さん
「では、森を抜けましょう!」
そう言って、彼女はたっぷり5秒ほどかけて、立ち上がって、膝から下の砂を払った。
「もう少し、休憩してからでも、いいですか?」
張り切って、立ち上がった彼女には、申し訳ない気持ちがいっぱいである。
「あ、そうですね、あなたは今さっき来たのよね」
気落ちしたようで、ストンと時間をかけずに座り込んだ。
心配気に覗き込むと、花が咲いたように笑った。
「ごめんなさい。でも、大丈夫よ。お話してから、街へ行きましょう」
「そうですね、あなたについて、教えてください」
オレ、いや、私は先制パンチを打った。自分について聞かれる前の猶予が欲しかった。
自分の本名は、女の子にはつけられるのは一般的ではないし、いくら、日本語を話すエルフとは言え、和風な名前ではないだろう。
その他にも、歳もそうだ。
水面に映っていた、私の姿はとても、成人しているようには見えなかった。
学生の頃を思い出す。
クラス替えがあって、自己紹介で何で話そうか、ひたすら、悩む。
未だに得意ではないが、今回は異例すぎる。
相手の出方?というか、どんな偽名にするのか、年齢にするのか、などそういったことを考えるだけの時間的な余裕が欲しかったのだ。
「私は、ポリアネス、見ての通りエルフ。攻撃系の魔法が得意よ。近くの街に住んでいるわ、街の自警団にも時々、参加をしているけれど、まだ学生よ」
ホントにエルフかぁ、エルフだから、魔法かぁ。
しかも、攻撃魔法。
確か、長寿ってのも、エルフの特性にあったけど、まだ学生と言うのなら、わりと見た目通りの年齢かもしれない。
ポリアネスってなんか、検索しても出て来なさそうな聞いたことない響きだ。
「あなたもエルフよね?ハーフ?」
思いもよらぬ、発言で慌てて、耳を触った。
でも、特別尖ってもいない。
「なぜですか?」
恐る恐る訊いてみた。
「それはエピレアの、強い反応を感じたから。魔法の行使は別にエルフだけの特権ではないけれど、強力な魔法は別だわ」
エピレア。
ゲームで言う所のマジックポイントやマナなどだろうか?
「私、実は記憶喪失で、全然、物事が分からないんですけど」
「サラッと、凄いこと言うわね!それって、とても大変なことじゃない?」
「そうですね、不安で不安で、え、あれ?」
悲しくもない、悔しくもない。
まして、感動してる訳でもないのに、涙が溢れてくる。
「え、えー!だ、大丈夫よ。私がいるわ!あなたを見捨てて置いてきぼりにはしないわ。約束する。女神イリーナの名の誓って」
そう言って、肩を抱いてくれた。
「わ、たし、だい、じょー」
上手く言葉にならない。
しゃっくりが出て、つっかえて、みっともない。
恥ずかしい。
自分より、歳下の女の子に慰められている。
柔らかな触感、甘く優しい香り。
泣いているせいか、女の子になったせいか、欲情してもおかしくない、そんな状況なのに、ただ、優しさが嬉しかった。
もっと、柔らかな温かさに包まれていたい。
でも、同時に情けなくて、申し訳なくて、泣かないようにしなきゃと思うたびに、掛けられる優しい言葉にさらに涙が溢れた。
別に、何か、ツラい訳でもない。
現状に物言えぬ寂しさはあっても、仕事に対する充実感もある。
でも、こんなに誰かに優しく、甘やかされたのは、ホントに久しぶりで、つい甘えてしまった。
「よしよし、泣き止んだ?」
ポリアネスは、私の肩を掴んで、そっと押して、顔を覗き込んできた。
「はい、大丈夫です」
出来るだけ、平気なそうに、元気があるように振る舞ったが、声が裏返ってしまった。
「声がまだ変よ」
頭を撫でられた。
クシャっと破顔した顔はひまわりを思わせた。
「ダイ、ジョーブです」
今度は上手くいった。
「濡れちゃったわ」
彼女は、自分の右肩を指して、おどけてみせた。
「す、すみません!」
「いいのよ、別に。ほら、見てて」
彼女はベルトに刺した、15センチほどの枝のようなものを抜いた。
たぶん、杖だ。
「炎よ!」
杖の先が、オレンジに輝いた。
それを自分の右肩へと向けた。
肩に張り付いて、濡れていた布がだんだん乾いていってるようだ。
「問題でしょ?」
今度は、イタズラ好きな子供が秘密を語るように笑ってみせた。
「はい!」
私もいつしか、笑っていた。