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おはよう

 お日様のいい匂いがするなんて言えば、博識ぶった馬鹿がこぞってダニの死臭だよとか水を差すから、柔軟剤の人工的ないい臭いに包まれるように眠りについた僕は夢を見た。

 夢の内容を話す前に世間話をしたいと思うのだがどうだろうかと儀礼的として了承を得ようとはするけども、既に僕の中では話すことは決まっているから悪しからず。

 まず始めに質問をさせてもらうけど、小説や漫画などを読んだことはありますか?それなら話は早いですね。あなたはどのタイプのお方ですか?没入型と俯瞰型なら。ちなみにだけど僕は没入するタイプなんだよね。話はそれだけだけど、頭の隅に置いておいてくれないかな。

 ふぁああと生あくびをしたいけど心証が悪くなれば元の木阿弥だからかみ殺すためにも、深く沈み本能をくすぐる安心感を与えてくるソファに浅く座り直し、襲いかかってくる眠気を払いのけ、

「お待たせしましたね。少しの間眠らせてもらいました。え?仕事中なのに?いやはや困りますね。全てに言葉が足りませんでしたかね。仕事中だから眠ったんですよ。夢を見るために。あなたとの会話はとても新鮮で面白い夢を見ることができました。ありがとうございます。でもね、あなたが話してくれた夢とは少しだけ違っていて、僕の夢では僕が僕に殺されましてね、あまりの恐怖に飛び起きました。うふふ。えへへ。おほほ。って、照れ隠しをしている暇はなくて、点と点は提示しましたからね。そもさん」

 長広舌をふるったつもりだったが、糸で括られ吊るされた五円玉をふるっていたのだろうか目の前の彼女はうつらうつらしていた。不貞腐れ、機嫌を悪くするのは容易なのだが、その場合後腐れが残り今までの時間が無駄になるので、罪悪感を抱かないように柔和な表情を作った。

 ローテーブルの上に置いてある一輪挿しのラナンチュラス越しに時々覗く彼女の唇は負けず劣らずの赤さであり、頬も紅潮していて微睡んでいる様子であった。僕よりも早くそれに気づいていた心ちゃんがブランケットをかけてあげてから頭を抱きかかえるようにして自身の膝の上に乗せて髪を撫でた。

 微笑ましい光景はさながら姉妹のようであり、海中から見る太陽のようでもあった。深い呼吸に浮き沈みする胸がゆったりと時間を進めているのか部屋中には緩慢に空気だけが漂い、動けば彼女が起きてしまいそうで僕は二人を凝っと眺めていた。

 なぜ起こさないのかはいちいち説明しないが、起こさなければ好転するかもしれないからとだけ言っておく。

 部屋の中で掛け時計だけが気忙しく動いており、それは時間だけでなく眠る彼女も刻んでいるのか呼吸は浅くなり額には幾粒もの汗の玉が煌めき始め、心ちゃんの指の先にある場所へ僕は抜き足差し足忍び足。マントルピースの上、些か不釣り合いにも拘らず置かれてあるティッシュ箱を手に持ち、そろりそろりしゃなりしゃなりと歩を進める。

 相も変わらず苦悶の表情をして眠るお客様を撫でている手とは逆の手を伸ばす心ちゃんにティッシュ箱を差し出すと二枚三枚と勢いよく引き抜き、浮かび上がっている汗の粒を潰すように拭った。

なんと言うことでしょう。浅かった呼吸が深くなったではありませんか。みたいな匠の技を紹介するようなことは止めにして、何が彼女を落ち着かせたのかとあれやこれやと考えてはみたものの手掛かりは見つからず、ゴーグルも装着しないでスキューバダイビングを楽しもうとしているようなものであると猿でも分かると銘打って出版される本に書かれそうなことを言っても一般的で当たり前を振りかざして揚げ足を取ろうと目論む輩が溢れる世の中だからこそ一言付け加えれば、発信者を考慮しない一般的で当たり前のことは暴力になりかねないと言うことで僕が付け加えたい一言はアレルギー性結膜炎なんだよね。    

え?え?なになに?それがどうしたの?って思う人がいるかもしれないけどその人は猿以下なんだろうね。なーんて冗談だから怒らないでね。くどくどくさくさとなってしまったけど、つまり暗中模索。

さるほどに、って、あっ、しつこいやっちゃなと迸る威勢のいいお方に説明しておくが諸事情により誤解に誘導しているのだ。僕の手を煩わせることで解決するなら面倒くさがらずにしようと思う。

