない艶っぽさを醸し出している。

 線は細いが出るところはしっかりと出ている。むしろ主張し過ぎなくらいに。

 身長の方は平均よりも高め。

 美少女と呼ぶには少し艶やかさが強いと思うのだが、本人にそれを言うと怒られそうなのであえて『美少女』ということにしておこう。

 そしてテーブルを挟んで俺の正面にいるのは『日向雫(ひむかい しずく)』。

 三つ年上の大学二年生、過去に俺が姉と慕った女性。

 清楚さの象徴である長い黒髪、切れ目に泣きボクロ。

 彼女の笑顔以外の表情はあまり見たことがないが、その笑顔や瞳からはどこか冷ややかな雰囲気を感じさせる。

 それが彼女のミステリアスさをより際立たせており、サキさんと比べても強く『大人の女性』としての魅力を放っている。

 スタイルもサキさんには負けていない。

 その二人は優しげな笑顔でお互いを見ている。

 しかし和やかな雰囲気などは一切感じられない。

 ああ、しかしこのコーヒー美味しいなー。人気があるのも納得だー。

 俺がカップを口から離したところで、

 正面の美女の視線が俺の方に流れてきた。


「ところで『ユキくん』。サキさんとはいつ別れるつもりなの?」


 う、うわぁ、姉さん最初っから飛ばすなあ。

 普通ににこやかなのが余計に怖い。

 姉さんが言う『ユキくん』というのは俺のことだ。

 姉さんの言葉に間髪入れず、隣に座るカノジョが俺の代わりに応える。


「何を言っているんですか、シズクさん? イツキ君は別れるつもりはありませんよ。イツキ君は私と一緒に大学に行って、二人で卒業したら結婚したいと思っているんですから。ね、イツキ君」


 い、言った覚えがない。

 そんなこと話はした覚えがない。

 一体いつの間に結婚なんて話が!?

 だが今それを口にすると、とんでもないことになりそうなので、それは止めておく。

 サキさんの方もにこやかではあるけれど、こちらは負のオーラが隠しきれていない。

 姉さんへ向けての敵意のようなものが、ピリピリと伝わってくる


「じゃあ、サキさん。貴女がユキくんをフってくれるかしら? 貴女にユキくんは勿体な……じゃなくて、ユキくんに貴女は勿体ないわ」


 姉さん、今のはわざと間違えたな。


「容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能……高い容姿と能力を持っているのだから、貴女に釣り合いの取れる男性とお付き合いするべきじゃないかしら?」


「お気遣いありがとうございます。でもそれはシズクさんも同じですよね? それにイツキ君は容姿『だけ』は釣り合いは取れています。中身はこれからどうとでも出来ますから」


 あ、容姿『だけ』なんだ。

 中身が伴っていないのは俺も自分でわかっていたけど、言葉にされると辛いものだ。

 しかし「どうとでも出来る」って俺、何されるの?

 どうにもならなかった時は俺どうなっちゃうの!?

 手錠と注射器を持ったサキさんの姿が頭に浮かんだ。

 俺はそれを想像して一瞬身震いを起こした。

 サキさんならやりかねない。


「なにより私達は愛し合っているので、未来永劫、別れることはありえません。死が二人を別つまで。そうよね、イツキ君?」


「ああ、まあ……」


 わあ、すばらしい笑顔。

 これはどうにもならなかった時は『死が二人を別つ』ことになりそうだ。


「あらあら、おかしなことを言うのね。ユキくんが世界で一番愛しているのはお姉ちゃんの私よ。そうでしょ、ユキくん?」


「えっと、それはぁ……」


 あははー、姉さんは昔から負けず嫌いだからなー。


「ハッキリ言ってあげていいわよ、イツキ君。このまま勘違いしたままじゃ、シズクさんが可哀想よ」


「ユキくん、この子に教えて上げて。恋人程度では家族の絆には敵わないってことを」


 マ、マズいな。

 判っていたことではあるが、これ以上この二人を一緒にしておいても良いことはないだろう。早く二人を引き離さないと。

 そうだ、ここは男である俺がビシッと言ってやる! ビシッと!


