【魔術学校編】次世代の担い手
魔術師ヴェラル編完結
「何故だ……?何故、私は負けたのだ……?」
抑揚のない声で、首だけになった体でヴェラルはアキに問う。
「あなたが持っていた賢者の石は偽物だったの……」
既に敵意も消え、その存在自体現世から消えようとしているヴェラル。
アキはその問いに答えるように呟く。
「そうか……これも運命か」
何かを悟るように、己の現状をあるがまま受け入れるようにヴェラルは言う。
地面に無造作に転がる首だけになった人魔――
ヒトならざるもの
死にゆくものへの餞の言葉。
「人間の娘よ……私は人を捨てた。だが、人であることを望んだ。このような体になったとしても、我の存在を己で居たいという願望を持ってはいけないのだろうか?」
「それは私にはわからないわ……」
「……ただ、一つ言えるとすれば何かでありたい、自分が自分でありたいと思うのは、それはまだ自分が人間であるという証拠ではないですか?」
「そうか……おまえの言うとおりかもしれんな、人間の娘よ……
この日々自分が自分でなくなる恐怖に怯えながら、過ごすのも疲れてきたところだ……滅びる時くらい人間でありたいものだ……
人間の娘よ、そなたに今問う。我は人間であっただろうか?」
「あなたは人間よ。ヴェラル」
「……安心したよ……もしかしたら、我は心の奥で人間としての死を望んでいたのかもしれんな……」
ヴェラルはアキの言葉に安心したかのように目を閉じる。
同時に脆い砂細工のように、その頭部は一陣の風によってサラサラと崩れ風に溶けた。
それが人魔ヴェラルの人としての最後だった。
「アキ!大丈夫ですか?」
ミリィが傷ついた鞭を打ち、体を起こしアキの元へ駆け寄る。
アキもその魔力を使い果たし、意識を保っているのがやっとの状態だ。
「大丈夫じゃ……ないかも……」
その呟きは弱々しく、今にも消え入りそうだった。
唐突に襲う強烈な睡魔と疲労感。
アキは受けた傷こそないものの、今まで使ったことのない自身の魔力全てを解放する魔術を使った為、魔術を扱うときに消耗する精神的負荷も同時にその体に負担としてのし掛かっていたのである。
アキの体がよろめく。
その体をミリィが優しく受け止める。
「無茶しすぎですよ。全く……」
腕の中に抱かれて目を閉じるアキ。
「ゆっくりおやすみ……」
ミリィはアキの頭を撫でながら小さく呟いた。
◇
アキが目を覚ましたのはベッドの上だった。
「目が覚めたかアキ。ここは私の小屋だ」
朦朧とする頭で整理をする。
「あ……みーちゃんは……」
「エルフの娘か?心配はいらない無事だ。かなりの重傷を負ってはいたが、私の回復魔術で体が満足に動かせるくらいに回復している。心配はない。今は外で薬草を取りに行っているよ」
言ってルベラはホットミルクを渡す。
「……そうですか、良かった」
安心したようにそう呟いて、アキはホットミルクを口に含んだ。
あの後――
アキがヴェラルを倒し、魔力を使い果たしたアキはそのまま気を失ってしまったのだという。
ミリィがそのアキを抱え、ルベラさんと合流し、小屋に戻ったのだということだった。
「あの、ガッシュは……?」
「ああ……あの魔術士の少年は一足先にガーランドに戻った。なんでも、アキに合わせる顔がないと言って、『先に戻る。アキが目を覚ましたら、勝負は俺の負けだ。助けてくれてありがとうと伝えてくれ』とな」
「すぐに戻ったんですか?」
「ああ、いや、1日前まではアキに付き添ってはいたんだが、一向に目が覚める気配がなかったので、アキの面倒は私とエルフの娘が見るから、先に戻るように私が促したのだよ。それでーー」
「ちょっと待ってください!1日前!?それだと私はどれだけの期間眠ってたんですか?」
ルベラの台詞を遮ってアキは言う。
その台詞だとアキが1日以上眠っていたということになる。
「今日で3日目だ」
淡々とした口調でルベラは言った。
アキは焦っていた。
ガーランドで外出許可を取っていたのは1日だけだ。
