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~サバイバル無双~ゾンビの蔓延る世界で彼は希望を紡ぐ  作者: 稲二十郎
第一章 サバイバル1日目
2/13

1『幼馴染は冴えない彼を視界に入れない』

「なんで休みなのに学校になんか行かなきゃならないんだ。滅びろ進学校。どうせ、大したこと教えてねぇんだし」


 夏休みだと言うのに、課外授業に出なければならないと早朝から吾妻義弘はぼやいていた。お腹に付いた贅肉が動くたびに揺れている。


「あぁ、めんどくさいぃ。行きたくない、だらだらしたい、クーラの効いた部屋で涼みながら寝転んで布団に顔を埋めたいぃぃ」

 

 寝間着を身に纏ったまま、朝のニュースが鳴り響く居間をゆらゆらと歩き、ソファに寝転ぶと、彼はクッションに顔を埋めながら、願望をリズムよく叫んだ。そして、片手で頭を支えながら、テレビの方を見やる。

 

 そうする彼の目鼻立ちははっきりしており、睫毛は長く、目元は堀が深いことによるくっきりとした二重瞼である。それらのみを見れば、男前といえるだろうが、やや、ふっくらしているため、パーツの良さは台無し。

 それに、ぽっちゃりという言葉がぴったりな体型が顔の下に続き、だらしなく贅肉が垂れてしまっている。ソファの生地にぽよんと出っ張ったお腹が乗っている様は中年メタボのようだった。


「だいたい、こんな眠たい状態で学校で勉強するより、家で休んだ後に一人で勉強した方がはるかに効率的だし、そっちの方が学習意欲が向上するのにさ……あ、よく考えたら、せっかくVR技術が進歩してるってのにわざわざ学校行く必要ないじゃん。仮想世界に学校つくれよ。設備維持費とか、光熱費がかからないから絶対そっちの方がいいって」

 

 彼の言動を聞いていた母がため息を吐き、呆れた表情で彼に言った。


「あんたが自分で選んだ高校でしょ?さっさと行きなさい」


「うぅ、なんだか体が重い気がする。母さん、これやばい、病気かもしれん。これ病院に行った方がいいか……も」

 

 よたよたと立ち上がったかと思えば、膝をつき、自分の丸みを帯びたお腹を摩り、チラチラと母の様子を窺いながら義弘は語る。しかし、彼を睨みつけた母がその言葉を遮った。


「朝からご飯3杯も食べてれば、嫌でも体は重くなるわっ、とにかく、ほら、さっさと準備しろ。そして、行け!!」


 眉を寄せた表情をした母が拳を握り込んだ状態から親指だけを玄関に向ける。ワイルドな仕草とその顔つきの裏に潜む般若を見た義弘は渋々答えた。


「は、はい」

 

 そして、気の進まない準備を始める。普通の高校生はオシャレに気を遣う時間となるだろうが、彼の準備は1分もかからない。服を素早く着替え、切りそろえた清潔感漂う短髪に寝ぐせ直しのウォーターを少し吹きかけて手櫛を雑に通せば、終わりである。


 後は家を出るだけとなった義弘を母が見送りに玄関に出てくる。


「ほい、気を付けてね」



「ありがと。じゃ、行ってきます、母さん」


 ポンと背中を押す、息子を想う母の気遣いに、義弘は行きたくないオーラを全面に出しながら答えた。そして、そのまま出ていくかと思われたが、棚の上に飾られた1枚の写真に縋りつくように心境を漏らしだした。



「うぅっ、叔父さん。今日も強制労働に行ってきます」

 

 写真のなかで精悍でありながらも優しくにっこり微笑む男性。彼は迷彩服を纏い、重そうな装備を軽々と背負う屈強な体つきをしていた。



「何が強制労働じゃ、さっさと行かんかいっ」

  

「ごめんなさいぃぃ」


 母の怒りの雷から逃げるように、義弘は家を後にした。

彼はその後、慣れた道を歩き、いつも通りの電車に乗り、慣れた坂を歩いて、気づけば学校の前まで来ていた。

 あまりに憂鬱な気分のせいか、このまま入らずに回れ右して帰ってしまいたくなる。彼はそれほどこの場所が嫌だった。


――なんで、夏休みまで来なくちゃいけないんだよ。


 学校で勉強せずとも、家で勉強し、知識がちゃんと身についてるならそれでいいじゃないかと愚痴を静かにこぼしているとき可愛らしい女子の声が聞こえてくる。

 ハーレム系のラノベやアニメなら、あまり目立たない主人公でも無条件に美少女のお声がかかるものだが、

 


