【魔術学校編】黄金竜と傭兵
ヴェナード山脈に程近いここウルムグン渓谷の奥に黄金竜の住まう地がある。
夜明けと共にガーランドを発ったアキ達は目的の地である、ここ竜の住まう地、魔術士の間では通称『竜の住まう地』のふもとに来ていた。
ガーランドからは竜車で2時間ほどの距離だ。
週に一度の休暇の日にあわせて外出許可を取り、竜車を走らせこの場所に来たのだ。
約束の時間は正午だったが、アキ達が着いたのはまだ日も完全に上っていない頃で約束の時間よりだいぶ早い。
だが、目的の場所には先客がおり、一目で、勝負を仕掛けた本人であるガッシュだとわかった。
「逃げ出さずにちゃんと来たんだな」
竜車から降りるアキを確認するなり、いけしゃあしゃあと言うガッシュ。
「当たり前よ。あんたなんかに負ける気はこれっぽっちもないんだから!」
「アキ、あんまり無理しないでくださいよ」
竜車から降りてきたもう一人の存在を知ってガッシュはアキに尋ねる。
「そいつは誰だ?」
「あ、申し送れました。私はアキの保護者をしています。ミリィ・デルーシュ・アクワルドと申します。アキが大変お世話になっているようで。ちなみに私はあなた方の勝負に関しては一切手出しはしないつもりですので安心してください」
ガッシュににこりと笑みを返すミリィ。
「そうか、それなら問題ない。これから先は人を襲う黄金竜の住まう地だ。勝負のルールを説明する。この先に生息しているであろう黄金竜の鱗を多く取ってきた方が勝ち。人を襲うとされる黄金竜の鱗を取るのはお前には難しいと思うがな。どんな方法を使ってもいい」
黄金竜それが人間を襲う竜と呼ばれるようになったのは今から10年前のことだ。
一般的に竜と言っても2種類ある。
その違いは、魔力を持つ生物なのか?それとも魔力を持たない生物なのか?である。
黄金竜という種族は魔力を持つ魔生物に分類され、高い知能を持つといわれている。
一般的に人々が竜と呼ぶものは人間が家畜化している魔力を持たない竜の事を指し、一方、黄金竜のような魔生物を指さない。
人の里に滅多に姿を現すことのない魔生物の竜は、一般人には想像上の竜とされておりその存在は伝説や伝承の中だけとの認識である。
ただ、魔術士等はその認識とは違う。魔生物としての竜は魔術を習得する上で避けては通れない生物だ。
その黄金竜は近年、魔具を作るのに必要な材料、最適な魔力の器としての役割を果たすことがわかっており、心のない人間たちによって住む場所があらされ、黄金竜狩りを行うものまで出てきている。
人を襲う竜、といわれるようになったのもほぼ同時期であり、人間たちが黄金竜を狙うようになって怒り狂った竜達が、住処に入った人間を襲っているというのが真実なのだが。
「ルールは以上だ。何か質問あるか?」
「制限時間は?」
「三刻(6時間)だ。日が沈む前にここに一度戻る」
「わかった」
ガッシュの言葉に頷いて、アキ達とガッシュは各々、黄金竜の住まう森へと足を踏み入れたのだった。
◇◆◇
「立ち去りなさい。部外者よ」
アキとミリィが森へ歩みを進め、ほどなくしてその声は聞こえた。
「誰?」
返事をして二人はその足を止める。
がさりと茂みを掻き分けてその声の主は姿を見せる。
青い髪の青年だった。年の頃は20代後半といったところか。
皮鎧から引き締まった四肢が見て取れる、腰には一振りのロングソードを携えている。
印象的なのはその細い目だった。
目を開けているのかわからないくらいにその瞼は閉じられているがアキ達が見えてるらしかった。
「君達、ここは立ち入り禁止区域である。ここは黄金竜が住まう危険な土地だ。最近は竜を狙う山賊や密猟者も多く物騒だ。悪いことは言わない。ここを立ち去りなさい」
青年は2人を見据えそう言い放つ。その青年の態度は明らかに警戒の色を示していた。
「それより、あなたは何者なんですか?」
憮然とした態度でミリィは青年にそう返す。
やや間があって
「私はルベラだ。ガーランドからこの土地の管理を任されてる専属の傭兵だよ。君達は何者だね?」
「私達はガーランドから派遣された研究生です。ほらこの銀竜印のチョーカーが証明です」
アキの首に輝く銀色のチョーカーを指差し、とっさに機転を利かせフォローするミリィ。
