【王宮編】晩餐会
「アキ殿下。アクワルド子爵様がお見えになりました」
よく通る声で部屋の前でリリスは来客を知らせる。
アキの左手で時を刻む現代の文明の利器は『18:27』と表示されていた。
「うん、通していいよ」
(みーちゃんが来るの今日はちょっと早いな。いつもは食事が終わってからなのに)
そんな疑問を抱きつつ部屋に迎え入れる。
アキがこの世界に来てから今日でちょうど7日目の夜のことだ。
いつもならアキの食事が終わる20:00以降に部屋に来て、その日一日の出来事やこの国の政情等色々なことを語らうのだが。
アキが話をするというよりもっぱらミリィが話すほうが多かった。もちろん大半は愚痴である。
ミリィはこの国の重要なポストについているらしく、仕事上の愚痴を聞くのが殆どだったがアキはそれでも良かった。
むしろこの世界のことをよく知らないアキにとって、ミリィの話は退屈な後宮生活の数少ない娯楽のひとつになっていた。
「アキ、退屈していましたか?」
「最初に比べたらそうでもないけど。最近は後宮の中庭を散歩したりリリスとマーニャに駒盤戦記を教えてもらったり相手になってもらったりしてるよ。最初は結構負け続きだったけどリリスとマーニャにも勝てるようになったよ!」
「へぇ……あのリリスとマーニャをねえ……」
感嘆の声を上げるミリィ。
駒盤戦記とは現代でチェスや将棋等に似ている。
双方のプレイヤーは、交互に盤上にある自分の駒を1回ずつ動かし相手の王駒が逃げられない状況に追い込めば詰手となる。
基本的にルール等はチェスや将棋と殆ど同じだ。
その為、アキにもゲームは覚えやすく時間潰しには最適だった
最初は負け続きだったアキも次第にルールを理解し、リリスとマーニャにも勝てるようになっていた。
リリスとマーニャも手加減をしているわけではないのだが、飲み込みが早いアキに驚いた。
2人ともこのゲームに関しては弱い方ではなく、かなり強い方だ。
優秀な2人の侍女は淑女の嗜みとして、時にはゲーム相手も勤めなければならない。
それはこの王国を継ぐものにとって重要なことであり、歴代の王となったものはこの駒盤戦記が強かったのだという。
そんなアキの成長を見届けながら2人の侍女はこの国をいずれ継ぐ王者の器を感じ始めていた。
「アキ、今度私が時間があるときに是非相手になってくださいね」
「もちろん。大歓迎だよ!みーちゃんだからって手加減はしないからね!」
「そうですか、そうですか。それは楽しみです♪」
満足そうに笑みを浮かべ、ソファに腰掛け仕事の疲れを癒すようにう~んと伸びをする。
「ねえ、最近になって思うんだけど、みーちゃん僕の部屋に来てくつろぎ過ぎじゃない? 一応、今の立場ってこの国の王族でお姫様ってことになってるんだけど」
「そうですねえ、でも私が堅苦しい喋り方や立ち振る舞いをしていたらアキは疲れてしまうでしょう? 現に私自身も疲れてしまいますし。アキがそうして欲しいというなら私はこれから王家の従者としてアキに接しますけど……」
「そっかあ、それなら今のままがいいかも」
この世界でミリィと再開したときのことを思い出す。
確かにあの調子で喋られてはやりにくい。
「解っていただけてうれしいですアキ。でも私だって分別くらいありますよ。こうしてアキと二人きりで喋っている時しかこのような立ち振る舞いはしませんし、ちゃんと公の場ではアキの従者、アクワルド子爵としての役割がありますから」
「それはそうと、今日はいつもより部屋に来るの早くない? 何かあったの?」
初めに感じた疑問を切り出すアキ。
「はい。そのこと何ですが、いつも食事は自分のお部屋で摂られていますよね。今日はこの国の当主様から重要な話があるとのことで、それでその話を交えながら王宮の方で食事会をしたいと。この国の当主様、つまり現グリンビルド王国の現国王であるマルビット陛下直々に晩餐会を開きたいと申し出があったのです。それで少し早めにアキの部屋に来たのですよ」
「重要な話って何だろう? じゃあ今日はここで食事はできないのね」
「はい。そうなります。おそらく内容は重役へのアキのお披露目とお互いの紹介だと思います。あとこれ。マルビット陛下からお預かりしたものです」
そう言ってミリィは綺麗にたたまれた白い服を渡す。
「……これ……服?」
「はい、アキの体に合わせて作らせたものでとてもかわいらしいドレスですよ?」
アキが今着ている服は体には少し大きめのゆったりとしたワンピースだ。
15歳の少女用に作られたそれは現在の小さい体では大きくだぼだぼとまではいかないまでもスカートは足で殆ど隠れ床と足がすれすれで油断すると踏んづけて転んでしまいそうであった。
「……これ本当に着るの?」
こんなものを着て晩餐会とやらに行かなければいけないのか?という恥ずかしさが先行してアキはたまらず呻いた。
白を基調としたナイトドレスだ。
縫製に使われている金色の糸が繊細さと高級感をかもし出し純白のドレスを際立たたせており、これがかなり高価なもので良い物だと素人のアキが見ても解る
だが、元男、いやこの場合元々女性といった方が正しいのか、女装をしたことのないアキにとってそれは苦痛以外の何物でもないのだが今は王国の姫でむしろ割り切らないといけないのではないかと考える。
(いや、俺は元々女性なんだよな。それなら可笑しくはないけど、でも慣れないなあ)
そんなアキの考えを後押しするようにミリィは言う。
「何を悩んでいらっしゃるのですか?今はアキはかわいいのですから、いえ、今もですが。私は偽体だった頃のアキも両方ともかわいいと思いますよ。このドレスは絶対アキに似合います。それは女性である私が保証します。もっと自分の容姿に自信を持ってください」
「そっか、それなら仕方ないか」
半ばあきらめの気持ちで、もうこうなったらすべて割り切って女性として生活していくしかないと思おうとする反面、決意してもやはり男の良心というものが邪魔をしてくる気持ちもある。
少し前にこの世界の鏡で初めて自分の容姿を見たのだが、そこに映っていたのは白く透き通った肌、磁器人形のように整った顔立ち、目がくりっとした金髪碧眼の少女の姿だった。
その時、自分が女の子になってしまったのを改めて実感したのだが、やはり心の奥底に体と心が一致しないモヤモヤがあるのだった。