第6話 旅立つ目的地は…冒険の世界
朝日が差し込み、窓際に小鳥達が羽を休めていた。
今日もいい天気のようだ。さえずりがうるさくて、リーリオは目を覚ました。
まだ頭がぼーっとしていて、ここの天井と部屋の中を見渡しす。
「……そっか。今日は……宿屋だ。」
自分に確認を取るかのように独り言をいうと、部屋を二つに仕切っているシーツの向こ側が気になった。
「あ…、あの…。おはようございます。ヴァラン様。」
リーリオは、昨晩は自分の方が早く寝たので、ヴァランがいつ頃まで飲んでいたのか知らない。だから、まだ寝ているかもと思い、小さい声で挨拶してみた。
返事はない。
まだ寝てるのかな…とも考えたが、なんとなく人の気配がなかった。
リーリオは、まだ自分も下着姿のため 見られないようにと しっかりと掛け布団に体を包んむと、プライバシーを尊重しつつ、隣の様子をうかがおうと、ベッドの足下の方から、吊るされたシーツの向こう側をゆっくりと覗き込んだ。
「………。」
あれ? 確かに、隣のベッドに敷かれたシーツのシワから察すると、使われている感じはあった。しかし、なんか違和感がある。
リーリオは、自分のベッドの上に体勢を戻して 女の子座りをしながら その違和感がなんなのか考えた。「………。!!」
そして、慌てて、も一度、さっき見た隣のベッドの端を覗き込む。
やっぱりだ! 床に置かれていた筈のヴァランの持ち物が無くなっている!
リーリオは、勢い良く、二つの部屋を仕切るために吊るされていた大きなシーツをまくり上げた。
「いっない〜〜〜〜!!!」
横に置かれたもう一つのベッドで寝てる筈の大男が 荷物ごと消えていた。
リーリオは、慌てて、旅用に買った服を着る。キュロットとシャツは、普通の町服と大差ないので問題ないが、その上に着る、皮の鎧と、ショルダーメイルのついた厚手の上着を着るのは、まだ大変そうである。その後、盾を取り付けてあるバッグを背負い、武器も忘れずに装備する。
そして、部屋の扉を勢いよく開け放つと、激しい音を立てながら一階の受付まで転がるように降りてきた。
「おじさん! おじさん!! 男は!? 私と昨日、一緒にここに泊まった男の人、知りませんか!?」
宿屋のオヤジは、いきなりまくしたてる少女を やれ、やれ…という感じで見下すと。
「その男なら、朝早く、出て行ったよ。荷物も持ってたし、もう旅に出たんじゃないか。」
そうあっさりと言われてしまい、リーリオは呆然とする。
「お嬢ちゃん、何かしたんだろう。 そんな様子じゃ、とてもこの国にふさわしい女性とは言えないみたいだし…。ホラ、女性はもっと、しおらしくしないと。 男に選ばれないってコトさね。」
オヤジは、リーリオに背中を見せて、なにやら作業をしつつ、さもリーリオとヴァランたちを見てきたかのように言った。その言い方に いつものリーリオなら嫌悪感を抱いただろう。しかし、今はそれどころではない。
「どうしよう…。」
どうしよう。どうしよう。どうしよう〜〜〜!!
確かに、今日は、ヴァランと別れる覚悟はあった。 あったつもりだった。
でも、別れの挨拶も無く、捨て子のように取り残されるとは考えていなかったのだ。
解っていたつもりでも、状況が唐突すぎる。 心の準備も。覚悟を決める時間も。
全くなかったのである!!
少しは、わずかな可能性を信じていたのかもしれない。もしかしたら、突然、彼の気が変わって、自分をガーネシア王国へ連れて行ってくれるかも…。そんな 夢の様な甘い事を期待していなかったと言ったら嘘になる。
でも、これなないだろう〜〜〜〜〜!!!
