前頭葉を飛びこえてふれたい
「夏だから俺とデートしよう!」
わたしの手を勝手に握ってそう言った彼の目があまりにもキラキラしていたから、うっかりうんと言ってしまっただけで、今さら心が揺れたわけなんかじゃない。
「あれ、甘いもん好きんなったの?」
「ん?・・・・まあ、」
「ちがうね、なら俺にちょーだい」
「・・・・わかってるならなんで聞くの、」
「聞くぐらいいいっしょ?」
本当は、たぶん彼はもうわかっているんだと思う。わかっているけど、いつまでだって茶番に付き合ってくれる彼の、これはわたしに対するちょっとした仕返し。あーん、はしないねと、わたしのショートケーキを奪って自分の前に置いたあと、ちらりとわたしを見る。けれどすぐに視線を手元に戻して微笑った彼の、心の奥底はどうなっているんだろう。
「最近暑いね」
「・・・・急になに、」
「いいや別に」
なんだかちょっと機嫌が良さそうに、てっぺんの苺をぱくりと食べた。わたしはクリームを舐める仕草まで、それをじっくり見届ける。
「ねえ」
「なーに」
「夏だからって、あんたが言ってた、」
「んー」
「関係あるの、何か」
「ないんじゃない?・・・あんのかな、」
あでも、夏は恋が始まる季節だからね。どーする、と笑うから、苦しくて、もう何も言えなくなるわたしはずるいんだろうか。明確に心が揺れたわけじゃない。好きだと言われてもいまいちピンとこなかったのに、今はひとつずつ丁寧に伝えられるものにじんわりと侵食されていくような、浮ついた感触がたしかにある。仕事のない左手が癖で鼻のあたまをさわって、テーブルの上に落ちていく、もしかしてその手を握ってみたら、ぼんやりとしたものが一気に消えてなくなるのかもしれない、けど。
「まあ、ゆっくりいこうよ」
その声と、やわらかく上がった口角に、わたしは何かとんでもないものを感じた気がした。なんの話だってね、と二人分のケーキを頬張る彼は、いったい何者なんだろうか。