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天国の月  作者: 羊野棲家
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第4章 真冬の夢

ある冬の日。今年何回目かに雪が降ったその日、私は、寮のベッドに横になっても、なかなか寝付けなかった。寒いからだろうか。しかし涼音は、暖房があまり好きではない。寒ければ、温かい格好をして、ゆっくりお風呂に漬かったり、布団を暖かくしたりして寝るのが好きなのだ。

私は、暖かい布団の中で、ゆっくり寝返りを打ちながら、こんな日は、夢を見るのかな、と思う。電波時計は、深夜2時を指している。その後すぐに、私が望んだのか、誰かに引き込まれたのか、導かれるように夢に落ちた。

私は砂漠で立ちすくんでいる。ここがどこか、それはきっと夢なのだから考えないでおく。見渡しても遥かかなたまで砂丘である。砂は大きな山、小さな山の波になってずっと遠くまで続いている。

私はしゃがんで砂をかいで見た。かいでもかいでも砂だ。その手を見るとつめの間に砂が入っている。淘汰された粒ぞろいのいい砂。サラサラの砂で手触りがとっても気持ちいい。不思議なことに暑くない。やはりこれは夢だからだ。私はきっと寝ているのだ。

私は自分の姿を見てみると、いつもの寝巻きを着ている。この砂漠で、この姿はやはりおかしい。おかしすぎる。それより私はどうして砂漠の中で立ちすくんでいるのだろう。


私はすべての地形が好きだ。広くは山や谷、湖や川、段丘や砂丘、砂洲や砂嘴、急な渓谷。三角州、中洲、蛇行する川、山の上に取り残されてしまった池・・・。

これらは地球が作った不思議な形なのだ。この地形を作るには、何百万年の時間が必要だ。それに酸素を20.95%含んだ大気と風と雨と湿気と水が必要だ。時には大雨が、雷も必要だったかもしれない。気温も大きな要因である。気温の上昇は海水面を引き上げて、波が地形を作る。

これらは地球が意図せずに作った不思議な芸術なのだ。地球はこれらを長い年月少しずつつ作り上げてきたのだ。その年月は地球上のどの生物の寿命よりも長い。彼ら地形の命はどの動物たちよりもオーダーの違う生命を持っている。1000年?5000年?1万年?そんな長い時間を経て、僕らの前にこの形の良い丘があるのだ。

私たちは普段意識せず、山を見て。川を見る。

田舎に住む人も空気を吸う大気のありがたさにはごく稀に感謝するかもしれないが。すぐ近くにある形の良い丘には気づきもしない。

しかしこの地形の命はまだ進化の途中である。これからまた地球は活動するだろう。そして地形はそれに合わせて変化してゆく。大地に住むものは。その恩恵を得る一方で、大地が少しだけ身震いするだけで、なすすべなく無くなってしまう。

私もまた、なすすべなくここに立ちすくんでいる。

この砂漠もまた、長い長い年月を経てこのような同じ粒の大量な砂と化してしまったのだ。この砂漠は熱と乾燥のせいで恐ろしく清潔だ。乾燥した熱風が吹き付けると砂粒たちは少しずつ移動して美しい風紋を形成するのだ。

私は、2~3歩、足を踏み出してみる。

砂と風が作った紋様に足型がつく。そしてその足型はすぐに新しい風によってかき消される。私は迷子になってしまうかもしれない。またここに戻ってこないと夢から抜け出せなくなるかもしれない、そんな気がする。私の見る夢はいつもどこか意地悪なのだ。でも私は進まないといけない。

大きな砂の丘を越えると人影が現れた。その姿はぼんやりしている。その姿はこちらを見ているようだ。

「あなた、だれ」

「誰でもいい。名前に意味はない。」

その声は不思議なものだった。女なのか、男なのか。

エラそうな物言いに、気分が悪くなる。私の夢のくせに。私はその姿をよく見ようとしたが、ぼんやりしている。私の目が悪いのか、夢作成システムが構築できないのか、よく見えない。

「こんな場所で、何してるの?」

「のどが渇いただろう。私は面倒なことは嫌いなんだ。ほら、水をやる。飲むがいい。」

「水。この砂漠の中なのに?」

「そうだ。繰り返して聞いても意味はない。」

「夢って、適当なものだね。ふうん、じゃあいただこうかな」

 ぼんやりした人影のような物体は私に近づいてコップを渡す。

「さあ、飲むがいい」

「…」

私はそのまま飲むのも、どうだろうか、という気がしてそのままコップを持っていた。確かに夢のようで、現実感がない。コップは水が滴るくらい、冷たい、ようで、手には冷たさを感じない。夢だから、当然なのだろうが。その違和感が気になった。