リーリオの心に殺意が芽生えていた。
「おっ。やっと起きてきましたね。」
ひょーひょーとした軽そうな声。これは、カウルさんだ。リーリオは、取り残された怒りを顔に残しながら、無言でカウルを睨みつけた。
「あ、怒ってますね。 まぁ、そりゃ。怒るか〜。怒るよね〜。」
それを聞くと イライラが募る。リーリオは、カウルに食って掛かった。
「カウル様! ヴァラン様はどこですか!! 朝になったら居なくなるなんて、ひどいですよ!!」
その凄まじい剣幕に、両手の平を前に向けてリーリオをなだめる様な仕草をしつつ、カウルは答えた。
「ヴァランさんには、用事があるんだよ。それも 大変危険な用事が。 それに、きっとリーリオちゃんと顔を合わせて別れるのが、辛かったんじゃないかな…。」
当然、リーリオよりも付き合いが長いであろうカウルにヴァランの気持ちをそう代弁されてしまうと、罵倒の言葉も言いにくい。
「でも、でも〜〜〜っ!! お世話になったんです! すっごく救われたんですよ!! 一緒に来てもらうのが無理なのは解ってました!! だから、今日は、ちゃんとお別れを言おうと心に決めていたのに!!!」
そう、泣きながらカウルに訴えるリーリオ。
「その言葉、おいらがいずれヴァランの旦那に伝えておくよ。だから、さぁ。今は、なっとくしてくれよ。」
カウルは、困ったようにリーリオをなだめる。
「それにホラ、これを預かってるんだ。」
カウルはそう言うと、小さな赤いマントをリーリオに手渡す。
「これは…?」
「ヴァランさんからリーリオちゃんへって。預かったんだ。キミの新しい旅立ちに餞別だってさ。 ヴァランさんも出来ればキミをガーネシアに連れて行こうかと考えていたみたいだ。 だけど、無理なんだよ。 あの人には、大変な旅をつづけないといけない理由があるから。」
「知ってます…」
リーリオは、ヴァランがくれた赤く綺麗なマントを大切に抱きかかえながら、それに顔を埋めて小さな声で答えた。
「詳しくは話してくれなかったけど、とても大切な旅なんだろうと思ってました。」
「……」
カウルは、小さな少女が これから一人で危険な旅をしようとしているのに、他人の事を気にする優しさと強さを持っていることに驚いた。そして、すこし意地悪をして、明かす事をわざと遅らせていた事を語る。
「実はさぁ、ヴァランさんに頼まれた事は、もう一つあるんだ。」
リーリオは、なんだろうと、カウルの優男らしい笑みを浮かべた顔を見上げた。
「この俺が、キミを無事にガーネシア王国に連れて行くようにと。」
その言葉を聞いて、鳩がまめ鉄砲を食らったような顔をするリーリオ。
「え? それって………本当なんですか?」
信じられない。信じられない。信じられない。
リーリオは、まさかヴァランがここまでしてくれるとは思っていなかった。
「もちのロンだよ〜♪ か弱き少女をお守りする、この騎士カウルが、あなたを命に代えてもお守りする所存。 どうか、この手を取って、いざ、二人の甘い 甘い あま〜〜〜い旅路へと赴こうじゃ あ〜〜〜りま せんかぁ〜〜〜〜〜♪」
カウルは、リーリオの前に膝ま付き、芝居がかった口調でそう語ると その細い指を綺麗にそろえて、やさしく差し伸べてきたのだった。
リーリオはしばらくその手を取るか悩んだ。
そして、「ありがとうございます。これからよろしくお願いします。」と、まるでカウルの告白を断る様な感じで 90度の見事なお辞儀を返すのだった。
そのリーリオの態度を見て、「アラ? お姫様になるのは……お嫌ですか?」と、残念そうに苦笑いをする。
「あなたとの甘い旅は、嫌です。」
きっぱりと 言い切るリーリオだった。
「でも。このご恩は一生忘れません。本当に、本当に。引き受けてくださって、………ありがとうございます。」
カウルに、体を振るわせながら、感謝の言葉を繰り返すリーリオ。そんな少女を 茶化して申し訳なかったなと後悔し、気まずそうに立ち上がったカウルは、照れたように頭をかいた。
