【魔術学校編】適性検査
ガーランド魔術学校初日、ルエルとアキは卒業生であるギィに案内されて入学式の会場に来ていた
「ここが会場です、あとの事は担当魔術士のアマリさんに頼んであるから」
「お姉さま、今日からラブラブ登校ですね」
恍惚の表情を浮かべ、アキに体を摺り寄せてくるルエルの間にギィが入って
「さあさあ、早くしないとお嬢様もアキ様も遅刻してしまいますよ」
「もうギィ邪魔しないでよ」
そんなやりとりにアキは苦笑する。
ここ、ガーランド魔術学校に入学するものは、大半王族や貴族といったエリートが多いのだが、身分を自ら明かすことは殆どないといってもいい。
身分を打ち明けることで、メリットになることが殆どないからである。
正確に言うと、身分を打ち明けるメリットよりデメリットの方が大きいから、である。
むしろ、命を狙われる危険性のあるアキ達王族は、身分を隠したほうが好都合なのだ。
そういうこともあって、ガーランドでは従者であるミリィも、ギィも間違っても殿下や姫様などと呼ばないようにしている。
はたから見れば、貴族とその御付の者にしか見えない。
いくら貴族や王族であろうと、平民の出であろうと、この場所では何の意味も成さない。
ここは唯一、家柄や環境によって構築された支配階級の力が及ばない場所。
己の実力こそ全て。実力のある者は上に行き、実力が伴わない者は落ちこぼれる。
ガーランド魔術学校はそういうところだ。それも魔術の発展の為と質の高い魔術士を育成するためである
私は王族であるぞ!と打ち明けたところで、魔術学校の中での待遇が変わることはない。
むしろ、打ち明ける事によって、平民の出の者が上位階級の成績を上回るということは、その階級の人達にとって屈辱以外の何物でもないのである。
故に、己の素性を明かすということはこの学校では何のアドバンテージにもなりえないのだ。
「それでは、僕はこれで。二人ともがんばって下さいね」
ギィはそういい残し去って行く。
そんなギィの姿を見送った後、アキ達は会場の入り口の門をくぐった。
会場は大勢の人で埋め尽くされていた。
大陸の全土から集まった王族、貴族、そして平民からスカウトされた将来のエリート魔術士候補の人達である。みな年も若い10代の少年少女だ。
「アキ様とルエル様ですね」
ふいに後ろから呼び止められて振り返ると、女魔術士がいた。
見知った顔だ。
初日にアキ達を部屋に案内してくれた若い女魔術師だ。
「……あなたが、アマリさんですか?」
「はい。そうですよ。自己紹介が遅れました。私はガーランド魔術学校黒魔術講師をしておりますアマリ・ウェンナイトと申します」
そういってアマリはスカートの裾をつまんで膝を軽く折る
「早速でお二人には悪いのですが、こちらに来てくださいますか? 何しろ時間が押しているので、まずこちらの方で適性検査を受けてもらいます」
「適性検査?」
問う二人にアマリは笑みを浮かべて
「はい。まずはその個人の能力、潜在能力から訓練された能力に合わせてクラスわけをするのです。その人に合わせた能力や、鍛錬してきた能力に合わせて授業を行います。
ここに入学する方は、生い立ちも魔術に関する知識も環境で差がありますから。極端な話、その差を埋める為に同じくらいの能力の方たちと同じ授業を受けられるように、まず適性検査を行ってその人にどのくらいの能力があるのかおおまかに判断する必要があるのです」
つまりこういうことだ。
大陸から選抜されたガーランドに入学する生徒は同じレベルの生徒同士になるように適性検査というものを受け、ある程度のレベルの者同士になるよう振り分けられる。
クラスの中で極端な落ちこぼれが出ないように。
「なるほどね」
アキとルエルは納得する。
「それではこちらに来てください」
案内された場所は適性検査を受けるための魔具が置かれていた。
それは淡い3色の色がついた水晶だった。
「この宝玉に触っていただきます。右から黒の宝玉、青の宝玉、白の宝玉です。黒は黒魔術の適正をみます、青は精霊魔術、白は白魔術になります」
「術者はその宝玉に触れることによって、触れた人物の潜在能力を測ることができます。それと同時に鍛錬した部分もみることができます。例えば黒の宝玉、黒魔術の適正がある方がこれに触れると黒く濁ります。そして鍛錬を積んでいると輝きます」
「それでは、ルエルさん右から順に触れてみてください」
黒、青の水晶は何の反応もしなかったのだが、白の水晶を触ると白く輝きだした。
「……白魔術を鍛錬されてますね。そして白魔術の天性の素質。加護があるようです。やはりグリンビルド王家に伝わる血筋が成すものでしょうね」
グリンビルド王家は元々、神の使い天使の一族だったと言われている。
その昔、魔族と戦って傷ついた天使をグリンビルドの王子がかくまい助け、そして二人は恋に落ち人と天使の血が混ざった混血児が生まれた。そしてその末裔がグリンビルド王族とされている
それはあくまで伝説として語り継がれているだけであって本当のことは定かではない。
だが、実際にグリンビルド王家の者は治癒魔法の使い手が多かったのも事実である。
