【王宮編】ギィの受難
「……あの、姫様。一体その格好は……?」
使用人たちが軒並み寝静まった深夜。
ギィは黒色の正方形の布地を頭からかぶり、鼻の前で結ぶ奇抜な格好をしている少女に小声で囁いた。
深夜の巡回をしている最中。
ギィは黒い布を頭から被った怪しい格好の明らかにワガママ姫に似た物体を廊下で見つけてしまい、仕方なく後をつけてきたのだが……。
「書物庫の異界の書に書いてあったのよ。異界では忍び込むにはこの格好が正装であるって!」
「忍び込む気なんですか!?アキ殿下の部屋にッ……ん、ムグッ……」
予想外の大きな声に驚き慌てて従者の口を両手でふさぐ
「……しー、ギィ声が大きい…そんな声で話したらっ気づかれちゃうじゃないでしょーがっ!」
「ふぇも、ふぁんでひのびこふぉうとひてるんでふか」(でもなんで忍び込もうとしてるんですか)
「わからないの? 貴方、何年私の従者をやってると思ってるのかしら? 決まってるじゃない夜這いよ、夜這い。そんなこともわからないようじゃ私の従者も務まりませんわよ? 」
「ぷはっ、いや、だから、夜這いしたいという姫様の気持ちは解りましたけど、いやむしろ、解りたくないですけど!こんなことをして見つかりでもしたら大変なことになりますよ?それに入り口には侍女も待機していますし」
「そんなことなら心配無用よ。さっき私が睡眠呪文をかけて置いたわ、これで万が一侍女に見つかる心配もないわね」
(それじゅーぶん、やばいですって!)
こんな時、従者であるギィは本来止めるべきであるのだが、暴走が始まったルエルを止めることは出来ないことをギィ程理解している者はいなかった。
だからこそ、このワガママ姫が一線を越えないために仕方なく付いてきている。
「それにしても夜這いするのに何で僕までいる必要があるんですかあぁぁ!」
「何言ってんの?そんなのあんたは見張り役の為だけに連れてきたに決まってるじゃない!」
予想通りというかいろいろな意味で期待を裏切らない
「ああっ、愛しのお姉さまっ、今行きますからねぇ~~~うふふふふふ」
気持ちの悪い笑みを浮かべながらルエルの術で寝息を立てている侍女の間をすり抜けアキの部屋に侵入していくルエルを見て「もうやだ……」とギィは投げやり気味に呟いた。
就寝時間はとっくに過ぎていて部屋の4隅に設置してある魔具のスタンドライトもその光を灯していない。
真っ暗闇の室内を頼りなく照らすのは星の光と5つの月光。
鼻息を荒げながら手探りでベッドを探す様は、まるでターゲットを追い詰めてじりじりと詰め寄る肉食獣のようだ。
そろり、そろりと獲物に気づかれないようにルエルはベッドに到達すると、するりとシーツの中に身を潜り込ませていく。
程なくして目標に到着。
目の前には少女の背中。
月の光に照らされて透き通るような白い肌。
艶かしいうなじから肩甲骨に伸びた王女のサラサラの金色の髪が、ルエルの欲情をより一層高めてくれる。
「良い匂いです……♪まずはお姉さまの未成熟な胸を堪能することに致しましょう」
少女の両脇にゆっくりと手を侵入させ後ろから抱きつくような形で体をホールドする。
「さあ、お姉さまの未成熟なお胸を堪能させていただきます……」
はあはあと息を荒げ、ルエルは10歳の少女の乳房を鷲掴みに
むにゅ
(……むにゅ?)
「……?」
予想していた感覚とうってかわってルエルの両手に収まりきらない大きなソレの感触。
(お姉さまってこんなに胸大きかったっけ……?)
そんな疑問を抱いた瞬間。
問題の少女は寝返りをうった
「う~……ん、誰よ。私の胸を気安く触るのは……」
それは寝言なのか。それとも覚醒してしまったのか。
変態少女は慌てて少女に回していた手を引っ込める。
2人は寝そべる形で対面するように顔を合わせた。
(あれ……?お姉さまじゃ……ない?)
視線が合う。
合う。
時間にして1秒ほどだがルエルは何十秒に感じた。
寝ぼけ眼のミリィはじぃっとルエルを凝視し――
「姫様。あんまりおいたが過ぎると食べちゃいますよ?」と一瞬悪戯っぽく笑い、呟いてエルフの娘はもう一度目を閉じた。
全身の冷や汗とともにびくりと身を震わせルエルは逃げるようにベットから身を引く。
アキの部屋の入り口からひょっこり顔を出すルエルをみて「あれ?姫様、意外と早かったですね」と声をかけるギィ。
あまりに早い変態姫の帰還に、ギィは少し驚いたような顔でルエルを見る
「……撤退よ……」
「え?」
「撤退って言ってるの解らないの?」
「は、はあ……」
いまいち事情の飲み込めないギィは気の抜けた返事をして
「ちょっ、ちょっと何があったんですかあああああっ」
「あああああ、うるさいうるさいうるさい! 戦略的撤退!今日のところは見逃してやるわ」
ぐいっと従者の手を引っ張って思い切り悪役の台詞を捨て吐く。
「帰る! 」
「なんなんですかああああ」
従者があげる抗議の声を無視しルエルは無言で元来た道を引き返すのだった。