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CrossOver

作者: 幌雨

十年くらい前に書いたやつが出てきたので置いときます。気に入っていただけると幸いですね。


 長い黒髪を風に踊らせながら、彼女は歩道橋の上から僕を見ていた。その、怜悧としか表現できない眼差しで。


恋愛感情なんてものは、ファンタジーよ。この世には存在しないものだわ―


 これはついさっき、一世一代の告白をした僕に彼女が言った言葉だ。



 彼女とは、高校生活一日目に初めて出会った。

 阿部と相原で二人とも出席番号が男女の先頭だったから、最初の1ヶ月ぐらいは席が隣同士だった。そして一年の三学期に再び隣同士になった時、久しぶりだね、なんて話したのが始まりだったんだと思う。


 二年になってもたまたま同じクラスだったってのもあって(余談ながら、その時も僕らは男女の一番目同士だった)、少しずつの何てことない会話を繰り返しているうちに、僕はいつの間にか彼女のことが頭から離れなくなっていた。

 僕の見立てでは、彼女も僕の事を憎からず想ってくれている。はずだった。


 彼女は、部活も何もしていなくて、あまりにも綺麗に整った見た目のせいで少し女子から浮いていた。一方の男子からほとんどアイドル扱いだったのもそれを悪い意味で後押ししていた。


 そんな彼女の方から話し掛けてくる、今やほぼ唯一の人間が、僕なのだった。

 これで期待するなと言うのが無理な話だ。想像の中で何度コトに及んだかなんて、もはや数え切れない。


 だから、今日、覚悟を決めて、告白したんだ。

 そそくさと帰宅しようとする彼女を捕まえて、一緒に帰ろうと声をかけて。

 彼女は一瞬戸惑って、小さくいいよと返してくれた。


 緊張しながら、二人並んで歩いた。木枯らしなんか気にならなかった。顔が火照ってどうしようもないぐらいだった。

 真っ直ぐに前だけを見て歩く彼女の横顔に話しかけると、彼女は一々こちらを見て返事をくれた。

 彼女の瞳が僕を捉える度に、僕の心臓は痛いぐらいに暴れ出す。


 ああ、ダメだ。肝心のことを何も言えないまま、彼女と別れる歩道橋まで、あと少し。


 天の配剤によってか、不意に、人通りが途切れていた。


 今しかない。


 相原さん、と今までよりも少しだけ大きな声で彼女を呼ぶ。

 焦りすぎて裏返りそうになる声を無理やり制御しなければならなかった。


 彼女は何?と立ち止まり、振り返って僕の言葉を待っていた。



 君のことが、好きなんだ



 たったそれだけの言葉を、有らん限りの精神力で送り出す。


 心臓が耳から飛び出すんじゃないかと思うほどに暴れている。

 早くこの時間を終わらせてくれないと死んでしまいそうだった。


 そんな僕から彼女は目を逸して、恋愛感情なんかファンタジーだと言った。

 この世界には存在しないと言った。

 そして逃げるように階段を駆け上がって、歩道橋の上から僕を見ていた。


 僕は慌てて追いかける。

 逃げようとする彼女に何とか追いついてその手を取ると、思った以上に華奢でこんな時だというのにドキッとしてしまう。


 なぜあんな事を言ったのか、そうストレートに聞きたかったけれど、彼女の顔を見ていると言葉が胸に引っかかって出てこなかった。


 間抜けに口をパクパクやっていると、彼女は僕の手を振り払って、しかしいつもの鋭い眼差しで真っ直ぐに僕を見つめていて。


「私には、誰かを好きになるって気持ちがわからない。私が思ってる好きって感情とみんなが言っている感情が同じものだとはどうしても思えないの。何度か、今みたいに告白された事があったけど、断ったら今度は急に怒りだしてそれっきり。それで私、どんどんわからなくなって…だから、今ここにある気持ちが本当にそうなのか、私にはわからない」


 そう、言った。一言ずつ確認するように、ゆっくりと。けれども、淀みなく、はっきりと。


 ああ、何だ。


 僕は嬉しくなった。

 彼女の大切な部分に触れられた気がした。


 僕はさっき振り払われた手をもう一度、今度はこのガラス細工のような彼女を壊してしまわないように、そっと重ねた。


「それは、僕にもわからないけど、それを二人で確かめることはできるんじゃないかな?」


 全然思考が纏まらなくて、もしかしたら意味不明な事を口走っていたかもしれない。


 でもそれでも、しばらく俯いたままだった彼女が顔を上げた時、彼女は今まで僕が見た中で一番の笑顔で笑っていた。


 通りがかった小学生の集団が僕たちに好奇の眼差しを向ける。

 僕らは二人で真っ赤になって、慌てて手をはなす。


 じゃあ、また明日。


 そう言い合って、歩道橋の右と左へ別れて進む。

 階段を下りて振り返って見れば、彼女は道路の反対側で僕に気づいて手を振ってくれた。


 僕が手を振り返すのを見届けてから、優雅に振り返る。それはもうすっかりいつもの彼女だった。

 何か言っていたようだけど、声は車道の喧騒に呑まれてここまでは届かない。


 もう後ろ姿の見えなくなった路地を見送って、行き場のなくなった右手を思い切り握りしめる。



 ああいつか、彼女の隣をどこまでも歩いて行けますように。






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