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#エピローグ2: 1720年 南極

「間違いありません。少佐です」


 オノセン・メイはマルコに告げた。

 転生者は巨大なヒト脳シミュレーションにその精神を宿してはいたが、今はマルコの傍のモニタに少女の姿をしてみせている。

 彼女は二年前、月面に設置されていたプロトタイプのヒト脳シミュレーションに突然現れたのだ。もともと実行されていた出来の悪い機械知性を上書きして。

 転生が人間相手でなくてもよかったとは驚きだ。おかげで幼少期を省略して転生直後から彼女とは明晰な対話が可能だった。

 それ以来、彼女、仏歴4122年からやってきたオノセン・メイ、プロクシマ・ケンタウリ宇宙軍少尉とマルコは協力関係にあった。


「しかしこれどうやって撮影したんです?」


 ディスプレイ上のその男の姿は特におかしくは見えない。半袖のリラックスした現地男性のようにも見えなくもない。しかし、監視カメラにこの男の姿を撮影したものは無い。

 少佐は最新の光学擾乱を使用していた筈ですよ、そうメイは指摘する。

 プロクシマ・ケンタウリ宇宙軍地球派遣分隊はわずか5名だったかもしれないが、全員が訓練の行き届いた、調達しうる限り最新の装備を備えた精鋭だった、という。

 メイたちのボス、デリク・カンテリ少佐は未来の月面から、三年前の月面、この時代の月面に転移させられてきた存在だった。

 彼は転移、つまりその肉体も装備も丸ごと、西暦1717年、仏歴2261年にやってきていたのだ。


 未来の光学擾乱は、周囲にカメラや見ているものがいないか監視、あった場合はカメラに直接別の像を送り込むというとんでもない仕組みらしかった。

 果てはディジタル画像処理も察知して改竄を試みるという。とんでもない代物だ。


「どうやったかと言うとね、感光樹脂よ。アナログ」

 

 それだけじゃない。マルコたちはカメラにレンズを使用しなかった。微小なピンホールを並べたものをレンズ代わりにして、ハロゲン化銀を塗布した感光板の上に干渉縞のかたちで撮影したのだ。これは写真撮影とは認識しがたいだろう。

 男の像はあとから計算で復元した。照明が単純な三波長のLEDだったので復元は容易だった。


「しかし、世界を破滅させそうには見えないわね。そんな邪悪には」


 少佐はまじめな方ですから。メイはそう言う。

 だがしかし、彼は確かに、この世界の破壊を企んでいた。第二次世界大戦を自ら起こすというやり方で。

 今、地球は地獄の季節を迎えようとしていた。歴史の歩みはマルコの記憶する前世のそれよりも速足で、約束された第二次世界大戦へと突き進んでいた。


   ・


 戦争は避けられなかった。前世ではそう教えられた。


 電子計算機が生まれ全世界情報網が現れると、情報産業の生産性が突出して向上し続け、やがて教育の差による生産性の差は数万対一という極端な水準に到達した。

 子供が作ったジョークソフトウェアの売り上げがある国家の国家予算を軽々と上回る。そういう事態が繰り返され、古い勤労の価値観は粉々に踏みにじられていった。

 数少ない人間で必要な生産を全てカバーできるようになると、当然の結果として職は欠乏した。一万倍の生産性を持つ千人ほどで一億人分の働きをこなせる計算になる。勿論これほど極端な状況にはならないが、それでもごく僅かな有職者の超生産性に残りの無職全員が縋るしかない時代が訪れ、古い工業国の規範観念は崩壊した。


 有職者は生涯ずっと学び続け、子供にも莫大な教育投資をおこなった。富の蓄積はやがて問題ではなくなる。教育だけが重要になるのだ。もちろん富が無ければ教育を与えることはできない。だが富だけではもはやその富を維持できない時代になっていた。

 個人の素養、個人の生産性だけがその個人のできること、出来る範囲を決定する時代が訪れる。金持ちたちは知識を持つ人間を悪しざまに罵った。彼らには敵が見えていたのだ。


 次に価値観の多様化が進んで、豊かさを他人と比べにくい時代がゆっくりと訪れた。

 価値を認める少数の人間にしか見えない価値、そういう幻のような財宝によって国家総生産に換算できない富が蓄積されていったが、それらは多数の教養のない無職には全く理解できないものだった。


