【魔術学校編】ルワンダの優等生
いつもより、気持ち多め。6000文字くらい。
「 今日は精霊魔術についての講義です」
見上げると、いつもの漆喰の天井ではなくどこまでも青い空が広がっていた。
広い敷地の大きな教室は、小さな教壇と簡易の椅子が20個程並べられており、ルワンダの生徒達は各々そこに腰掛け、黒魔術講師アマリは講義を行う。
長かった雨季も明けた為、本格的な実技が行える場所、ここ魔術競技場にアキ達ルワンダの生徒は来ていた。
ガーランド魔術学校敷地内にある、円形競技場。ヨーロッパのコロッセオにとてもよく似ている。
その場所は主に、講義のみを行う教室とは違い、実際に魔術の実技を行うことを目的として作られており、魔術を吸収するルーンが壁に刻まれている。
少々派手な魔術を扱った所で、建物が破壊されたりしない構造になっている。
広さはサッカー場や、プロ野球が行われるドームくらいの広さがある。
教室とは違い、屋根がない為、雨季が終わるこの時期にならなければこの場所は使えない。
「この世界は遥か昔、大精霊マリナ様によって作られたといわれています。
そして今日皆さんが習う精霊魔術は、大精霊マリナ様の力を借りたものとなります。
それでは復習です。黒魔術、白魔術は何の力を借りたものでしょう?メリッサ答えてくださいますか?」
黒魔術講師アマリは、周りの生徒を一度見渡してから手前にいた女生徒を名指す。
「はっ、はい、白魔術は神の力、白銀の狼神の力を借りたものです。基本的に白魔術を扱うものは黒魔術を扱うことができません」
まさか、自分が当てられるとは予想していなかったのだろう、メリッサは一瞬驚いた様子を見せたが、余裕の表情で答えて見せた。
「それは何故ですか?」
「黒魔術は魔王ウロボマスティの力を使う為に、それと敵対する勢力である、白銀の狼神の契約は出来ないことになります。
つまり、黒魔術を扱うものは、白魔術を扱うことができず、白魔術を扱うものは黒魔術を扱うことができないということです」
「素晴らしいです。座ってください」
アマリはメリッサの模範的な回答に満足した笑みを浮かべ、生徒を座らせる。
「魔術とは契約です。
黒魔術も白魔術も力の源である存在と短期であるけれど、魔術を扱うときに簡易な契約を結びます。
契約し異界からの力をこの世界に召還することで、魔術の力を具現化させています。
さて、今日の講義は精霊魔術です。精霊魔術は皆さんが習った白魔術や黒魔術とは異なっています。
先ほど冒頭の方で説明したとおり、精霊魔術は大精霊マリナの力を借りたものになりますが、本来この精霊魔術というものは人間が扱うものではありません。
大精霊マリナは人間とエルフを作り、エルフだけに自らの力を扱う為の魔力と知恵を授けました。それが精霊魔術といわれています。
その精霊魔術は火、水、風、土、等の自然の力を使う魔術です。異界から力を召喚するのではなく、大気中のマナを使い、精霊によって力が具現化するのです。ここで重要なのが精霊魔術は黒魔術と白魔術と違って、契約することで発動するものではないということです」
「先生、質問です」
「はい。何でしょう?」
「大精霊マリナ様は何故エルフだけに精霊魔術が扱えるようにしたのですか?」
「いい質問ですね。
今質問があったように、基本的に精霊魔術はエルフにしか扱えないことになっています。
詳しいことは分かっていませんが、いろいろな憶測がされています。
ある一説としては、人と人との争いにその力を使わせないようにするためとの見方が一般的ではあります。争いを好まないエルフは、人間の監視役と抑止力の為に精霊魔術を保有しているという説。
最近分かってきたのは、精霊魔術は自然の力を使う為に契約し、異界から力を引っ張る黒魔術や白魔術と違って、術者の周囲に存在する精霊たちの力を集めて発動させます。
その為、過度に精霊魔術を使ってしまうと、この世界のマナが枯渇してしまう危険性があるために、人間が扱うことができないようにしたという説も最近では注目されています」
「話を戻しましょう。ではエルフにしか扱えない精霊魔術をどうしたら我々人間が扱えるようにするのか――」
「事前詠唱ですね」
「そうです。精霊魔術を扱うには黒魔術の呪文、魔王の力を借りて精霊魔術を扱えるようにすることが必要になります。
