【王宮編】家庭教師
500年程前のことだ。
現在ではポピュラーとなった精霊魔術。
つまり火、水、風、地を主体とした精霊魔術を使う一人の少年が確認された。
それまで精霊魔術はエルフのみ使える魔術として認識されており、力の源である大精霊マリナの力を使う為、精霊とともにあるエルフの民しか扱えないとされていた。
その少年を見たものは魔族の生まれ変わりだと恐れ、あるものは奇跡の魔術師ともてはやした。
少年は諸国を渡り歩いた。
その手に一冊の禁書を携えて。
その男の名はガーランド・ギネリスと言った。
ガーランドはその類まれなる魔術の才能と、自身の持つカリスマ性を買われ、ある王国の宮廷魔術師の地位を手にした。
ある時、ガーランドは言った。
「魔術の発展のために魔術師学校を作りたいのです。そしてそれを作ったあかつきには人々の生活を豊かにするための道具。魔術の素養がなくても誰でも魔術が使えるようになる道具を作れるように致しましょう」
当時、魔術は元から才能のある人物や親が代々魔術師の家系しか扱えなかったこともあり、数を揃えることが出来ず魔術師を軍の兵力とするのは絶対数が少なすぎた。
故に公に学習する場所、研究する場所は存在していなかったのである。
同盟国だった4つの国は互いに出資し、ガーランドを初代魔術学校の責任者として迎え入れ、ガーランド魔術学校は誕生した。
その後、エルフしか扱えなかった精霊魔術を人間が扱えるようにする方法を編み出し、人間は精霊魔術を習得していった。
ガーランドが残した精霊魔術は姿かたちを変え、魔具と呼ばれるマジックアイテムへと進化を遂げていくのであった
「そしてこのガーランドという人物が、今日の魔術の発展の礎となったのです」
「……ぐー」
穏やかな午後、アキは睡魔と闘いながら魔術講義を受けていた。
「……殿下、ちゃんと聞いてらっしゃるのですか……?」
耐えられない眠気に段々と舟をこぎ始めたアキに、偉大な老魔術師は疲れた様な声で語りかける。
「う、うん……聞いてるよ。ガーランドがどうのって……」
家庭教師に付いたオグワルドの講義を寝ぼけ眼の目を擦りつつ返す。
晩餐会から1ヶ月後のこと。
ガーランド魔術学校に通うことが決まったアキは魔術の基礎となる魔術理論の予備知識の講義と王宮での身の振舞い方やマナーを急ピッチで仕込まれていた。
王宮でのマナーはミリィに。
魔術の基礎理論はこの国の宮廷魔術師であるオグワルドに。
オグワルドは優秀な魔術師だ。
彼もまたガーランド魔術学校を卒業した者で前大戦時も前線で指揮をとっていた武人の一人でもある。
若くして才能を認められガーランド魔術学校を首席で卒業しこの国の宮廷魔術師に着任した。
そんな彼も今年で67歳になる。
年老いた優秀な老魔術師は宮廷魔術師という肩書きを今でも与えられつつも後継者の育成という名目で若き魔術師たちや王族の魔術を教える側に回っていた。
そしてこの度、魔術の知識ゼロのこの国の後継者に魔術学校に入学するための最低限の学問を教えるために家庭教師を任されたのだった。
「それでは、復習です。魔具は何の力を源としているのか?……さあ、答えてください」
「え、あ、は、はいっ!まりょ、魔力ぅ……えーと、えーと……何だっけ?」
「アキ殿下、しっかり覚えて貰わなければ困ります。魔具です。魔具は精霊魔術の力を使って発動します」
「あ……。そうだっけ?ごめん、昨日から全然眠れなくて……」
事実、アキはこのところ寝不足だった。
それというのもミリィに王宮のマナーから女性としての立ち振る舞いうんぬん厳しく仕込まれている。
食事のマナー。
侍女や王宮の使用人への言葉使い。
『アキは侍女や使用人に対して遠慮しがちです。王族としての気品というものを学ぶ必要があります。今の言葉遣いだと王族らしくありません。ぞんざいに扱うというわけではありませんが王族としての言葉遣いを徹底していきます。ですので!これから日常会話もおかしいところがあればどんどん注意していくので覚悟してくださいね? 』
