第5話 少女がその手にする武具
着ていたドレスからも推察出来たように、リーリオは箱入り娘らしかった。
計算も出来て、頭も良さそうだが…。
「今まで、武器を使った事は一度も無いんだよな?」
「はい。」
色々な武器を前にして、リーリオは真剣に考えていた。
「剣…は、ダメですかね?」
「ダメだな。」
そう言われても、リーリオは 普通より短いショートソードを持ってみる。
なかなかカッコいい。そう思っていると、
「上から振り下ろして前に向けて止めてみろ。」
ヴァランの言われた通りに、リーリオは周りに当たらないように頭上から前方に剣を振り下ろしてみた。が、アレ?止まらない。ヴァランがリーリオの手を受け止めてくれたお陰で、なんとか地面を切らずにすんだ。
「剣は、持つ所が端に偏っているから、バランスが取りにくい。しかも勢い良く振ればその分、反動は強くなるんだ。剣自体の重さが何倍にもなったのが解っただろう。」
そう言われて、たしかに持った時は何とかなりそうな気がしたが、いざ振り下ろしてみると止める事も出来なくなった。これじゃ、剣に振り回される。
リーリオは仕方なく剣は諦めた。
「それじゃ、メイス?」
不満そうに、手頃な大きさの不格好なこん棒を指差す。
「悪くない。」
あからさまに癒そうな顔をする。
そんなリーリオを尻目に、ヴァランは、店のオヤジに話しかけた。
「オヤジ。そこのダガー、見せてくれ。」
「ヘイ。」
オヤジは、愛想良く返事をすると、ショーケースに飾られていた小さな短剣を取り出してヴァランに渡した。
「リーリオ。持ってみろ。」
今度は刃がやや長めの短剣である。当然、リーリオでも楽に扱える。しかし…
「これで…戦うの?」
昨日の夜、魔獣達との戦いを経験したリーリオには、どう考えてもこの短剣が有効だとは思えなかった。
「オヤジ。このダガー、細工があるよな?」
そう言って、ヴァランはニヤリと笑う。
オヤジもバレたか…というような顔して、
「よく解りやしたね。旦那。」
「説明してくれ。」
そう言われて、店のオヤジは自慢そうにダガーの隣に飾られていたメイスと三つに折れた棒を取り出した。
「これは、俺が趣味で作らせたオリジナルの武器だ。これらは、それ単体でも武器として使用できるんだぜ。」
確かに、三つに折れた棒は端同士が鎖でつながれており、それを合わせて捻ると一本の長い棒になった。リーリオはそれを見て、「物干竿みたい」と見たままを口にした。
それを聞いて、オヤジは声を荒げて、
「そう思うだろ?これだから、女はダメだっていうんだ。」
そう言われて、リーリオもむっとする。
「この棒の両端に このメイスとダガーが装着出来る仕組みだよ。」
オヤジは、先程、リーリオが持っていたダガーとメイスを棒の両端に取り付けて一つの武器を完成させた。
「へ〜。面白い物を作ったもんだな。」
「だろ〜。」そう言うと、ガハハハと大笑いする。
リーリオは、それを見て、この武器を気に入った。
「持ってみろ、リーリオ。」
リーリオが手にすると、その武器の長さは、頭よりかなり上にあり、全長は240センチにもなった。棒のみだと180センチ。
「槍はな、相手にさほど近づかなくても戦える。そして基本攻撃は突くだけだ。」
この武器なら、リーリオにも扱えそうだった。
「突く以外にも、技はあるけどな。先ずは突け!」
「はい。」
この武器なら、ちょうど手元にメイスを付けているため 矛先のダガーの重さをバランス的に軽減してくれてるというメリットもある。
そう言われて、リーリオはこれを買う事に決めた。しかし…。
「120G…。た…高い。」
「オリジナルの世界で一つの武器だぜ。当然だろう!」
笑いながら、オヤジがそう自慢する。
