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地に膝をつき、左手で髪を押さえながら、銀髪の少女は、とてもゆっくりと水を飲んでいた。
線の細いツヤのある髪から、トンガった耳が目を引いた。
ゲームなどでよく見かけるエルフのような耳だ。
というか、そうとしか、オレに形容できる語彙はなかった。
絵画にして、閉じ込めて置きたくなるような、光景に惚けていると、強い風が吹いた。
青い鳥、カラスより小さく、鳩より大きな鳥が飛んでいった。
その気配を感じたのか、穴が開くほど、無遠慮な視線に気が付いたのか、彼女は振り返った。
赤い、燃えるような目の色に戸惑いを感じた。
髪も銀色だし、アジアのような顔つきでもない。
英語は苦手に感じていたし、人付き合いはさらに苦手に感じていたので、外国人のようなその風貌に焦りを覚えた。
英語出来ないし、なんか、すっげぇ美人のすっげぇ格好の女の子だな。
どうしようとしか、考えられなかった。
2、3秒視線を絡ませ、彼女は笑った。
「あなたも、散歩でもしたいたのかしら?」
張りのある落ち着いたアルトは、日本語のように聞こえた。
めっちゃ、白人のような見た目なのに、日本語が流暢すぎて、パニックなった。
空耳か?
歌の空耳の状況を再現する映像が面白い、そんなテレビ番組を思い出しそうになった。
もしくは、未知の言語がめっちゃ日本語に似ているとかなのか?
意味が通じれば、それは日本語足り得るのか?
頭の中がこんがらがって、何を返せばいいのかわからない。
実はわりと、デカめの独り言かもしれない。
語りかける系のヤバいヤツね。
「肩で息をしているようだけど、こちらに来て、水でも飲むといいわ。ここの水はとてもとても、美味しいのよ。特に沢山歩いた後にはね」
いやー、めっちゃ話しかけられてる気がするし、めっちゃ日本語ー。
無視するのも、悪いしなー。
「ええ、長い間歩いたら、とても疲れました。自分も水をいただきます。」
とても、卑屈で、緊張でガチガチ、気の利かない返事で自分がイヤになる。
右目の下の辺りがピクピクしているのを感じながら、愛想笑いを浮かべて、彼女から3メートルほど慣れた所に、膝をついた。
彼女はニコニコと、自慢の水を召し上がれと言わんばかりの表情でこっちを見ている。
目線を合わさないように、水面をジッと見ると、見知らぬ顔が映っていた。
桃色の髪に、あどけない顔をした少女の顔だった。
いつも、見ている顔と天地の差があった。
胸を触ると柔らかな触感がある。
とりあえず、顔を洗った。
そして、水を飲む。
「自分はどんな風に見えますか?」
隣にいる、少女に声をかけた。
水の感想ではなかったからか、少し驚いたような表情を見せ、少し考えて言った。
「凄く、歩いて疲れている。何かを思い出したみたい、かな?」
「確かにそうですが、もっと外見というか、為人というか」
さらに、怪訝な表情へと変わった。
「そうね、この辺では見かけないわね。とても、軽装だから、旅人や行商人にも、見えない。隣の街からの家出少女?かしら?」
彼女はそう言った。
オレが少女であると。
まだ、20代だが、老け顔のしかも、当然、男のオレを、家出少女?
そもそも、ここはどこだ。
日も高く上がっているし、お腹の空き具合から言って、お昼も近い。
月曜日から、知らない森の中を散策し、エルフのような、気合いの入った、だいぶ気合いの入ったコスプレイヤーのような、外国人みたいな高校生ぐらいの歳の子と何をやっている?
知らないこと、分からないことしか頭になく、気が狂いそうだ。
悪い夢でも、見ているのか?
というか、夢なのだろう。
やたらと、リアルだ。
水は冷たく、美味しい。
風は優しく、爽やか。
そして、森は心地よく、のどか。
髪は桃色、顔は美少女。
意味が分からない。
こんな夢は初めてだ。
そもそも、夢の中で自分の姿を知覚するのも、初めてのような気がするし、まして、自分の姿から、とてつもなくかけはなれた姿なのだ。
不思議な夢として、話題にはなるが、なかなかぶっ飛んでるし、話すと大丈夫?と言われかねない、むしろ、ほぼ確実に大丈夫?と言われるような夢だ。
なんだか、おかしくなり、砂漠の風のように渇いた笑いが出た。
「大丈夫?図星だったかしら?頼る当てがないなら、知り合いを紹介するわ」
エルフの銀髪ちゃんねーは、めちゃくちゃ親切だ。
どうせ、夢なのだ。
なるようになるさ。
「え、いいんですか?是非とも、お願いします」
夢の中でも、紳士、いや、今は淑女かな?
そうありたいオレは、丁寧に言葉を紡いだ。
シルク職人という仕事があれば、たぶんこんな感じだ。