【魔術学校編】決着の時
本日連続投稿。区切りまで投稿します。
戦いは消耗戦と呼ぶのに相応しかった。
ヴェラルの攻撃を避け、攻撃魔術を放つ。対して、ヴェラルは攻撃魔術を賢者の石で無効化し、じわじわと魔力で追い詰める。
圧倒的な差があった。
手負いのミリィはヴェラルの魔術を避けるので精一杯、攻撃魔術を放つがことごとく防がれるのに対し、相手はこちらの攻撃を無効化し迎撃してくるのである。
魔力を疲弊し、次第にミリィは追い詰められていた。
「どうした? 初めの余裕がなくなってるようだが?」
「うるさい! 炎連弾」
間髪入れず、ミリィが呪文を解き放つ――。
複数の炎の塊はヴェラルを目指して突き進む。
バチッ
ヴェラルは避けることもなく、賢者の石を持つ手でその攻撃を薙ぎ払う。
「無駄無駄無駄ッ!何度言ったらわかるのか?我に魔術は通用しないと」
魔術が効かないと分かっていても、ミリィは攻撃を休めなかった。攻撃が通る魔術があるかもしれない。淡い希望を抱きつつ、様々な攻撃魔術を試していたが、次第に消耗する体力と魔力は限界に近づいてきている。何かしら、魔術が有効であれば希望を持てるのだが。
何もしなければ、殺されるのは見えている。何もしないよりは――倒せる可能性が1%でもあるならばそれは無駄な足掻きにはならないかもしれない。
「こんな所で倒れるわけにはいかないのよっ!」
ここで自分は死ぬかもしれないという不安。
心の隙間に芽生えた不安を打ち消すがごとく自分を叱咤する。
言い聞かせるように。ミリィは声を張り上げる。
――こんな所で自分は死ぬわけにはいかない。
そんなミリィとはうらはらに余裕の表情を浮かべるヴェラル。
「今の状況で絶望しないお前の精神力は賞賛に値するな。だが、その精神力もあとどれくらい持つか」
ヴェラルは手をかざし生み出す、複数の魔力球。
それをミリィに目掛け、放つ。
まるで弱った獲物を弄ぶように。
狩りを楽しむように。
地を蹴り、飛翔の魔術で空を翔る。
直後――。
「ぐっ……」
ヴェラルの生み出した魔力球の1つは弾道を変え、ミリィのわき腹に直撃した。
空中から勢いよく地面に叩きつけられ、声にならない呻き声を上げるミリィ。
避けたはずだった。
ヴェラルの魔力球の弾道から確かに軌道を読んでとっさにその場から離れたつもりだった。
だが、その魔力球は遠隔操作をしているように軌道を変え、真っ直ぐミリィに向かってきたのだ。
「そろそろ終わりにしよう――――」
いまだにダメージで起き上がれないミリィの元へと歩みを進める、その手に魔力で生み出した黒い剣を携えて。
「十分楽しませてもらったよ。だが、貴様の命もここまでだ……」
抑揚のない声でそう投げかけて黒き刃を振り上げる。
「生きたいと願うか? それは叶わぬ運命ということをその身を呈して知るがいい。
お前たちの信じる大精霊マリナに命乞いをするがいい。そして絶望しろ。誰も己を救う神などいないことを!」
漆黒の刃がミリィに振り下ろされる
――――瞬間。
バチンッ
命を奪うはずだったその黒き刃は突如出現した見えない壁に阻まれて弾き返された。
「魔力障壁だとっ!?」
驚きの声を上げ、ヴェラルはその場から飛びのくと辺りを見回す。
――魔力障壁を張る隙もエルフの娘にはなかったはずだ。ならどうして、弾き返された?他に誰が。
「こっちよ!私が相手だっ!」
声のする方にヴェラルは振り向くとそこには両手をかざした少女の姿があった
「みーちゃんを見捨てるなんて私にはできない!絶対に死なせはしないっ!」
「ほう、わざわざ、死にに来るとは。いいだろう、相手をしてやろう。少しは我を楽しませてくれよ……?」
言ってヴェラルはアキに向き直るとその手に魔力球を生み出す。
「あのエルフの娘と同じくいたぶってから殺すことにしよう」
生み出された魔力の塊はヴェラルの意思で標的をアキに変え、降り注ぐ。
「魔力障壁!」
――アキの力ある言葉が紡がれる。
瞬間――――。
バチバチバチバチバチッ
爆発音にも似たすさまじい音を立て、魔力球はアキの目の前で霧散する。
「何だとっ!?」
ヴェラルが驚くのは無理はなかった。
精霊魔術である魔力障壁は対人戦闘において物理攻撃、魔術攻撃に対して非常に有効な魔術である。
しかし、その長い詠唱と結界の耐久力の弱さは実用的ではなく、まともな魔力障壁を作るには魔術士が複数人かかっても、せいぜい弓矢等の飛び道具を防ぐぐらいのものである。
それを一人で瞬時に発動させ攻撃を防ぐ等、少し魔術をかじった事ある者ならそれがありえないことだとわかる。
それはヴェラルも例外ではなかった。
魔力障壁は精霊の加護を受けているアキだからこそ完全な形で効果を発揮していたのだ。
そして、対人戦を想定した上で身を守る方法としてミリィがアキに教えた最初の魔術だった。
「一度攻撃を防いだ所でっ!我を倒せはしない!」
ヴェラルが地を蹴るっ!