宝石を換金した金額ぴったりである。とても買える筈はなかった。
「おい、おい。おやっさん。確かに珍しい武器だから、いい値をつけたいのは解るけどさぁ、これ、実践強度は試したのかぁ?」
ヴァランは、一品ものの、しかも傷一つない新品の武器を見て やってないと確信を持って訪ねた。
「大丈夫だって。俺が保証するよ!」
「いや。オヤジさんに保証されても…。相手の攻撃を受けて、ハイ壊れましたじゃ、この娘死んでるだろ。」
「柄に使ったは鉄より硬いと言われてるガンノ木だぞ。強度は想像出来るだろ。」
「まぁ、確かにな。でも、ここはどうよ?」
そう言って、ダガーとメイスの接続部分を指差す。
「それは…、多少は、落ちるだろうけど…。わかったよ!100Gにしてやる!これでいいだろう!!」
オヤジは、ヴァランの武具の装備を見て、大丈夫とは言えなかった。どう見ても戦闘経験が豊富な冒険者である。早々に値を落としてきた。
「それに、ショーケースに飾ってあったけど、俺たち以外にこれを買おうってヤツがいたのか?」
「なんだよ…」
「だって、俺たちは武具に命を預けてるんだぜ。よっぽど名のある技工士が作らない限り、こういった特殊武器は まず買わないだろう。」
そう指摘されてオヤジは、苦い顔をする。ヴァランの言う通りなのだ。確かに特殊な武具を使うヤツはいるが、ちゃんと信頼している技工士に制作を依頼する。または、お試し価格で売って、その性能を冒険者達に実践テストしてもらい 他の冒険者から受注を受けたりするのである。つまり、この武器は余り物なのだ。
「いい所、お試し価格の50Gだな。」
「おい、おい。それじゃ材料費も出ねぇーよ!」
「それじゃ、60。 それなら多少は稼げてるだろう。」
「いや〜。それじゃ、この加工はできねぇって!90。これならどうよ。」
「いくらこの娘が気に入ったとしても、俺が出せるのは70だな。」
「く〜〜〜〜っ、80だ! これ以上はまからねぇ!!」
「よし、買った!!」
ヴァランは、見事に40G値切るのだった。
リーリオは二人のそのやり取りを見てあっけにとられてしまっていた。
「女にこの武器を売るなんてなぁ〜。ちくしょー。」
「はい。はい。負け惜しみはいいから。その利益で酒でも買いな♪」
ヴァランは支払いを済ませると、武器をリーリオに手渡した。
余程、作ったオヤジの拘りがあるのか、ご丁寧に収納用の革製品まで付いてきた。
「物が良ければ、他の冒険者も注文しにくるぜ。楽しみに待ってな!」
そう言うと、ヴァランは、リーリオを連れて店をでた。
真新しい武器を手にして、リーリオは少し照れながら「ありがとうございます。」とヴァランに丁寧なお礼を言った。とても嬉しそうに両手で抱えている。
ヴァランは、そんな姿を初々しく眺める。
「武器はこれでいいとして、次は防具か。」
ヴァラン達は、店を変える。
防具の店に入ると、最初に解ったのが…。
「子供用の防具は無い。」
当然である。オーダーメイドで作らない限り、子供用の防具など早々に出会える訳なかったのだ。
これには、さすがのヴァランも困り果てた。
防具なしってというのも、無くは無いが…。 さすがに、旅の服だけでは、心もとない。
店主と話しても 急ぎ制作で依頼されても 最低でも一週間はかかると言われてしまった。
仕方が無いので、なんとか体に合う一番小さなハンター用の革鎧を買う事になった。
その片側の胸の部分の皮を外して、サイズをリーリオに合わせる。
そして、幸いな事に、手頃なショルダーアーマーは手に入った。
「完璧とはいかないけど…、それで我慢するしかないな。」
「ですね…。」
苦労するヴァランに申し訳ないと思いつつ。いろいろと考えてくれるヴァランを見ていてリーリオは楽しかった。