そして、そんなリーリオを見て カウルは、この仕事はやりがいがあるなぁ〜と心から思った。
しばらくして、泣き顔を綺麗に直し、赤いマントを付けたリーリオが宿屋から出てきた。
「用意はいいかい?」
カウルは、やさしくリーリオに訪ねる。
「はい。」
力強く。返事をすると、しっかりと前を向いて リーリオは自分の一歩を踏み出すのだった。
これから、本当の旅が始まる。
この道を残していってくれたヴァラン様の好意を無駄にしないためにも 私は、絶対にくじけない自分になろう。
そう、少女は堅く決心した。
時間はもうお昼前である。
カウルと一緒に町を歩くリーリオ。
「あの…、カウル様」
仰々しく、敬称でカウルの事を呼ぶリーリオに
「あ〜、そのカウル様ってのは、やめようよ。 これから一緒に旅する仲間なんだし。カウルでいいよ。リーリオちゃん。」
「そ…そうですか。それじゃ……。カウルさんとお呼びしてもいいでしょうか?」
「まだ堅いけど、それは仕方ないか。 昨日出会ったばかりだからね。それでいいよ。」
軽く、そう流したカウルだったが、先程 リーリオが話しかけてきた事を忘れてはいない。
「で、なにかな? なんか言いかけてたでしょ?」
「あ、はい。できれば、昨日。ヴァラン様とこの町に入ってきた門から出たいのですが…」
リーリオにそう言われて、「え? それって、東門だよね? それだと遠回りになるよ。俺の地竜は、西門に預けてあるんだ。」と返したのだが、少し考えて。
「そうだな。少しばかり遠回りしたって、全然構わないしね。わかった。そっちから町の外に出よう。丁度、買わないといけない物もあって、その店に寄ると 出口はそっちの方が近くなるしね。」
そう言って、しばらく町の中の小さな路地をクネクネと抜けていくと、カウルは、最初に目指していたお店に入った。
「ここは…。馬具屋ですか?」
「そう。ホラ、おいらの地竜に付いている鞍は、今は独り用なんだよ。要るでしょ、愛を育む二人用の鞍が♪」
満面の笑みを浮かべてカウルはリーリオにそう言った。 あからさまにドン引きしているリーリオだった。
そして、しばらく鞍を見回して…。
「これにしましょう。荷物台に取り付けるタイプのヤツです。値段も安いです。」
リーリオは、一体型の長椅子の様なのをまじまじと見ていたカウルがそれを買う前に提案した。
「え? それだと乗心地、悪いよ。」
心配そうなカウル。しかし、リーリオにはお見通しだった。
「それって、カウルさんが。ですよね?」
にっこりと微笑みながらも リーリオは、ベッタリと体が密着するであろう鞍を拒絶する。
「な…なにを、おっしょあぁっているのか……しょおせいには…わかりまぬなぁ〜。」
笑ってごまかすカウル。
そもそも、自分のような子供に興味を示しているだけでも要注意人物かもしれないのだ。
いや。間違いなく、危険分子だ。とリーリオは認識していた。
もっとも、からかわれてるだけというのも十分解ってはいるのだが…。
カウルは、リーリオが選んだ鞍を購入した。
そして、門へ向かう。
もう、お昼である。食事はお弁当を買って、途中で食べようと言うカウルの提案に、旅を急ぎたいリーリオも賛同する。
足早に食事を買い込むと、もう門は目と鼻の先のようだった。
ここからは、大通りを通っていく。ヴァランと一緒に歩いた道だ。そして、目の前に門が現れる。
リーリオは、昨日、ヴァランと一緒にくぐった門を見上げた。
そして、どうしようない寂しさと、感謝と、怒りが込み上げてくる。
何も言わずに去っていってしまった意地悪なヴァラン。
そして、問題は多そうだけど、信頼できる新しい旅のお供を用意していってくれた優しいヴァラン。
その相反する二つの気持ちが 押さえ様のない想いとなって、リーリオの胸の中で急激に膨張し巨大化していった。
リーリオは、いつの間にか門に向かって走りだしており、下を向いて勢いよく門を駆け抜けて この町に入ろうとしている人たちの間を走り抜けていく。
少し離れた竜小屋の近くまで全力で走ると、大空に向かって力一杯叫んだ!
