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VALUN ROAD  作者: 和久(WAKU)SS
4/6

第4話 冒険者になりたくて

朝に森を抜けたヴァランたちは、ひとまず安全そうな木陰で一眠りした。

夜通し二人を乗せて走り続けたエクレールの疲労も限界に近かったからだ。

先を急ぎたいリーリオも 戦いの疲れで休むしかなかったのである。


朝の気持ちいい風が 毛皮に丸まって眠るリーリオとそれに寄り添う形で眠る地竜を夢の世界にやさしく誘っているかのようだった。

木にもたれかけ、座りながら眠るヴァラン。

ここは、街道からも外れているので、人が来る事はない。もし、何かの気配を感じたら、いち早くエクレールが反応するだろうし、ヴァラン自身も反射的に起きる事ができた。

これは、一人旅をする旅険者なら、出来ないと生き残れない必須条件であった。


昼過ぎになり、少し早いがヴァランが目を覚ます。

ヴァランは、できるだけ早く近くの町、フレッツに着いておきたいのだ。

気持ちよく寝てるリーリオとエクレールを見て少し微笑むと、「起きろ。エクレール。」と声をかけた。

すぐさま、鎌首をヴァランに向けて クェッ、クェッと小さく鳴く。

リーリオはまだ起きそうにない。


仕方なく、ヴァランは、立ち上がったエクレールに荷物を積んで出発の準備をした。

その作業が終わってもリーリオは起きる気配がない。昏睡状態である。

「やれやれ…。このお嬢さんをこのまま置いていったら、やっぱ、まずいよな〜。」

困った顔をして、ヴァランはエクレールに話しかけた。

エクレールは、口先をヴァランに突き出すようにしてクォック、クォック、クシィィィィッと威嚇してみせた。


ヴァランは、エクレールをしゃがませると、リーリオを抱きかかえながら地竜の背にまたがり、そのまま立たせた。


エクレールは嬉しそうに鳴き声を出す。

「よし。行くぞ!」

両脇を軽くヴァランの足で叩かれたエクレールは、ゆっくりとリーリオを労るかのように走り出した。


森を抜け、広い草原を横切る地竜。

その足取りにもう疲れは残ってない様子だった。





「ん…。」

ようやくリーリオが目を覚ます。

風が気持ちいい。

体が緩やかに上下する。

かすかに目を開けると、いつの間にか草原を地竜に乗って走っている。

「………」

現状が飲み込めず、流れる風景をただ見ていたリーリオに

「目が覚めたか?」

男の声が呼びかけてくる。ヴァランの声。

すると、自分がヴァランに抱きかかえられてエクレールに乗っている事に気づく。

「あ、…えっと…。おはようございます。ヴァラン様。」

「ああ。おはよう。どう、気分は?気持ち悪くないかい?」

そう言葉をかけられて、慌てつつも自分の体調を再確認する。

「はい。大丈夫そうです。」

「よかった。昨日は大変だったからなぁ。」

軽く笑いながらヴァランは、続けた。

「この草原を抜けて、明日にはフレッツの町近くの街道に出る予定だ。町に着くのは、明日のお昼頃になると思う。」

「そうですか…。」

「もうしばらく走って、野営する事になる。いいかな?」

リーリオは、自分が以前住んでいた町から竜車で4日はかかる町の事を想像した。

死の森を抜けたお陰で、幾分時間は稼げた筈だ。

追っ手が来るとしても しばらくは大丈夫だろ。

そう考えてリーリオはヴァランの言葉に返事をした。

「はい。もちろん、構いません。ヴァラン様。」

そうして、リーリオは、ぼんやりと景色を眺めていた。そして、ふと気づく。

「あの…、この体勢…。大変じゃないですか? また、前のようにエクレールちゃんにまたがって座ってもいいですよ。」

ヴァランの腕に背を預けて、女座りで地竜に乗らせてもらっているのが 少し気が引けた。

「いや。大丈夫だ。ここで戦闘態勢になるとも思えないし。」

確かに、ここなら平気そうだ。

魔獣の森でなくても魔獣は出る。しかし、襲ってきたとしても その数は多くはない。

それに、場所的に見晴らしがいいので、ヴァランなら魔獣が現れても十分対応出来るのだろうとリーリオは想像した。


クオック。クオック。


エクレールが小さく二度唸るように鳴いた。

「来たか…。」

ヴァランはそう言うと、遥か遠くの草原の中に60センチ位の濃い緑色した平たい物体がこちらに向かって動いてくるのを見つけた。数は3つ。

「魔獣ですか?」

リーリオは、少し緊張する。

「あの七色に輝く甲羅。コガネンだな。」

コガネンとは、コガネムシが魔虫化した物で、ヴァランに取っては、雑魚中の雑魚モンスターである。しかし、それは、中レベル以上の冒険者に当てはまる事であって、町娘のリーリオや、普通の民達では、殺されかねない怖いモンスターなのである。

ヴァランは、少しやれやれ…という感じで、エクレールの足の横に吊るしているダーツ銃を取り出した。

「エクレール、止まれ。」

ヴァランは、地竜を止めるとコガネンに向けて撃った。パァン!

