【魔術学校編】努力と妬み、才能と銀竜印
他国の王子投入!
ガッシュ・リィン・ソルトゲイツは、異例の新入生に対して明らかな侮蔑の視線を送っていた。
視線の先には壇上で軽く自己紹介をする少女の姿。
年の頃は10代前半だろう。ブロンドの髪を後ろで纏めている。
端正な顔立ち、くりっとした愛くるしい赤の瞳は美人というより見た目の年齢も相まって可愛らしいと言ったほうがうまく当てはまる。
そんな彼女に対してガッシュは苛立っていた。
なんなのだ?入学半年にして2年に飛び級、おまけに僕が努力をして上り詰めたこの特別研究員枠に滑り込むようにこいつが現れたのだ
『アキ』確かそんな名前だった。聞けばこいつは入学当初、ルワンダと呼ばれる劣等生クラスだったというじゃないか。何故そんな奴がうちのクラスに入ってくるのだ?
お偉いさんにでも気に入られたのか?
グリンビルド王国の姫という噂もあるじゃないか。どうせコネで入ったクチだろう。
彼がアキに対して侮蔑の態度をとるのにはわけがあった。
ガッシュはソルトゲイツ王国第5王子として生を受けたが、先に生まれた兄たちのように魔術の才能に恵まれてはいなかった。
その為、何かと優秀な兄達と比べられ、王族に伝わる魔術の血統からもっとも遠い存在として蔑ろにされてきた。
そんな彼は才能が無い自分が憎くて仕方なかった。
だが、それ以上に才能とコネによって周囲からもてはやされ約束された地位を確固としていく存在はもっと嫌いだった。
彼がガーランド魔術学校に入学したのは2年前だ。
兄もガーランド魔術学校を卒業していたが、彼は兄と同じように王宮枠というコネを使って入学するのを拒んだ。
王宮の地位というコネを使いたくなかったのである。それは大嫌いな兄達と自分が同じ存在だと認めたくなかったから。
そしてガッシュは決意した。この学校で優秀な成績を残し、実力で這い上がってみせると。それが自分の存在を認めてもらう唯一の方法だと思ったから。
卒業した後、自分が優秀な存在だったと兄や親族に認めてもらうために。
ガッシュの首に煌く赤い宝石が埋め込まれた銀色のチョーカーは彼がこの2年間で得た努力の結晶であった。
学内に6人しか存在しないと言われるガーランド魔術学校特別研究員は特別な権限を与えられている。
研究所の出入りの許可と特別な魔具の貸与である。
研究施設としても存在するガーランドは優秀な人材を集め、新しい魔具の開発と新しい魔術の構築を日々研究している。
研究棟と呼ばれる建物には学生であろうと立ち入り禁止になっているが、認められた優秀な生徒のみ研究を手伝うと言う名目で施設に入ることが許可されていた。
その許可証として銀竜印と呼ばれる魔具の貸与されている。それがこのチョーカーだ。
この特別な魔具は魔術を発動するためのイメージを簡略化させることができる。
魔具としての効果もさることながら、学生の中でトップクラスの実力を有するというステータスの証明でもあった。
ガッシュは努力を積み上げてきた成果が今の地位を築いている。
だが、ガッシュは見つけてしまった。
入学して半年そこらの彼女の存在。
ルワンダという劣等生クラスから飛び級して編入した、新入生の首に輝く銀竜印のチョーカーを。
「俺は認めない……」
ガッシュはギリと奥歯をかみ締めて、もう一度つぶやいた。
◆◇◆
編入した日の夜、アキ達は部屋でミリィとテーブルを挟んで遅めの夕食を摂っていた。
「――――で?アキはなんひぇかえひたんでふか?」 (アキは何て返したんですか?)