「あ、あのぉ、二人とも今日はこの辺で……」


 二人の視線が俺に向く。

 何故だろう。ふたりとも表情は変わらず笑顔なのに睨まれてる気がする。

 俺の本能がこれ以上立ち入るなと警報を鳴らしている。

 しかしここで立ち入らないと結局は俺が窮地に立たされる。

 店内で交わされる不穏な空気とその会話に、チラチラと周囲からの視線が集まっているのを感じる。

 い、居心地が悪い。


「また来てるわよ。あの人たち」


「『また』修羅場ってるわね」


「あの男、この前は別の女の子連れて来てたわよ」


「クズよ、クズ」


 あのぉ、聞こえてるんですけどぉ。

 そういうことは本人に聞こえないように話して欲しいんですけどぉ。

 確かにクズかも知れないけど、クズだって傷付くんですよ。

 そもそも俺は女にだらしないタイプのクズではなかったはずなのに。

 俺が周囲に気を奪われているうちに、二人の会話が再開される。


「そもそもシズクさんは、イツキ君とは家族ではありませんよね? 血縁的にも、戸籍的にも、今は『ただの他人』ですよね?」


「三年間も一緒に暮らしていたのだからもう『家族』よ。それにユキくんだって私のことを『お姉ちゃん』って呼んでいるわ」


「へぇ……でも私の記憶だと、イツキ君は『姉さん』としか呼んだことはなかったと思いますけど。『お姉ちゃん』なんて甘えたような呼び方はしていませんでしたよ。ああ、そうかぁ、しばらく離れていたから姉への想いも冷めてしまったんじゃないですかぁ? 時間の経過で家族の絆とやらも薄れてしまったんですねぇ」


 ここぞとばかりにサキさんが攻める。

 なんとも楽しげに言葉を投げ掛けるものだ。

 女って怖いのだと改めて知ることとなった。

 しかし姉さんはこの程度では……。


「ふふ、貴女は知らないのは当然よ。ユキくんは『あの時』は私のことを『お姉ちゃん』って呼ぶのよ」


 ブッ!

 口に含んでいたコーヒーを吹きこぼしそうになった。

 こ、この人はこんなところでなんてことを!


「は、はぁっ!あ、『あの時』っ!?」


「そう、『あの時』よ♪ あまり恥ずかしいことを言わせないで欲しいわ」


 そう言いながらも姉さんの表情は少し頬を赤くさせ、嬉しそうに微笑んでいる。


「イツキ君っ!」


「い゛っ!」


「やっぱり貴方、まだこの女とぉっ!」


 どうやら姉さんのカウンターが見事に決まったようだ。

 サキさんは完全に取り乱している。

 涙目で俺の首元の服を掴み、それを交差させて首を絞める。

 喋る余裕がある分にほんの少しの弁解のチャンスを残しているようだ。

 ここで弁解しなければ俺は死ぬ!


「ち、違います!昔のことです! それに『あの時』は、そう呼べって姉さんが!」


「あら、そうだったかしら? ふふふ、でも『あの時』のユキくんはとっても甘えてきて可愛かったわぁ。ああ、貴女はまだだから知らないのね。ユキくん、我慢しなくていいのよ? してくれない女の子なんて放っておいて、今晩にでも私の家で……」


「ふしだらです! 不純です! 不健全です! それに倫理的におかしいです! 『弟』とそんなことをする『姉』がどこにいるんですか!」


「ここにいるわよ♪」


 今日一番の笑顔で姉さんはそう答えた。

 その瞬間、サキさんの瞳から光が失われた。


「イツキ君……やっぱりこの女、殺すわ」


 そう言いながらサキさんが鞄の中に手を伸ばす。何が入っているのかは知らないが『それ』を取り出すのはヤバい! なんとかなだめないと!


「サ、サキさん、少し落ち着いて……」


 サキさんの手が止まる。

 だがまだ瞳に光は戻って来ていない。

 光よ、頼む! 戻って来てぇ!

 じゃないと俺の命の灯火まで消えちゃう!


「……イツキ君は、どっちの味方なの?」


「ユキくん、正直に答えていいのよ?」


「え!?」


「イツキ君っ!」

「ユキくん」


 ひ、ひぃ~~~~~~~っ!

 ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバいっ!

 この状況でどちらかを選ぶ!?

 どちらを選んでも地獄行きしか想像できないんだけど!


「お、俺は……」


 サキさんを選ぶ?

 無理だ。それを口にする前に姉さんにラチられて拷問されかねない!


 姉さんを選ぶ?

 そんなことしたらその瞬間、この喫茶店が殺人現場になりかねない!


 なら俺に出来ることは!


「ふ、ふたりとも……大好きですよ」


 喫茶店中から「はぁ」とため息が漏れるのと「ちっ!」という舌打ちが聞こえてきた。

 仕方ねえだろ! この状況でどう答えろって言うんだ!


「ふぅ……もう、全くしようのない子ね」


 姉さんは軽く息を吐いた後、いつもの笑顔でそう言った。

 やはり姉さんは許してくれた。

 姉さんの方は自分ではない方さえ選ばなければ、怒らないという自信があった。

 しかし、問題はサキさんの方……。

 サキさんの様子はーー


「なんで……」


「さ、サキさん?」


 サキさんはプルプルと肩を震わせて俯いている。

 声を掛ける台詞を考えていた次の瞬間、サキさんは涙を溜めた顔を上げ、右の拳を強く握っていた。


「死になさい! このクズぅ!」


 ですよねー。

 サキさんの拳が綺麗にみぞおちに決まる。

 痛みはそれほど感じない。即座に意識が失われていく。

 だが意識を失うまでの時間がスローモーションのように、ゆっくりと流れていた。

 そんな薄れ行く意識の中、ここ最近の事が走馬灯のように頭に流れて込んで来た。


 それは俺の、『壱岐 幸葛(いつき ゆきかづ)』の記憶。

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