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【王宮編】旅立ちの時

 美しい緑に囲まれた王宮の庭園の出口はグリンビルド城から大人の足で10分ほど歩いた場所にあった。


 黒塗りのレンガの城壁に囲まれた、グリンビルド王国の正門に竜車が二台止まっている。


 そしてそれを取り囲むように侍女数人と王族がしばしの別れを惜しむ。


 雲一つない澄んだ青空が、まるで旅立ちの日を祝福してくれてるようだった。


 竜車。


 アキ達の世界で遠い昔使われていた移動手段、『馬車』にそれはよく似ていた。


 ただその車を引くのは馬ではなく、この世界で竜と呼ばれるものだ。


 竜といってもおとぎばなしやゲーム等に出てくるものとは外見がかなり違う。


 この世界の『竜』と呼ばれる生き物はダチョウに似ているが、ダチョウよりもう少し体が大きく全身が羽毛に覆われており、ダチョウにはない大きな翼がある。


 そして『竜』は『馬』の様にこの世界の人間に多大な恩恵をもたらしている


 この『竜』は車を引っ張るものもあれば、単独で人を乗せるものをあり、移動手段に使われたり、人々の娯楽の為に競技場で競争竜サラブレッドとして公営ギャンブルに使われたり、戦争で兵が騎乗し戦う飛竜と呼ばれる亜種もいる。


 後者はとても貴重で将校クラスに与えられ、竜騎士と呼ばれたりその用途は様々。

 竜車に使われる竜は雛の頃に翼の腱を切断し、車を引っ張る労働力として特化した竜である。






「アクワルド子爵、ギィ。ではあらためて、アキとルエルを宜しく頼む」


 マルビットは竜車に乗り込むアキとルエルを心配そうに見送ると、最後に乗り込むギィとミリィの二人の手をとって力強くそう言った。


 アキがこの世界に来て約4ヶ月。


 アキ達は新たな一歩を踏み出していた。


 旅立ちの日。

 王宮暮らしからガーランド魔術学校へと生活の場を移す日。


 晩餐会以降、アキは4ヵ月後に迫ったガーランド魔術学校に入学するために魔術の基礎や王宮でのルール、王族としての立ち振る舞いを急ピッチで教え込まれていた。


 ガーランド魔術学校はグリンビルド王国、リベリアン公国、ソルトゲイツ王国、ウェンツァト聖王国の4つの国が出資して運営している世界最大規模の魔術研究機関であると同時に優秀な魔術師を世に生み出すための育成機関だ。


 アキの世界の中高大学と一貫教育を施すエスカレーター方式の公的学校みたいなものである。


 そしてその学校に入学できるのは次世代の魔力を継ぐ王族や貴族、そして平民からスカウトされた『一定レベルをクリアしている魔術の素養があるもの』に限られている。


 そしてその条件を課す目的は、この学校を出たものは名誉が与えられ王宮や公的な重要な役職に就くことが出来る質の高い人材を育成しているというブランド力を維持するためである。


 同じ学校に通うことになったルエルは魔術の基礎等、応用をオグワルドに小さい頃から教えられた為、入学の条件はパスしていており問題はないのだが、肝心のアキは全くの素人、ゼロからのスタートだったのだ。


 いざという時は王宮枠という、いわゆるコネを使って入学させるといった手もあったがそれを使うことはなかった。


 どちらにせよ、仮にコネを使ってアキを入学させたとしてもまず授業についていけないのであれば意味がない。


 落ちこぼれて落第という道を遅かれ早かれ味わうことになるだろう

 それだけ、このガーランド魔術学校という育成機関は厳しいところなのだ


 だが、こうして3ヶ月と少しという短時間で入学できるレベル、オグワルドが及第点をあげられたのはアキの努力かアキの元々の才能か、それとも優秀な教師がついたが為か。



「「はい、お任せください」」


 二人は力強く頷いて竜車に乗り込む。



「陛下、心配なのですか?」


 マルビットの心情を読み取ったのか、マグリ内政官はそっと囁く。


「娘が決めた事とはいえ、自分の娘を手に届かないところに置くというものはやはり心配だな。これが子離れできない親心と言うものだろうか?」


「陛下、誰しも自分の子はかわいいものです。陛下がそうお考えになるのも至極当然のことと存じます。ですが送り出したのも陛下自身の御決断とルエル姫様のこの国を思う愛国心と自身の勉学に励みたいという立派な意思なのです。子を守るというのも必要ですが、時には子を見守るということも人が成長する為には必要なことだと私は思います」