然る程に、目を覚ました彼女が起き上がり様々な要因が重なった結果、上気している顔を両の掌でぱたぱたと扇ぎ始めたのを横目に心ちゃんはプリーツと皺と染みのスカートの上へテーブルに置かれたお盆を乗せた。親切心で。にも拘わらずお客様はより一層顔を赤くさせた。僕は心ちゃんの行動は親切心だったと信じているのだが、どうやらお客様は違うらしい。

なるほどね、なるほどなるほど。そういうもんなんですかね。いやはや、悲しいことだ。親切心が仇となるとは誰も思わなかったであろう、しかしそれは仇になってしまった。なぜか。なぜなのか。確かに心ちゃんが取った行動は間違いでなかったことは周知の事実であり、誰も責めることはできないはずだが、もっと他に取れるべき行動がなかったのかと疑問を抱く人がちらほらと現れ始めたとしても、確かにと納得せざるを得ないのも事実なのだ。

もしも、すっくと立ち上がればどうなったのだろうかと。お盆を取ろうと手を伸ばし、掴んだ手を膝に戻す動作でお客様の視線を誘導することはなかっただろう。いやはや、悲しいことだ。視点を変えれば、親切心は当てつけのようにとられかねないと言うことなのだろうか。思えば、小さな親切大きなお世話などとの言葉もある。いやはや、悲しいことだ。そうは思わないかい?遅ればせながら、僕は気付いた。気付いてしまった。いいや、気付けて良かったと思う。きっと親切をすることよりも親切を素直に受け取ることの方が難しいのだ。表があれば裏があり、本音があれば建前があると日常的に考えなければ円滑に生活できないのだから仕方ないのだろう。いやはや、悲しいことだ。

となれば、親切心は邪推される上に話から滑らかさを取るのだと考慮しなければいけない。となれば、親切心は除外してお客様と相対しなければいけない。となれば、どうしたらいいのだろうか。お客様は眠り、心ちゃんの衣服に涎を付けたことは変わることがない事実なのだから。はてさて、どうしたものか。

徐に心ちゃんは立ち上がり、柱に釘を打ちそこに掛けてあるリモコンを取ってスイッチを入れた。餓えた野良犬が唸るような低くくぐもった音と共に冷たい微風が髪の毛を揺らした。

「ごめんなさいね。気が利かなくて。暑かったでしょ、ものすごい汗だもの」

なんと言う機転であろうか。感嘆の声を飲み込み、簡単なことに気付かない自分を恥じた。

 彼女の発言で三方一両損となったわけだ。

 窓の向こうから聞こえる目白の鳴き声に呼応するかのように小窓を開けて勢いよく鳩が飛び出し鳴くと僅かに止まっていた時間が再び動き出した。

「あらっ、もうこんな時間に。私ったら結構な時間を眠ってたんですね」

「いえいえ、構いませんよ。夢は見ましたか?」

「あーはい。見ました。でもその話は今度でいいですか?そろそろ帰らないと門限を過ぎてしまうので」

「はい、構いませんよ。いつでもお越しください」

 手つかずのシフォンケーキを見てカップに残った冷めているであろう紅茶を見て僕の隣に座り直した心ちゃんを見てお客様は一息に紅茶を飲んで申し訳なさそうに腰を屈めたまま立ち上がり、お辞儀の姿勢のままソファにある鞄を取ってまた深くお辞儀をして部屋を後にした。

 エンジンの音が遠くなり聞こえなくなるのを待ってから僕たちは話し始めた。

「で、何か分かったの?」「うーん。って感じかな」「まあ、私が聞いたところで何も分からないけどさ」「まあ、そうだね」「え?いまなんて?」「え?いまなんて言った?」「え?私は必要ないって」「嫌だな。そんなことは言ってないよ」「ならいいけどさ」「そんなことはどうでもよくて」「待って。どうでもいいってなに?」「え?分かり切った確認のこと」「なにそれ?飽く迄も私たちは蝶々結びの関係だよ」「なるほどね。僕は縛られる関係だと思っていたよ。物理的に」「なにそれ?」「冗談だって。僕は心ちゃんが必要だよ」「なんか言わせてるみたいだから確認させて」「わかった」

 それから一時間ほどコンクリートに囲まれた地下室で何が行われていたのか聞きた人はいるだろうか。いなくても話さなければいけない。何度も言うが僕の仕事は信頼関係が大事であり、大事にしているのだ。虫が知らせる嫌な予感をした人は耳を塞いでいてほしい。

 と、その前に服を着させてもらい、首輪を外させてもらうよ。信頼関係が大事だからね。

 さて、話を始めようと思っていたがその前に今が絶好のタイミングだと思うから僕と心ちゃんについて話そうと思う。皆が大好きラブコメの始まりだから篤と楽しんでくれたまえ。


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