魔力での攻撃は通用しないと悟ったのか、直接攻撃へとそのスタイルを変える。
黒き刃をその手にして。
瞬時にアキは魔力障壁を発動させる。
がづんっ
漆黒の刃はアキに接触する前に魔力の壁にぶち当たり弾かれる。
「小癪なっ!」
繰り返される斬撃、魔力障壁と剣撃の間に魔力の粒子が散り、舞う。
「守っているだけでは我を倒すことは出来ぬぞっ!」
一頻り剣撃を加え、ヴェラルは後ろに引く。
アキは後ろに飛び退き、間合いを取る。
――何とかしなきゃ、みんな死ぬ。ミリィも自分もっ!
必死だった。現状でアキが体術や魔術の経験、実戦を積んでいるヴェラルに勝っている点はなにもない。ましてや実戦経験が皆無のアキには勝ち目がないのは火を見るより明らかだ。
ただ、ひとつ、理があるとすればヴェラルはアキを見くびっているということだった。
自分には賢者の石がある。そして相手の攻撃は全て防ぐことが出来るという自身の驕り。
――もし、ヴェラルが賢者の石に完全に防御面を頼っていたとしたら、もしかしたら
ふとアキは思いつく。だが、果たしてそれが成功するのか?自問自答しながらも。
――やってみるか
「我に魔術は通用せぬ!そして絶望するがいい。その愚かなエルフと同じように!」
「ヴェラル!貴方は自分が攻撃を受けても通用しないと言った。それが本当かどうか疑わしいですね!」
「なんだとっ!小娘ぶぜいが言うじゃないか」
――乗ってきた!
「だから、その自信がどこから来るのか、もしかして、その小娘ぶぜいを恐れているのかしら?」
声を振り絞って、自分を奮い立たせるように。アキは揚々とヴェラルに言い放つ。
アキは本当のところ怖かった。怖くて怖くてしょうがなかった。
自分の命を奪おうとしている人間でない怪物。
そんなものと今戦っているのだ。
逃げ出せるのなら今にでも逃げ出したい気分でいっぱいだ。恐怖で立っているのもやっとだ。
だが、そんな態度を相手に気付かれたら考え付いた唯一の作戦が無駄になってしまう。
それは結果として絶望を生み出し。そう遠くない未来の死を意味する。
「ふむ、そうだな。こう、守ってばかりではお互いつまらないな。そうだ、良い事を思いついた。
三回だ。三回だけお前にチャンスをやろう。その三回だけ攻撃魔術唱えさせてやろう。我はお前が三回攻撃魔術を唱えるまでの間、攻撃をしない。そして、その攻撃が終わった後、攻撃が無駄だということを理解するだろう」
ヴェラルは余裕だった。
相手が使う攻撃魔術を何度か無効化させれば自分が今どのような立場にいるのか、絶望的な状況にいるのか、確実に自分に勝てるはずがないということを実感するだろう。
――面白い。
ニヤリと笑みを浮かべるヴェラル。
そしてアキは唱える。
――攻撃魔術を。
「火炎球!」
炎の塊がヴェラルを目指し突き進む。
アキが唱えたのは火の初級攻撃魔術である。
当然、その程度の威力では倒せるとは思ってはいない。
もちろん、魔力の量を調整した火炎球では――
ばちんっ と、予想通りの音を立て、右手でその魔力で生み出した火の攻撃魔術を弾く。
「何度やっても無駄だ。さあ、どうした?もう終わりか?」
もう一度、唱える。
無論、これも魔力量を調節した威力で
「零弓蒼矢!」
複数の蒼い魔力の矢がヴェラル目掛けて降り注ぐ。
ばぢゅ!
「無駄だと言ったはずだっ!」
その手に賢者の石を掲げ、蒼い魔力の矢を消失させる。
「そろそろ、お遊びは終わりだ、小娘よ。これで最後だ。とっておきの魔術を放つがいい。そして絶望しろ。貴様が如何に愚かな人間か」
『人間の娘よ、あの石の力を早く消耗させるには、もっと強い魔術をぶつけ石の力を枯渇させることだ』
皇帝竜ルベラは言った。石の力を枯渇させることで防御を崩すこと出来る。
ましてや、ヴェラルは防御を石の力に頼りきっている。
ヴェラルを倒すにはとてつもなく強力な魔術をぶつけ、ゴリ押しし、その石の力ごと相手を粉砕させる。
だが、それにも問題がある。実戦経験皆無なアキにその魔術を使わせてくれるかどうか?