魔虫の周辺に複数の着弾の煙が上がる。

昨日の晩、役に立たなかった散弾だ。

「あれ?」

リーリオは、散弾が魔獣に効かないはずなのを知っていたので、それをここでも使うヴァランを不思議に思った。

しかし、煙が晴れてよく見るとコガネンは、その弾で絶命していた。

「すごい!ヴァラン様も一撃じゃないですかぁ♪」

「いや…、あれは、最弱だから。甲羅も見た目は頑丈そうだけど、ホント、見た目だけ。散弾でも楽に貫通してくれるんだよ。」

リーリオは、生まれた町から外に出るのは稀なため、魔獣の強弱なんて分からなかった。

ただ、「恐ろしいもの」とだけ教えられたて育って来たのだ。

だから、昨日のカオスウルフがリーリオの魔獣の基本になってしまっているようで、コガネンのような最弱な魔虫も同じ位強いと勘違いしているのだ。

「冒険者初心者なら手こずるだろうけど…ね。」

そう言って、二発目を撃つ。散弾だから、なにか適当に撃っているように見える。

しかし、それでもコガネンは一撃で死んでしまうのだった。ヴァランは、突進してくる最後の一匹を仕留めようと、ダーツ銃に新しい散弾を込める。

「あれ?あれは…なんですか?」

リーリオがそう聞くと、「ん?なに?」と魔虫が接近してるのにヴァランは、余裕しゃくしゃくで答える。

「ホラ、最初に殺したコガ…ねん? それが、しばらくして黒っぽい煙を吹き出したと思うと、小さな石みたいなのに変わっちゃいました。」

「ああ。そうか。リーリオは、魔獣を狩っている所って初めて見るのか。」

「はい。」

「あれが、魔晶石だよ。 まぁ、コガネンのはちっさいんだけどね。」

パァン! そういいながら、最後の魔物を始末するヴァラン。

「降りて見る?」

すごく興味をもって見ているリーリオにそう訪ねると、リーリオは、嬉しそうにエクレールから降ろしてもらった。そして、先程の石の所へ駆け寄った。

「すごい。こうやって魔晶石って取ってたんだ。」

「それで、パン一つ分かな。冒険者ギルドに持っていけば換金してくれるよ。」

「私が拾ってもいいでしょうか?」

リーリオは、小さな魔晶石を全然集めようとしないヴァランに確認をとった。

「ああ。いいよ。昨日の晩、いっぱい倒したカオスフルフの魔晶石だったら、もっと大きかったし、お金にもなったんだけどね…。」

「ええ!そうだったんですかぁ!!…もったいない…。」

思わず、頭に浮かんだ言葉が出てしまったが、あわてて、訂正する。

「あの状況じゃ、回収するなんて無理でしたからね。 脱出できただけでも儲け物ですよ。」

そう言って、笑顔をみせた。

「なんで、こいつ。コガネンって呼ばれているか、知ってる?」

「え…。知りません。 名前に理由があるんですか?」

「小金が稼げるって意味なんだ。」

「ああ…。そのまんま。」

そう言って、二人とも大きな声で笑った。



その後、しばらく草原や小さな森、林をエクレールで、駆け抜けた。

そして、日も傾きかけたので、ヴァランは野営をする場所を探し始めた。

「今日はこの辺で寝るか。」

ヴァランにとっては、いつもの事。

小さな小川が流れる側で、タープの準備をする。

それを物珍しそうに見てるリーリオ。

「へぇ〜。そんな風に寝る場所を作るんですね。」

「死の森でも設営してたぞ。これ。」

確かに、見るのは二度目なのだが、リーリオは、タープを張る所は初めて見るのだった。

ここには、適当な木がないので、今回は、ポール一本を支柱にしてタープが傾斜した屋根になるようにロープを張った。

