08,
目覚めは爽快。本日も晴天なり。
まだ空見てないけど。
「おはようございます、マスターエリオ」
「あ、おはよう、エリーナ」
卵型ベッドから身を起こして背伸びをしていたらボクの優秀なサポート妖精さんから朝の挨拶を頂きました。
そういえばエリーナは寝なくても平気なのかな? それともボクが寝たら寝てるのかな?
元がスマホっぽいものだからよくわからない。
まぁでもそんなことはどうでもいいか。
今日は昨日よりヴァリアントを倒してヴァリアント素材を集めないといけないしね。
新しい服に着替えたらご飯を食べて装備の点検をして……。
「ってあれ? ズボンがないよ!?」
昨日生成してもらって収納しておいたズボンがどこにも見当たらない。
収納しているタイラントアイテムは一覧表になってウィンドウに出てくるんだけど、その一覧表に記載がないのだ。
これは一体……。
スススーと空中を滑るように移動してボクの視界から逃れようとしている相棒に視線を向けると、普段はボクの目をまっすぐ見つめ返すその瞳はどこか違うところを向いている。
……わかりやすい。というか彼女以外にボクしかいないのだから犯人は決まっているわけで。
「エリーナ。ボクのズボンは?」
「エリーナは何も知りませんよ? ズボンを破棄して短パンとスパッツを生成したなんて知りませんよ?」
破棄しちゃったらしい。
何ソレ。そんなことも出来るの?
あれ? じゃあ昨日の残り湯とか捨てにいかなくてもいいのかな?
「お風呂に使ったお湯とかも破棄できるの?」
「可能です」
「破棄するとヴァリアント素材が少しくらい返ってきたりはしないの?」
「そういったメリットはありません」
「そっかぁ……。でもいちいち捨てに行かなくていいのは便利だね。さすがエリーナだね!」
「エリーナはすごいのです」
「うんうん、すごいねぇ。さすがだねぇ、エリーナすごい!」
「むふぅ!」
「ボクのズボンを破棄したのもエリーナだよね!」
「もちろんなのです!」
……まったくこの子はなんでそんなことを。
そんなにボクにズボン履かせたくないの? ズボンは転んだりしても多少は保護してくれるんだし、何より動き易いんだから……。
まぁ保護は防護フィールドがあるか。動き易さなら短パンでもスパッツでも変わらないのかな……?
「ズボンなんてナンセンスです!」
「えー……」
「100歩譲っても短パンです! ベストはスパッツ!
マスターエリオの綺麗な足は見せるべきです! そもそもマスターエリオは女性体としての自覚が――」
何やら鼻を膨らませて力説している妖精さんが怖いです。
ボクは16年も男をやっていたのだから、女の子になってたった1日では女の自覚がなくて当然だと思うんだけど……。
力説している妖精さんは放置して仕方なく新しい上着と短パンを取り出して着替える。
パンツは……まだ大丈夫だよね?
「だめです! 今日はこのワンポイントねこちゃんです!」
「ちょ! やめて! 脱がさないで! いやー!」
鼻の膨らみが大きくなったセクハラ妖精に無理やり脱がされて着せられて、結局ボクの今日の格好はキャミソールの上にパーカーを着て、新しい猫ちゃんパンツとスパッツと相成りました……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
朝から精神的にガックリ疲れながらも完全栄養バーのオレンジ味を食べて栄養補給を済ませる。
食べたらちゃんと歯を磨かなきゃいけないのだけど、生成できるタイラントアイテムの中に歯ブラシも歯磨き粉もなかった。
でも歯磨きの代わりになる液体があったので口の中でもごもごしておいた。イチゴ味で美味しい。
「飲み込んじゃだめですよ」
「もごもご」
取り出したタライに歯磨き溶液を吐き出して収納して中身だけ破棄する。便利だ。
それにしてもうちのサポートさんはだんだんお母さんみたいになってきてないですかね。
最初から色々と濃い子だったけど、ますますわからなくなってきてしまったよ。
「マスターエリオ、装備の点検は完了しています。
そろそろ狩りに向かいましょう」
「え、エリーナがやってくれたの?」
「マスターエリオの全てを管理するのがエリーナの役目です」
「全て……」
「むふー」
鼻が膨らんで「言ってやったぜ」と満足げなエリーナだけど、便利だしいいかとスルーすることにした。
実際装備の点検をボクがやっても動作確認くらいしかできないわけだしね。それなら優秀なサポートさんに任せた方がいい。
ボクの役目はヴァリアントを倒す事だ。
「よし、じゃあ今日も頑張っていこう!」
「警報装置に反応なし、いつでも出れます」
気合を入れて自動追尾浮遊照明を起動させて一路外へ。
警報装置は特定の生体認証コードを登録しておけば除外が可能なのでボクのコードが登録してある。
エリーナはボクと一心同体なのでボクのコードと同一となる。
つまりボク達が設置した警報装置はボク達以外の全ての動体に反応するようになっている。
ヴァリアントには熱源を持たないモノなんかもいるので熱感知では反応できない。ウォッチスパイダーとか。
振動感知でも振動を極限までシャットアウトするヴァリアントがいるので使えない。ウォッチスパイダーとか。
だが動体感知でならばこの部屋に近づく以上は反応する。ウォッチスパイダーでも大丈夫!
