【王宮編】次世代への架け橋
王位継承のお話です
晩餐会の会場は、後宮から少し歩いた王宮の中の一室だった。
後宮から出たことのないアキにとって、王宮の晩餐会の会場までの道のりはちょっとした冒険にも似ていた。
見るものすべてが新しい。
てっきり城内というのは、イギリスやフランス等の中世ヨーロッパで見られる典型的なお城やおとぎ話の中や有名なかわいらしいネズミのキャラクターで有名なテーマパークにあるお城をイメージしていたのだが、実際のところそんな面影は微塵もなかった。
そういう類のものは大抵屋根が三角形だったり丸みを帯びていたりするのだがこの後宮や王宮はどちらかというと現代の建築物に近い四角形をしていた。
例えるなら階層の低いビルと高いビルが何個も繋がっているようなそんな感じだ。
道中、ミリィからこの建物は戦争が起こったとき城内に外部から攻めにくくする為に城内から魔術や弓矢等の飛び道具で応戦しやすくする為にこの形になったというのを聞かされた。
確かに美的建築物優先で作っていては、戦争があるこの世界では生き残ってはいけないだろうなとアキは勝手に納得する。
時間にして10分ほど歩いただろうか。大広間を3つ程移動し大きな扉の前にたどり着く。
「ここです、アキ」
ミリィが立ち止まり扉の両サイド立つ侍女の一人にアイコンタクトを送る。
「アキ殿下、アクワルド子爵様、お待ちしておりました。どうぞお入りください」
軽くお辞儀をして侍女2人が扉を開ける。
晩餐会の会場。
王宮の外観とはうってかわってアキの視界に飛び込んできたのは豪華絢爛な作りの部屋だった。
中世ヨーロッパを髣髴とさせる教会に描かれているような絵画。
よく見るとそれは天井に描かれている壁画だった。
芸術的とも思われるルネサンスを思い出させる色調高い装飾品の数々。
ひときわ大きい天井にぶら下がるシャンデリア。
もちろんその明かりは魔力の明かり、魔具と言われる物なのだろう。
そして銀色の長いテーブルはピカピカに磨かれておりその長さは大人40人座ってもだいぶ余裕があるように見られる
長いテーブルには不釣合いにテーブルに腰掛けていたのはアキ達を除いてたった5人だ。
一人は女性、残りは4人は男性だった。
そんな中にアキの見知った顔が一人。この世界で目が覚めたときに『お姉さま』と抱きついてきた女の子。
「待っていたぞ、アキ。私が新調したドレスが似合っておるようで何よりだ」
声をかけてきたのはその威厳から察するにマルビット陛下という人物なのだろう。
年は50代後半だろうか長く威厳のある丁寧に切りそろえられた顎髭が印象的だ。
日ごろ鍛錬を積み重ねているのだろう体格はどちらかというとがっちりしており眉間に深く刻まれた皺が王者たる品格を醸し出していた
「こちらにお座りください」
侍女が椅子を引いてくれたのだが椅子は今のアキの身長には少し高かった。
(くっそ……背が低いってこんなにも不便なのか……)
侍女はそんなアキの様子にはっと気がついて小さな足台を添えた。
よいしょっとお尻をあげて席に着く。
その様子を見とどけてミリィも隣の席に着いた。
「挨拶が遅れたが、私はマルビット・ナズナ・グリンビルド。このグリンビルド王国を統治する現当主である。当主といっても今は代理である。大体のことはアクワルド子爵から聞いておると思う。私はアキの父親、当時の国王の弟にあたる。そなたからすると叔父にあたる」
淡々と説明をするマルビットに緊張した面持ちでマルビットの目を見る。
里親に人のお話を聞くときには、必ず相手の目を見て真剣に聞きなさいと言われたのを思い出していた。
そんな緊張を知ってか知らずか
「そんなに硬い顔をしなくてもいい、いくら私が現当主だとしても同じ王族だ。気を使わなくても良い」
柔らかな表情で答えたのだった。
この晩餐会に参加していたのはアキ達含め7人。それぞれ一通り自己紹介を終える。
銀色の髪でつぶらな瞳、美少女といっても過言ではないその子はアキに抱きついてきた少女ルエルと言った。
マルビット陛下の一人娘だそうで年はアキより2つ下、形式上では国王の娘、アキと同じこの王国のお姫様ということになる。