一方的に宣言され、おやすみからおはよう、食事、その他もろもろの生活行動から言葉遣いを口喧しく言われていた。
そのせいもあってアキは最近常に緊張感に包まれた生活をしていたこともあり、唯一ミリィと一緒の時間から開放されるこの講義の時間はどうしても気が抜けてしまうのだった。
「今日はここまでにしましょう……アキ殿下。この調子だと理解できるものも理解できませぬ」
「オグワルド、ごめんなさい。無駄な時間を使わせてしまって」
「いえ、殿下。今日はお疲れのご様子ですから明日にしましょう。明日からは魔力を制御するイメージの訓練に入ります。最低限これが出来るようにならないと授業についていけませんぞ」
「はい。頑張ります」
「うむ。よろしい」
(予想以上にハードすぎるよ……。女性らしい言葉遣いってなんか背中むず痒くなる)
そんなことを考えながらオグワルドが部屋を後にすると一人テーブルに突っ伏したのだった。
◆
ギィ・ロックスターがルエルの従者に着任したのは今から8年前だ。
王国領地あわせ85万人の規模を誇るグリンビルド王国は四大陸中最大規模の国土と人口を誇っていた。
総人口85万人の中、貴族階級は約2000人。
将来、この王国を継ぐことになろう王族の子はある年齢を迎えると従者と呼ばれる王族の教育係をつけるのがこの国のならわしだ。
その従者は王族の子供が適齢期になる年に王宮からお達しが来る。
従者検定試験。
この試験をパスしたものは晴れて王族の従者となり従者の家柄の名誉が与えられ、名家の地位が確立される。
従者になれるのは貴族に限られ、対象となる王族と余り年が離れていない見識のある優秀な貴族に限られる。
そして優秀かどうかをふるいにかけるのがこの従者検定試験である。
魔術の素養はもちろん文武両道であるかどうかも試験を受ける上で重要になってくる。
その為貴族は自分の子供を従者にさせる為に英才教育を惜しまない。
とんでもない倍率の中、受験戦争を勝ち残ったのがこのギィだった。
ギィは小さい頃から来るべき従者検定試験に対しての英才教育を叩き込まれていた。
ギィはそれがとても嫌だった。
階級制度がハッキリしているこの社会で『受けたくありません』などと口にしようものなら即破門だ。
ロックスター家の人間は代々受け継がれてきたこの縦社会に歯向かうなどとありえないはずだった。
爵位は絶対。
目上の人の命令は絶対。
ある時、辺境の領主の叔父は言った。
「ギィ、お前は家の為に魔術や、剣術、交渉術等の学問を勉強しているのかい?」
「そうです、そうでもしなきゃ、ロックスター家はこのジリ貧貴族から抜け出せないのでしょう?」
「……ギィ、お前の言うことは間違ってはいない。ただな、わしは貴族としての体裁や家柄を守ってほしいためだけにお前に勉強を強要してるわけじゃない」
「何故です? 間違ってはいないのでしょう?叔父様、それならどうしてそんなことを僕に聞くのですか?僕は言われなくてもしますよ。家のためにね……」
年頃のグレかけた少年のような口ぶりでギィは返す。
「ギィ、わしはな。お前がやりたくなかったらやらなくてもいいと思うんだ。まあ、そんな驚いた顔をするな。わしは思う。お前がやりたいようにやれば良い。ただお前が望む好きな生き方をする為にも力が必要だ。それはお前が一番よくわかっているはずだ。そしてその力や名声がなければ今のこの国では何一つ自分がやりたいと思うことは出来ない。だから、この試験はお前がやりたい事を勝ち取るための最初の試練だ。お前が受けたくなければ受けなくてもよい。こんな没落貴族いっそなくなってしまってもいいのかもしれん、だからお前自身で選ぶんだ。全てを捨てて細々と生きるか。それとも力を得て好きなように生きるか」
叔父の言葉が今でも心の奥底に蟠っていた。
8年たった今でも思い出す。
助言をくれた叔父はもうこの世にはいない。
そして僕はここにいる。
力、名声、家柄のためでもなく、亡くなった叔父のためでもない。ただ自分の為に。
自分が本当にしたかったことを実現するために