実はウォッチスパイダーも結構すごいけど、この警報装置もすごい代物なのだ。
簡単に生成したように思うだろうが、実はこれは超振動ソードG2やBHG-77のような因子を必要とするタイラントアイテム。
因子はヴァリアントを構成する情報源の塊であり、情報物質。
ヴァリアントごとに様々な因子が存在し、因子を必要とするタイラントアイテムは総じて因子の特徴を受け継ぐ。
今回の場合は警報装置にウォッチスパイダーの因子である『SS-013因子』が使われている。
ウォッチスパイダーは偵察型ヴァリアント。
周囲の情報を集め、他のヴァリアントに送信する役目を担っている。
攻撃能力も防御能力もないので武器防具には使えないけど、警報装置には打ってつけというわけだ。
エリーナは因子の複製を可能としている規格外の存在だけど、基本的には因子は複製ができない物質だ。
エリーナにしても因子を複製するには膨大な量のヴァリアント素材が必要。
回収した因子を流用した方が効率的だ。
まだボクが集めたヴァリアント素材では他の因子を複製する事は難しい。
ちなみに因子の複製にはもう1つ条件がある。
それはボクが取り込んだ因子しか複製できないということ。
通常の人類が因子を取り込むには適性が必要となり、適性がないまま取り込めば死に至る。
しかも1つの因子の取り込みに成功したとしても、肉体の寿命は大幅に縮み、抑制薬がなければ短い時間で死に至る。
複数の因子を取り込むにはそれだけ適性とリスクが必要となり、必然的に取り込める因子の種類は少なくなってしまう。
だがボクは膨大な量の因子を取り込んでいる。
しかも抑制薬を必要としないほど安定していて、もっと多くの因子を取り込むことすら可能としているのだ。
改めて思う、ボクは人間じゃない。
でもそのおかげでボクが取り込んだ因子をエリーナが複製できる。
因子を取り込むと多くのデメリットと引き換えに肉体を大幅に強化することが可能だ。
普通の人にはデメリットが大きすぎて出来ないことでもボクは容易く実行できてしまう。
ただ問題は膨大な因子をすでに取り込み終わっているボクの体は、未知の因子でなければ強化不可能ということだろうか。
昨日回収したウォッチスパイダーとソードウルフの因子では強化できなかった。
でもスペースネットワークからダウンロードできた情報の中に未知の因子の情報がかなりあったそうだ。
ボクはもっと強くならなければいけない。
そのためにもスペースネットワークへ接続して新たな情報を手に入れておきたい。
接続を妨害しているヴァリアントを特定して倒す必要があるが、今のボクでは難しいだろう。
そのためにも準備だ。今は準備の時なのだ。
「対象の完全な沈黙を確認しました」
「これでウォッチスパイダー5体目だね」
「さすがマスターエリオです。非常に順調です」
ウォッチスパイダーは弱い。
BHG-77の3点バーストならまず間違いなく倒せるし、情報を送信されるまでの30秒の間なら攻撃し放題だ。
だから超振動ソードG2での奇襲でも余裕を持って倒せる。
ただ開けた視界で遭遇すると、距離にもよるけど送信されるまでに倒さないといけないので少し焦るだろう。
今のところエリーナの索敵のおかげでそういったことはないけど。
ウォッチスパイダーに情報を送信されるとヴァリアントが集まってくるので厳しくなる。
数は強さだ。
3体くらいなら余裕をもって倒せるソードウルフでも数が多くなったら対処できなくなってしまう。
まだボクにウォッチスパイダーを餌にした戦法は使えない。
