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タイヨウ

作者: 陽川文実

 彼女は多重人格者であった。

 いや、正確にはそうではないのかもしれない。通常多重人格というのは人格同士で記憶の共有は出来ないと言われるが、彼女は──彼女と彼はそれが可能だったからだ。

 彼女は彼を「タイヨウ」と呼んでいた。彼女曰く、自分とは正反対で太陽のような存在であったらしい。

 彼女はタイヨウを何より大切に想っていた。彼女は昔恋人に捨てられ、それが原因でタイヨウを生み出したからだ。

 タイヨウもまた彼女を大切に想っていた。彼女なしでは自分は存在出来ないからだ。

 自分無しでは生きられないタイヨウを得た彼女は、もう他の男を見なくなった。タイヨウもまた、彼女以外の女を見ることはなかった。

 二つの人格はお互いに恋をした。いや、それを自覚する頃には恋などという可愛らしいものではなくなっていた。異性として、個別の人間として愛する存在となっていた。

 先程彼女は多重人格者だと言ったが、どうやらそれは違うようだ。彼女の中には常に二つの人格が同居していた。彼女とタイヨウはどちらも表であり、どちらも裏であった。

 彼女は彼女の口で二人分の言葉を喋った。彼女の友人達は困惑し、やがて彼女と距離を置くようになった。友人達はタイヨウの存在を受け入れられなかったのだ。

 彼女の両親もまた、タイヨウを受け入れてはくれなかった。何度も精神科に連れて行かれた。彼女はその度にタイヨウに謝った。

 彼女はより一層タイヨウに依存していった。タイヨウもそれに応えた。そのうち、タイヨウが彼女に触れるようになった。タイヨウが彼女に触れる時、触れる感覚が消え、触れられる感覚だけが残る、と彼女は言った。彼女はタイヨウに全てを委ねた。

 タイヨウとの同居が始まってから数年。ある朝、彼女はふと鏡を見た。恋人に捨てられてから一度も見ていなかったが、その日は何となく覗きたくなったのだ。しかしその姿が写った瞬間、彼女は叫び、鏡を拳で割ってしまった。拳から血が滴る。彼女はそのままベランダに走り、身を投げた。

 その後、辛うじて一命を取り留めたが、彼女がタイヨウの名を口にすることはなくなった。彼女は心の支え失い、放心状態となってしまっていた。怪我が治ったのち入院した精神科の医師は、ここから完全に回復するのは難しいと言った。

 ある日、両親が見舞いにやってきた。両親は我が子が自分達の方を見もしないことに涙した。それでも母親は手を握り、必死に呼びかけた。父親もとつとつとこれまでの思いを語り始めた。

 やがて父親の話が終わり、言葉に詰まった母親は、鼻を啜りながらそっと息子の名を呼んだ。

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