「……そうだな、今なら自分の親の気持ちが理解できた気がするよ」


 自分の片腕となるマグリの言葉に、自分の娘と少年だった過去の自分を重ねつつマルビットはそう小さく呟いた


 自分自身が。

 かつて、この王宮を飛び出してガーランド魔術学校に入学した時のこと。


 優秀な従兄弟と比べられ、その兄の様な従兄弟を超えるために父に道理を通してこの王宮を出たこと。


(子は親に似ると大昔の人が言ったがあながち嘘ではないということか……)


 内心マルビットはそう思いながら、どこまでも広く雲ひとつない青い空を見上げたのだった。






 ◇◆




「アキ、さみふぃのでふか?」


 竜車の窓から身を乗り出してリリス達を姿が見えなくなるまで手を振るアキを見つめ、おやつに貰ったドーナツをもぐもぐさせながらミリィは言った。


「さみしいっちゃさみしいけど。一応短かったとはいえ生活をしてきたんだし、でもそんなことより、って、お菓子全部食べないでよ?せっかくマーニャが作ってくれたんだから!」


 アキの抗議の声を無視し、「いいじゃない、減るもんじゃないし!」と呟く。


「いや、減るよ!そこはかとなく明確に減ってる!」


「えー、このドーナツが食べられるのも私がマーニャにレシピ教えたからじゃないですかー。ということは私が創造主。つまり私の物。アキの物も私のもの」


「どこのジャイアン思想だよ」


「あふっ」


 びしっとミリィの額にチョップと言う名の突っ込み入れるアキ。


 確かにこのドーナツという現代のお菓子を食べられるのもミリィのおかげでもある。


 現代の生活が長かったせいもありこのエルフはスイーツに目がなかった。


 そしてそのスイーツ好きが講じてこの世界でもなんとか現代で食べたお菓子が作れないかと模索していたのである。


 苦労の末、出来上がったのがドーナツや蜂蜜を固めたお菓子等、自らを天才パティシエと名乗るこのスイーツエルフさんは試作品をマーニャに作らせたのだった。


 出来たお菓子は王宮内で大好評で、このグリンビルド王国を代表するお菓子にしようとする動きまで出てきている。


「ということで、今日から天才パティシエ、ミリィちゃんとお呼びくださいまし!」


 胸にぽんと手を置いて胸を張り自慢げに言い放つミリィに


「で?スイーツ大魔王、ガーランド魔術学校までどれくらいかかるの?」


「何でいきなり天才パティシエから悪の権化に早代わりするんですか!」


「え?違うの?自分では作れないから味見をする為に仕事ほっぽり出して厨房に入り浸っていたってリリスから小耳に挟んだりしたのだけれども」


「ち、違いますよ……!私には公務もあるのです!確かに夕刻時は厨房に入っては試作品を食べるのが日課にはなってましたけど!」


「ほう、公務という名の試食ですかあ、随分と楽しそうな公務ですねぇ」


 ジト目でミリィをみつめるアキをよそに


「そ、そんなことより!どれくらいで目的地に着くか?ですよね」


 強引に話題を摩り替えるミリィに冷たい視線を送るアキ。


「ガーランド魔術学校はここから竜車で2週間ほど行った4つの国の国境近くにあります。暫くは竜車での生活か、近くの宿に泊まることになるでしょう」


「2週間!?そんなに遠いの?」


「はい。何しろ国境沿いにありますから、この魔術学校はあくまで4つの国で管理、中立でなければならないという立場上。学校が置かれた一つの国の影響力が大きくなりすぎないよう4つの国が交わる国境沿いに建てられたのです」


