【王宮編】代償は幼女化ですか?
王国暦573年
人間は争いを続けていた。
時のグリンビルド王国率いる連合国は、20年にもわたる長き戦いに勝利し、統治することにより世界は平穏な日々を取り戻した。
しかし、敵国は最後の足掻き、戦場では絶対に使ってはならない禁忌魔法とされている『血の呪い』を発動し、王家の血を濃く受け継いでいるグリンビルド王族は不治の病に倒れその命を落とした。
当時のグリンビルド国王も病に倒れ帰らぬ人となった。
国王には4人の子供がおり、その内の3人は呪いを受け死に至った。
事態を重く見た宮廷魔術師のオグワルドは、王家の血を絶やしてはならないと考えた結果、
最後の生き残りである当時4歳だったアキ第3王女を、肉体と精神を切り離し肉体を地下へ安置し、異世界用の当時試作段階であった魔力で作った人造人間の実験体に、アキの精神とお目付け役ことエルフのアクワルド子爵の精神を肉体にこめ、異世界へと避難させるという苦渋の決断を下した。
そして、この世界で呪いの効果が消える12年間、現実世界で成人とみなされる16歳を迎えるころに偽体の寿命を迎える為、アキ王女をこの世界に戻すという計画を立てた。
老医師マシュウは淡々と語った。
「つまり、殿下、あなたは元々こちら側の人間だったのです、呪いの効果が切れる12年間はアキ様が過ごしたあちらの世界に避難させる必要があったのです」
「えと……話を、まとめると、俺は元々ここの世界の住人で、王女で、呪いを受けて、血が途絶えてしまうから、なんとか頑張って、異世界に男にして送ったってことかい?そして元々女だった……?うん、ありえねえ」
慣れない体をベッドから起こしアキは尋ねる。
「左様でございます、間違いなくこのグリンビルド王国第3王女アキ・ベルシュ・グリンビルド殿下にございます」
信じられるか?
あまりにも突拍子のないことを説明されて、夢ではないかと、アキは頬っぺたを抓ってみる。
「いてえ……」
夢であれば覚めて欲しい。どこのファンタジー小説なんだよ。とアキは心の中で突っ込む。
アキには里親ではあったが普通の学校生活を送り友達もいる。男としての12年間を過ごしてきた。
老医師からもたらされた事実は信じがたいものである。
とはいっても、そう説明されれば、現状女の体になっていることがすべてなのだろう。
しかし、疑問が残る。
もともと、女だったとしても。
何故、男として異世界に送られたか?である。
「まだ頭がこんがらがって、まだ整理が付かないんだけど、これだけは知りたい。元々女なんだよね?じゃあ何で、送った先で男になってたの?」
「それは……。受けた呪いを回避させる為の苦肉の策であります。呪いは精神に寄生するタイプで、体と精神が一致して初めて発動するものだったらしいのです。肉体と精神を切り離し、世界を飛び越えさせても、成功するとも限りませんでした。だから念の為、呪いに完全に別人格であると認識させるために、男の器を用意させたのです」
もう、なんでもありだね。
それでも、ありえない。
4歳のときに施設で4年間過ごし、その後、里親に引き取られ学校生活を送っていた。里親には、そう聞かされていた。
4歳までの記憶がない。それは普通なのかもしれない。
あなたは3歳の時の思い出がありますか?なんて、聞いても大抵の人は答えられないだろう。
本当の親の顔も知らない。でも、不自由だと思ったことはない。
だから、王宮で過ごしたであろう記憶がないのは当たり前なのかもしれない。
確かにそうなのかもしれない。
だけど何かが引っかかるのだ。何か忘れている気がする。
「あの……さっき言ったエルフのアクワルド子爵って?」
「ミリィ・デルーシュ・アクワルド様の事ですね。彼女はこの王宮に代々仕えているエルフの家系の娘でございます。彼女は殿下を異世界に避難させる際にお目付け役兼お守りするために、精神を一緒に住まわせたのです」
つまりこういうことだ、二重人格、人格障害だと思っていたのは間違いで、みーちゃんことミリィは確かに存在していて自分をずっと守ってくれていたって事。
となるとみーちゃんはミリィは今どこで何をしているんだろう。この世界に戻ってきたときに消滅してしまったんだろうか?
12年間ずっと支えてきたアキの大切な存在、会えるなら会いたい、そしてこれが夢かどうかを確かめたい。
そんな感情に突き動かされ――
「ねえ!今はみーちゃんはどこにいるの!?」
老医師に問い詰める。
アキの心配を察したのか老医師マシュウは、
「心配は要りません。アクワルド子爵様はご健在でございます。今は元の体に戻りあちらの世界でのご報告の為、グリンビルド国王に謁見なさっているところです。そちらの用が済めばじきにアキ様に顔をお見せにくるでしょう」
「そっか、安心したよ」
「安心したところで悪いのですが、ひとつ殿下には謝らなければならないことがあります……」
老医師マシュウは言いにくそうそっぽを向いて呟く。
「……どうしたの……?」
「……実は本来ならば精神が異世界にある間も元の体である殿下の体は元に戻るときに困らないように魔力で年相応に成長させていたんですが……」
「うん……」
嫌な予感がアキの頭を巡る。
「こちらのちょっとした手違いで、10歳の時に成長が止まってしまったのです……」
ベッドのシーツの中の自分の体を確認する。
未成熟な色白の美しい少女の肢体がそこにはあった。
「……嘘でしょ」
ぽそりそう呟いて頭を抱えるのであった。