「リーリオ。これ、持ってみ。」
ヴァランが、そう言って縁を鉄で強化された木製の盾をリーリオに渡す。
手渡された盾を両手で持ったが、ヴァランに「片手。片手。」と指示される。
「おっ…重いです。」
リーリオには、この盾を片手で持つ事は出来なかった。
それを確認すると、リーリオに背中を向けさせ、盾を背負わせた。
「どうよ?」
亀のようだ。しかし、背負う事なら出来た。
「ちょっと、しんどいですけど…。大丈夫そうです。でも、片手で持てないんじゃ、意味なくないですか?」
もっともな意見である。
「そうでもないよ。背負っていれば、いざという時 丸まれば身を守れるし、日頃から背負っていれば体力の強化が出来る。」
リーリオは、なるほどと感心する。
でも、亀みたいな姿になる自分を想像して、笑顔は引きつっていた…。
武器と防具はそろった。
後は、服と小物類だ。
リーリオはヴァランに預けてある残金を確かめる。
10G30S
だいぶ減ってしまった。
でもようやく服が買えるのである。
リーリオは服屋が集まっているエリアに来るとショーウィンドウに飾られている奇麗な服を見て楽しそうに服屋に入ろうとする。
それをヴァランが止める。
「待て。待て。そこじゃないだろう。」
そう言われて、困惑するリーリオ。そして、連れて行かれたのは、作業用品店だった。
その一部に旅にも適している丈夫そうな布で作られたゴワゴワした服が並んでいた。
当然。可愛げは無い。
言葉でなく、顔全体で不満を露にする少女。
「仕方ないだろう。旅するんだぞ。丈夫なのが一番だろう。」
「そうかもだけど〜…。可愛くない〜。」
「諦めろ。冒険者ってのは、こういう職業なんだよ。」
確かに、そうなのだろう…。しかし、女の子としては、納得出来なかった。
仕方なく、店内を探すと…。ちょっと可愛い上着を見つける。
値段はそこそこするが、他の無骨な上着より数段マシである。
「これにする。」
そう言われて、ヴァランは店員にお金を払う。
これにさっき買ったショルダーアーマーを格安で鋲撃ちして付けてもらった。
ここでは、後、ポーチ。ベルト。丈夫そうな靴を購入。
これで残りは、
3G60Sになってしまった。
後は、上着の下に着る服を買う。
ここで始めて、リーリオは普通の服屋に入る事が出来た。
喜んでお店に入ったリーリオだったが…。
2時間後。
日は暮れて、夜の食事時である。
ヴァランは、リーリオを連れて予定していた宿屋に部屋を取った。
そして、一階にある酒場のテラスのテーブルで食事が来るのを待っていた。
この町に来た冒険者や、旅の商人たちが、騒ぎながら楽しそうに酒を飲み、食事をしている。
そんな賑やかな店内とは裏腹に、リーリオはテーブルに額を付けて臥せっていた。
「そんなに落ち込むなって。リーリオ。」
「あ〜。はい。はい。解ってますよ。旅するんですもんね。カッコより機能優先ですよね〜。」
ご機嫌斜めだ。
「ヴァラン様には、感謝してます。一応所持金内で装備は揃ったし。」
これからの生活費を考えると、リーリオが喜んで入った服屋では、所持金で買える物は無く。
他の店を必死に回り、なんとか気に入ったキュロットスカートをゲットしたのは良かったが、もう まともな服を買える余裕はなく。ヴァランが店長と掛け合い、なんとか格安のシャツをゲットしたてくれたのだ。
「いいじゃないか。可愛くて。」
「だって、だって〜。お腹、丸見えじゃん、この服。」
そう言って、上体を起こすと、上着の下に着た黒いシャツは胸下の溝落ちくらいまでしか無く、おヘソが丸見えだった。
「いや、いや。お前は知らないかもしれないけど、そういうカッコした女性の冒険者は、結構いるぞ。」
「ほんとに〜? 嘘。ついてないですか〜?」