「お早よっ、忍君」

 義弘にはその声はかからない。

 

 如何にも好意を寄せる男子に見せるような仕草をしながら、挨拶をする女子。彼女は義弘と同学年の”大鳥結花”だ。彼女の痛みを知らない艶やかに煌くフワフワとした長髪の一部分だけを束ねた、ワンサイドアップという髪型の下には可憐な容貌が輝いている。

 そして、時折見せる彼女のあざとくも可愛らしい仕草は相も変わらず全開だ。

 

――まるで、ヒロインみたいな人気だな

  

 朝から、繰り広げられる二人の仲睦まじい様子に、悔しがる男子たちを眺めながら、義弘はアニメのワンシーンを見ているような心境になっていた。 

 


 男子たちが惜しみない好意を向ける彼女はいうならば学校という狭い社会のヒエラルキー(序列関係)の頂点に位置する存在だ。その証拠に彼女がツイートすれば、他の女子とはけた違いの”いいね”がつくし、彼女に告白した男子の数は優に2桁を越える。いわば、君臨していると言っても過言ではない。


 しかし、そんな男子のアイドルである彼女を、義弘は幼少期の頃から知っていた。

誰一人話しかけてこない冴えない男子である義弘とアイドル級の彼女は幼馴染”だった”のである。



 ”ゆか、大人になったら絶対、ヒロくんのお嫁さんになるね”


と言いながら、満面の笑みを浮かべる彼女を義弘は今でも覚えている。

この、ラノベやアニメのプロローグに出てきて、典型的なラブストーリーに発展しそうな過去がどうだろう。

 今ではあいさつすら無く、目線など決して合わせてもらえず、眼中にないといった現状に変わってしまっている。


――蚊帳の中にすら入れてもらえず、初恋の女性がイケメンと楽しげに会話してるのを眺める。なんてプレイですか?これは……あぁ、今なら分かる。ハーレム主人公の周りの描かれないモブ男子の気持ちが


 こんな現在になるなど義弘には想像もつかなかった。

 英国の詩人バイロンが語った”事実は小説よりも奇なり”とはまさにこのことで、ラノベとは比べ物にならない程の、この寂しい事実は冷たくのしかかっている。

 彼女との甘く澄んだ初恋の思い出が今は重みとなって、何とも言えない恋のほろ苦さを、これでもかと、冴えないぽっちゃり男子となった義弘に感じさせていた。

 

――それにしても、なんで、着てる制服は一緒のはずなのに、あんなに着こなせてるんだ、あいつは……

 

 横のイケメン、”坂崎忍”という同学年の男子生徒を見ながら、愚痴る。

 彼は地元で有名な企業の息子にして頭脳、容姿、運動能力、すべてにおいて輝きを放つ非の打ちどころがない学園一のモテ男だった。財力もあって、容姿にも恵まれて、その上、運動も勉強もできるチートっぷり、まさに、あるくハーレム主人公に相応しいラノベの風格を漂わせている。

 読者モデル、ラノベの細身の主人公のような彼の体型と、ハーレム主人公のような中性的な顔つきがオシャレを着こなしていると言ってもいい。 


――俺も、昔はああだったんだけどな


 懐かしみを込めた瞳で、義弘は坂崎忍を眺める。別に妄想をしているわけではない。

 もともとの義弘の体型は彼のように細身であったのだ。当然、太っていても顔のパーツはいい義弘が痩せていた時であるから、ガリガリなりにも女子にはモテていた。

 しかし、叔父の”ちょっと、細すぎるな、もっと食って体を大きくした方がいい”という発言で、それは逆転する。中学3年の頃から太ることに重点をおいて、武術や筋トレの運動を控えめにし始めたのだ。 

 

 人間とは不思議なもので、控えめな運動に慣れてしまったことと、注意してくれる人がいないという中では、簡単にだらけてしまう。気づけば、勉強以外の時間は、もっぱらゲームか、お菓子を食べながらのアニメ鑑賞が日課となってしまっていた。