そして、火の精霊を使って火をおこす。


しばらく待っていると、エクレールが小さなウサギを捕まえてきた。

「今晩は、こいつで食事だ。」

ヴァランは、そう言うと、食事の準備に取りかかり、ささっと簡単な調理を済ませた。

そして、昨晩のように、二人と一頭で食事をする。

今回の肉の量は エクレールには少なかったが、取ってきたのは本人だし、文句はなさそうである。


食事が終わり、辺りはすっかり夜になっている。


死の森とは全く違い、ここでは、空いっぱいに星が見え、とても解放的で横になっているだけで気持ちがいい。

ヴァランは、今回もリーリオに毛皮を使うようにいい、リーリオもありがたく草の上に敷いて横になっていた。そして、今回もエクレールは、リーリオを守るかのように近くで丸まって寝ている。


ヴァランは、今日の朝に寝た時と同じように座った姿勢のままで眠るつもりのようだ。

冒険者らしく、剣を抱いて もしもの時に しっかりと準備をして眠るのだった。


リーリオは、この幸せなひと時を噛み締めるかのように目を閉じた。

「ペトロ…。私は今…、ここに居るよ。」

そう一言、呟いて。不安になるのを必死に思い留まるのだった。




次の日。

リーリオが目を覚ますと、やっぱり、ヴァランはもう起きており、出発の準備をしていた。

「おはよう。リーリオ。ちゃんと寝られたかい?」

「おはようございます。毛皮のお陰で、ぐっすり眠れました。」

「そいつは、よかった。」

そう言うと、ヴァランは、手早くタープを回収する。

「朝ご飯は、昨日の残り物だけど。」

「構いません。いただけるだけで 感謝してます。」

昨日の残りを火で暖め直して、ご飯を済ませる。


「それじゃ、いくよ。」

ヴァランは再びリーリオを前に座らせると、エクレールに優しく出発の合図を出した。

今日は、これから、少し山道に入り、小さなな峠を越えて、麓にある街道に出る予定だ。


道中。再びコガネンが何度か出たが、ヴァランは、止まる事無く始末すると、先を急ぐようにエクレールを走らせた。


そして、街道にでると、町に向かう行商人の竜車が、見かけられるようになってくる。

皆、荷物をたくさん積んで、ゆっくりと四足歩行の地竜に引かせて進んでいる。

その横を エクレールは軽快に追い抜き。 まるでハヤブサのように風を切って走っていった。

「リーリオ、怖かったら、言ってくれよ。」

ヴァランは、人通りが多くなってきた道をエクレールがかなりのスピードで飛ばしていたので、リーリオを気遣ってくれる。

「大丈夫です。エクレールちゃん、なんだか楽しそうですね。」

「珍しいんだ。エクレールが街道でこんな風に走るなんて。」

「そうなんですか?」

「いつもなら、周りの地竜にガン飛ばしながら走るンだけどね。」

そう言われて、クォオック。クオッ、クオッ。と、「よけいな事、言うな〜」みたいに エクレールが二人の会話に入ってくる。

その声を聞いて、二人して笑う。

「ヴァラン様は、フレッツの町で情報を集められるんですよね?」

「ああ。集めると言っても、人と会ってそいつから話を聞くんだけどね。」

「何のお話なんですか?」

「さぁ、多分 厄介ごとじゃないかな〜。とりあえず、急を要する事ってだけ聞いてる。だから死の森を通る羽目になったんだ。」

なるほど。確かにあの森をわざわざ抜けようとする旅人は居ないだろう。でも、そのお陰で私はヴァラン様に出会えたのか…リーリオは、その用事に思わず感謝してしまうのだった。