ヴァランのォォォォ、バッキャローーーーー!!!!
お礼も言わせないなんて!! 最低のクズヤローーダァァァア!!!!
その先に広がる草原に リーリオの声がこだました。
そして、目から大粒の涙を流して。
ありがとうございましたぁぁぁぁ!!!
と、はち切れんばかりの感情を言葉に込めて、深々と一礼するのだった。
しばらく、時が止まったかのようにリーリオは、その姿勢を維持していたが、ようやく 吹っ切れた様な顔をして、面を上げると流した涙を自分の腕で拭った。
「よし。」
満足した声を出すと、一人取り残してきたカウルを笑顔で向かえようと振り向いく。
クオッゥク。
そこには、見覚えのある地竜がいた。
「あれ?」
エクレールに良く似ている。
クオック。クオック。クルルルルルルッ。
その地竜は、口先を高々と上に上げると、嬉しそうに鳴いた。
「あれ? エクレールなの? なんでまだ、ここにいるの?」
ヴァランが旅立ったのは、リーリオが ぐっすりと眠り込んでいた早朝の筈である。
どう考えても 見送れる筈はない。そう諦めて、怒りを空にぶちまけたのに。
エクレールは、頭をリーリオの脇の下に入れてきて甘える。
訳が分からず、リーリオが困っていると、居た。
ヴァランが、苦笑いしながら、片手を上げて竜小屋の壁に背を付けて座っていた。
その横で、遅れてやってきたカウルも呆れたようにヴァランに言葉をかけた。
「……何してるンすか? こんな所で。」
ヴァランは、立とうともせず、力なくため息をつくと。
「エクレールのヤツがさぁ、……朝から全然動こうとしなかったんだよ〜。」
そう言って、泣きそうになっていた。
当のエクレールは、そんなヴァランの嘆きなど気にする様子も無く、元気にリーリオの周りを走り回り、じゃれ付いて離れない。
「それじゃ…まさか。朝からここでじっとしてたんですかぁ?」
カウルもさすがに言葉を失う。
「仕方ねぇーだろう。 無理矢理立たせようとしたら、噛みやがったんだぞ!アイツ!!」
そう言って、右手に付いた歯形を見せる。エクレールにしたら、甘噛み程度なのだろうけど、すこし血がにじんでいるようだ。大の大人が涙目だ。
「……あの〜。ヴァラン様…。」
エクレールをなんとか落ち着かせて、ヴァランに向き合うリーリオ。困り顔である。
「………先程の……わたしの……そのぉ〜………叫び、……聞こえてました?」
「…………。」
そう聞かれて、ヴァランも苦笑いしながら
「そりゃ…、あれだけ大声で叫ばれたら………ねぇ。」
聞こえなかったとは、言えなかった。
「すみません。すみません。すみませんでしたぁぁぁぁ!!!」
必死に頭をさげて謝罪するリーリオ。
ヴァランもまさかこっちからリーリオ達が町を出て行くとは考えていなかったので、バツが悪かった。
「でもヴァランさん、それじゃ、これから出発するんですね。」
カウルは、やれやれと思いながらも話を進めようとする。
「そうだな。エクレールもなんとか動いてくれるみたいだし。遅れたけど、今から発つよ。」
そう言われて、リーリオはこれが本当のお別れなのだと感じた。
「ヴァラン様…。」
あらたまって、ヴァランの前に立ち、真剣な顔をしているリーリオを見て、ヴァランも身構える。
「この度は、本当にありがとうございました。 見ず知らずの私なんかのために お供してくださる方までご用意していただいて…、感謝の言葉もございません。」