アキをとても気に入ってるようで2つ年上のアキに対してお姉さんが出来たと喜んでいるらしい。
次に財政を担当しているマグリ内政官、この国の軍を指揮しているウリエル将軍。
そしてルエルの従者であるギィという青年。
順に紹介される。
「そろそろ本題にうつるとしよう。アキ。そなたを呼んだのは理由がある。この国の時期当主になってほしいのだ。グリンビルド王国は古くからこの国を継ぐものは玉座につくものに条件を満たしていれば男女の縛りはなく国王に抜擢される。私は今この玉座に座ってはいるが、残念ながらその資格はないのだ」
「資格がないとはどういうことですか?」
「ふむ、アクワルド子爵から少しは聞いておるのであろう。
私はあくまでアキが王としての器を備えるまでの代理であり、本来、資格をもった人間ではないのだよ。
王となる人物は王家に代々伝わる魔力がある。
その魔力はそなたの父親、前グリンビルド国王の血脈にのみ受け継がれていたのだ。
魔力を持つものは前大戦でアキ以外残ってはいない。そなたの姉妹も呪いにより失われているからな。
この国を継ぐものはその代々受け継がれてきた血を絶やさぬためにも、アキそなたが王になるのが相応しいのだ」
「もし、仮に私がやりたくないって言ったとしたら……?」
予想外のアキの発言にウリエル将軍、マグリ内政官は眉をぴくりと動かし、怪訝な表情でアキを見る。
「無論、それは無理だ。と言いたいところだが、この国の未来を担うのは王たるアキの考え方次第だ。
出来ないというならそれがこの国の行く末なのだろう。
もしそうなってしまうとこの国は遅かれ早かれ潰れる。だがそれも運命、大精霊マリナさまのお導きによるもの。私は王を継ぐことを強制はせぬが……。良い返事を期待しておる」
(それって自分のわがままでやらないっていったらこの国の人たち路頭に迷うってことじゃないか……)
マルビットが言ったことはグリンビルド国民を人質にして、アキが王位を継がなければ何千何万人が流浪の民になることを意味していた。
絶対に出来ないと言わせないように。
アキが国の民を投げ出してまで断る人間じゃないことを知っていてこの代理の王はこの国の存亡をかけた『お願い』を言ってのける。
「私が、王位を継がないと言ったら、具体的にどうなりますか?」
「簡単なことだ。他国から侵略される。
もしくは乗っ取られるな。今や、グリンビルドの跡継ぎはアキ。そなたしか、残っておらん。今は代理としてこの国を治めてはおるが、それもこれも、王位候補のアキ王女が世間では眠りについているという建前からだ。
眠りから覚めれば、私は王である必要性はない。というよりな。この国が許しても、他国が許さないのだ。アキ。国力は何に比例するか分かるか?」
「いえ、分かりません」
「そうであろう。国の力を維持しているのは、国が保有している血族魔術の使い手がいるかどうか?なのだ。
王国は互いに血族魔術の使い手を主とした後継者が王として君臨している。
どれも特殊な魔術でな。その魔術を使って、お互いが助け合い、利益を享受し、連合国として成り立っているのだ。
そこで、血族魔法が使い手がいなければ、国としての体裁や面子、はては存在意義する関わる重要な問題であるのだよ」
つまり、だ。グリンビルド率いる連合国は、王族の中でもオリジナルの魔術の使い手、後継者がおり、お互いに助け合いながら国力を維持してきた。ここで、アキが断れば王位を継ぐ者がいないことになる。そして、血族魔術の血統が途絶えたことが他国に知られれば、これ見よがしに他国が攻めてくる可能性も捨てきれないということ。遠くない未来、グリンビルドは歴史上から姿を消すだろう。
「…………」
「継いでくれぬか? アキ。私は悔しいのだ。何故、私が血族魔法を継がなかったのか、私が使い手であれば、アキ。そなたにこのような重みを背負わせることは無かったのだがな」
しばし、アキは考える。この世界に来て、少女になって、姫になって、今度は後継者として王位を継げときた。到底、安請け合い出来るものではないが、あまりにも重すぎる。でも、受けざるえない状況をあえて作らされた気がする。
国民という人質を盾に。
考えても仕方ない。とアキは決断する。