「マスターエリオ、ソードウルフを1組発見しました」
「よし、奇襲して一気に回収しよう」
昨日は見つかってしまったけれど、あれは運が悪かっただけ。
エリーナの索敵はかなり優秀なのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
岩の樹林の頂点から下を眺める。
エリーナの情報通りに3体1組のソードウルフが周囲を警戒しながら歩いている。
ソードウルフは哨戒型ヴァリアント。
特定のエリアを巡回して生命体を発見すると襲い掛かる。
ウルフという名前の通りの外見をしているけど、鼻がいいわけではない。
基本的にはヴァリアントの感覚器はそこまで優れていない。
だから奇襲があっさりと成り立つ。
岩の樹林の頂点――地上10メートルほどから一歩を踏み出す。
BHG-77の引き金を引き絞り、3発の銃弾が先行して1体のソードウルフの頭部を穿つ。
突然の襲撃に気づいた残りの2体が上を、ボクを発見した時にはもう遅い。
持ち替えた超振動ソードG2を落下の勢いそのままに叩きつけ、2体目のソードウルフの首を切断。
最後の1体からはボクの姿が隠れるように降り立ったので、あちらの攻撃手段は飛び掛るか目の前の死骸を迂回するか。
ヴァリアントの特性からして逃げるという選択肢はない。
故に攻撃の手段を絞る事ができる。
そしてソードウルフが持つ最大の攻撃力はその牙だ。
並外れた巨体で押さえ込み、巨大で鋭利な牙でかみ殺す。
飛び掛りからの噛み付きが最も強力で、常用する攻撃手段なのは自明の理だ。
今回も類に漏れず、首を切断されて崩れ落ちようとしているお仲間を飛び越えて踊りかかってきた。
ボクの手にはすでに超振動ソードG2はない。
代わりにBHG-77。
3発の銃弾が自慢の牙を圧し折り、口腔に侵入して体内を引き裂き、凄まじい衝撃がその巨体を大きく吹き飛ばす。
BHG-77の攻撃力はかなり高い。
見上げるほどの巨体を衝撃で大きく吹き飛ばせるし、侵入角度次第では部分的に消し飛ばせるほどだ。
「目標の完全な沈黙を確認しました」
「あんな高さから飛び降りても痺れもしないんだよねぇ、ボクの足」
「何度も試していたじゃないですか」
「まぁそうなんだけどさ……」
今回のような高いところからの奇襲は突発的に行った事ではない。
もちろん事前に問題ないか何度も試しておいたのだ。
最初は10メートルもの高さから飛び降りるのは正直かなり勇気がいった。
でも一般戦闘モードにシフトしてしまえば何の躊躇いもなくなってしまう。
改めて通常戦闘アーツと言うプログラムには舌を巻く。
ボクが戦えるのもこの通常戦闘アーツによるモードシフトの影響が大きい。
『アーツ』は通常戦闘の他にも数多くの種類があるみたいだけど、今のところ生成できたのはこの通常戦闘アーツのみ。
アーツはタイラントアイテムではあるけれど、ボク専用の行動補助プログラムだ。
他の誰にも扱えないし、意味が無い。
複数の因子を持つボクにしか耐えられない膨大な情報量を誇っているからだ。
もし因子を取り込んだ他のタイラント達にインストールしても膨大な情報量に耐えられず失敗するか、情報を上手く扱えず意味がなくなる。
まさにボクのためだけの、ボク専用の技術群なのだ。
「マスターエリオ、回収しましょう」
「あ、うん」
ヴァリアントは倒したら回収。
もうボクの細い手首に巻きついているバングルが巨大な死骸を包み込んでしまう光景にも慣れてしまった。
まだまだ日も高い。
今日はたくさん狩れそうだ。