間奏曲
海の上を吹く風がひどく寒く感じたその日、ふと見上げると、月が出ていた。さっきまで曇っていたのに、月が出ている。満月ではない。すこし欠けた月だ。まん丸でない。しかし太陽の光を受けて、真っ白く輝いていた。
雲が流れる。
―ああ、さっきまで曇っていたのに。
周りにはやっぱり雲が多いのに、月の周りだけ、雲が切れていた。分厚い雲は何とか月の輝きを消そうと必死に月を取り囲もうとするが、風が雲をその場に居させない。
流れる雲は、月よりも小さく引きちぎられて、月の前に引き出される。千切れた雲は月の輝く光に透過させられる。雲は全てを暴かれてすごすご立ち去っていくようだ。
周りの雲も、気勢をそがれたように輝かざるを得ない。灰色の雨を降らせそうな厚い雲も、月の輝きに負けて、輝きだす。そうすると周りの雲も、光を受ける。月の周りには楽園のような輝く雲の天使が出現する。
なんて、きれいなんだ。僕は思わず立ち止まる。
この空を、きっとあの人も見ていないだろうか。きっと見ていると思う。
僕らはひとつの星に居る。どんなに離れた境遇でも、ひとつの星でひとつの月を眺めることができる。
月の光に輝く雲雲と月の向こうには、少しだけ青みがかった、深く暗い夜空がある。それは月の輝きのせいで星の見えない夜空はすでに空でなく、光を発しない暗闇であり、重力を引きずりこむ特異点で、どこまでも落ち続ける奈落の底なのだ。
僕はその感覚にそら恐ろしくなる。僕が宇宙空間に一人ぼっち取り残されて、そばには輝く月があり、その向こうは何も見えない暗黒の世界だったら、ぼくは正気で居られるだろうか。
僕は今、存在する世界が、そうでないことを確認するために、一歩あゆむ。
大丈夫。でも、僕は怖い。