魔具調理器で炒めた野菜を頬張りながらミリィはアキに質問する。
「みーちゃん、とりあえずそれ飲み込んでから話してよ。何言ってるかわかんないって」
アキはジト目でミリィを眺めつつ、自らもフォークで野菜炒めをつつく。
「いいじゃないですか、ここは王宮の外なんだし、羽を伸ばしまくっても」
「いいけど、そういう振る舞いはここだけにしてよね」
(あれだけ自分に王宮のマナーを厳しく教えた人の台詞じゃないよね……)
そんなことをアキは思いながら一人ため息をつく。
「話戻しますけど、そのガッシュって子。アキに何か恨みでもあるのでしょうか?」
と、ミリィ。
「それがわかんないから、困ってるんだって! 席に着くなりいきなり、『俺はお前のこと嫌いだ!絶対に認めないからな!』なんて宣言されちゃって、初対面の相手にそんなこと言う?」
「尋常じゃないですね、そのお方は。アキ、あなた恨み買うようなことしました?」
「してないと思うけど……。誰かに喧嘩ふっかけられたりすることは今までにあったけど、恨みを買うような目立つようなことはしてないと……思う……かな」
ルワンダでのメリッサの件を思い出して語尾が小さくなるアキ。
「最後がちょっと自信なさそうでしたけど……? でも、人の恨みなんてどこかで買ってるなんてよくある話ですけどね」
「そんな日常茶飯事みたいに恨み買ってたら命とかいくらあっても足りない気がする」
「まあ、私が心配してるのは、そのガッシュって子がアキの命を狙う他国の暗殺者かもしれないってことなんですけど、多分それは無いですね」
「どうしてそう思うの?」
「ご丁寧に自分から、お前のことが気に入らないって宣言する暗殺者はいないと思いますよ」
「確かにそうだ」
うんうんと頷くアキ。
「それはそうとアキはそれから何て答えたんですか?」
「ああ、うん。えっと、『あなたにそんなことを言われる覚えは無い、私も自分から希望してここに来たわけではないのに何故あなたにそのようなことを言われないといけないのか?』って」
「もっともですね、で?相手は何て?」
「その言葉が相手を余計怒らせちゃったみたいで『お前みたいなコネで特別研究員の地位を手に入れた奴は大嫌いだ、努力も知らない王宮のお姫さん』ってね。流石に私もカチンときちゃって、『あんたなんかに何がわかるのよ。いきなり来て、お前が気に入らない、だから嫌いなんて子供がダダこねたみたいな言い草で一体あんたは何がしたいわけ?』って、そしたら『じゃあ、俺とお前と勝負をしよう。俺が勝ったらお前はルワンダに戻ってそのチョーカーを返上しろ。お前が勝ったら俺がお前の言うことは何でも聞いてやる』ってさ」
「どういう理屈なんでしょうか。トンデモ発言ですね。つまり 『お前特別研究員になって調子に乗ってるんじゃねえぞ。気に入らないからタイマンで勝負しろ。そこで力の差を見せ付けてやる』要するに喧嘩がしたかったんですかねこの人は」
「人間どこで恨みを買うかわからないよね……」
疲れたように、アキは呟く。
「で?結局アキは勝負に乗ったんですか?」
「乗ったよ。だって、すっごい腹が立ったし」
「人間の男の人って怖いですね、気に入らないことがあればすぐに暴力で解決しようとするし、エルフの男はそんな野蛮な性格な人いませんよ?」
「まー、それはそれとして、勝負の内容なんだけど……。魔具の材料として貴重な黄金竜の鱗を先に取ってきた方の勝ちだそうで」
「それ、かなり危ない勝負ですよ?黄金竜と言えば竜の中でも人を襲う凶暴な種族と呼ばれてますし。それに学校外に出るんですよね? 私も付いていきますよ。学校外は何かと危ないですから。もちろん勝負の邪魔はしませんけど」
あくまで私は傍観者です。と言わんばかりにミリィは言う。
「みーちゃんが居てくれると心強いよ」
アキはそういって残りの野菜炒めを口に運ぶのだった。
王子とアキがやりとりする場面を、あえて書かない事をやってみるテスト。