STORY8 失われた楽園(アダム)
――2日後。
テストの結果が掲示板に発表された。
廊下の掲示板前は混雑していて、生徒達が押し寄せてきている。
全校生徒の名前が載せてあり、探すのも一苦労だ。
「すっげー混雑してんなぁ」
「うん。皆、何だかんだ言って自分の成績が気になるんだよ」
蘭華と光河は要約掲示板の見える位置に立つと、自分の順位を確認した。
「えーっと、俺は……あー、あった上だ」
光河は先頭に印字された、『1位 叶水 光河 500点』という文字を目にした。
「やっぱすごいなー。私はどこだろう?」
蘭華は光河の1位は予想していたものの、やはりすごいと思う。
自分の順位は上がっているだろうか?
手応えはあったが、やはり少し緊張する。
一方蘭華は、下から順に見ていくが、一行に名前は見つからない。
「あれっ、おかしいな?Cクラスまで私の名前が無いなんて……先生のミス?」
蘭華は自分がCクラス以上の成績になるという考えが全く脳内になかった。
「おい、何言ってんだお前?ここに名前あんぞ」
光河は顎をクイッと上に突き出し、蘭華に指し示す。
そこには――
「え…………えええええぇ―――――っ!?」
『7位 歌永 蘭華 480点』と、間違いなく印字されいてた。
「うそうそうそ、絶対おかしい!Sクラスに入ってるううぅ!?」
蘭華はぎゃあぎゃあ悲鳴に近い声をあげながら、混乱している。
「おかしい!展開早すぎっ!前まで成績Zクラスだった私が、いきなり全校生徒7位なんておかしい!おかしすぎっ!」
「そうでもねーだろ。お前飲み込み早いからなぁ。難関問題もすんなりイケたじゃん」
光河は当然の結果だろ、と言うような様子だ。
「おい、あの歌永って、前までZクラスじゃなかったか?」
「あぁ。転入生はともかく、一般人のあいつがいきなりSは怪しい」
「隣が生徒会長だから、カンニングしたんじゃないか?」
周りの生徒は蘭華を見ながら、ヒソヒソと意地悪く話す。
そこに、とある人物が現れた――
「ちょっと、歌永さん?」
唖然としている蘭華と、光河の背後から聞き慣れない声がした。
振り返ってみると、そこにはいかにもお嬢様みたいな格好の女子が立っている。
髪の毛は何時間セットしたんだ!?と言いたくなるくらいの完璧な巻き髪、大きなリボン。
眉をキリッと釣り上げ、なんだか不服そうな様子だ。
「えーっと、貴方は確か、書記の……」
「彩風麻里乃と申します。あなたのせいで、7位から8位に転落しましたわ……」
それはただ単に貴方の責任なんじゃ?と蘭華は心の中で思う。
「それはおいておいて。単刀直入に言わせて頂きます。歌永さん、貴方……カンニング、しましたよね?」
麻里乃は蘭華の言葉を遮るように言い、否定を認めない言い方をした。
「そんな……っ!カンニングなんてしていません!」
「貴方のような先日までZクラスに居た人が、どうして隣の席に天才が来た途端に成績が向上したのかしら?」
「それは……」
もちろん、蘭華が光河に指導してもらい、自分でも勉強したから。
けれどもそれは、ありえないくらいの上達っぷりで、信じてもらえそうにない。
未だに、自分でも信じられていないくらいなのだから。
「貴方を退学……いえ、抹殺を推奨することもできます」
麻里乃は蘭華に詰め寄り、睨みつける。
「ちょっと待って下さい、私本当にカンニングなんて、目撃者でもいるんですか……」
「おいおい、勝手に決め付けんのは、早いんじゃねーの?」
またしても蘭華の言葉は遮られ、光河が割り込んでくる。
「会長は無関係のはずです」
「それが関係あるんだよなぁ。こいつは正真正銘実力だぜ?多分、こいつのことだから、毎晩遅くまで勉強してただろーなぁ」
光河は制服のポケットに手を突っ込みながら気だるそうに言う。
「そこまで疑うんなら、校内戦でお前と勝負すればいいんじゃね?んで、勝ったらカンニング疑惑取り消しと、こいつの書記任命」
「え……えええええ!?ちょっ、何勝手な事言ってんの!?展開早すぎ!ちょっと!」
「私は構わないわ。何なら、私が挑戦者になってもいい」
麻里乃は余裕の笑みをうかべ、自信満々の様子。
「歌永蘭華!貴方に校内戦を申請します!」
ビシッと蘭華の方を指差し、勝負を挑んできた。
「な、なんてこと~!」
蘭華は半分泣きそうになりながら、その場に項垂れた。
校内戦を拒否する間もなく、審判の教員が呼ばれ、掲示板前で校内戦が始まろうとしていた。
案の定、校内戦と聞いて、学校中の生徒が集まり、ギャラリーができる。
「おい、書記の彩風とZクラスの歌永が校内戦するらしいぞ」
「歌永って確か前のテストまでZクラスじゃなかったか?」
「こりゃ、歌永の負けだな」
もう周りでは麻里乃が勝ったような雰囲気になっている。
「光河さん!何であんな勝手な事を言ったの!?私が校内戦で彩風さんに勝てるわけないよーっ!」
「お前なら、あいつに勝てるって!お前は正岡子規じゃねー。カンニングなんてしてねーんだろ?」
相変わらず光河は無責任で、蘭華の肩を叩いてグッドサインをした。
「こんなに人が集まって……これじゃ私、恥さらしにされるー!」
そして、泣く泣く蘭華は校内戦をさせられることとなった。
「挑戦者、彩風麻里乃」
「はい!」
「保守者、歌永蘭華」
「はい…………」
「それでは、この校内戦を正式なものとして認めます。教科は5教科。先に間違えた方の敗北となり、挑戦者は抹殺、保守者は立場入れ替えとなります。用意……はじめ!」
教員が笛を吹くと、ピーっと甲高い音が鳴り響いた。
「では、第一問。理科の問題。彩風。エタンの化学式を答えなさい」
教員が問題を読み上げると、麻里乃はパネルに答えを書いていく。
そして麻里乃がを押すと、同時にピンポーンと正解のチャイムが鳴る。
「C2H6。こんなのも答えられないのね。カンニングしたんでしょ?」
麻里乃は蘭華を睨みつけながら言う。
「わ……インテレクトが減った……!」
90-100と、蘭華のゲージが少し短くなってしまった。
だが、ここから反撃して、何としてでも勝つーー!