ただ通説としてそのような話がある。というだけで王家に伝わる加護の知識としてグリンビルド王家=治癒魔術の使い手という方程式が魔術士の中で浸透していた。
「ルエルさんは白魔術特化型ですね。これなら基礎は要らないようです。ルエルさんはガルチュアのクラスになります」
ガーランド魔術学校は4年編成で構成される。
現代でいう大学と同じである。
1年生は4つのクラス、ガルチュア、ディステニー、ベルセルク、ルワンダに分けられる
1クラス20人で構成されガルチュアが一般的に優等生クラス、最後のルワンダが初級クラスになっている。
2年生になるとそれぞれの得意とする専門分野の科に分かれていく。
黒魔術科、精霊魔術科、魔具科、白魔術科の4つだ。
「ガルチュア?」
アキの疑問に答えるように
「はい。ガルチュアは優等生クラスです。ガルチュア、ディステニ、ベルセルク、ルワンダというクラスがあります」
「ルエル凄い!優等生クラスだって!」
驚くアキにルエルは「私はどのクラスでもいいです。お姉さまと一緒ならどこでも……」と呟く。
「次はアキさんの番ですよ。優しく触れてくださいね?」
アキは恐る恐る宝玉に触れる。
「わっ」
一瞬、体中に電気が流れたかのような感覚に、アキは身をびくりと震わせた。
そんなアキを見つめながら、アマリは「大丈夫です、最初は驚くかもしれませんが害はありませんので」と補足する。
黒い水晶は何の反応も起こさない。続いて青の水晶に触れる。
と、薄い青色の水晶がじわりじわりと深い青へとその色を変えていく。
その様子を見てアマリは感嘆の声を上げる。
「へえ、精霊の加護があるみたいですね。普通は黒魔術か白魔術のどちらかなのですけれど……これは珍しいです。次は白の宝玉に触れてください」
言われるがままにアキ白の宝玉に触れる。
宝玉は色も変わらず透き通ったままだ。
「おかしいですね、普通の人間ならどちらかに偏るはずなんですけど……。これは私も判断しかねます……。基本黒魔術が使えないと精霊魔術は使えないですから」
それというのも、人間が使う精霊魔術は黒魔術の事前詠唱が必要なのである。
したがって、黒魔術が使えなければ、基本的に精霊魔術は使えないということなのである。
黒魔術の才能がない。つまり現状ではアキは魔術が使えないことを意味していた。
黒魔術は魔族の力、白魔術は神の力を借りる魔術。
元々、精霊魔術は人間が扱うものでなく、自然と共にあるエルフが扱うものであり、大精霊マリナの力を借りる魔術である。
人間には大きすぎるその力は、人間の魔力では扱うことができないとされていた。
だが500年前、ガーランドによって人間が精霊魔術を扱う術を習得した。
それが事前詠唱。
黒魔術の力を使って、精霊魔術を扱えるようにする方法である。
「とりあえず、保留ですね。アキさんはルワンダのクラスに通ってください」
「ルワンダはガーランドではどの位置になるんですか?」
「ルワンダはガーランドでは最下位のクラスになります。残念ですが、魔術の適性を見る限り現状ではアキ様に黒魔術、白魔術とも適性がみられません……。恐らく、アキ様自体の魔術素養の開花がされていないのでしょう。とりあえず、アキ様が魔術を扱う為には、ルワンダで魔術の根本的な部分を鍛錬行い、白魔術か黒魔術の才能の開花をさせなければなりません。まずはルワンダで学ぶ必要があると私は判断します」
「……そうですか」
アキは呟いてがっくりと肩を落とす。
オグワルドが及第点をあげられるまでに成長していても、これだけ頑張ったのに……と思っていても、ガーランドの中では下の下なのである。
「私もルワンダがいいです。お姉さまと一緒のクラスじゃダメですか?」
「ルエルさん。魔術が扱えない者と魔術が扱える者とクラスを一緒にすることは出来ません」
「お姉さま、私はお姉さまと授業を受けることが夢でしたのにとってもとっても……残念です……」
名残惜しそうな表情でアキを見つめるルエル。
「ルエル、大丈夫だよ。会えなくなるわけじゃないんだから、部屋は隣だし、いつでも会えるじゃない」
「そう……ですね。お姉さまがそう仰るのなら仕方ありません」
「お二人の手続きはしておきますので講堂の方へ移動してください。入学生が全員揃った後、学長の話がありますので」
手短に講堂の場所までの道のりを説明されて二人は講堂に移動する。
100席程ある講堂の席は8割方埋まっており、アキとルエルは空いてる席に隣り同士で腰掛けた。
「えー。諸君、君達がこの学校で学ぶことは――――」
講堂と呼ばれる場所では学長と呼ばれる中年男性がガーランドでの心構えや学校の大まかな説明をしているところだった。
初日なのも関わらず、周りではうつらうつらと船を漕ぎ出している生徒がちらほらと見える。
中途半端な緊張感と変化のない口調を聞いていると睡魔が襲ってくるのはこの世界でも共通の様だ。
(どこの世界でも、校長の話は眠くなるんだな……でも、私の戦いはこれから。本当の意味で強くなるために、私はここにいる……!)
アキは胸の奥で熱い決意を燃やしながら、初めての魔術学校の一日を静かに始めたのだった。