そして、ヴァランが なにかしら本題をはぐらかしてるのを察したリーリオは、話題を変えた。

「わたし、フレッツの町には小さい頃に一度行ったきりなんですよ。」

「そうか。」

「まだ母が生きていた頃に…。やんちゃだったんですよ、私。一人で町に出歩いて、その後 すっごく怒られちゃいました。」

「ははは。なんとなく想像できるよ。見かけによらず、おてんばだったんだろうなぁ。」

「おてんばじゃないです! やんちゃです。」

「違うのかい?おてんばとやんちゃって。」

「女の子にとって やんちゃは活発。おてんばは侮辱です。」

リーリオは、そう訂正して少し拗ねてみせる。

「なるほどね。それは申し訳ない。」

二人は、しばらくの沈黙の後、笑い出すのだった。



丘を越えるとその町は見えてきた。

「あれが、フレッツの町ですね。」

「ああ。」

リーリオの呟きに優しく答える。

大きいとは言えないが、しっかりと石壁に囲まれた町で 高台から見下ろすと その中央には広場があるのが解る。その門に通じる街道沿いには、外塀街が少しだけ広がっている。

竜車の恐竜は基本的に町には入れないので、ここで、竜を竜小屋に預け、代わりの牛や馬を狩りて それに引かせて門をくぐっていくのだった。

その他、市街地に入るにはお金がいたり、中で騒動を起こすと衛兵団に逮捕される可能性もあるので、人によっては、外壁街の格安宿屋に止まる者も多い。

「小さいがいい町だ。これから旅をするつもりなら道具を揃えるのに困りはしないだろう。」

ヴァランは、手綱を引いてエクレールの向きを変え、町に向かって下っていく道に誘導した。

「そうですね…、ちゃんとした旅の用意をしなきゃ。」

リーリオは、少し緊張したように想いを言葉にする。



エクレールを竜小屋に預けて、必要な荷物だけ持って町に向かう二人。

「エクレールちゃん、大丈夫なんですか?」

「なんで?」

「だって…、あの二足歩行型地竜達の中でも 完全に浮いてましたよ。」

リーリオの指摘の通りであった。他の地竜は雑食系のよく見るタイプ。そして、エクレールは、肉食系のイカした姿をしていた。っというより、他の地竜は間違いなく怯えていた。

「まぁ、いつもの事だし。それに、そういった場所に置いても互いに興奮させないために 木の精霊を宿した特別な首輪をみんな付けている訳だしね。」

そう。恐竜を飼いならすといっても 木の精霊による術がなければ出来ない。

木の精霊の精神に影響を与える能力を使って、恐竜達を人間に従順になるようにしているのである。木の精霊を使ったアイテムは、他の精霊たちを使ったアイテムより高価なのだった。


二人は、この町を訪れようとする人達が並ぶ行列の最後尾に加わった。

そして、門をくぐる順番が 回ってきそうになった時、リーリオは前に立つヴァランのマントを掴んで少し下に引いた。

「ん?どうした?」

「あの…。後でちゃんと返しますので…、通行料…貸してもらえませんか?」

どうやら、無一文。

それもそうだ。出会う前はどうだったか知らないが、出会った時には、ずぶ濡れのドレスのみで、荷物といえば、身につけている宝石と奇麗な短剣だけだったのだ。

通行料を持ってる筈はなかった。

「了解。」

ヴァランは、申し訳なさそうに下を向くリーリオの頭にポンポンと軽く手をのせてやる。


町に入ると、外とは全く違った活気が充満していた。

石造りをベースに木をふんだんに使った三階建ての建物が道の両端に建ち並んでいる。

色々な店が軒を連ね、新鮮な食材や雑貨。日用品などの出店が広場を埋め尽くしていた。

「さてと、リーリオ。ちょっと待っててくれ。」

ヴァランはそういうと、腰のポーチから手のひらサイズの木の板を取り出した。片面には奇麗な配色と彫刻が施されている。そして、その反対の平らな面に指で文字を何個か書いて、板を耳に当てた。