「第二問。6代目アメリカ大統領の名前を、英語表記、フルネームで答えなさい」
「アメリカ大統領……あっ」
蘭華は緊張しながらも、素早くペンを走らせて書いていく。
「速い……もう分かったというの!?」
麻里乃も蘭華の頭の回転の速さに、少し動揺している。
蘭華が回答送信ボタンを押し、 そしてピンポーンとチャイムが正解を告げる。
「John Quincy Adams。ふぅ、合っていて良かった」
蘭華は安堵のため息を漏らし、麻里乃は少し焦っている。
麻里乃のインテレクトゲージも減り、90-90と同点だ。
――本当に彼女の実力だというの……?
いえ、まだ2問目だから、きっとこれからボロを出すわ!
Zクラスの分際で、Sクラスレベルに昇格なんて有り得ない!
しかし、そんな麻里乃の予想は裏切られてしまった。
「歌永。五月雨や 集めて早し 最上川。作者名を答えなさい」
普通授業で俳句は一つ一つ習わないため、自習学習がモノを言う問題。
「この俳句、前に読んだ……松尾芭蕉!」
だが、蘭華はすぐに分かった。
「ふんっ、あともう少しでボタンを押せたのに……」
麻里乃は腕を組みながら、蘭華の方をまだ睨み続けていたが、その心の奥には大きな動揺が芽生えていた。
「おいおい、あの歌永が彩風書記に……」
「信じらんねー!あいつ、前までギリギリの底辺だったのに……」
そんなギャラリーが驚愕している中、光河は冷静に2人の校内戦を見ている。
「俺の指導だけであんなに向上するはずがない。自分の努力だ……あいつは……努力を努力と思っていない――恐ろしいヤツだ……」
光河は、誰に言うでもなく、一人で意味深長に呟いた。
「理科の問題。歌永。下肢の血液を集め心臓に向かって環流する静脈の事を」
「下肢の静脈ですね!」
またしても蘭華はサラサラとパネルに解答を書き終える。
インテレクトは90-70となり、蘭華が一歩リード。
「膵液や唾液に含まれる 消化酵素のことを……」
「アミラーゼ!」
麻里乃は何とか蘭華より早く回答し、インテレクトを守る。
80-70と、段々とではあるが、差は埋められていく。
「古生時代!」
「原敬っ!」
「√4!」
「x2乗!」
その後、両者のインテレクト削りが接戦し、勝敗の行方は五分五分となった。
ーーインテレクト10-10。
「ここで間違えたら、私は……負ける」
蘭華は、ペンを握る右手が、冷や汗に侵されていくのを感じた。
鼓動が高鳴り、冷や汗が吹き出し、顔は熱に浮かされていく。
「落ち着くのよ。これを答えられなければ殺される」
麻里乃も額の汗を拭い、気持ちを鎮める。
両者、この問題で決着が着く。
「国語の問題。彩風。大正時代に発表された、『失楽園』の作者名は?
」
確か、失楽園って、有島武郎の作品だったよね……
光河がオススメしてくれた本……
蘭華は、答えが分かっているようだった。
「いや……っ、分からない……いやっ、私死んじゃううぅっ!」
突然、麻里乃は頭を抱えて泣き出し、その場に座り込んでしまった。
「やめて……っ、認める!認めるからあぁ、貴方の実力だって認めるからあぁっ!」
そして、狂ったように大声で泣き叫び、その声はその場に虚しく響く。
蘭華は、パネルに答えを書いたものの、回答送信ボタンを押すのをためらう。
ーーここで私が押せば、彼女は死ぬーー
けれど、私が負けても死者は出ない……
私は、この人を殺すの……?
ーーでも、でも、でも……
「…………あ……有島武郎っ!」
ビーッと笛の音がし、審判の教員が手を蘭華の方に向けた。
「勝者、歌永蘭華。彩風麻里乃は抹殺の処分が下されます」
「そんな……っ」
インテレクトは10-0。
ギリギリで、蘭華の勝利となったのだがーー
蘭華も、いくらカンニングの疑いをかけられたとはいえ、そんな彼女の姿を見て気の毒に思う。
「いやぁ!いやっ!じにだくないーっ!いやぁ、いやぁー!」
顔中ぐちゃぐちゃになり、未だに泣き叫ぶ麻里乃。
悲痛な叫びが共鳴している。
そんな麻里乃を、他の教員が『抹殺室』へ連行するのであった――