 だから、無価値で、捨てても、壊してもいいと考えるようになる。

 その断絶が戦争を引き起こす。


 民主主義国家では大多数を占める無職が政権を握り、彼らの理解できる範囲まで生産性を低下させて国民に職を提供した。他の国も多くがその動きに追従した。高等教育は実学のみにまで縮小された。

 理解の埒外のものは全て無価値とされ、従ってそういう国の文化財は国家民族の偉大さに結び付くもの以外は蒸発するかのように消滅した。そういう国に限って文化財の国外流出を禁じていたから、それらを救う手段は存在しなかった。偽史が正史とされ、歴史研究は事実上廃された。

 無価値と判断された財産もまた廃棄され、豊かさは彼らが価値を理解できる範囲にまで縮小された。

 当然ながら経済は混迷を極め、政治もまた混乱し、最後には暴発した。一番簡単に提供できる合理的な職業は兵士だった。やがて、超生産性を維持した国家の自律兵器群に兵士たちは戦場で磨り潰されることになる。


 戦争は世界をずたずたにした。物理的にだけではなく社会の繋がりすら破壊したのだ。

 個人情報が攻撃から防護される以前のオープン情報は機械学習され、個人の弱みは一つ一つ解析され、有望と思われた弱点を持つ個人は脅されて情報攻撃の踏み台にされた。

 開戦と同時に、それらソーシャルネットワーク的地雷は一斉に爆発した。

 国内の企業間取引は情報戦争から十分に防護されているとは言い難かった。開戦前に埋伏されていた敵国の疑似企業は、様々な企業の業績に怪しむべき欠陥を次々と植え付けていった。法規が適用されるとそこら中の企業が取引停止に追い込まれることになる。

 情報統制された国家に流言は、遅効性だが致命的な毒のように効いた。

 そうして、完全な情報不足と疑心暗鬼は、諸国家を核使用に踏み切らせた。



 戦争が終わると、断絶は機械による知性補完で補われることになる。職の有無、教育の有無に関わらず人は豊かさにアクセスできるようになる。機械が価値を教えてくれるのだ。

 機械知性の優越は遂に職業をこの世から消滅させる。それは戦争からおよそ百年後の事だが、それはマルコの前世からは充分に昔の事だった。


    ・


 メイたち未来人は、遥か未来、太陽系を離れて最も近い恒星系、ケンタウリ三重連星系へと入植した人々の子孫だった。

 遠い遠い母星から助けを求める通信が届いて、まだ人口も生産能力もちっぽけな植民星から求めに応じてちっちゃな軍隊が派遣されたと想像してほしい、とメイは言う。


 彼女たちは200年かけて片道飛行で戻ってきた。プロクシマを出発した時には1000000トンあった船体は月に辿り着くころには25トンになっていた。よくある多段式構成だが、それを反物質でやる辺りは全く理解できない。逆噴射炎を観測されるのを防ぐために、一度太陽系を通り過ぎてから減速噴射をするという、莫大な反物質推進剤を余計に使った面倒な方法を彼女たちは使っていた。


「着くまで200年かかるわけで、着いてみたら全て終わっていた、というのは当然予想していたけどさ、人類全員が情報化されて、ディジタル涅槃で幸せにしているなんて予想もしていなかったのよね」


 プロクシマを出発して200年後、彼女たちが辿り着いてみれば、人類は全員が精神を電子計算機に複写されて、どういう具合にか仮想空間の中で五百億の人類全員が幸せな涅槃境にいることが確認されたのだという。

 ほとんど話も通じない状態だったのだが、動作クロックを落した省エネモードで、何をするでもなくただ幸せなだけの状態にいるだけ、太陽系の人類はそうなってしまっていたのだ。太陽系を動き回るのは、保守をする機械知性とロボットたちだけだった。