「分かりました、私には大して出来ることはないかもしれませんがやってみます」
それは事実上、次代の王が誕生した瞬間であった。
「おお、やってくれるか。私もこれで肩の荷が下りた。
だがすぐに即位となると色々と問題も出てくる。
王になるためには最低限の学問、知識と魔術の習得。他国との交渉術も学ばなければならない。
知識と交渉術はこれから見合った人物を付けよう。
だが魔術の習得となると話は違ってくる。その王家の魔力を引き出すためにはこの国ではやや力量不足というものだろう。そこでアキ、そなたにはガーランド魔術学校に通ってもらおうと考えている」
「ガーランドでございますか……」
依然沈黙を保っていたマグリ内政官は、不安げな表情を浮かべ呟いた。
「何か言いたいことがあるのかマグリ?」
「……恐れながら、ガーランド魔術学校は同盟国の国境沿いにある同盟国国内最高の魔術研究施設でありますが、現在は同盟国以外にも優秀な人材ならば育成されると聞きます。
もし、ガーランド魔術学校にグリンビルド王国の時期当主となるアキ殿下が入学されたということが周辺国に知れてしまったら敵国のスパイやアキ殿下の御命を狙う暗殺者等を、学校に忍び込ませる可能性があります。わざわざその危険をさらしてまでガーランド魔術学校に入学させるだけのメリットがあるのかと心配になったのです」
「ふむ、そのことは私も把握しておる。マグリの意見はもっともだが、私もただ危険をさらすような馬鹿ではない。アキが入学するに当たってアクワルド子爵も学校に行ってもらおうと思っておる。マグリ。そなたもアクワルド子爵の力量は知っておるのだろう?」
「そうでございますか……確かにアクワルド子爵様ならアキ殿下を守ることも容易いでしょう」
「マグリ、そなたの率直な意見は内政官として非常に優秀に思うぞ。これからもよろしく頼む」
「は!もったいなきお言葉。これからも王国の発展のために義力を尽くす所存でございます」
「うむ、というわけだ。アクワルド子爵。アキを頼むぞ」
「はい。アキ殿下は私が命に代えてでもお守りいたします」
そんなやりとりが纏まったところで、一人異議を唱えたのはマルビットの一人娘ルエルだった。
「ちょっと待ってください。お父様。私も、お姉さまと一緒にガーランドに通いたいのですが」
「だめだ」
マルビットは一喝し、一人娘の我侭をたしなめる。
「ルエル。お前は魔術に関しては宮廷魔術師のオグワルドが付いておるだろう? これ以上何を習う必要がある」
マルビットは娘の目論見はちゃんと分かっていたし、ルエルがアキに対して好意を抱いているのも知っている。
だがそれはあくまで『Love』ではなく『Like』の部分であると思っている。
身近に同じ年頃の女の子がいなかったというのもあり年頃の女友達が出来て嬉しいくらいにしか思ってはいなかったのだが王の考えとは裏腹にルエルの思惑は『Love』だなのは知る由もなかったのである。
「いえ、私もちゃんと魔術学校で学を身に付けたいのです。私が得意とする治癒魔法も私の才能も周りの環境次第ではとても大きなものを得ると思っています。王族がきちんと魔法力という国力を持っているとするならば他国から足元を見られるということが無いに越したことはありません」
ルエルは必死だった。
あの憧れのお姉様。
グリンビルドの眠り姫にして小さな体に時期当主という運命を宿したお姉様。そのお姉様と一緒に魔術を習うことが出来る。
幼少の頃から年頃で同年代の友達と遊ぶことが出来なかったルエルは、いつしか地下に眠るグリンビルドの眠り姫に異常なほどの執着心が芽生えていたのである。
「確かに、魔法力は国力とも言う。……そうだな。ルエルがそこまで国のことを考えているならば好きにするが良い」
真剣に訴える一人娘にそこまで国のことを考えていると驚きと共に嬉しく思うマルビットは、半ば諦めにも似た感情を込めてそう言った。
ルエルは勝利した。王という立場を利用して国の体裁、国力は魔法力に比例するという言葉遊びを持ち出したのである。
(……これで計画はひとつ進行したわ)
そう心の中でほくそ笑むルエルをよそに従者ギィは大きくため息をついたのだった。