「ふうん。じゃあ暫くは退屈な日が続くんだね」


「そうでもないですよ?学校に入学したら今までの退屈な日常が刺激的な毎日に変わるんですから」


 良い意味でも、悪い意味でもね。とミリィは心の中で付け加える。


 ミリィは知っている。ガーランド魔術学校が並大抵の意識の持ちようではやっていけないことも。


 一抹の不安はあるが、アキならこれから始まる厳しい学校生活でも何とかやっていけるだろう。


 もし、アキがこれから経験する楽しいことや悲しいこと、辛いときや苦しいときも私が支えていかなきゃ!とミリィは改めて決意したのであった。



竜車に揺られて数日。

窓の外には見たこともない田園風景や、小さな村が流れていく。

アキは膝を抱えて、外の景色に目を輝かせていた。


「ねえ、あの小屋みたいなの、なんだと思う?」

「旅人用の休憩所ですね。家畜や荷を休ませる場所です」

リリスが落ち着いた声で答える。


「ほえ~、こういうの、ゲームの中でしか見たことなかった」

無意識に口にすると、マーニャが不思議そうに首をかしげる。

「ゲーム…?」

「あ、いや、こっちの話!」

慌てて取り繕うアキに、ミリィは吹き出してしまった。


昼下がり、竜車が少し速度を落とす。

外で御者を務めていたギィが窓越しに告げた。

「殿下、少々お待ちを。前方に商人の隊商が止まっております」


見ると、道の真ん中で荷馬車が立ち往生していた。

どうやら車輪が壊れたらしい。

商人たちは必死に立て直そうとしているが、車輪はびくともしない。


「どうするの?」アキが小声で尋ねる。

「このままでは道が塞がっています。しばらく待つしか…」

リリスが答えたそのとき、アキは窓を開けて顔を出した。


「ねえ、木の棒と布を巻いたの持ってきて! あと石か何かも!」


言われるがまま、商人が慌てて木の枝や道端の石を集めてくる。

アキはそれらを組み合わせて即席のテコを作り、

車体を少し持ち上げる工夫をした。


「ほら!ここを支点にして押せば、ちょっとくらい浮かせられるはず!」


「おお、なるほど!」

商人たちが掛け声を合わせて力を込めると、ぎしぎしと音を立てて車体が傾き、壊れた車輪を外すことができた。


「殿下、なんと…!」

「すごいな!嬢ちゃん、頭いいな!」


褒められて、アキは少し照れながらも胸を張った。

「えへへ、ちょっと知識を使っただけだよ」


竜車に戻ると、ミリィがじっと見つめてくる。

「アキってさ、本当に……王女様っぽくない」

「い、いい意味で言ってる?」

「もちろん。あんな風に人を助けようとするの、立派だと思う」

リリスとマーニャもうなずき、優しい笑みを浮かべていた。


アキはこそばゆい気持ちになりながらも、

胸の奥が少しあたたかくなるのを感じていた。


竜車は街道を北へ北へと進んでいた。

初めて見る広大な草原に、アキは目を輝かせていたが――。


数日目の午後。

竜車の揺れに身を任せているうちに、額にじっとりと汗が滲んでいた。


「……うぅ……なんか気持ち悪い……」


顔を青くして身を丸めるアキに、すぐ隣のミリィが気づく。

「アキ!? 大丈夫?」

「ご、ごめん……ちょっと、くらくらする……」


リリスが即座に身を乗り出し、アキの額に手を当てた。

「熱があります。旅の疲れが出てしまったのでしょう」

「殿下、横になってください」


慌ててマーニャが毛布を取り出し、揺れる竜車の中でアキを横に寝かせる。


アキはぼんやりと彼女たちの声を聞きながら、かすかに笑った。

「……なんか、子ども扱いされてる気がする」

「子ども扱いなんかじゃありません!」ミリィが声を荒げる。

「心配だから言ってるの!」


リリスも静かに言葉を添える。

「殿下はまだお若いのです。無理をしてはなりません」

「そうです。もし殿下に何かあれば、わたしたちは……」

マーニャが言いかけて唇を噛む。


アキは薄く目を開け、彼女たちを見てつぶやいた。

「……ありがとう。俺、いや……私のこと、そんなに大事に思ってくれて」


その夜。竜車を止め、野営地の焚き火のそばで休むことになった。

アキは侍女たちに囲まれて毛布にくるまれていた。


マーニャが用意した温かい薬草茶を口に含むと、喉の奥がじんわりと温かくなる。

「どう?少し楽になった?」ミリィが覗き込む。

「うん……すごい安心する」


アキは目を細め、ぽつりと呟いた。

「俺、今までずっと一人でがんばんなきゃって思ってた。けど……こうして誰かに支えてもらえるのって、すごく……あったかいんだな」


リリスは優しくアキの髪を撫でながら答える。

「殿下は一人ではありません。私たちが、ずっとおそばにおります」


その言葉に、アキの胸の奥がじんわりと熱くなった。

瞼が重くなり、眠気がゆっくりと体を包んでいく。


「……ありがとう、みんな……」

小さくつぶやいて眠りについたアキの寝顔は、とても穏やかだった。


今回のお話で、王宮編は終了です。次回からガーランド魔術学校編に移ります。

毎日1話ずつ更新していきます。



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