これは約500年程前、この学校の創立者であるガーランド・ギネリスが発見した方法で、魔王、つまり魔族に『お願い』をすることで、精霊魔術を人間が扱えるようにします。これは皆さんが普段何気に使われている魔具もこの原理が使われています」
「さて、その『お願い』と言われる事前詠唱を今から行う授業で覚えてもらい、それを使って簡単な精霊魔術を今日は発動させてみましょう」
「――我、汝と交わす、異の力を我が物に、主の力をもってその力を示せ」
アマリの口から紡ぎだされるその言葉に呼応するように、黒い霧が現れ、その霧は右手に収束していく。
「これが、精霊魔術を扱う為の事前詠唱です。では実際に精霊魔術の呪文、火炎球を使ってみましょう」
「言霊よ――我が手に炎よ宿れ、火炎球!」
アマリの右手に生み出された黒い霧は一瞬にして火の玉に変化し、放つ。
ヒュンッと風を切るような音とともに、放たれた炎の玉は目にも止まらぬ速さで競技場のルーンの壁に激突し、盛大な音を立てた後、霧散する。
「皆さん、これが精霊魔法です。今日は皆さんに分かりやすいように攻撃魔術を例に出しました」
「それでは各自、事前詠唱を練習してください。これから正午まで鍛錬の時間とし、その後実技試験となります。今日は精霊魔術を発動させる事が出来れば合格とし、1単位としますので気を引き締めて試験に臨む様に」
アマリがそう言うとルワンダの生徒達は各々に実技の練習を始めたのだった。
◇◆◇
『本当はギリギリまで教えたくなかったのだけれども、アキがそこまで考えているならば、その時が来たのでしょう』
『魔術は意思の強さです。自分自身に対する確固とする意思がなければ魔術は発動しません。
今までのアキは自分の意志、目的が明確でない、つまり自分自身に自信が持てない状態。これが影響をしているんです。
黒魔術や白魔術は契約することで魔術を具現化します。
精霊魔術は周囲のマナを集めて魔術として具現化させます。でもそれは術者が契約するに値する人物かどうか、精霊魔術に関しては明確な意思を持っていないものに力を貸すかどうかです。
一般的に精霊魔術は人間が扱うものではありません、人間が扱う場合、黒魔術が扱えなくては精霊魔術は扱えないのは分かりますね?ですがそれはアキには当てはまらないんです』
『もしかして適性検査の精霊の加護?』
『はい。だからアキは元々黒魔術を扱う必要がないんです。アキは直接精霊魔術を唱えてしまえばいいんですよ』
『それならみーちゃんは何でそれを先に言ってくれなかったの?』
『ちっちっち、さっきも言った様に、確固とした術者の意志の力がないと発動しません。だから今のアキなら恐らく魔術を扱うことが出来るはずですよ?』
アキは昨晩、ミリィに言われたことを思い出していた。
ミリィが言ったことが本当だとすれば、確固たる意志を持って魔術を行使すれば、加護のあるアキは精霊魔術を扱えるということになる。
(これに合格しなければ、ガーランドには居られなくなる。やるしかない――)
そんなことを考えながら、アキは魔術書で読んだ精霊魔術の術式を頭の中で組み上げる。
一人集中するアキにメリッサと数人の生徒がやってきてアキを取り囲む。
「あーら、黒魔術も使えない劣等生のアキちゃんは今日も無駄に時間を過ごすことになるわね。あなたみたいな劣等生が一人いるだけで授業が進まなくなっては私達困るのだけれども……?」
メリッサは蔑むような目でアキを見つめながら言い放つ。
「メリッサ、それ言いすぎじゃなーい?」
取り巻きの生徒はそう言ってニヤニヤと笑う。
つまり、嫌味を言いに来たのだ。
ガーランドではこのような光景は日常茶飯事だ。
自分より実力が上のものが下の者を見下す。
だが、本当に実力があるものは他人を見下すことはしない、更なる高みを目指す。基本的にそういう輩に興味がないのだ。
それに比べ、人を見下すことで自分の心の安定を図っているのは中途半端な実力の弱者だ。
あちらの世界でも、こちらの世界でもこの様な輩が存在している。
アキは内心かわいそうな奴だと思いながらも悔しい思いをしてきたのである。
女の中とならば尚の事だ。そして怖いと思った。
アキはメリッサとその取り巻きをキッと睨み付け
「おあいにくさま、時間を無駄にするのはどちらでしょうか?」
と、返す。
「……なんですって? よく聞こえなかったわね。もう一度分かりやすく言ってくださるかしら……?」
アキの返事が気に障ったのか、メリッサは甲高い声をあげて聞き返す。
