【魔術学校編】謹慎期間、眠り姫の願い
ヴェラルの一件の後、アキ達がガーランドに戻ったのはそれから3日後のことだ。
ガーランドに戻ったアキは無断で学校を休んだことと、竜の住まう地で行方不明になったことで謹慎3日間の処分を言い渡されていた。
ミリィからあとから聞いた話だと本当なら重い罰が課せられるはずだったそうなのだが、ガッシュの言い分と、後に届いたルベラの書状により軽い処分で済んだ、ということだった。
ガーランドとルベラのやりとりをみる限り、ルベラがガーランド側の人間と言うことはあながち嘘ではないようであった。
もっとも、ガーランド側はまさか彼が竜の住まう地を納める皇帝竜だとは知る由もない。
謹慎期間最終日の午後、アキは自室でルベラから託された黄金竜の卵を転がしてみたり、磨いてみたりと、暇を持て余していた。
「……これが賢者の石……ねぇ……」
両の掌で弄びながらアキは呟く。
アキの小さな手では収まりきらず落としそうになる。それをあわてて両手で大事に抱えて机の定位置に戻す。
皇帝竜ルベラから託された賢者の石を内包した黄金竜の卵。
よくよく考えてみれば、『この賢者の石、皇帝竜としての次世代の担い手としての自我を確立させるまで預かっていてほしい』とルベラは言った。
それって、この卵が仮に孵化した時は、子ドラゴンとかの世話もこっちでしないといけないのかな。
それに世話はいいとして。この子ドラゴンはどこまで大きくなるのだろう。
黄金竜って実際に見たことはないけど、書庫の資料には成竜した黄金竜で7ラート(アキの世界で1ラート=1mとほぼ同義)とある。ぽんって安請け合いしちゃったけどペット飼うってレベルじゃないような。
そもそも、寮ってペット飼って良かったの?
様々な疑問がアキの頭の中を一杯にするが、とりあえず考えないことにした。
一人で考えるより、ミリィが書庫から帰ってきてから色々と相談することにする。
ちなみにミリィは今ガーランドの書庫でアルバイトをしている。
今のところ、アキが学園内で命を狙われることは殆どないだろうと判断した為である。
平日、アキが授業を受けている間は、従者であるミリィはお留守番をしていたが、最近は時間つぶしもかねてミリィは精霊魔術の書庫の管理を任されていた。
「アキが授業に行ってる間、やることが家事くらいで暇すぎて仕方がない」とよく口にしていたが今はその気持ちがアキにもよくわかる。
王宮では政務も担当していた為、忙しさで目が回る程だったそうだ。
ガーランドに来て、忙しい王宮勤めから開放され、少しは羽を伸ばせるだろうと思っていたらしいのだが、その考えは3ヶ月も経つと刺激のない生活に嫌気がさしてくる。
ミリィ曰く「専業主婦の憂鬱だわ」だそうである。実際には専業主婦でもなんでもないのだが。
ガーランドには様々な国から魔術書が集められている。
書庫は大まかに分けて4つ。
黒魔術に関する書物庫。白魔術に関する書物庫、精霊魔術に関する書物庫、その他の書物庫。
精霊魔術に関する書物庫はその特性上、精霊魔術のライトに当たる物しか扱える物がいない為、研究自体が遅れている。
それもそのはず、黒魔術の事前詠唱を駆使しても簡単な補助魔術や、攻撃魔術、今なら魔具に応用できるような簡単な魔術しか、研究されていないこともあり、それ以上のことは実験しようにも使い手が居ない為、実験出来ないのである。
そんなこともあって精霊魔術に関する書庫はほぼ放置されていた。
そこに目を付けたのがミリィであり、生粋のエルフであるミリィは、精霊魔術を扱える貴重な人材として期間限定ではあるが精霊魔術に関する書庫を任されていた。短期のバイトのようなものである。
「時間的にそろそろ戻ってくるはずだけど――」
アキは電波時計を確認して一人ごちる。
左腕にはめられている電波時計の液晶は16:34の数字を浮かび上がらせている。
時刻は夕方。
ミリィのアルバイトが終わるのはアキの授業が終わるより少し遅い。
いつもは大体この時計で17:00くらいには戻ってくる。
以前にも時間の概念について考えたことがあったのだが、現代からの持ち物、電波時計が示す時刻とこの世界の時間の概念は殆ど変わらないことがわかった。
時計を持たないこの世界の住人はどうやって時間を把握しているのか?をミリィに聞いたことがある。
この世界は5つの月の見え方と太陽の位置で時間を把握しているらしい。
1日の長さは24時間。日が昇り太陽が真上にある時が正午。
昼間でも確認できるうっすらと見える月はその数で今何時なのかを大まかに確認することができる。
月の数は5つ。24時間を5で割った時間。4.8時間で月が一つ。月が半欠けでその半分。2.4時間になる。
1刻=2.4時間。つまり午前と午後は5つの月が一つずつ現れ5つ全部出現したときが12時間。それ以降は一つずつ消えていくことになる。
これはあくまで概念であり、実際にはガーランド製の『月時計』という魔具が流通している。
貴族や有力者等の中流家庭は家に一台はあるといわれる極めてポピュラーな魔具である。
月の満ち欠けによる魔力の量によって時間を把握することが出来るそうだ。
ただ、腕時計のように小型化は難しく、アキが身に着けている現代の電子器具ソーラー電波時計は時間の概念が同じなので正確な時間が把握でき、かつ持ち運べるという点ではとても便利なものだった。
と、不意にりんりんと呼び鈴が鳴らされる。
来客を知らせる合図だ。
寮の部屋の前には各部屋に来客を知らせる呼び鈴が付いている。
「はーい。今行くね」
――ミリィが帰ってきた!