「もしもし、あ、俺。ヴァラン。お前、今、どこよ?」

板に向かって話しかけた。

これもこの世界の常識。これまた木の精霊を使った通信システムた。

板通信。通称「板ツー」。

同じ木から作った板に木の精霊術を施して それ同士に言葉の伝達をさせている。

やり方は、ヴァランが行ったように板の平らな面に相手の名前を一文字づつ書き、相手をイメージする。すると相手が持っている板ツーが振動して通信が来た事を知らせるのだ。相手の板ツーの平らな部分には、通信してきた人物の名前が浮き上がっており、受け手が板ツーを持って「話したい」と念じれば精神の道が繋がり、通話が可能になるのである。

後、板ツーに使用した元の木が大樹であればある程、その通信可能距離は遠くなるようであった。

つまらない余談だが、森の守護者とされるドライアドが宿っている木を もし使用出来たなら、世界の反対側同士でも会話ができたり、あの世とも話が出来るようになると言われているが 試せた者は誰一人として居ない。

(通称の由来は「板で通じた。」とか、「居たなら通話受けろ!」の省略語であると言われている。)


「え? まだ着いてない? 遅いぞ! ああ。ああ。はい、はい。解った。 言い訳するな! それじゃ、いつもの宿屋で部屋取るから。ああ。うるさい! こっち着いたら板ツーしろよ! それじゃぁな!」

ヴァランは、すこし怒鳴り口調で板ツーを切った。

通信を切る方法は、そう念じれば一方的に切れる。実に自己中心的なアイテムである。


「お知り合い、まだみたいですね。」

リーリオは、少し嬉しそうにヴァランに話しかけた。

「まったく。急がせるだけ急がせたくせに。ふてぇーヤローだ。」

笑いながら、「だったら、時間。ありますよね?」とヴァランの顔を覗き込む。

「まぁね。どうしようか…。宿屋で休むのもいいけど…。」

「実は、ヴァラン様にお願いがあるんです!」

そう言って、リーリオは可愛い仕草を見せてみる。

「?」

「これから、宝石を換金して 旅の道具を買いそろえようと思っているのですが…。」

そう言われて、ああ…、買い物に付き合ってほしいのかと、苦い顔をするが しかし、どうやら ヴァランが想像した単純な理由でもなかった。

「この町もイストラ王国の影響を強く受けている地域なんで、女性が換金するとぼったくられるんですよ…。」

「ああ…、確かに。よく聞く話だな。」

この町は、他国から男尊女卑が強いと言われてるイストラ王国の領地内。その風土は王都でなくても貴族や領主達によって根付いているのだ。

「わかった。俺が変わって換金しよう。」

ヴァランは、それくらいなら、いいかと思った。

「ありがとうございます。通行料も返さなきゃなんで。」

そう言われて、しっかりとしたいい子だとヴァランは感心した。

でも、ヴァランはまだ、この地域の本当の男尊女卑の実情までは知らなかった。


ヴァランは、リーリオの持っている数少ない宝石の一つをお金に換える。

リーリオが思った通り、予想以上の値で引き取ってもらえた。

「よし。これでまずは、武具を買います!」

そう言い切るリーリオにヴァランは少し驚いた。

「服じゃなく?」

「もちろんです。今は、服より大切ですから。」

今着ている汚れたドレスを気にしつつ、リーリオはドレスの裾のホコリを払う仕草をした。

「リーリオって ただ駅車に乗って西に向かうんじゃないのか?」

駅車とは、各町や主要な村々に設置された駅を 決められたコースで巡回して、人や物を運んでいる竜車のことだ。

これには、冒険者や傭兵が護衛に付くので、一般人も安心して地域移動が出来るのである。

「……いや〜。それが一応、これでも冒険者志望なんですよ、私。」

リーリオの言葉を聞いて、ヴァランは、そうか。この娘もか…と少し残念そうに思った。この世界には、階級があり、多くの下級民が冒険者になるからである。


普通の民が冒険者に成る理由。その多くがこの世界に存在している階級制度に抗った結果である事をヴァランも承知していた。


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【階級制度について】


国を治める頂点に国王が君臨する。

そして、貴族。彼らは、国王から与えられた土地とそこに住む人々を管理し、税を集めて国を支えていた。これを国の根幹とし。

その下の階級として、騎士、神導師、精霊術師を同列に置いた。


その更に下が民と呼ばれる人々で、それにも階級が存在する。

【一等民】国に仕える職に就いている民。多くの権利を貴族より許されている一方で、貴族に従い、役人として都で下働きをしたり、町村長として町や村を治めたりする。下民を所有できる。

