Round
「えー、あの人も歌ってたの!? 見逃しちゃったよ……」
お姉ちゃんがあからさまに項垂れている。
どうやら、昨日の歌番組に好きなアーティストが出ていたみたいだ。
「あっ! ちゃんと名前書いてあったのに……。 なんで気付かなかったんだろう」
机に放ってあった新聞紙の番組表を指でなぞりながら、深く息を吐いた。
お姉ちゃんにとって、そのアーティストはとても大きな存在である。
その落ち込んでいる様は尋常ではない。
「でも、珍しいよね。 あんまり表に出るようなアーティストじゃないと思ってたんだけどな」
駄目で元々。
あまりにも悲しそうにしているから、当たり障りのない言葉でフォローを入れることを試みる。
歌番組に出演するようなアーティストじゃないから見逃してしまうのは仕方ない、と。
「うーん。 いや、そうなんだけどね。 そうなんだけどさ……」
まあ、こんな言葉じゃ励ますことはできないだろう。
お姉ちゃんは――他の人たちとは違って――そのアーティストの音楽そのものが好きなのだ。
アーティストの顔が好きなのではなく、そのアーティストが好きな自分のことが好きなわけでもない。
だから、その人が出ている番組ならなんでもいいというわけではなかった。
とはいえ、他の人たちを責めるつもりはない。
アーティストを応援する気持ちは人それぞれだし。
ただ、お姉ちゃんが夢を想う気持ちだけは、いつまでも純粋であってほしいと思う。
しばらくぺらぺらと新聞を読んでいたみたいだが、時計を確認して席を立った。
お姉ちゃんはいつもこの時間になると、自分の部屋に戻る。
「お姉ちゃん」
いつもより曲がっているお姉ちゃんの背中を引き止めた。
「ん?」
「あの……いや、なんでもない。 あまり弾きすぎて、指を傷めないようにね。 そろそろなんでしょ?」
「……うん。 いつもありがとね」
僕に軽く笑いを返して、二階の部屋へ上がっていった。
しばらくすると、アコースティックギターの音色が階段を転がってくる。
最近よく聴く、けれど僕しか知らないそのフレーズ。
ゆっくりと目を閉じて、お姉ちゃんが奏でる新曲に耳を澄ます。
いちばん近くにいる僕は、純粋なままでいられるだろうか。