その声音には明らかに悪意が込められていた。
「劣等生の私を相手にしているあなたの方が時間を無駄にしていると言ったのですよ?」
相手の眼をしっかり見据えてアキは言い放つ。
売り言葉に買い言葉、今のアキは昔とは違う。
こんな相手に馬鹿にされる程アキは落ちこぼれではない。
「貴方みたいな実力が下の者の分際でそんな口答えするなんて生意気よ!」
「実力が上か下かどうか、やってみないとわかりませんよ?」
「そんなのやらなくても結果が見えてるじゃない。ガーランドにいるのに魔術が使えない貴方がどうして私より上だといいきれるのかしら?」
「それならメリッサ、勝負をしましょう。私があなたより上手く魔術を発動できたら私の勝ち。貴方が私より上手く魔術を扱えたらメリッサの勝ち。その判定は今日の試験の成績で決めるというのはどうですか?」
「……いいでしょう、劣等生。私が落ちこぼれの貴方なんかより優れているということを証明してあげるわ。身の程を知りなさい」
「盗み聞きは悪いと思ったけれど、その話聞かせてもらいましたよ」
背後から声をかけられ、メリッサとその取り巻きは後ろを振り返ると、いつからそこにいたのかアマリがいた。
「「アマリ先生!」」
「貴方たち、授業に喧嘩を持ち込むのは良くないですよ。それといい機会だし、その勝負の判定私がしましょう」
「分かりました」
アキはそう言って、未だわなわなと手を震わせるメリッサに視線を向けた。
「アキ、せいぜい恥をかかないようにすることね、いきましょう」
取り巻きを引き連れて側を離れるメリッサ。あとに残されたのはアキとアマリ。
「アキさん、何かヒント見つけたのですか?」
「いいえ。出来るか出来ないかじゃなくて、やるしかないんです。どっちにしろここで勝たなきゃこれからも前に進めないと思うし」
そう呟いて、確信めいたものをアキは覚えていたのだった。
◇◆◇
「はい、それでは次」
一人、また一人と合格していく中で、アキの試験の番が迫ってきていた。
時間は予定時刻の正午を迎え、順番に試験をパスしていくクラスメイト達。
大半は魔力を制御するのが簡単な水系精霊魔法、ただ水を生み出す、水適や火を手に生み出す、火炎等の低級精霊魔術だ。
この試験は元々、精霊魔術を何でもいいから発動させることが目的であって難しい術式を発動させることが合格ではない。
だが、勝負となると話は変わってくる。
アキはメリッサに勝負をしかけたのである。
上手く魔術を発動させたほうが勝ち、つまり、低級魔術では発動させても、相手がそれより上位の精霊魔術を発動させてしまえば試験には合格しても、勝負には負けるのである。
そんな条件下でメリッサは自分の勝利を疑わなかった。
あの子が魔術を扱えるわけがない。そんな劣等生の魔術を発動させたことのない人間が私に勝負を挑んできた。
私が魔術を。精霊魔術を発動する、つまり、どんな精霊魔術でも試験に合格することで勝利は確定するのだ。
だが、一抹の不安もあった。まさか魔術を扱うことが出来ないといっても、もしかしたら万に一つの可能性で発動させるかもしれない。
それなら上級の魔術を組んで力の差をはっきりとさせ、完膚なきまでに自信喪失させる必要がある。
多少、大人気ない等と思いながらもメリッサは試験に臨んだ。
「次は、メリッサ、準備はいいわね。では始め!」
「――我、汝と交わす、異の力を我が物に、主の力をもってその力を示せ」
多少、不安定ながらも黒い霧が現れ、メリッサの利き手に収束していく。
「――我が手に炎の塊よ、宿れ!火炎弾!」
メリッサが唱えたのはアマリが唱えた攻撃魔術、火炎球よりも高位の火の精霊魔術である。
両手に出現した複数の火の玉はメリッサの手から離れ、対象を目指す。轟音とともに地面に着弾すると砂埃を巻き上げた。
「メリッサ。合格です。凄いですね。こんな短時間で火炎弾を扱えるなんて」
「それでは、次」
アマリの感嘆の言葉に、ニヤリと意地の悪い笑みをアキに向ける。
アキは気にした様子もなく試験の位置に付く。
(あまりに、力の差がハッキリしすぎて何も言えないのだわ、見せてもらいましょうか?魔術の扱えない劣等生!盛大に恥をかくといいわ)
メリッサはアキの態度をそう解釈し、アキの動向を伺う。
「アキ、準備いいわね?それでは始め!」
アマリの号令とともに詠唱を始めるアキ。
――精霊魔術の詠唱を。