そう言うと、ある筈の無いドレスの裾をやさしく両手でつまんで軽くお辞儀をする 淑女たちの作法を丁寧に披露した。
「ああ。おれには、これくらいしか出来ないけどな。 …そのぉ、なんだ。ガーナシアに行けば 間違いなく冒険者アカデミーに入れるし、キミは、いい冒険者になりそうだから くじけず、頑張れよ。」
「はい。」
ヴァランとしっかりとお別れができた。その事が、リーリオはとても嬉しかった。
「それじゃ、途中までは一緒に行きますか? 俺たちは、街道を使って西に向かいますし、ヴァランさんはその後、北ですよね。」
「そうだな。」
ヴァランは、そう言うと、ようやく立ち上がり、勇ましく両腕を組んだ。
「途中までなら構わない。そこで別れよう。」
かっこ良くヴァランがそう言うと、エクレールがまた座り込んでしまった。
「おい、こら! エクレール! なんで座る!! 出発するんだぞ!! 立てよ、お前!!」
威厳もなにもあったモノではない。
それを見て思わず笑いが込み上げてきてしまうリーリオ。それを必死に押しとどめようとするが、声がもれる。
「エクレール!! 立て! 立つんだぁぁぁぁ!!!」
ヴァランの大声も素知らぬ顔で エクレールは、どっしりと大地に根を張る。
そして、エクレールが ため息をもらしているように見えた。
業を煮やしたヴァランは、ついにロングソードに手を伸ばす。
「切るぞ!! お前と初めて会ったときのように、どっちの意見が通るか、戦って決めるか!! やるか!! エクレール!!!」
エクレールは、いくらヴァランが凄んでも、相手にしない。ただ座って、そっぽを向くだけだった。
さすがに これにはヴァランも困り果てた。
早く出発したいリーリオは、ヴァランとエクレールの様子を見るに見かねて、
「エクレール。いくよ。」
と、自分も声をかけてみた。
クエッ。
一声鳴くと、リーリオの後を付いていくエクレール。
唖然とするヴァラン。
「どうします? こりゃ…。ちょっと ヤバくないですか?」
「お前も……そう思うか?」
大きな男二人が、リーリオとエクレールの関係を見せつけられてヒソヒソ話を始める。
「今はいいですよ。 途中までは一緒な訳だし。でもその先は…」
カウルは、恐れつつも真実を無視できない…といった重い口調で語る。
「だよなぁ…。今度はそこで 絶対、根を生やすぞ。アイツ。」
確信を持ってヴァランも語る。
「それじゃ、現状打開策として、提案します。」
「おう。言ってみろ。」
カウルは、人差し指を立てて、言葉を続けた。
「私たちが、エクレールでガーナシアに向かいます。ヴァラン様は、私の地竜で北の村に行ってください。」
「構わないが………。お前、エクレールに乗れないじゃん」
「喰われますよね、俺。」
「だな。」
「それじゃ、代替案。」
「おう。言ってみれ。」
「ヴァラン様は、駅車で村に向かってください。」
「通っているのか?駅車がその村まで。」
「…………1ヶ月に2本くらい…ですね。」
「いつ出てるんだよ。それに最悪の場合、時間かかるぞ。いいのか?」
「…………ヤバいかもしれません。」
二人とも、事の重大さを認識した。
テクテクと歩いていくリーリオ。そして、その後に付いていくエクレール。
そんな二人を ヴァラン達は呼び止めた。
「あ〜、ちょっとぉ。待ちなさい。君たち。」
あらたまって、優しい口調でヴァランが声をかけてきた。
リーリオとエクレールは、合わせたかのように同時に顔を向ける。
そこまで意思疎通が完璧なんですね、あなた達!
