STORY4 風の前の塵に同じ
――翌日。
いつもは勉強が憂鬱で、学校なんて行きたくないと思うが、今日はとても朝から気持ちが良い。
蘭華がZクラスに行くと、もう光河は登校していて、席に着いていた。
なのだが……
「えぇーっ!?何で光河が私の隣!?」
「さぁ?入ったらここに『Welcome Kanami』って」
光河はボロボロの机の上に置いてある、白い紙を指す。
「ま、宜しくな!なーんか俺らって縁があるなぁ~」
光河はその白い紙をヒラヒラさせながら呑気に言うのだった。
授業中、彼はほとんど寝ていたりボケっとしているが多い。
「起きなよ、先生に怒られるよ!」
私はひっそり小声で彼に忠告するも、
「あー、みたらし団子ぉ~」
と、返ってきたのは寝言だった。
そんなのが5時間続き、授業は終了した。
まともに授業を受けないで、どうして頭が良いんだろう。
少なくとも、私よりは頭が良い。
なのに授業態度は最悪だし、寮に帰っても勉強せずに出かけているという。
「あー、お前今日も掃除なのかぁ」
「うん。手伝わなくていいよ……掃除当番じゃないのに悪いよ」
本日も、蘭華は特別寮の清掃当番である。
だが、2日も連続で当番ではない光河を引き止めるのはさすがに悪いと思い、折角の申し出を遠慮しておいた。
「でも、どーせ帰っても暇だしなぁ。いいよ、俺もやろう!」
彼は箒の柄を持つと、ブンブン振り回した。
仕方なく、光河と一緒に1年の廊下を掃除していると、
「会長。本日はこの後5時から生徒会会議がございます」
と、背後からキビキビとした口調の、女性の声がした。
「ありがとう。全く、会長ともなると忙しいものだよ」
会長、と呼ばれた男は、金髪に青い碧眼といかにも外国人らしい装いだ。
制服の袖口に、『生徒会長』と印字された緑色の腕章をつけている。
そして満更でもないような口調で、やれやれとため息をついた。
「会長がいらっしゃったぞ!」
その横に立っていた、眼鏡美人の秘書みたいな人が言うと、次々と部屋から寮生が出てきた。
「会長、お帰りなさいませ!」
そして深く礼をし、まるでホテルの出迎えのようだ。
「何だなんだ?あいつが生徒会長か?」
光河は箒を掃く手を止め、やけに騒がしい後ろを振り返った。
「うん。私は寮では初めて会うんだけど……会長が帰ってきたら、皆で出迎えて挨拶する決まりがあるみたい。他にも色々コキ使われるんだと」
横を見れば、いつの間にか蘭華も同じように礼をしている。
「ちょっと、神童寺会長が来たんだから礼くらいしなさいよっ!」
蘭華が挨拶をするように促すが、光河は不思議そうな顔をする。
「へ?何で?WHY?」
彼はとぼけたようにヘラヘラとしている。
「ははは、皆の者は我の支配下にある!さぁさぁ、勉強に励め!といってもまぁ、私を超える者など居ないがね!ははははっ!」
神童寺は高らかな笑い声をあげると、仁王立ちして威張った。
それを、周りの寮生は少し曇った顔で見ている。
それを見兼ねた光河は、箒を持ったまま、ゆっくりと神童寺に歩み寄った。
「祇園精舎の鐘の声」
「!」
そして彼は突然、あの有名すぎる作品の冒頭部を言い始めたのだ。
「諸行無常の響き有り。紗羅双樹の花の色。盛者必衰の理をあらわす」
「な……っ!?」
「おごれるものも久しからず。ただ春の夜の夢のごとし。たけきものも遂には滅びる。ひとえに風の前の塵に同じ――分かるよな?全盛期を築いた平家が、無様に衰弱していくさまを歌ったこの歌を」
光河は箒の柄を神童寺の顔面寸前に突き付け、彼を強く睨みつけた。
「俺と……校内戦で勝負して欲しいんだけど?」
彼は軽々しく、タメ口で、挑発的に言ってみせる。
そして、部屋から出てきた1年生がざわめき、物凄いギャラリーができていた。
「貴様、口を慎め!」
隣にいた女が、噛み付きそうな勢いで叫ぶ。
だが、それを神童寺が制止した。
「君、何クラスだい?」
神童寺は優しくニッコリとし、穏やかな口調で言う。
「……Zクラスだ」
光河は何の躊躇いもなく、ハッキリ堂々と口にした。
「Zクラスだと?」
その言葉を聞いた瞬間、神童寺は和やかな表情から一変、汚物を見るかのような目で光河を睨みつける。
「はっ、下克上か。いいだろう。しかし承知しているだろう?校内戦のルールは」
「勿論。明日もきっと登校できるからな」
光河は遠まわしに、抹殺されずに自分は生き残れる、つまり勝つということを言った。
「ふんっ、雑魚に付き合っている暇は無いんでね。これから生徒会会議があるんだ。早めに切り上げよう」
こちらもこちらで、まだ生徒会長を継続、つまりこの戦いは勝つと遠まわしに言っている。
そしてその頃には、1階フロアの1年だけでは留まらず、2,3年生も加わり、さらに壮大なギャラリーとなっていた。
「おいおい、見たか?あいつ生徒会長相手に……!」
「校内戦で命を落とすとか、なんて短い人生」
「しかもあいつ、Zクラスらしいぞ」
「もう、勝敗は見えてんなぁ。あいつ、終わったな。抹殺されるぞ」
ほとんどの生徒達が、もう光河の負けを確定していた。
なぜなら、神童寺は定期テストでいつも2位と大きく点差を引き離し、1位を保ってきたのだ。
自分より地位が上の者を相手に戦い、負けたら抹殺というルールで、ただでさえ挑戦者が少ないのに、生徒会長相手なんてまだ誰もいなかった。
「ちょっと、光河!何言ってるの!?」
「え?何って、普通に校内戦を申請しただけだけど?」
蘭華が焦ってモップを振り回しながら取り乱すが、光河は相変わらず平然としている。
「そんなことしたら死んじゃうよっ!会長の実力を知らないで……」
「まーまー、落ち着けって」
そんな二人のやり取りを、神童寺が見ていると、不意に神童寺が歩み寄ってきた。
「君、お名前は?」
ずいっと蘭華に顔を近づけ、その距離蘭華の顔面約5cm程の近距離。
「えええええええっと……うううう、歌永蘭華とももも申しまっす!」
蘭華は一瞬、自分の名前すら忘れてしまう程動揺する。
なんせ、あの学園トップの秀才の神童寺が自分の顔面の近くで話しているのだから。
神童寺は、クラスメートでさえこれほど親しくは話さないので、女性を口説くなんてそんなにないことだろう。
「歌永蘭華さん。とても綺麗な名前ですね」
「ああああああああああ、ありがとうございます!」
そして神童寺はそのまま、さっきの光河の態度とは全く違う、穏やかな表情で言った。
「本当に綺麗な人だ……初めてこんなに美しい人を見たよ」
神童寺は蘭華の顎を掴むと、クイッと押し上げた。
「きゃあああああああぁっ!」
ギャラリーの中で、特に女性陣の悲鳴のような叫びが聞こえる。
蘭華の顔は茹でダコ以上に真っ赤になり、今にもボンッと音を立てて爆発しそうなくらいだった。
「おいおい、勝負前に女を口説くなんて、礼儀がなってねーんじゃねーか?」
「お前が言うな!」
やれやれ、と呆れる光河に、神童寺は敬語もなっていない彼につっこんだ。