『そんな嘘ついちゃっていいの?相手がガーランドに雇われた傭兵ならあとあとまずくなるんじゃ』
『仕方ないでしょ。それにアキが研究生っていうのは嘘じゃないんだから』
小声で抗議の声をあげるアキにルベラに聞こえないようにミリィが答える。
「ほう、なるほど。そういうことなら仕方ない。君達は研究生か、ここで立ち話もなんだ、近くに私が住んでいる小屋がある、良かったらお茶をご馳走するが」
ミリィの言葉を全面的に信用したのか、最初の態度とはうってかわって歓迎のそれへと変わる。
「それでは、お言葉に甘えて」
アキはそう言ってルベラに着いていくのだった。
◇◆◇
ルベラの小屋は森を一里程歩いたところにあった。
丸太を組んだ三角屋根の簡易な小屋。
側にはまきを積み上げた小屋が併設している。
建てられから随分時間がたっているのだろう。壁面はところどころ白く、屋根はコケや植物の蔓が絡み付いている。
ルベラに案内されて小屋に入ると古びた外観とはうってかわって綺麗に片付いていた。
木製のテーブルを囲んでアキとミリィは椅子に腰掛ける。
「人をもてなす程裕福ではないが、お茶くらいはだせる。まあ、ゆっくりしていってくれ。ハーブティでいいか?」
アキとミリィは頷く。
「ところでこの土地の管理を任されてるって」
「ああ、そのことか」
ルベラはティーカップに注いだハーブティをアキとミリィの前にカチャリと置くと自分も席について語りだす
「君たちも知っている通り、ここは黄金竜の住まう土地だ。黄金竜は近年魔具の材料として認知され、市場でも高値で取引される。その為、ここ竜の住まう地にも密猟者や魔術士くずれが黄金竜を狩りに来る。普段人里はなれたところでひっそりと暮らしている黄金竜は怒り狂って周辺の集落を襲うようになったのは聞いたことがあるな?」
「本で読んだことがあります。10年前のドラゴン襲撃事件ですね。その事件で人々に認知されるようになったんですよね。黄金竜という魔生物は人を襲う凶暴な竜って」
出されたハーブティをずずっとすすってミリィは言う。
「そうだ。黄金竜は人間と同等かそれ以上の知識と魔力を持つ。本来、彼らは争いを好まずひっそりとこの山で暮らしている。彼らが人を襲うようになったのも人間に原因がある。
そんな密猟者が黄金竜を刺激しないように。監視するために私がここを管理しているのだよ」
「なるほど。その……密猟者って月にどれくらいの頻度で来るんですか?」
「ああ、最近はそこまで密猟者は見なくなった。今はそれより厄介なものが来るようになってだな」
「……厄介なもの……?」
アキが返した、瞬間――――
ばんっと大きな音を立てて入り口の扉が開く。
「……どうやら噂をすればやってきたようだな」
ぞろぞろと10人ほどのガラの悪そうな男達が入ってきた。
そのうちの一人は真っ黒のローブを身にまとい頭と口をすっぽりとフードで覆い、ギロリと目だけがアキたちを見つめていた。
フードの男は男達の中から一歩前に出て言う。
どうやら彼がリーダー格のようだ。
「ルベラさんよ、あんたが賢者の石を隠してるのはわかってるんだ。今日こそ渡してもらおうか」
「何を言ってるんだ?私はそんなもの知らん。さっさと帰れ」
「……ふぅむ……あくまでもシラを切るつもりか?……おい、あれを出せ」
「へい」
言われて一人のゴロツキがフードの男に何かを渡す。
「これに見覚えはないか?俺たちはお前たちの仲間を預かっている」
銀色のネックレスのようなものを手にぶら下げ、フードの男は淡々とした口調で言った。
「―――あ……」
アキはそれを見て小さく声を上げる
それに見覚えがあった。
「…………銀竜印」
ミリィが小さく呟く。
アキの首に輝くそれと同じものがフード男の手に握られていたのだ。
これが意味することはひとつ。
「そこのお嬢ちゃんは心当たりあるようだぜ?
なあに、悪いようにはしてないさ、ルベラさん。
あんたが賢者の石を素直に渡してくれればそこのお嬢ちゃんの友達には悪いことはしない。
無事を保障しよう。交換条件だ。賢者の石をこちらに渡す。俺がお嬢ちゃんのお友達を引き渡す。
夕刻まで返事を待とう。取引の場所は山の頂上だ」
「汚い真似を……」
吐き捨ててキッとルベラはフードの男に向き直る。
「いい返事を期待してるぜ」
言ってフードの男はにやりと意地の悪い笑みを浮かべるのだった。