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『英雄の背中』

沈む太陽が放つ鈍い光の中で、殺伐とした静けさを漂わせる街の影はどんどんと伸びていく。その影を勢いよく踏みつけていくように、私立高校の制服を着た男女の集団が息を切らしながら走っていた。

 

 背後を気にしながら小刻みに体を揺らしている彼らを追い立てる者、それは朽ち果てた世界の住人であるゾンビそのものだ。足早に歩く腐敗した体、威嚇するかのように放たれる獣の呻き声はまさに生きた亡者である。


 獲物を掴もうと揺れる亡者の腕の先で、今、少女が躓いてしまう。足をくじき、思うままに動けない彼女はなかなか起き上がれずに、周囲から距離を縮めてくるゾンビの群れに囲まれた。



「きゃゃゃっっ、いや、いやっ、助けて、洋二」

 

逃げることのできない彼女が悲痛な叫び声をあげながら、助けを求めるように男の方に手を伸ばす。


「、、っく」


 しかし、男は彼女のその手から目を背け、何にも悪びれもせず走り出した。

 彼女は恋仲にある男に見捨てられてしまったのだ。彼の走り去る背中を虚ろに眺める彼女にゾンビの群れが襲い掛かる。

 

絶望に食い散らかされる前に、命を絶とうと手に持っていたリボルバー式の拳銃の銃口を自身の頭部に当てて、彼女はギュッと目を閉じた。整った顔立ちの上を一筋の涙が流れていく。

 

「あきらめるなっ!!絶対に救ってやるから、その銃を奴らに向けろっ」


その時だった。男の咆哮にも似た声が、彼女の耳を突き抜ける。そして、近づいてきた目の前のゾンビの頭が何者かに撃ち抜かれ、ヒュンという連続して聞こえる風切音が、近くにいたゾンビ達を次々と地に伏させていく。

 突然と起こる状況の変化、誰かが助けに来てくれたと、理解した彼女は、生き残るために地を這って近づいてくるゾンビの頭を撃ち抜いた。

 

 彼女の目線の先で走って来る男、彼は、映画やアニメの主人公のように逞しい体つき、凛々しい顔つきをしていた。彼は、自身の持つ何個ものアタッチメントが仰々しいほどに付いた自動小銃アサルト・カービンを華麗に使いこなして、ゾンビの魔の手を寸前で叩き潰していく。

 そして、あっという間に、彼女の傍まで駆け寄ってきては、勇ましく声をかける。 


「立てるか!?」


 映画で見る軍人のような戦闘服やヘルメットを身に纏った、彼女と同い年ぐらいの男子の鋭い目つき、ゾンビがそこかしこで呻き声を響かせる絶望の中でも、怖気づかず鋭く希望を見据えているかのようなそんな目線は、まさに侍のよう。

 

 というより恰好自体も、侍が付けるような籠手や脛当てを身に着けており、日本刀らしきものまで装備している。



「ごめんなさい、足が痛くて、これじゃ足手まといに、、きゃっ」



「いいから、乗って、早くっ!!」


 彼女が話し終える前に彼は、嫌な顔一つせずに彼女の両腕を取り、自分の両肩に回した。そして、体重を支えながら体を持ち上げ、通りを走り始めた。しかし、迫って来るゾンビの群れは、二人を死に誘おうと周囲に溢れだす。




「も、もぅ駄目です、置いて行ってください」


 希望を砕かれたかのように彼女は俯きながら、答えたが、彼はそれを鼻で笑って払いのける。 

古びた商店の中に逃げ込むように入り、彼女を優しく下ろすと、小銃の弾倉を交換しながら、彼は語り始めた。



「ダメかどうかなんて、最後の時にならないと分からない」


 

 彼は戦う覚悟を示す金属音、弾を薬室に込める音を、言葉の終わりと同時に勢いよく響かせた。



「な、なんで、そこまで……もしダメだったら死んで、」

 

 初めて会った他人になんで、こうも命を懸けられるのだろうと、彼女は不思議でたまらなかった。それと同時に、世の中には”こんな男の人もいるんだ”と感涙にむせぶ。

 彼女は声にならない思いを必死に言葉として絞り出そうとした。しかし、言い終わる前に彼は引き金を絞りながら話を遮る。


「もし、家族があなたと同じような状況にいたら、死に物狂いで助けます。その為なら、命だって塵程にも惜しくはありません。それにこんなにも震えて、涙を流してる人を一人、あの世に逝かせたくないですし。だから、絶対にあなたを置いていかない」


 強く胸の内をさらけ出しながら、彼は近づいてくるゾンビの群れに小さな銃声を立て、銃弾を浴びせていく。

 絶望を前にしても、無邪気に笑って人を励まし、誰かを守るために命を懸けて戦うこの男の揺るがない背中を見ながら彼女は嗚咽を漏らし続けた。


 

 そして、彼氏がいる身の上でありながらも、彼女はその背中に一瞬で恋に落ちていく。




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