この作戦を実践するためにはいくつか条件があった。
相手が油断していること。
これはアキの力をみくびっていたヴェラルは誘いに応じ、攻撃を打って来いと言った。
だが、これにも問題があった。
アキの魔力はとてつもなく強大である。
一つや、二つ、打って来いという、ヴェラルに通常のアキの魔術を打てば、警戒されてしまうだろう。
警戒され、向こうから攻撃魔術を唱える隙を無くされてしまうとこの作戦は失敗に終わってしまう。
油断させるために。アキの魔術はヴェラルにとって取るに足らないと思い込ませる必要があった。
1回目、2回目の魔術は人間が放つ魔力の量に調整して。
そして最後にぶつける。リミッターを外したとっておきの攻撃魔術を――
エルフ以上の魔力を持つとされるアキ、精霊の加護を持つアキはそれが出来るはずだった。
とある古い魔術書を読んだことがある。
精霊魔術の源である大精霊マリナの力を借りた強力な魔術があると。
だが、それは人間が扱うことができないとされていたため、扱える初歩的な攻撃魔術や、補助魔術しか研究はされず、その使い手が居ない為、その書物は蔑ろにされていた。
ある日ミリィは言った。
『アキならこの本に書かれている古代の精霊魔術を扱えるかもしれませんね』
記されていたのは攻撃魔術だ。だが、それを実際に使ったことはまだない。
精霊魔術の攻撃魔術は、己の魔力を少しと、この地上にある精霊たちの魔力を少し足して、発動させる。
アキが今から使おうとする精霊魔術は自身の魔力を殆ど解放し、その魔力と同等の周りの精霊の魔力を融合し、相手に叩き込む魔術だ。
ある一定の魔力量がない限りその魔術は発動しない。
魔力の容量が強大な大精霊マリナに愛された種族。エルフの民以外には――。
「――揺るがなきその大地の精霊よ、蒼穹の水の精霊よ、風精霊ここに及ばずして、炎の精霊を呼び起こす。大精霊マリナの名において、我と汝の力を持ち、愚かなる者に滅びを与えん――」
ゆっくりと、その魔術書に記されていた言葉を紡ぎながらその両手をヴェラルに向ける。
ヴェラルは強烈な違和感を感じていた。
確かに最初に放った魔術は取るに足らないものだった。
そして、その魔術を防ぎ、相手は学習したはずだ。
攻撃魔術は通用しない――と。
だが、考えてみたらおかしい。
最初にこちらの魔力の攻撃を弾いたあの魔力障壁。
あれはよくよく考えてみれば、複数の熟練した魔術士が発動させても、あのような短時間で強固な魔力障壁を作ることは不可能なはずだ。
見落としていた。
何故? 疑問に思わなかった?
その容姿、場慣れしていないその雰囲気から、取るに足らない存在と決め付けていたのではないか
もしかするととんでもない魔術士なのではないだろうか?
いや、そんなことよりこちらには賢者の石がある。
これがある限りどんな強力な魔術も防ぐことが出来る。
「さあ来い!小娘よ!」
ヴェラルは構える。その手に偽者の賢者の石を手にして。
その解き放たれる魔力に呼応し、周辺の木々と大地が、空気が、震える――
アキは見据える。人魔ヴェラルを。
そしてゆっくりと両手をかざし
解き放つ、リミッターを外したとっておきの魔術を――
「霊滅双覇斬ッ!」
力ある言葉が解き放たれる――――
瞬間。
蒼く、眩い光がヴェラルを包んだ。
「ルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!」
その強大な魔力の光を打ち消すように必死でヴェラルは咆える。
蒼く、眩い光がヴェラルを包み込む。
耳を裂く轟音が森に響き渡り、地面が振動する。
風が巻き上がり、木々が軋み、葉が舞う。アキの全身を魔力の衝撃が貫きながらも、力の集中を崩さない。
ヴェラルの咆哮が爆発音にかき消される。
しかし光はなお強く、全てを飲み込む勢いで膨張していく。
偽物の賢者の石を持つ手も、ついにその圧力に耐えきれず、輝きを失いかけていた。
そして――爆発。
蒼の光がはじけ、衝撃波が森を覆う。
黒い刃も、魔力の防壁も、全てが木っ端微塵となり、ヴェラルは首から下を吹き飛ばされた。
轟音の余韻の中で、森は静寂に包まれ、灰と煙だけが漂う。
光が収まった後、アキは荒い呼吸を整え、首だけになったヴェラルの残骸を見下ろした。