「いや。もっとエロチックな衣装の冒険者も居たぞ。女性の魅力を冒険者の強みに出来る時もあるしな。」
「女性の魅力ですか〜…。」
そう言って、リーリオは、自分のお腹をさすってみる。
「まぁ、お前はまだまだ無理だけどな。」
そう言われて、また拗ねる。
「あ、いた。いた。ヴァランさ〜ん。お待たせしました〜。」
賑わっている店の遠くから手を振りながらヴァランに声を掛けてきたヒョロッとした男。
顔はいいが、少したれ目の女性好きそうな顔をしている。装備は、リーリオと同じ位の軽装の革鎧。冒険者のようだが、剣は持っていなかった。
彼が、ヴァランがこの町について、板ツーで話していた男である。
「遅いぞ、カウル。飯はもう注文しといたからな。」
「そうですかぁ。それは、どうもどうもです〜。いや〜、色々と大変だったんですよ〜、俺。」
そう言うと、カウルは、給仕をしている女性に飲み物を注文すると、その女性のお尻を触りながら勢い良く椅子に腰掛けた。女性は、少し嫌がりながらも いつもの事のように軽くあしらって離れていく。そんなやり取りをヴァランは、エールを飲みながら見ないふりをして言葉を返した。
「聞きたくない。どうせまた、女がらみだろう…」
「え?解ります? そうなんですよ〜。 ここに来る前の村で知り合った女性といい仲になったんですけどね〜。実はその人、亭主持ちだったみたいで〜。」と話し始めて、ようやくリーリオに気づく。
「…え? だれですか?この娘。」
「はじめまして。リーリオです。」
リーリオは、軽く会釈をして丁寧に挨拶する。
「お…お…お…女じゃないですかぁ!!!」
驚くカウル。
「どうしたんですか、この女…。」
そう言いかけて、わざとらしくリーリオをまじまじとみ直すと。
「この少女!! ヴァランさんの女なんですか!? 幼い! 幼すぎますよ!!」
そう言って、ヴァランに殴られる。
「騒ぐな。周りに迷惑だ。そんな訳無いだろう。」
ヴァランは、木のジョッキで冷えたエールを飲みながら言った。
事の説明をうけたカウルは、
「なるほど、旅の途中で助けた娘なんですね。よかった〜。」
ほっと胸を撫で下ろすカウルの言葉に疑問をもつリーリオ。しかし、話をする勇気が持てず、事の成り行きを見守っていた。
「なにが、良かったんだよ?」
「また、また〜。解ってるでしょ〜。ヴァランさんも罪深い人だな〜。」
カウルは、ヴァランをカラかうようにジト目を向ける。
ヴァランは、またか…というような顔でカウルの態度を無視するのだった。
「ヴァランさんが、こんなキレイな少女と一緒に旅をしてるなんて シャルロットさんが知ったら…」
「言うなよ!彼女には 絶対に極秘だからな!」
「いえ、重要情報の確実な伝達が 私の役目ですから!」
顔を見合わせて真剣に会話する二人。
「いや。重要じゃないだろう。」
「いえ。シャルロットさんには、最大重要案件だと認識しております。」
「……。」
「おそらく、この世界の存続より。」
そう言いきられて、言葉を失うヴァラン。
「それに、私は全世界の女性の味方ですからね〜♪」
そう言って、カウルは、にっこりと微笑んだ。
「彼女にこの情報が流れた時点で、お前の頭は自分の腰より下に落ちるからな!」
と凄むのだった。
慌てて、取り繕うカウルの態度に 思わず笑ってしまうリーリオだった。
酒を飲み、食事をするヴァランとリーリオ。そしてカウル。
居酒屋の強面の冒険者たちと初めて一緒に食事をするリーリオは緊張しまくりだったが、明るいカウルのお陰で楽しい食事となった。
「それじゃ、私は、先に部屋に戻らせてもらいますね。」
二人が、お酒を飲みだしたのを見て、リーリオは席を立った。
「そうか。それじゃ、俺たちは、もう少し飲んでから戻るよ。」