もしも無断で3日以上戻ってこなければ、行方不明として捜索願がでるだろう。竜の住まう地で行方不明。そんなことになれば色々とめんどくさいことになる。
「その事に関しては大丈夫だろう。ガッシュという魔術士が先に戻って、なんとか説明を付けてくれてるのではないか?」
いかにも他力本願なルベラの考えに「そうであってほしいけど……」と呟くアキ。
もし、彼が巧く説明したところで、無断で3日以上学校をサボったのだから何かしら処分は免れないだろう。
考えると憂鬱だった。
そんなことを考えていると、ルベラがおもむろに口を開く。
「アキよ。そなたに折り入って頼みたいことがあるのだが……」
「はい。何でしょう?」
「端的に言うと、暫くの間そなたに賢者の石を預かってほしいのだ」
「ええっ!?」
突拍子もないことを言われ、変な声を上げるアキ。
「まあ、驚くのも無理はない。厄介ごとを押しつけるつもりはない。
暫くの間だけでいい。そなたは私が人間ではないことはこの前はなしたと思うが」
「ええ。ルベラさんは皇帝竜だったんですよね」
「そうだ。私はかれこれ2000年近く生きている。
黄金竜はその体内に魔力石と言う物を宿している。簡単に言うと、これが賢者の石の元になるものだ。
だが、全てが賢者の石になる訳ではない。黄金竜の中でももっとも長く生きた黄金竜の体内で生成されるものが世間で言う賢者の石と呼ばれるものだよ。
私が今人間の姿をしているのは理由があるのだ。
2000年生きてきたが、私の寿命は長くないと悟った。
だが私が死んでしまったら体内で生成された賢者の石は誰かに渡ってしまうだろう。それだけの長い年月をかけて作られた魔力石の使い方を誤れば、とんでも無いことになるだろう。その力が誰かの手に渡るのを私は恐れ、そして考えた。賢者の石を守る子孫を作ろうと。
私は自身の魔力の殆どを注ぎ込み次世代の担い手を作り出した。
それがこの卵だよ」
ルベラは光と共に両手から、ソフトボール程の大きさの球体を取り出す。
それは暫く淡い光を放っていたが、徐々にその色を透き通るような水色に定着させていく。
「これをそなたに託そう」
ルベラはそう言って、アキのその水色の球体をアキに差し出した。
「それは賢者の石を内包した黄金竜の卵だよ。恥ずかしい話であるが次世代の担い手にその力を使ったために、皇帝竜としての力を殆ど失ってしまったのだ。
ここ数年から始まった人間達による黄金竜狩りが活発化している。この賢者の石を守る力は今はまだない。守り手としての力を回復させるのも時間がかかるだろう。
人間の姿をとっていたのは領地としてこの地を人間達から守り、監視をするのに都合が良かったからだ。
私の寿命はもう長くない。今私の手元にあれば、またヴェラルの様な者が現れれば守りきれる自信もない。
ずっと預かってくれとは言わない。その卵が孵化し次世代の皇帝竜としての自我を確立させるまで預かってほしいのだ。
その卵を所持することによって、絶対に危険がないとは言い切れないが、その卵が賢者の石だとはまず分からないだろう。
それに魔力を探知されないように遮断の魔術でコーティングして、周囲からは分からないようにしている。そなたが預かる期間はその竜が皇帝竜としての資質に目覚めるまでだ。
時間にして5年ほどだと思う。私の寿命と同じだ。私がその命を全うするとき、その竜は皇帝竜としての次世代の資質に目覚めるだろう」
「この卵を託そう。賢者の石を内包した、黄金竜の卵だ」
アキはその神秘的な光に息を呑む。まるで生きた意思を宿しているかのように、淡く震えていた。
「なぜ、私に……?」
「そなたには不思議な加護の力がある。大精霊マリナの加護が、そなたを選んだのだ。次世代の皇帝竜が目覚めるまで、守ってほしい」
アキはしばらく卵を見つめ、覚悟を決めるように息を吸い込む。
「分かりました」
言葉に迷いはない。小さな光の塊が、彼女の胸に重く、しかし確かな責任としてのしかかる。