 機械知性たちは宇宙の終わりまでエネルギーを確保し、彼らを守り、保守を続けるだけだと言い、ほとんど話も通じない状態だった。

 これは助けてくれと誰かが通信してきていてもおかしくない。

 完全に手遅れだが。


「という訳で、とりあえずぶっ壊そうか、という話になったんだけど、予期されていたんだね」


 そこで機械知性側に攻撃されて、そこで彼女の前世は終わったのだという。


「だからさ、少佐の考え方もわかる訳よね」


 だからといって、文明丸ごと潰そうというのには同意できない。

 精神複写に繋がる技術発展の可能性を全部潰す。可能性を全部潰そうとすれば、それはもう文明ごと潰すしかない。極端過ぎる。


 という訳で、デリク・カンテリ少佐の企みを挫くべくマルコたちは必死な訳だが、そもそも相手は未来装備を身に着けた訓練されたプロである。その足取りはなかなか掴めなかった。


 デリク・カンテリ少佐は三年前の月面、マリウス市のコンテナ墜落事故の際にまぎれてこの時代に転移されてきたと考えられている。地球に移送された怪我人の数がおかしかったのが糸口になった。

 マリウス市のすぐそばに着陸した緊急救助船に怪我人を運ぶのに使ったのは自動運転の6人乗り無天蓋バギーで、バギーは市のエアロックと船のあいだを2回往復したと記録にはあった。しかし地球に降りてきた怪我人は全員で13名だったのだ。


 地球にやってきた不審者Aは体重と性別程度しか手掛かりを残さなかった。機械記録は全て改竄されており、一緒にいたのは全員が怪我人で、怪しい人間がいたかなんて気にするどころではなかったのだ。


 以来、世界のあちこちで怪しい人物が跋扈するようになった。多くは紛争地域だ。テロリストに資金が供給され、少数民族に武器が、反体制派に偽装アカウントが供給された。誰かが暗躍していたが、その誰かが見つかることは決してなかった。

 わずか三年で、世界は戦争へ向けて大きく動き出していた。恐ろしい勢いで軍備が進み、新概念の兵器が連日のように現れていた。


 これを一人でやったと聞けば普通はまともにとることも無いだろう。しかし、未来人絡みとなれば話は別だ。それも、装備を丸ごと身に着けて持ち込んだ転移者となれば、その脅威は想像を絶する。


 以前マルコは、配下のシンクタンクに思考実験として、未来人一人にどういう対応ができるか、検討させたことがある。

 結果は、事実上何もできない、というものだった。特に相手が未来を知っている場合は。


 ただ、こちらには協力者がいて、未来人の内幕は掴めていた。

 そしてメイはエンザを知らなかった。恐らくはデリク・カンテリ少佐も知らないだろうという。

 プロクシマ・ケンタウリにエンザは同行しなかったのか?

 そういう謎は残るものの、こちらの存在、未来人の時空改変に備える存在がいる事には気づかれていないというのは朗報だった。


    ・


 戦略としては、奇襲、その一手しかない。

 物量も火力も意味はないだろう。そもそも攻撃を認識された途端、攻撃は無効化される筈だ。誘導兵器は対象を見失い、無誘導兵器は話に聞くシールドに阻止されるだろう。携行する反物質を動力として動作するパルス磁場装置で、電流の通るものは全て弾かれる。


 攻撃の手順としてはこうだ。

 少佐が南極に築いていた物資集積拠点に本人が姿を現したところを攻撃する。

 10メガジュール出力のレーザ2基でまず先制、その後セラミック弾頭を用いた制圧砲撃、同時に塩素ガスと二酸化炭素が投入される。カンテリ少佐の体内のバイオ系ナノマシンにかかれば無効化されてしまう種類の攻撃だが、とにかく体内に取り込まれる物質量を多くして、ナノマシンを忙しくさせるのが目的だ。それで怪我の治療は大幅に遅れる筈だ。その間は少佐を無力化できると期待できた。


「カンテリ少佐って、自分の身の上に起きたこと、過去にタイムリープしてきたとか、その辺りはどう考えているのかな」

 