返事をしてアキはすぐさま玄関の鍵を外す。
「みーちゃんおかえり! 今開けるね」
勢いよく玄関の扉を開ける。
「みーちゃんじゃなくて悪かったな……」
そこに立っていたのはエルフの娘ではなくアキの見知った人物だった。
「ガッシュ?」
「よ、よお……」
照れくさそうにそっぽを向きながらガッシュは言う。
「何か御用ですか?」
「ちょっと話があるんだ」
「ここ、女子寮だから、誰かに見られるとあとあと大変でしょ?長くなりそうなら中で話聞くけど」
「そ、そうさせてもらう……」
恥ずかしそうに、ガッシュはそう答えると、ぎこちない動きで部屋に入るガッシュ。
そんなガッシュに何緊張してるんだろうと疑問を抱きながら部屋に迎え入れるアキ。
アキは半年以上女性の中で生活しているため、女の耐性が付いていたのだが、ガッシュはそうでもなかった。それにしてもこの態度の変わり様はなんだろう。
女性の部屋に入り、緊張でガチガチになったガッシュは恥ずかしそうに頬を右手でポリポリかきながら「あのな・・・この前のことなんだけど・・・」と切り出す。
「立ち話もなんだし、てきとーに座ってて」
アキに言われ、近くのソファに腰を下ろすと、対面する形で反対側のソファに腰を下ろすアキ。
「――で。話ってなんですか?」
「……覚えてないのか?この前の勝負のことだけど」
「あ。勝負してましたね」
「あの勝負の事なんだが……俺の負けだ。悪かった」
言って頭を下げるガッシュ。
「え?え?」
一瞬何のことか分からずに混乱するアキ。
「それと、その……捕まった時、助けてくれて、ありがとう……な」
「ええと、うん。そんな、謝らないでください。大した怪我がなくて良かったです」
「俺は正直、お前のことがあんまり好きじゃなかった。急に特待生として編入してくるし、特別研究員になるわ。どうせ何の努力せずにコネで上がってきたとばっかり思ってた。気に入らなかった。だけどお前の実力は本物だった。ヴェラルの一件で捕まった馬鹿な俺をそのまま見捨てることだって出来たはずなのに危険を冒してまで助けに来てくれた。何故?俺を助けてくれた?」
「私は相手が誰であろうと助けます。見捨てるなんてしません」
「そ、そうか……。あれは本当に俺が悪かった。それと俺は勝負に負けた。アキ、お前のほうが才能もあるし、コネなんかじゃなく実力は上だ。今までの非礼を詫びたい。約束通り、アキ、お前の言うことは一つだけ何でも聞く。どんなことでも言ってくれ」
ガッシュは覚悟していた。どんな屈辱的な願いも受けるつもりだった。
あれだけ、アキのことを気に入らないと馬鹿にして、勝負に負けたら特別研究員の地位も剥奪特待生も辞退しろ、と言ったのだ。
一方的に仕掛けたガッシュは勝負にまず負けるとは思ってなかったし、まさか、馬鹿にした相手に命を救われ、無残な負け方をした。
普通ならアキの前に姿を現すことさえ恥ずかしく、屈辱的なのだが、こんな自分でも恥というものを知っている。そこは約束は必ず守るという信念をもっている。
ガッシュの言葉を一通り聞いた後。短いため息を吐くアキ。
「そうですねぇ。どうしようかなー」
いたずらっぽい笑みを浮かべ、ちらりとガッシュに視線を移す。
「何でも言ってくれ……。俺はお前にひどいことをしてしまった。何でも罰は受ける……」
うなだれるガッシュをよそに、アキはひとしきり、う~んと考えた後、思いついたように手をぽんと鳴らす。
「そうだ! ガッシュ」
「何だ? なんなりと言ってくれ」
「じゃあさ、私と友達になってよ」
悪意もなく無邪気にそう提案したアキの言葉に。
「へ……?」
と、間の抜けた返事をするガッシュ。
あの一件以来、ガッシュの中で彼女の見方が180°変わってしまった。
今まではコネで上ってきた生意気な小娘として認識していたガッシュだったが、今は自分を助けるために危険を省みず突っ込んでいき、助けてくれた命の恩人でもある。
なおかつ、魔術の才能や技術は単にコネでクラスに編入してきたわけではなく、紛れもなく実力で入ってきたというのが今回の件でハッキリしたのだ。
自分より強い女性、今はアキに対して一種のあこがれにも似た感情を抱いていた。
相手に嫌われることを覚悟していたガッシュにとって、友達になってほしいという提案は願ってもないことだ。
そしてそれがアキに対しての恋愛感情だと気付くのは、もう少し後の話である。
ガッシュのそのような考えを抱いていることなどつゆ知らず、アキは初めて出来た親族以外の友達が出来たことに喜んでいたのだった。




