表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
眠り姫は精霊魔法で無双する~神殺しと呼ばれた幼女~  作者: 綾乃葵
第2章 ガーランド魔術学校編
29/31

幕間1

 薄暗い、さびれた商店街の路地裏。


 雨に打たれながら少年が一人立ちすくしていた。


 少年は両手で抱くように1冊の古びた本を大事そうに抱え曇天の空を見上げる。


「……ここはどこ?」とぽつり呟く。


 ぼさぼさの髪、古びた大きな布を何枚にも体に巻き着け首のあたりで金属のピンのようなもので布を繋ぎ留めている。


 その風貌は、はたから見ればホームレスのようだった。


 周りには人影は見当たらず、雑居ビルの排水パイプからゴポゴポと勢いよく水が噴き出して少年の足を濡らした。


「……つめたい。ねえ……誰もいないの……?」


 少年は視線を移し、おそるおそる周りを見渡す。


 路地裏の向こう側。


 少年の耳に届いたのは雨がアスファルトを打つ音と、時折自動車が道路わきに溜まった雨水を飛散させる音。


 薄暗い路地裏の向こうは車道になっているらしく、建物と建物の間の少年がいる場所より幾分か明るい。


 そしてその微かな明かりを目指し、少年はゆっくりと歩きだした。




 薄暗い路地裏を抜けると車道の脇の歩道に出た。

 少年はあるもの見つけて安堵する。


 人だ。


 少年はすれ違う通行人にかけより「ここはどこですか?」と訊ねる。


 だが通行人は何か珍しい物をみるような目で少年を見ると困ったような顔をして通り過ぎていく。


「あの……。お願いここはどこか教えて……」


 訴えるように少年は一人呟く。


 一体何人に声をかけたのだろう。誰一人として少年の相手をしてくれる人はいなかった。


「……ねえったら……」


 続きを言いかけて、少年は急に悲しくなった


「ここはどこなの……?」


 目には涙を浮かべ、今にも泣き出しそうな表情で少年はその場に座り込んだ。


 アスファルトを蹂躙した雨が今度は少年の尻をじわりと侵食していく。


 その問いは誰に向けて発されたのか。


『ねえ。聞こえる?』


 ふと、誰かの声が聞こえた。


 少年はハッとし辺りを見渡す。


 車道を駆け抜けた白い軽トラックが、排水溝に溜まっていた雨水を弾き飛ばして少年の全身を濡らした。


 口に入った泥混じりの雨水をぺっぺっと吐き出して少年は声を上げた。


「どこ?ねえどこにいるの?」


『私はここにいるよ。あなたの中に』


「わたしの……なか?」


『はい。あなたの心の中に。だから泣かないで? 私が側にいるから』


「あなたは誰?」


『私はミリィ。ミリィ・デルーシュ・アクワルド』


「長くて名前、おぼえられないよ……ミリィだからみーちゃん。みーちゃんって呼んでもいい?」


『はい。アキがそう呼びたいのであれば』


「アキ? アキってわたしのこと……?」


 オウム返しに少年は返して、ふと自分自身の名前すら思い出せない事に気が付いた。


『そうです。あなたはアキ。世界を飛び越えようと貴方は貴方である事に変わりありません』


 姿の見えない人物とやりとりをしていると、いつの間にか少年の周りには2人の警察官が少年を囲んでいた。


「ぼく、どこから来たの?こんな所で一人でいて風邪をひいてしまうよ?」


「おとうさん、おかあさんは?」


 2人の中年の警察官は少年の目線に合わせるように屈んで交互に質問を投げかける


 だが、少年に向けて発したその言葉は彼の耳には理解できなかった。


「……何ていってるのかよくわからないよ……」


 そう少年も二人の警察官に返すのだが首をかしげるばかり


「まいったな。この子、移民の子か?」


 そう同僚に声をかける


「とりあえず、この子を保護して署に一旦戻ろう」


「ぼく、ちょっとおじさんと一緒に行こうか、一緒にお父さんとお母さんを探しに行こう」


 少年の冷たくなった手を取りそう語りかける。




「―――えー……聞こえますか? どうぞ。住民から通報のあった身元不明の少年一人を現地にて保護。これから署に戻ります。どうぞ」


 パトカーに取り付けられた無線機を口に当ててもう一人の警察官は事務的な口調で報告する。


 正午から降り出した雨は次第に雨脚を強くしていた。



薄暗い署内の一室。雨に濡れたアキは、小さな椅子に座らされ、膝を抱え込むように震えていた。


「――大丈夫だよ、アキ。落ち着いて……」


ミリィの声が心の中で優しく響く。目に見えないのに、確かにアキを支えている存在がそこにいることを感じた。


向かいに座る中年の警察官が、ゆっくりと手を差し出す。


「ほら、温かい毛布だよ。震えなくていいんだ」


アキは目を見開いた。言葉は理解できない。けれども、毛布の柔らかさと温かさは確かに伝わった。


『わたしが助けるからね、怖がらなくていい』


ミリィの囁きに安心し、アキはそっと手を伸ばして毛布を掴む。その小さな行動に、警察官は微笑み返した。


「よし、少しずつ話そうか」


アキは首をかしげ、眉をひそめる。言葉はまだ分からない。そこでミリィが小さな魔力を用いた――心の声を通して、警察官に意思を少しずつ伝える魔力だ。


『この人たちは味方だよ、心配しないで』


アキが目を合わせると、警察官は優しく頷き、ゆっくりと手を差し伸べた。アキもそっと手を握る。


雨音と署内の静かな空気の中で、二人は見えない絆を確かめるように互いを意識した。


『ここにいても安全だよ、アキ。でもいつか元の世界に戻るための準備も必要だから』


アキは小さく頷く。目にはまだ不安の色が残るが、ミリィが隣にいることで、恐怖は少しずつ和らいでいた。


外の雨は強く降り続いていたが、アキの心には、初めて現実世界で「味方」を感じた小さな光が差し込んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