「どうした」

人影が言う。私は素直に疑問を口にする。自分の夢だから、素直になってもいいだろう。

「ええっと、水の現実感がないなあ、と思って」

「普通夢というのは、白黒だそうだ。カラー情報はあまり重要でないのだ。同時に、現実感も夢には必要ない。まあ精神世界のようなものだと思えばいい。人は視覚に頼りすぎるといわれるが、造形は目で認識するのが最も容易だ。恥ずかしがる必要はないさ。いまの君は脳で感じているが感覚器官との結びつきがないだけなんだ。例えば眠りは良くなくなるが、孔すると、冷たさも認識できる。ほら、これでどうだ」

そういうと私は水を詰めたいと思った。おお、脳ってすごい。

「だが、無駄なことはやめておこう、寝ているときに無理に接続したのだからな。人には休息が必要だ。君はそうでもないだろうが」

そこで人影は一息いれた。私には首をひねったような気がしたが、ぼんやりして良く見えないのはまだ確かなのだが。それにしても、夢の中にしてはリアルだ。しかも神経組織を接続するなんて事が、コンピュータのようにできるものだろうか。そんなことを思っていると、察したかのようにその人物が話はじめた。

「ま、つまりサイバー空間もそう変わりないさ。映画ならマトリックス。アニメの二次元世界か?どれでもいいのだが、夢のような電気信号のなす本質の部分で構成されているものに、情報の量で感覚器官は変えることができる。まあ、そんなところだが、納得してもらえるかな」

「それは、確かにね。そう考えると、この水には何か意味があるのかな?」

「ふむ。水を受け取るところまでは、至極あっさり行ったのだが、やはり気になるか?」

「いざ、飲もうとするとね。なんとなく」

「あまり深く考えるな。これは夢なんだ。それは確かだ。何を深く考える必要がある? おかしなやつだ。この砂漠の中歩いてきて、水が欲しくないということはありえないことだぞ。まあ、自然の節理だな。自然な欲求は、真理ともいえるだろう。この風景を見ているだけでのどが渇きそうなものだ。」

「だから、そこに現実感がないのに、水がほしいとは思わないでしょう」

「ふむ。わかった。正直に言おう。この水を飲むことで、夢の中でも、より一層、現実感が与えられる。理由は、そうだな。お前の夢の中だからな。お前がそれを望んでいるんだ。ここだけの話、これはお前の夢だからお前の創造物なのだ、要するに儀式みたいなものだ。どうだ、飲んでみてくれ。」

「それって、画期的なのかな。夢でも現実感があって、映画みたいに楽しめる。」

「まあ、楽しいかどうかは保証しないぞ。嫌な夢もあるだろう。」

私はふと気になることがあり、コップをよく眺めた。裏も見る。何もない。きれいなガラスだ。不思議なぐらい屈折率が低い。どこのガラスを使っているのだろう。以前八丈島の火山岩から作ったガラスは極めて屈折率が低かったが、味わいのあるガラスだった。それに比べると対極的だ。やはり現実感がない。夢とはこういうものなのだな。

人影は、ちっというしぐさをするのを感じた。

「しまったな、そのコップは不自然だったか?デザインを入れておくべきだったかな。お前の趣味はシンプルだったと思ったが」

「ちがうの、ちょっと気になって」

「何がだ?」

「いや、使用上の注意とか書いていないか、あるいはメッセージでも貼ってあるかも、って。これはワナだ。とか」

「古典SFだな。そのあたりを踏まえているのであれば、夢の現実感あたりに引っかかるのもわかる。どうだ、すんなり飲んでみてくれ」

「わかった」

私は現実感のないコップに口を当て、ぐっと飲み干した。無味乾燥な液体が体に入る。

「やっぱり飲んだ感覚もないね」

「まあ、夢だからな。ただ、人間活動も究極には、微弱な電気信号によって制御されていることは分かっているな。0と1の世界だ。現実の認識も夢での認識も、作用は同じだ。問題は人間の外部機関をセンサーとして用いているか、それとも内部で完結しているかだから、寝ている間の脳の活動を外部に関連付けてあげればいいんだ。そうすれば体と休息を必要とする脳の働きを休めながらも、活動が可能となる。そう思わないか?」

