第一話 クリスマスイブの祭
綺麗に舗装された道はネオンや機械による芸術作品で彩られている。ここには、自然のものはなかなか見当たらない。
そして、今日はクリスマスイブ。ツリーのオブジェや空を駆けていくトナカイ型のロボットが街を飾っていた。街はカップルや家族連れで賑わっている。
また、ここにも一人の男がいた。全身を高級品で覆い我が物顔で夜の街を歩いている。夜空がトナカイが駆けるのを鬱陶しそうにこっそりと顔を覗かせている。
「今日こそは大勝や。大穴を見つけてドカンや。」男は、ギャンブラー二郎として名が知れている。年齢は三十歳ほどの街の小さな人気者である。
「また、あいつ歩戦に賭けるらしいな。」街ゆく者の視線は二郎にいく。だが、街ゆく者もそれなりの高級品を身につけている。地上にいる人はみんな機械に頼っている。働かなくともそれなりに裕福な者が多い。
そんな彼らの暇つぶし、最高の道楽こそこの歩戦である。生身の格闘技、ルールは簡単だ。素手で相手を戦闘不能にすること。または、殺すことである。こんな単純で野蛮なことが機械が発達した今も、いや今でこそ急速に盛り上がりをみせていた。
ネオンの立ち並ぶ道から、少し外れ暗がりの細い道に差し掛かる。この道に人の熱は感じない。来た道を辿ればネオンの優しい光とそれに沿って全自動車が家に帰っていく日常の和やかな暖かさがあり、この道を行けば血しぶきが上がる熱を見ることになる。
二郎はこの道が大好きだ。
なにかとてつもない力強さとも負け犬にも見える、矛盾だらけのこの道が大好きだったのだ。
道は百メートル程あり、程なくしてただ一つの扉が道のど真ん中に聳え立っている。
ドアを開けた。地下へ続く道がある。奥に薄っすらと光が見える。
歩くにつれて五感が刺激されていく。光が眩しい。
この空気だ。バンの匂いがする。高級感溢れる木目調の屋内に観客がみっしり群をなす。老若男女、豊かな熱気が肌を炙る。ガードの黒い人造人間に挨拶を交わし券売機へ足を運ぶ。
歩戦の闘技場はバンという名前である。
バンは地上と地下との境界線でもある。警備は厳しい。それどころか、コマを除いてバンに地底人は存在しない。
プレーヤーはみんな地底人でありコマと呼ばれている。
歩戦は将棋を元に作られた格闘技。その名残で将棋の用語で呼ばれている。
「今日はどの試合のコマに賭けたろーか。」二郎は呟いてはみたもののこれといったコマを見つけることができなかった。こういう時は、まず試合を見ることにする。
弾けていた浮かれた心に根を生やす。二郎はこうして時に冷静に賭けをする。
試合は、大本命の絶対王者キングと新人モーガンとの一戦であった。キングは大方負けない相手を選んだのだろう。モーガンなんてコマは聞いたこともない。
二人の頬には数字が書かれている。コマは、地下や海底にある人口の街や国に存在する。地上に住む者の道楽は奴隷同然の彼らの命のやり取りである。
そしてこのモーガンにはこの日一番の倍率が掛けられていた。
歩戦の賭けはコマによって倍率が異なる。対戦相手との比較。また、人気が高くなると倍率は下がり、低いほど上がっていく。このように色々なことが加味されこの試合はキングに一・七倍、モーガンには五十六倍もの数字が出ている。これこそ大穴だ。
だがしかし、二郎はこういう試合は嫌いではない。歩が王を刺す。下剋上こそが彼のギャンブラーとしての血を駆り立てていた。
「キング! 殺せ! キング! 殺せ!」熱狂的なキングファン。それもそのはず、まず間違いない。キングに賭ければ少なくとも負けはないのだ。キングが相手なら下剋上もクソもない。今日も一人キングのおもちゃになりそして死ぬ。
「白人様を舐めるなよ。ブラック!」キングが相手に挑発をする。
血の気の多いコマたちは負けずと、罵声を返すのだがモーガンは違った。
ただ一心にキングに向かって静かな威圧をかける。…… 凄まじいオーラだ。
このオーラを目の当たりにした時、二郎の足は動いた。
券売機は山のようにあるが、どの券売機にも数
人の列ができていた。
「キングに一万二千ドル。」ハットを被った男が券売機の横に立つ人造人間に話しかけた。「かしこまりました。」機械音と共に紙切れが出る。
「モーガンに百万ドル賭けるわ。」小さな声ではっきりと二郎は券売機の横に立つ人造人間に話しかけた。「かしこまりました。」機械音と共に紙切れが出る。
「モーガンに百万ドル。…… 二郎がモーガンに賭けたぞ!」後ろの一人を皮切りに会場が歓声とどよめきに包みれた。それもそのはず、この試合の賭けに勝ったら五千六百万ドルもの大金を手にすることになる。
「二郎! 二郎! 二郎! 二郎!」会場が騒ぎ立てる。
客の注目を取られ、モーガンが勝つという二郎にキングは我慢できなかった。「おい! ヒョロヒョロ! おまえ街であったらタダじゃおかねーからな!」小さく見えるキングが二郎を指差して言った。
街で会うことはないさ。だってお前はここで死ぬんだ。二郎はその思いを胸にキングに向かって静かな威圧をかけた。
「これよりベットは無効です。対局開始!」実況の軽快な声がゴングを鳴らした。
途端にキングの眼の色が変わった。さっきまで大口を叩いてたデカブツとは違う。殺気立った眼だ。その眼の中でモーガンが動いた。
先手はモーガンだ。この歩戦においてルールはほぼない。先手も後手もないが、後手は幸手という言葉がある。ルールがないからこそワンアクション目が難しい。キングはそれを十分理解していた。
モーガンの右ストレートがキングの頭上を掠めた。不発である。即座に腕を取り後ろに回り込むキング。
「今日は、速すぎるぞ。もうちょっと腕の立つ奴だと思ったが、…… ワシのヘッドロックで沈まなかった奴はいない。」首に食い込む腕の血管がはち切れそうになる。意識が遠のいていくはずの中で微かにモーガンが口角を上げた気がした。
程なくして、モーガンは失神して気を失った。キングが何故キングであるのか、答えは周到なまでの残忍さである。もしかしたら、臆病なだけかもしれない。報復が怖いのだ。ならどうするか、殺すまで。ーー
動くことはないであろうモーガンの最後の息の根を断つ。キングは息を荒らげながら倒れているモーガンに近づいていった。




