【王宮編】流行風邪と少女と乙女と
女の子のお話。
「……っ」
アキは下腹部の強烈な違和感を感じて目を覚ました。
深夜――。
寝台にあるアキの腕時計は3:27を指していた。
いつもならミリィと一緒に寝ていたのだが、アキが最近体調が優れないせいか、ミリィは別室で寝てもらうことになった。
老医師マシュウは「おそらく流行風邪でしょう。最近姫様は勉学を根詰めされてる様子でしたから疲れが来たのでしょう。2、3日は安静にしていてください」
と診断を下した。
そういうわけでこのただっ広い、少女に不釣合いなベッドを一人で持て余していたのだ。
ねとりっと絡みつくような感覚、股の間が何か温い液体がへばりついてるようなそんな感じを覚える。
アキは反射的にそこに手を伸ばす。
ぬめりとした。液体のようなものがアキの人差し指に絡みついた。
暗闇の中でそれが何なのかよくわからない。
嗅覚を刺激する、
酸っぱいような経験したことのない匂い。
まずアキの頭に浮かんだことは粗相をしてしまったという羞恥心。
16歳という年にもなっておねしょをしてしまったという罪悪感。
体は10歳の少女だとしても心は16歳。大人に近い価値観を持つアキにとってそれは耐え難い失敗であった。
「やばいって……、できれば自分で何とかしたいけど」
アキは小さくつぶやいて、とりあえず現状確認のためにベッドの側にあるスタンドライトの明かりをつけた。
アキの部屋の外に待機している侍女に気が付かれないように、魔具の明かりを最小限に調節して。
その微かな明かりから導き出された答えは、シーツを汚す赤い大きな染みと右人差し指に付着する血液だった。
「……マジかよ……」
それが何なのか、反射的に理解してアキは言葉を失ってしまった。
「どうすんだよこれ……。うん、そうだ。こういう時は深呼吸をして」
呟いて大きく深呼吸し心を落ち着かせる。
「とりあえず、着替えだけでも」
ベットからのそのそと這い出すとアキはスカートの辺りが血に染まったネグリジェを脱ぎ捨てた。
その時だった。
脱ぎ捨てるときに右手がスタンドライトに触れたのだろう。
明かりを灯す魔具はそのまま床に落下しガチャンっと盛大な音を立てた。
「あ、やば……」
アキが気づいたときには時すでに遅し。
部屋の前で待機していたリリスが何事か?と「アキ姫様どうかされたのですか!?」
と声をかけた。
「リリス、大丈夫!大丈夫だから!ほんとなんでもないの。だから気にしないで!」
必死で何もないということをアピールするが、最近体調の優れない姫様の現状を知っている侍女達にとって、それは無視できないものだった。
もし仮にそれが姫様の身に何かあって取り返しのつかないことになってしまったら、彼女たちの責任問題は免れないだろう。
ただ、そんなことよりも姫様の侍女を仰せつかった重要な立場もあり、仕事的というよりアキ自身を心配する気持ちの方が強かった。
「殿下、入りますよ」
言って部屋に入ると同時に
「「きゃああああ」」
とリリスとマーニャは悲鳴に似た声を上げた。
それもそのはず、侍女の視線の先には下半身が血まみれで立ちすくしている全裸の王女の姿があったのだ。
血まみれの王女を見て驚かないほうがおかしいだろう。
侍女達の反応は当たり前といえば当たり前だった。
「姫様、それは……」
言いかけてアキは乾いた笑いを浮かべ
一言「ごめんなさい」と謝った。
◇◆◇
「殿下、大事なことなのでよぉおおく聞いてくださいね!」
リリスは人差し指をぴんと立てアキに説明する。
あれから――
リリスとマーニャ達が慌ててお湯を用意し、血液で汚れたシーツを取り替えたり、アキの体をふいてあげたり一通り終わったあとだった。
「うん」
「これは大人の女性が月に一度訪れるものなのです」
ああ、やっぱりか。
思っていたことそのままの答えが帰ってきてアキは複雑な気持ちになる
これは女性が月に一度訪れるという生理というものだ。
現代での生活や、男としての生活を送っていたアキだがその生理というものがなんなのかは知識として一応理解しているつもりではあった。
だが自分の身に現実に起こるとどうだろう。
確かに女性の体になったとはいえ、それは驚きのほかに信じられないといった感情が入り混じって複雑な気持ちがアキの心の中を満たしていた。
「お加減は大丈夫ですか?今はお腹の痛みなどはありませんか?」
「うん、何か凄い鈍い痛み。下っ腹がなんかずーんって重い感じ、やっぱり風邪の症状じゃないよね」
確実に風邪の症状じゃないとはわかっているものの、現状を飲み込みたくないアキはそんなことを口にする。
「どこに股が血まみれになってしまう流行風邪がありますか!殿下は大人になられたのです」
アキの言葉を軽く否定し、マーニャはやや憮然とした表情でそう答えた
それから二人に一通り詳しく説明された。
月に一度このようにお腹の痛みが始まり1週間ほど血を流すのだという。
それは女性が子孫を残すために授かった機能がアキにも現れたということだった。
「殿下、これからはこちらの下着をお付けください」
そう言って取り出したのは幼い少女が子供のときに履くようなカボチャパンツだった。
「この下着を履かないといけないの?」
「はい、正確にはこの下着とこちらの綿を集めた布地と一緒に着用するのです」
言って、マーニャは綿を何重にもつぶした平べったい物を下着の横に置いた。
「マーニャ、これって綿ですか?」
つまりこれは現代で言う生理用品だ。
「そうです。綿を集めて薄く伸ばしたものです。これからは生理の時はこれをつけてもらいます。本当はこちらより綿を棒状にしたこちらの方が汚しにくいのですがこちらの方は慣れた方でないと恐らく難しいのでこちらをお勧めします」
そう言ってマーニャとリリスは平べったい布をアキに手渡す。
「う……、やっぱりこれつけなきゃいけない?」
「はい。つけて貰わないと私たちが困ります。これから1週間ほど血を垂れ流し続けるのですから。私たちはその都度毎日シーツを変えてもよろしいのですが、殿下が安心して眠ることが出来ないでしょう?」
「そ、そうですよね……」
自分のわがままで彼女たちに大変な思いをさせる訳にもいかないなと思いながら、アキはため息混じりにうなずいたのだった。
それから4日ほど下腹部の鈍い痛みに耐えつつ5日目あたりには後宮内を散歩できるまでには回復していた。
これがこれから毎月あるのかと考えるとアキは憂鬱になる。
そんな考えをよそに、侍女達は「アキ姫様が大人になりました。これはお祝いをしないといけませんわ」と張り切るのであった。