ヴァランは、二人を見て そう思ったが、その言葉を心にしまい込んで、話し始めた。
「リーリオ。ちょっとまずい事が起こった。」
「どうしたんですか? ヴァラン様」
「実はだな〜、誠に言いにくい事なんだが…」
ヴァランの発する言葉が頼りないので、リーリオは けげんな顔をした。
「キミと一緒にガーナシア王国に行く筈だったカウル君なんだが…、どうしても 俺と北西にあるブレアの町に行かないといけなくなったんだ。」
「え? あの…それじゃ…わたしは、どうなるのでしょうか?」
リーリオは、結局一人で旅をする事になるのかと不安になる。
そんなリーリオの心を察してか、エクレールが頭を優しくこすってくる。
「そこで、提案なんだが。キミも俺たちと一緒にプレアの町に寄っていかない…かい?」
ヴァランは、今までの毅然とした態度とは裏腹に、歯切れの悪い口調でリーリオを旅に誘った。
「キミの旅も先を急ぐようだけど、同じ西方面だし。 そこでの用件が終わりさえすれば、俺がキミを必ずガーナシアに連れて行ってあげるから。」
「………」
どういう風の吹き回しか、まったく理解できないリーリオだったが、これからの道中、軽薄でイヤラしそうなカウルと二人旅をしなくて済むと思うと 内心喜んだ。
意見を変えたヴァランが気にはなるが、その方が 絶対安心できると思えたのだった。
そして、リーリオには一つ、確信的に理解した事があった。
それは、何故か今は自分が優位になっているという現状だった。
これを使わしてもらわない手は無い。リーリオは、計算高くそう考えた。
「そうですね、遠回りは出来ればしたくないんですけど、お願いを聞いてくれたら、一緒に行ってもいいですよ。」
ヴァランとカウルは、意外にも寄り道を承諾してくれそうなリーリオの反応に、その提案に乗るしかないと思っていた。
なんといっても、現状では、リーリオが一人でガーナシアに向かうと言い出してもおかしくなかったし、その場合、最悪 エクレールが付いていく可能性があったのだ。
ヴァランは、これから危険かもしれない場所に赴くのに、信頼できる相棒エクレールで行けないのだけは、絶対に避けたかった。
そして、カウルもその事を重々承知していたのだった。
身構える二人。 果たして、リーリオの要求とは!!
「旅の道中、私が立派な冒険者になれるように鍛えてください。」
二人は、その現実的で的確な申し出に『どこかのお屋敷の世間知らずの箱入り娘だろう』という思い込みは間違っていると認識した。
「厳しいぞ。俺たちは。」
ヴァランは、少し嬉しそうにそう答えた。
二人のやりとりを脇で見ていたカウルも、この少女がどんな冒険者になるのか、すごく興味がわいている。
「それじゃ、急いで出発しましょうか、ヴァランさん。」
「そうだな。」
そう言って、笑う男二人だった。
「あ、そうだ。もう一つ、お願いがあったんです。」
「なんだ?」
「危険地帯以外では、わたしはエクレールちゃんの後ろに乗せてください。 ほら、ちゃんと、取り外しが出来る鞍も用意してます。」
そう言って、カウルが持っている さっき買った鞍を指差す。
「…その方が、エクレールがいう事聞きますぜ。」
「…そうだったな。」
ヒソヒソとヴァランの耳元で話すカウル。
「いいだろう。ただし、俺が危険を感じたら、カウルの地竜に乗ってもらうからな。」
「はい。それでいいです。」
一段落したのが解っているようで、エクレールが、高らかに一声鳴くのだった。
二人の男は、リーリオにバレないように
「よかったですね、ヴァラン様」
「ああ。一時はどうなる事かと思ったぜ。なんにせよ、上手く事が運んでくれて良かったよ。」
ほっと胸を撫で下ろしていた。
一方、リーリオも
「よかった〜♪ 上手くヴァラン様と一緒に旅が出来るようになって♪ カウルさんも悪い人じゃなさそうだけど、あの女好きそうな人と二人旅って ちょっと気が重かったんだよね〜♪」
とエクレールに話しかけている。エクレールは、この結果にすごく満足しているようだった。
こうして、エクレールに付けられた鞍の荷物用のスペースに補助椅子のように取り付けられたリーリオ専用の鞍。そのお陰で、エクレールもヴァランも楽に走る事ができるようになった。
全員の荷物は、カウルの二足歩行型地竜シャンス(幸運)に積み上げられている。
広がる草原を軽快に疾走する稲妻エクレール。
その背に乗るは、長剣を背にした屈強の剣士と、金髪の長い髪を風になびかせている年端もいかない美少女である。
その後を、シャンスも主を乗せて駆けていく。
偶然、死の森で出会った二人は、これからどのような道を歩んでいくのか。
ヴァランとリーリオ。
風は南から北へと暖かく吹いているのだった。