【休暇編】朱善祭とラブレター
その日。グリンビルド王国は騒がしかった。
何故ならば、時期王となるアキ殿下一行が約1年ぶりに王国へ戻られるというしらせが届いたからだ。
だが、そればかりではない。
『今日という日は先の大戦で連合国が勝利した記念すべき日である。グリンビルド王国の更なる繁栄を祝し、朱善祭とする』
時の王。マルビットはこのようなお触れを出した。
この日消費される酒、食べ物類の経費は一切合財、王国持ちということもあり、騒がしいのは城内に留まらず、城下の街は活気づいていた。
だが、このような宴の取り計らいは実際のところ、ギンガンナム大陸を繋ぐレバニール砦が陥落し、前大戦の不安感が増しているためでもある。
朱善祭とは名ばかりの、国民の不安感を払拭するための策だったのであった。
「お帰りなさいませ。アキ殿下」
「リリス、マーニャ! ただいまー会いたかったよ!」
1年ぶりに聞く懐かしい侍女達の声と顔を発見して、アキは二人に抱きついた。
「殿下、しばらく見ない内にこんなに成長して……」
言って、よしよしとアキの頭を撫でるマーニャ。
そんな二人のやりとりを笑顔で見つめながら
「本当に、1年前は私たちより背が低かったのに同じくらいになられましたね」
とリリス。
リリス、マーニャとはこの世界に来て一緒に過ごしたのはたった4ヶ月たらずだというのに、ガーランドに入学して1年以上経った今とでは、妙に懐かしく、暖かく感じる。過ごした時間はアキがいた以前の世界の方が長いはずなのだが、やっぱりあちらの世界よりしっくりくるのは自分が本当はこの世界の人間だからなのだろうか。とアキは思ったりもする。
「殿下、お元気そうで何よりです。長旅さぞお疲れでしょう。すぐにお風呂をご用意いたします」
「殿下、その手持ちのお荷物お持ちしましょうか?」
アキが大事そうに抱えている風呂敷を見てマーニャが尋ねる。
荷物のほとんどは竜車から侍女達が運んでくれていたのでアキが荷物を持つことはない。
「あ、うん。これは大事な人から預かった大切なものだから、人には預けたくないんだ」
「そう……ですか。失礼ですが、その中身を聞いてもよろしいですか?」
後宮において危険なものを持ち込むわけにも行かない。たとえ姫様であっても外部からチェックを受けた物しか持ち込んではいけないことになっている。
12年前の血の呪いによって国王を呪いにおいやったのも城に持ち込まれた魔具のせいだった。
そのようなことがあり、検閲には厳しい。
「うーん……あんまり人には見せたくないんだけど。リリスとマーニャにはいっか。あとで少なからずこの子もお世話になるだろうし」
「この子?」
「うん。これだよ」
言って、ベッドの上に風呂敷をおくとバサリと布を解く。
現れたのは卵だった。それもかなり大きい。
子供の頭程の大きさの巨大な卵だ。
「これは……何かの卵……ですか?」
「そうだよ。これ、大事な人から預かった竜の卵なんだ」
「竜!? ですか……?」
「そう、竜だよ。ゴールデンドラゴンの卵」
「ご、ご……ゴールデンドラゴンって伝説の魔生物じゃないですか……!? ……なんでそんな大層な物を……っ」
「色々あって預かってほしいって言われて預かっちゃったんだ」
「しかし……そんな危険な物ここに置くわけにはいきません」
「お願いだって……ルエルだってリス飼ってるじゃんー」
「リスとゴールデンドラゴンは全く違います。それにゴールデンドラゴンは人を襲う凶暴な竜だって言われています。そんなものが後宮内をうろうろしてるなんて危険すぎます」
確かにリリスの言うことはもっともだ。
ゴールデンドラゴンを知るものは人間の里を襲ったという事実は本当の事。だが、それが人間が竜のすみかを荒らした結果引き金になって人間を襲った。頭が良く普段は大人しいゴールデンドラゴンだと説明したとしても彼女たちを納得させるのは難しいだろう。