「ああ。リーリオちゃん、後6年したら、また会おうね〜♪」
ヴァランとカウルに挨拶をしてリーリオは店の上の部屋に上がっていく。
そして、ヴァランが取ってくれた部屋の中に入ると、部屋の奥には窓があり、中央に吊るされたシーツで二つに区切られていて、それぞれにベッドが置かれていた。扉を閉めると、明かりの無い部屋の中は 月の光にのみ照らされた静かな空間へと変わる。
リーリオは、その一方に入ると、今日 町で買ったばかりの冒険者の装備を 一つ一つ確かめるように脱いでいった。
この楽しい時間。町を逃げ出した時には想像する事すらできなかった。
嬉しい。でも、これからの不安が心の中に膨れ上がり、涙が出てきた。
「明日から…ひとりか…。とうとう最後までヴァランにガーネシアまで連れて行って欲しいと言えなかったな…」
下着姿になったリーリオは、窓際に立ち 夜空の星を眺めながら、昨日の正午ごろに起きた事を思い出していた。
そこは、王都サーマデリネより南西にある 都の次に栄えている町、マローネ。
その町は、南北に流れる大河テーレ川の東沿いにあり、南の大きな港町と王都を結ぶ重要都市であった。
リーリオは、その町の大きな屋敷に住んでいた。
昼前ごろ、屋敷の裏手にある通用門でリーリオは青年ペトロと会っていた。
「どうしたの?ペトロ。こんな所に呼び出すなんて。」
ひどく取り乱した様子のペトロは、リーリオに向かって叫んだ。
「よかった、秘密の呼び出しに気づいてくれて。すぐに逃げるんだリーリオ!」
「え?でも、まだ準備が…。決行は明後日の朝でしょ!?」
状況が掴みきれてないリーリオは、取り乱すペトロを必死に落ち着かせようとしたが、次の言葉が、今の深刻さをはっきりさせた。
「親方様の追っ手が来る!!」
「え?でも、どうして!?バレる筈ない!!」
リーリオも焦る。ペトロは、リーリオの手を掴んで、門の前から走り出した。
そして、叫ぶ。
「クヌスが裏切った。この計画を密告しやがったんだ!!」
それを聞いて、リーリオは青ざめた。
クヌスは、二人の共通の友人の筈だった。
「そんな…。クヌスが一番協力してくれた筈じゃない!!」
「それも裏切るためのヤツの策略だったんだよ!!」
ペトロは、ドレスを着たリーリオの手を引いて全力で走った。
「俺はもう捕まれば三等民で居られなくなる!だから、今逃げないとダメなんだ!!」
リーリオも事態の切迫さを認識した。もう後戻りは出来ないのだ。
三人で計画したマローネ脱出作戦。それを実行する時が来たのだ。
「解ったわ、ペトロ。計画通りにするのね!」
リーリオは、計画通りペトロも自分と一緒に逃げるものと思い込んでいたが。
「いや、このままだと計画自体がバレているハズだから…。計画を変える。」
「どうするの?ペトロ。」
ペトロの予想外の言葉に、一気に不安になるリーリオ。
「俺は、このまま計画通りに逃げる。キミは奴らの裏をかき、反対の門からこの町を出るんだ。そこに竜車を隠してある。それに乗って一人で西に向かえ。この時間なら夜になる前に死の森を抜けられる筈だ!」
「ペトロは!? どこで合流するの?」
「俺は計画通りに南に向かう。追っ手を巻いて海路でランス王国に入るつもりだ。そこで合流しよう。」
「7日たっても俺が来ない場合は、一人でガーナシア王国に行くんだ。どんなに長い時間がかかっても 俺も絶対にガーナシアに辿り着く!」
「そんな…無茶よ! 私が囮になれば、あなただけでも逃げられるわ! お願いペトロ、あなただけでも逃げて!」
一緒に逃げられないなら、自分は諦めるしか無いとリーリオは思った。しかし、ペトロは、自分の事よりも リーリオの事の方が大切だったのだ。