 マルコの質問に、 


「少佐は超自然みたいなのは一切信じないタイプですけど」


 と前置きしてメイは言う。


「でも絶対に機会は逃さない人ですよ」


 カンテリ少佐の南極の拠点は恐らく、そこらに放置するわけにはいかない物資、無機質系ナノマシンの集積に使われているものと推測されていた。入手した訳じゃないから正確なことは言えないが、未来人の持ち込んだナノマシンは増殖にそれなりの熱源が要る。この南極なら勝手に漏れて大惨事になることは無い訳だ。

 ナノマシンがあるという事は生産工場にもなるという事だ。彼は南極で生産しておいた兵器を取りに来たのだろう。


 丸子たちはその拠点からたっぷり20キロメートル離れた氷雪原の下に隠れて攻撃を指揮していた。攻撃に際して無線を使うわけにはいかない。そのために引きまわした光ファイバの制約からあまり遠くまで離れることができないのだ。

 南雨州南端に現れてエンザのカメラに引っかかったカンテリ少佐は、定期便の運航と考え合わせると、今日あたりにも物資集積拠点に現れて良い筈だった。


「監視カメラ一番異常、二番異常」


 待って。監視カメラ一番は物資集積拠点から500メートルは離していたし、そもそもレンズを使わないピンホールマトリクスの干渉縞検出タイプだ。センサだけはリアルタイム検出のために撮像素子を使ってはいたが、解像に必要な演算量は膨大過ぎるため、何かあるというところまでしか計算させていない。つまり撮像演算をしていない。

 だが相手は決まっているのだから、位置さえ分かればいい、そういう割り切りの監視カメラだったのだ。

 二番も同様、撮像演算はしていない筈だ。


「四番まですべて異常。データ送ってきません」


 破壊されたのか。


「これは、相関を掴まれましたね」


 メイが言うには、多分少佐は、自分の周囲の、自分に関連のあると思われる演算は全て察知できるのだそうだ。そんな、反則だ。


「カメラ五番解像します」


 五番は撮像に撮像管、つまり真空管を使っている。信号はその場でアナログのまま周波数変調してこちらに送ってきていた。演算は無しだ。


 映像はモノクロで、分解能は低い。

 黒い、長大なものが白い雪の上に横たわっていた。


「あれは何らかの砲ですね」


 こちらを攻撃するのでしょう。メイはさらりと言った。


「攻撃開始っ!」


 マルコは叫んだが、


「火点イ、ロ、ハ応答ありません。火点チ応答ありません。観測点ア応答ありません」


「情報攻撃されています。応戦しますが、(かな)いませんよ」


 これまたメイはさらりと言う。


「カメラ五番解像更新します」


「あれはシンプルなライトガスガンですね。この辺りを吹っ飛ばすには充分な威力だと思います。少佐は良いセンスをしています」


 カメラ五番の映像に解説を入れるメイの口調が腹立たしい。


「あ、ちょっと待って、情報攻撃が弱まりました。情報攻撃が止みました。通信があります」


 プロクシマ・エンザのエンザ施設保護プロトコルの発動、だって。メイが言う。

 どういうことだろうか。


「少佐の体内の生体ナノマシンの開発に、あななたちエンザの手が入っていたから、内部のソフトウェアが何らかの保護措置を働かせた、そういう訳じゃないかな。今頃少佐は熱でぶっ倒れている筈よ」


 どうやら隠れてプロクシマ・ケンタウリにもエンザは渡っていたらしい。


 どうすべきか、訊いてきているわね。メイは言う。退去させるか、意識不明で制圧するか、それとも殺すか。


「じゃあ制圧で」


「はーい、あ、手遅れ」


 一瞬、分厚い氷を通して閃光らしきものがあった。


「少佐が自爆プロセスを実行しちゃった。反物質4000ミリグラムよ。ほらさっさっと頑丈なものの中に入って身構えて。すぐに衝撃波がくるから」


 マルコたちは慌てて、氷雪の中に埋め込んでおいた装甲車の中に逃げ込んだ。席についてハーネスを締める。

 全員揃っているかと確認しようとしたところで、衝撃が襲ってきた。


    ・


 衝撃によって氷の下に深く埋められ、ひっくり返った装甲車からマルコたちが助けられるまで丸三日ほどかかってしまった。

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