「劣等生、頭がおかしくなったのかしら?事前詠唱もないのに精霊魔術が発動するわけ……あ……」
言いかけて、メリッサは息を呑んだ。
魔術は発動していた。
アキが詠唱したのはアマリが最初に見せた火炎球である。
だが、火炎球ではそれより高位の魔術を放ったメリッサには勝てないはずだ。
その常識を打ち破ったのはアマリとクラスメイトの反応だった。
「何……?これ……?これが火炎球?」
「こんな大きさの火炎球見たことない」
アマリは驚愕した。事前詠唱無しで魔術を発動させたことも、そしてその魔術がとんでもない大きさだったことも。
「――我が手に炎よ、宿れ!火炎球ファイアーボール!」
両手から生まれた炎は、まるで意志を宿した竜のごとく力強く躍動した。熱と光がアキの腕を包み込み、周囲の空気が震える。風圧で砂埃が舞い上がり、熱波が観客席の生徒たちにまで届く。
火の塊はアキの手を離れると同時に轟音を立て、魔力吸収ルーンの壁を砕き、巨大な風穴を作り上げた。その光景に、試験場は一瞬静まり返る。
「……な、何だ、これは……!?」
メリッサは目を見張り、手に集めていた火の精霊の力を制御しようとするも、明らかに動揺していた。事前詠唱なしで発動――しかも規模が圧倒的すぎる。
「うそ……これが、火炎球ファイアーボール……?」
取り巻きの生徒たちも口を開けて驚愕する。教室中で聞こえていた嘲笑の声は消え、代わりに息を呑む音だけが響いた。
アマリも目を見開く。事前詠唱なしでの発動、炎の規模――。これは試験の基準を超えた出来事だった。
「アキ……あなた、本当に……」
思わず声が漏れる。教師ですら予想できなかった才能の覚醒に、場内の空気は一変していた。
アキは呼吸を整え、静かに炎の残り香を感じながら、メリッサを見据える。かつての劣等生の面影はそこにはなく、確固たる意思を宿した瞳があった。
「……これでどうでしょう、メリッサ?」
メリッサは言葉を失い、顔が真っ赤になる。勝利が確実と思っていたはずの自信は、完全に揺らいでいた。アキの魔術――精霊魔術――は、彼女の予想を軽々と超えていたのだ。
クラスメイトたちはざわめき、アキの周囲に視線が集中する。誰もが、その力と覚悟に圧倒され、そして恐れを感じた。
「……すごい……」
誰かの小さな声が漏れる。だがその声には、嘲笑ではなく尊敬と驚嘆が混ざっていた。
アキは微かに息を吐き、そして心の奥底で確信する。
(やっと……やっと私も、ここに立っていいんだ――)
リッサは震える手を下ろし、目の前の現実を受け止められずにいた。かつての余裕や自信は、完全に崩れ去っている。
「……こんな……まさか……」
言葉が喉で詰まり、息だけが荒く漏れる。周囲の取り巻きも口を開けて絶句し、アキを取り囲む空気は完全に静まり返った。
「これが……あの劣等生の力……?」
誰かが囁く声には、軽蔑ではなく、畏怖が込められていた。今まで見下していた存在が、ここまでの力を秘めていたことに、誰もが驚愕していたのだ。
アマリは静かにうなずき、アキに目を向ける。
「アキ……君は間違いなく、精霊魔術の才能を持っている。しかも、誰も到達できない域に近い力を」
アキはその言葉を胸に受け止め、深く息を吸う。火の塊が残した熱気の中で、彼女の背筋は自然と伸びていた。
メリッサは何とか言葉を絞り出す。
「……ま、負け……た……」
声がかすれ、顔は青ざめていた。プライドが粉々に砕け、立ち尽くすことしかできない。
アキは静かに頷き、落ち着いた口調で答える。
「試験の勝敗は、魔術を発動できたかどうかで決まります。私は、やっと前に進むためにやるべきことをやったまでです」
クラスメイトたちの視線はアキに集中し、ざわつきが次第に拍手に変わる者も現れた。かつての劣等生が、確固たる意思と力で壁を打ち破った瞬間だ。
アマリは微笑みながら、講評を述べる。
「皆さんも見て分かった通り、魔術は単なる技術だけではありません。術者の意志、覚悟、そして自分を信じる力があって初めて、力は具現化します」
メリッサは悔しさと混乱の中、アキを見つめる。かつての優越感は消え失せ、そこに残ったのは、初めて目の当たりにする尊敬と恐怖だった。
アキは胸の奥で、静かに誓う。
(これから……私は、もっと強くなる。誰よりも、精霊魔術を自在に扱える魔術師になる――そして、私を見下したすべての人に、実力で見返してやる……!)
その決意が、アキの瞳に炎のように宿った。