「それは出来ない!キミを救えなきゃ、意味が無いんだ!! さぁ、行け!!俺もすぐに出るから!!」
分かれた道。一つは西の門に繋がっている。もう一方は南。ペトロは、リーリオを西への道に進ませると、自分は、南への道を走り出す。そして、振り向きながら叫んだ。
「俺のために逃げるんだ!!リーリオ!! そして、必ず二人で冒険者になろう!!」
その声を背中にうけて、リーリオは西門に向かって走りだすしか無かった。
そして、西の門の先、大きな橋を渡った向こうには、鬱蒼と茂る奥深そうな死の森が広がっていた。
思い出から戻ったリーリオは、下着姿でベッドに倒れ込んだ。
残してきた彼の事が心配だ。大丈夫だろうか。無事に逃げられただろうか。こんな事になるのなら、伝信アイテムを手に入れて、二人で持っておけばよかった。 そうすれば、お互いの現状を伝え合う事もできたのに…。
後悔と不安が膨れ上がり、涙が止まらない。
彼は私を逃がした後、南から海路を使って逃げると言っていた。次に会えるのは隣の国のランス王国かな…、それとも、最終目的地のガーナシア王国まで会えないのかな…。
早く会いたい。無事を知りたい。元気で居てほしい。
今はただ、神に祈る事しかできないのか…。あの人が どうか無事でいますようにと…。
女性であり、まだ子供であるリーリオは、今、自分が世界で一番弱い生き物のように感じていた。
小さく震えていた少女は、月明かりに優しく照らされながら、深い眠りについていった。
その頃、ヴァランはまだ、騒がしい酒場にいた。
そこにいるカウルの顔は、先程、リーリオに見せていた軽い優男の雰囲気とは全く違い、鋭い眼光を光らせて 深刻な顔でヴァランと話をしていた。
「ここから北西にあるブレアの村って所で 異様な事が起こっているらしいんです。」
「北西か…。」
ヴァランは、西に行きたがっているリーリオの事を思い出してしまう。
これから、リーリオをどうするのか…。ヴァランは、買い物に付き合っている間、その事を考え続けていた。そして、今はもう 結論を出している。
「ヤバそうか?」
「解りません。ただ、尋常ならざる事が起こっているって話です。 検討した結果、ここは腕の立つ者が調査に向かった方がいいと上が判断しました。」
「今度こそ、奴らのシッポが掴めると思うか?」
「まぁ…。そうであって欲しいし、そうでなければ…。 …………正直 私は嬉しいですがね。」
「だろうな…。」
そう言って、ヴァランは、エールを一口飲んで、ジョッキをテーブルの上に置くと、「俺もそう思うよ。」と、ボソリと答えた。
しばらく、沈黙するヴァラン。
その心を察してか、カウルもエールを飲んで間を繋ぐ。
「カウル、お前に一つ。頼みがある。」
「はい。聞きましょう。」
重い口を開いて…、言葉を切り出したヴァラン。それに対して、覚悟を決めているようにカウルも答えた。
とても済まなそうに、ヴァランは話を続けた。
「リーリオを………………、お前がガーナシア王国まで連れて行ってやってくれないか。」
そう告げられて、カウルはため息混じりに言葉を返す。
「……やっぱり、そうなりますよね。」
「あの娘を一人でこの世界に放り出す訳にはいかない。 出来る事なら、俺が面倒見ようかとも考えた。……しかし。」
「無理でしょうね。」
カウルは、ヴァランが出した結論を先に口にした。
「あなたの旅は危険すぎる。………わかりました。まぁ、これも任務の一つでしょ。上からあなたをサポートするように言われてますからね。」
カウルにそう言われてヴァランは、自分の旅を呪うかのように テラスの上空を静かに覆っている星々を睨みつけた。
「済まんな。」
「いえ、いえ。」
この世界は、美しく、残酷だ。
二人の冒険者は、その事を十分に理解していたのだった。