【二等民】住居を所有出来て、自分で職業、婚姻を選べる民。商人や漁師の頭領。工芸品を作る技術者。開拓村の村長。等々。

【三等民】住居を所有できて、二等階級以上の人々に職を与えられる民。雇う側になれないが、基本的に移動は自由。二等民以上が認めれば、婚姻が許される。まじめに勤めていれば普通に暮らせる。それなりに財産も持てる。

【労民】基本的に移動の自由はあるが、受けていい仕事は農作業や土木業における肉体重労働だけである。最低限の生活や仕事に必要な物以外、財産として持てない。一等民が認めない限り婚姻の自由は無い。

【下民】移動の自由、婚姻の自由が無い労働者。財産も持てない。言葉を変えただけの奴隷である。闇では売買もされている。建前では、殺したりは出来ない。(ただし、死んでも報告しなければ問題にはならなかったりする。)

【落ち人】罪人とされた人々。鎖で繋がれ、罪人期間は贖罪と称した無償奉仕を要求され、殺しても咎められない。100年刑とか、1000年刑などもある。


階級は、一等民以上が命じる事でその人の階級を下げる事が出来るが、上げる事は貴族以上でないと出来ない。


この世界の住民は、大半が三等民である。


【冒険者】

罪人以外なら誰でもなれる。それが「冒険者」である。

下位に落ちた者が唯一、命をかけて上を目指せる職業であった。

冒険者は、移動の自由。結婚の自由。移動財産の所有が認められている。

その上、冒険者で名を馳せると貴族より騎士団や神導師団、精霊術師団に入団する事を許される場合もあった。

ただし冒険者は、決められた期間内に魔晶石を冒険者ギルドに納め続けないとならないとされた。

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この制度によって、ある者は夢に我が命を賭け、ある者は限られた範囲の夢と自らの生命を守っているのだ。

そして、リーリオもまた、夢に命を賭ける民の一人として冒険者を目指しているのだろう…。と、ヴァランはそう考えた。


しかし、それなら 今のリーリオには丁度良い方法がこの世界には存在していた。

ヴァランは、この世界の常識的な事を提案する。

「だったら、ここの冒険者アカデミーに入ればいいんじゃないか。 誰でも入れて、一年間タダで面倒見てもらえるぞ。しかも衣食住付きだし。冒険者としての最低限の知識と技能を教えてくれる。初歩的な武具も貰えるんだぜ。 どこの国や町でもやっている育成機関だ。知ってるだろ?」

実は、リーリオがこの先、自分と同行を共にしなくてもいい方法をずっと考えていたヴァランにとって これ以上に無い解決策に思えた。

そう確信して、笑顔をみせるヴァラン。それに対して、リーリオは首を横に振って答える。

「わたしは、ここでは入れないんですよ。」

「え?どうして?」

常に人手不足の冒険者に わざわざ成りたいという希望者を受け入れないアカデミーなんて。あり得るのか? そんなの聞いた事がない。

ヴァランは、素直に疑問を投げかける。

そんなヴァランに、リーリオは、さも「当然だろ」と言わんばかりの口調で答えた。

「女だからです。」


ヴァランは言葉を失った。ヴァランには理解出来ない答えだった。

一方、リーリオは言葉を続ける。

「この国での女性の行動規約に違反しますから。」

そう。この国にはもう一つの独特の差別が存在していた。

それが、男女の違いによる行動束縛である。

その厳しさを ヴァランはまだよく解っていなかった。

確かに、ヴァランもこの国の女性は、いろいろと決まり事があって大変そうだなとは感じていた。確か、この国の女性には三等民までしか与えられていないと聞いた事もあるし、ここの女性が冒険者や傭兵に何かを依頼すると、それだけでその女性は下の位に落とされてしまうらしいとか…。だが、女性が冒険者になり、人一倍努力すれば、その実力次第で師団に入り、上の位になれる可能性はあるのだと思い込んでいた。