 そのダラケのおかげで高校2年生の現在では、武術ができるガリガリから一転して、武術をしていた冴えないぽっちゃり体型となってしまったというわけである。




――よく考えたら、とっくに目的達成してんだよな、よし……今日、いや明日から本格的に鍛え直そう

  

 すっかりだらしなくなってしまった自分の体型を寂しく眺めた彼は、そろそろ本格的に鍛え直すかと当てにならない決心を固めながら、未だに大事に持っている懐かしい恋心を隅に置くかのように、大鳥 結花を横目に見た。そして、足早に校内に入っていく。





「おい、吾妻。俺の授業はそんなにつまらないか」


 日本史を教える50過ぎの髪が薄い教諭がいつの間にか席の近くに来ていて、圧のある視線を送ってきている。義弘は頬杖をついた状態で彼を睨んだ。その表情には1年半ため込んできた文句をはらんでいる。

 教科書に載っていることをひたすら暗記しろと言わんばかりの受験用の勉強、上辺だけの知識を義務的に押し付けられても面白いわけがない、学びたいと思えるわけがないだろう、心底つまらない、といいたげだ。

 本来ならば、なんてことはない。見つからないように別の勉強をして、うまく授業をやり過ごすのだが、今朝の光景が未だに胸をチクリと刺し続けているせいか、それをしていない。

 今の義弘の心には、イラつきが伸び広がっている。

 

「とんっっでもなく、つまらないです……あっ」


 心底思っていたことをつい呟いてしまい、義弘はまさに”しまった”と言いたげに目を見開いた表情を見せる。


「吾妻、おまえぇ、」


男性教諭がグッと歯を食いしばり、口を開きかけた。”怒鳴られる”と義弘は思わず身構える。しかしそんな時だった。

 教室の地面全体がキラキラと光を放ちだし、教室一帯を柔らかく照らし始めた。当然、急に地面が光りだしたことに全員が驚きの声を上げる。

 光の粒子が天井めがけてゆっくりと浮き上がっていき始めると、生徒たちの声は更に増し、どよめく。その声は両隣の教室からも聞こえてきており、どうやら、この現象はこのクラスだけではないらしい。

 


「おい、ホログラムかこれ、誰のいたずらだ」


 教員の問に生徒たちは全員が自分たちではないと示す。それを見た教員が舌打ちをし、慌てながら扉を開け、廊下に出る。勢いよく開かれた廊下側、そこも教室と同じく床が発光し、光の粒子が宙に浮かんでいた。

 義弘の視界の中で、教員たちが何やら話し合っている。それを頬杖を突きながら眺めていた彼は、視線を教室内に戻した。

 この思いがけない状況に、生徒たちは綺麗だと言って、嬉々として情報端末を取り出して動画を取り始める者達や席に着いて静観する者達に分かれている。勿論、義弘は後者だ。

 こんなときに立ち上がって喜ぶ輩というのは必ずリア充だ。リア充じゃない義弘が立ち上がっても只一人で騒いでいる奴にしかならないのである。SNSもやっていないから、端末を取り出す必要もない。


 机に突っ伏しながら、珍しいものを見る感じで、成り行きを淡々と見る義弘。しかし、その表情は一気に曇りだす。先ほどまで騒いでいた声が急に止み、全員が一斉に倒れ始めたのだ。それも静かに眠り込むかのように。

 


――何だ、何が起きてるんだ

 

 一向に消える気配がない光る地面と、宙を飛ぶ粒子の中で、これはただ事じゃないと、睡魔に襲われる中、義弘は非常通信を行うために何とか意識を保ちながらポケットから次世代情報端末を取りだす。そして、全員が眠るように倒れている中をヨタヨタと歩き始めた。


――くっ……そぉ

  

 もう限界だった。急激に視界がボヤけ、薄れていく。空間に投影され始めるホログラムとの距離感が掴めなくなり、義弘の指は”緊急”と書かれたボタンのそばをむなしく通り過ぎていってしまう。

 

 そして、遂には彼の腕は体ごと地面に力なく落ちていった。



 









自分にも幼馴染のような女性いましたけど、今では疎遠です。やっぱり現実はラノベのようにはいきませんね。

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