「理論上はそんな気もするけど。実際は難しいでしょう。」

「まあな。理論だけつければあとは実験と実用化だが、そこは難しいところだ」

「脳の活動を引っ張り出すには、脳の中にセンサーを入れたりしないといけないよね。そんな微弱な電流を感知するには外側からでは難しいから、デバイスを埋め込むのかなあ」

「うむ。微弱電流を受信するにせよ、発信するにせよ、技術的な課題は大きかった。ナノデバイスの開発が大きかったことは理解してもらえると思う。」

「まさか、今飲んだのって、ナノマシンの集合体とか?」

「そのあたりは秘密にさせてくれ。正直言うとナノデバイスでは、通常の腫瘍や細菌を処理するのには十分効果があったんだが、脳の活動を制御するようなデバイスとして大きすぎた。もっとオーダーを下げたデバイスだと思っていい」

「うわ、すごいね。今日の夢は、なんだかSFだね」

「そうだな、余計なことも話してしまったようだな。ところで、お前は、出自に悩んだことはないか?」

「出自?生まれってことだよね。いえ。親もいるし、特に何も波乱の人生は送っていないよ」

「まあ、あまり気にしない性質で、結構だ。自分は何故子供のころを覚えていないのか。本当に両親は事故でなくなったのかとか、思ったことはないか?」

「それ、中二病ってやつでしょう。そんなに若くないからさ。普通に小さなころのことってあまり覚えてないだけでしょう?両親がいなかったわけでもないんだし。何が言いたいの?」

「不快にさせてしまったのなら、すまない。出自はいいとして、お前のここまでの足取りと成長については、自分の事として少し確認しておいはどうだ。もちろん生き物には個体差があるが、どこかに、自分に関する有効なヒントがあるかもしれない」

私は抗議の顔をしかけた。

「まあ、待て。なにかお前がおかしいと言っているわけではない。覚えている範囲でいいが、自分のことも把握しておけ。私が言いたいのはそう言う事だ。さて長居してしまってすまなかったな。水の効果はそのうち、現れるかもしれない。現れないかもしれない」

「どういうこと、私の脳の創造物なら好きな時に現れらることができるでしょう」

「ふふ。実はそうでもないのさ。実は私は外部から入ってきたのさ」

 その人物はそういって私の顔色を窺っているようだった。どんな反応をするのか見たいのだろう。

「空間の静電ネットワークのようなものなのだ。先ほど飲んだ水はお前の神経組織にくらいついてもう離さない。どうだ、焦るだろう。これから、つらい目に合うかもしれないが夢にうなされるなんてよくあることだ。まあこういうことになるのも、お前が普通の人間でない証拠になってしまうが、そのことは気にする必要はないだろう。わかる時が来るかもしれないし、解らずに幸せに一生を終えることができるかもしれない。ではな。」

 それだけ言うと、その存在は本当に1を0にしたように、ふっと消えた。そこは妙にリアル感があった。そして私はただ砂漠に取り残された。騒がしいテレビ番組を消したような、妙な寂しさを感じた。もう少し話したかったな。

私は、太陽が無いのに明るく青く輝く空を見上げた。


目覚めると体はびっしょりと汗をかいていた。まるで砂漠の中を歩いたかのように。部屋の向こうを見ると、暖房のスチームヒーターが付けっぱなしになっていたのだった。あれ、暖房なんてつけた覚えも無いのに。涼音は、不思議に思ってスチームを消した。温度計を見ると30度になっていた。それであんな砂漠の夢を見たのだろう。しかしあんなおかしな夢は始めてみた。今までの夢はほとんどが昔の自分の姿だったのに・・・。妙な現実感のある夢だった。

私は体を起こすと、体から汗のにおいが湧き上がった。ああ、気持ち悪いと思った。髪までじっとりと湿っていた。相当汗をかいたようだが、不思議と喉は渇いていない。しかし私は何か飲みたかった。起き上がってキッチンで水をがぶがぶのんだ。夢の一字一句を覚えているわけではないが、何かを暗示しているようだった。精神医学の世界だな・・・。カウンセラーに相談してみる?、いやいやそんな危ない夢のわけがない。大丈夫。

涼音は、違和感のある汗に戸惑いながら、もう一度お風呂に入る必要がありそうだなぁ・・・、と思った。


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