しかし、現実には、女性に対してだけ その道は堅く閉ざされていたのだ。

「理由は……、大切な女性を危険な目に遭わせないため。……だそうです。」

「確かに、冒険者の多くは死ぬよ。それはそうだけど…。命をかけて、上の生活を目指す権利すら許されていないなんて…。ここの女性達は、それでいいのか!?」

ヴァランは 思わず、興奮気味に言った。

しっかりと技術を身につけ、立派に冒険者として 楽しく暮らしている女性だって山のようにいるのだ。

「不自由な面があると分かっていても、その『理由』のお陰で、実際に この国で楽しく暮らしている女性は多いんです。ここでは、男性達が女性達を養ってくれますからね。」

リーリオは、この活気溢れた楽しそうな町を見渡してそう呟いた。

そして、ヴァランもつられて辺りを見る。

笑いながら行き交う周りの女性達を見て、その理不尽さを感じつつも、これがイストラ王国の風土なのだとヴァランは理解した…。


「でも、私は納得出来ない!!」


リーリオは、力強く叫んだ。

「この国に女性として生まれたからってだけで、上の地位に挑戦できないなんて我慢できません! だから、西の国の更に西。女王様が治められていると聞く、ガーナシア王国に行って、なんとしても冒険者にな成るんです!!」

ヴァランは、リーリオの強い言葉に感動する。

しかし、………あれ?。

「え?ちょっと待てよ。じゃあ、キミは、冒険者としての練度も無く、用心棒を雇う事も出来ないのに 旅をするつもりなのか?」

少し慌てながら、ヴァランはリーリオの考えを確認した。

「そうなりますね。」

リーリオは、あっけらかんと答える。

「いや、いや、いや。だったら、尚更。生きて次の町に行きたいのなら、やっぱり、駅車に乗るしかないだろう!」

リーリオの判断は世界の厳しさを全く理解していないとヴァランには思えて、声を荒げた。

しかし、この国の女性の立場を全く理解していなかったのはヴァランの方であった。

リーリオは、マジで困ったな…という顔をして笑いながら言った。


「ここだと、女性は一人で駅車にも乗れないんです。」




ヴァランは、この地域の生まれじゃない。そのために、気づけなかった。差別されてる女性達の異様日常を。普段目にしている平穏で楽しそうなこの町の風景は、その良い部分でしかなかったのだ。

男性には許されても 女性には許されない行動規約。

そのために女性であるリーリオは、一人で駅車にも乗れないらしい。

「馬鹿げてる!」

ヴァランは吐き捨てるように叫んだ。

しかし、そういう地域なのである。よそ者のヴァランには、どうしようもなかった。


「だから、武具がいるんです。」

リーリオは、力強く言い切った。



ヴァランは、いったい何が こんな年端もいかない少女を ここまで強くするのだろうと、心を痛めた。

そして、悩む。

俺は…どうするべきか。


きっと、この地域には こんな想いをしている女性が大勢暮らしているのだろう。

おそらく、リーリオだけが特別に不幸な訳じゃない。

しかし、そんな女性達と間違いなくリーリオは違うと言い切れるモノが一つあった。

それは、現状を自らの力で変えようとする強い意志と行動力だ。


しかし、朝に二人で見たこの美しい世界は、そんな少女を いとも簡単に死に追いやってしまう厳しさがある。

抗いようの無い理不尽。それに戦いを挑もうとする無力な少女。


結果は解りきっている…。

しかし、今を乗り切るだけの助けさえあれば。少女は一人で飛べるようになるのだろうか…。



そして、自分がここに居る。



ヴァランは、しばらく無言で考えた末、答えを出すには時間がかかると判断して、結論を少し先に延ばす事にした。

「どんな武具を買うつもりなんだ?」

自分が浅はかな決断をしていると自覚しているリーリオは、それを聞いて 馬鹿にせず受け止めてくれた この大きな剣士にすごく感謝した。

「なにがいいでしょうか?」

そして、甘えた。


真剣さと子供らしさ。そのギャップに思わずヴァランの顔に笑みがこぼれる。

「それじゃ、武器屋にいって品定めとするか。」

「はい。」

リーリオは、元気に返事を返して武器屋に向かった。



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