かといって、ゴールデンドラゴンの長から賢者の石の塊であるこの卵を邪なものから護るために預かっているなどと本当のことは言えるはずもない。それに言ったところで彼女たちが納得してくれるかどうかはまた別の話である。
――困ったなあ。隠れて育てるにも、城にいる間はリリスたちが四六時中ついてるわけだし、どうにかなんないかな。
「何をそんなにもめているのですか?」
入り口からひょっこり顔を出すミリィ。
「アクワルド子爵様、お戻りになられたのですね」
「あ、みーちゃん」
「聞いてください。殿下が凶暴なゴールデンドラゴンをこの後宮で飼おうと……」
「そのことならば、マルビット陛下に先程謁見した時に話をしました。もちろん、ここで飼ってもいいと許可をもらいました」
「みーちゃん、それ本当?」
「ええ、本当です。こんな事もあろうかとガーランド学長のサインも貰ってきています」
ミリィもアキもその事情故、学長等に事の発端から卵の詳細を話せずにいたのだが、ルベラさんが卵について上手いこと取りはからってくれたようだった。もちろん、帰省することも見据えて、学長自ら安全であるというお墨付きを貰った上で。
「それなら……仕方ありませんね……」
はふ。とため息をついてリリスは了承したのだった。
◆
アキがお風呂から上がり、リリスにくしで髪をとかしてもらっていた時のことだ。
「殿下。あの……お手紙が届いています」
そう話しかけてきたのはマーニャだ。心なしかニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべている。
「差出人はどなたですか?」
「はい。ソルトゲイツ王国からですね。ガッシュ・リィン・ソルトゲイツ様からでございますよ」
「……ガッシュ!? 」
意外な差出人の報告にアキは驚きの声を上げた。
「あらあら、殿下。ガッシュ様と言えばソルトゲイツ王国の後継者様ではないですか。すでに意中の王子様をひっかけたのですか?」
マーニャの意地の悪い冗談を知ってかしらずか
「え?違うよ。ガッシュは友達。ガーランドで仲良くなったんだよ。喧嘩もしたけどね」
と、返す。
「殿下、このお手紙の留め金。レイセスディアの花をあしらっていますよ」
と、リリス。
「え?それがどうしたの?」
「ご存知ないのですか?レイセスディアの花はソルトゲイツ王国では愛を伝えるときに恋人に贈る花と聞いています。もしやこれはアキ殿下に対してのらぶれたーなのではないですか?」
ぶっ
アキは予想外のリリスの答えに飲みかけのハーブティを噴出した。
「ら……らぶ……らぶれたーー!?」
「やりますね。殿下。いつの間に彼を作られたのですか?」
「ち、ちがうって!ガッシュとは普通の友達だって!」
「でも、このレイセスディアの留め金は意中の相手に贈るものですよ」
「私はまったくそんな気はないし。それに……ガッシュだよ!?まさか……!?」
――だって俺は男だって……。ガッシュが私に気があるなどと。そんなことあるわけない。
いや、待て。今は女だし、立場上、仮にも一国の王女だ。でも、ガッシュに限って……いやいやいやいや。まさか……ね?
一瞬。そんな考えを抱くが、はっとし、アキは考え直す。
ガッシュは男だ。そして年頃の男の子で、アキも体は年頃の女の子だ。
ガッシュの立場からすれば仲良くなった年頃の女の子は好意の対象になるのかもしれない。自分が、過去そうであったように。
――ありえる……。
そうであったとしたら厄介だ。アキが今までどおりに接していればそれを好意と受け取ってしまうかもしれない。そのまま知らずに付き合い続ければ今までどおりの関係を続けていくのは困難になるだろう。
――まーた、めんどくさいことが増えた……。これが思い過ごしならいいんだけど……。
アキは、羊皮紙の便箋を眺めつつ、今日一番の深いため息をついたのだった。




