07,
「今です」
平坦な声に合わせ引き金を引き、3発の弾丸が射出されると同時に思考操作でBHG-77を収納し、同時に超振動ソードG2を握って大きく1歩を踏み込む。
左に大きく避けながら突っ込んでくるソードウルフの牙へ合わせ、超振動ソードG2の刃を滑らせる。
一瞬の火花を残し通り抜ける巨体。
3点バーストの直撃を受けた左端の1匹が、転倒しながら勢いそのままに転がってくるのに合わせて超振動する刃を叩きつける。
ヴァリアントに血は流れていないのか、叩きつけた刃の先から血飛沫は上がらず、あっさりと転がるソードウルフを分断した。
刃を叩きつけた際に体勢を低くしていたために、分断されたソードウルフの体はボクの上を通過して背後に勢いよく転がっていく。
これであと2体。
すぐに超振動ソードG2を収納し、転がった姿勢のままBHG-77を構え引き金を絞る。
反転しようとしていた右端の1匹の頭部に3発の弾丸は吸い込まれ、抉り飛ばすように頭部が爆散した。
寝転がっている体勢と少々斜面になっている足場のせいで、斜め下から斜め上に一直線の軌道を描いた弾丸が見事に頭部の広範囲を捉えた結果のようだ。
残り1体。
最後の1体は片方の巨大な剣のような牙がほとんど切り裂かれてなくなり、斜めに焦げ付いた跡が残っている。
だが本当に痛みを感じていないようで一切の躊躇無くボクへと踊りかかってきた。
恐怖は感じない。
心が戦闘へとシフトしているから。
震えは無い。
まっすぐに向けられた銃口の延長戦上に大きく開いた口腔があるのだから。
罪悪感は感じない。
殺らねば殺られるのだから。
放たれた3発の銃弾が口内に飛び込み内部をズタズタに引き裂きながら直進していく。
衝撃で飛び掛ってきたソードウルフは吹き飛び、頭を吹き飛ばされて死骸へと成り果てたもう1匹よりも遠くに落下した。
「お見事です、マスターエリオ。全ての目標の完全な沈黙を確認しました。
回収に向かいましょう」
「……ふぅ。怖かったぁ」
エリーナの言葉と共に一般戦闘モードが解除されて、心がシフトする。
やってきたのは恐怖でも罪悪感でもなく、安堵だった。
ボクはもう恐らくヴァリアントを何匹倒そうと罪悪感は抱かないと思う。
だってあっちもボクを殺そうとしてくるのだもの。
黙って殺されるのは絶対にいやだ。ボクはまだ生きていたい。
この世界がボクの知らない違う世界に成り果てていても、そんな事は関係ない。
……関係は、ないんだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
今日だけでもウォッチスパイダー3体とソードウルフ3体を倒して回収できた。
使った弾丸は18発。
残り2発だったけど、回収したヴァリアント素材で補充をして今は満タンの21発だ。
スライドを引いてチャンバーに1発入れておくと全部で21発撃てるようなのでやっておいた。
バーストばかり使っているし、3発ずつだからちょうどいい。
引き金が後退して暴発しやすいように見えるけど、ボクは使わないときは収納できるので安全だ。
研究所の建物に戻ってきたときにはすでに大分日が暮れかけていた。
エリーナのマップ機能がなければ戻ってこれなかったかもしれない。
それだけこの荒野と化している場所は目隠しが多い。
研究所の建物群は荒野に同じような、岩っぽい建物なのかそうじゃないのかよくわからないものが多いので、目印になりえない。
最初、研究所から出た時は荒野が延々と続いているのかと思ったがそんなことはなかった。
むしろ岩の樹林のような印象だった。
だからこそウォッチスパイダーを死角から安全に何度も狩れたし、ソードウルフにエリーナの索敵を掻い潜って接近も許してしまったのだ。
この場所はボクに有利なわけじゃない。
ここにいる全てのモノに有利であり、不利なんだ。
でもエリーナの索敵能力はそれをある程度覆せる。
だけどある程度でしかない。過信は禁物だ。
禁物なんだけど……。
「この研究所内だったら間違いなく安全だよねぇ」
「対ヴァリアント障壁がありますし、侵入経路に警報装置も仕込んできましたので外よりは格段に安全です」
今日確保してきたヴァリアント素材でエリーナに色々と安全対策を施してもらった。
ウォッチスパイダーは最弱のヴァリアントだからヴァリアント素材もその分少なかったが、ソードウルフはウォッチスパイダーの数倍にもなるヴァリアント素材になってくれたのだ。
おかげで食料や水、弾丸の他にもこうして警報装置などを生成できた。
当分はこの部屋を拠点にしてヴァリアント素材を集めて自身を強化する予定になった。
エリーナのデータではソードウルフは弱い部類のヴァリアントだ。
確かに一撃も貰う事無く仕留めたけれど、なかなか危なかったのは事実。
街を目指すにはどう考えてもボクは戦力不足、準備不足なのだ。
せめてその準備が整うまではここで生活をするしかない。
差し当たっては……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「やっとズボンゲットー!」
「マスターエリオはスカートの方が似合うと思います」
「あのねぇ、エリーナ? 今日のソードウルフ戦でもわかったでしょ?
大きく動かなきゃいけないときはスカートは危ないんだよ? 防護フィールドがなかったら今頃スカートずたずただよ?」
「むぅ……」
素の顔で頬を膨らませて不満を表現しているエリーナには悪いけど、本当にスカートで激しく動くのは危険すぎる。
今日転がった足場は岩場だったので下手したらスカートが引っかかって邪魔をしていたかもしれない。
まぁ防護フィールドの天岩戸のおかげで汚れてすらいないんだけどね?
それでもやっぱり色々考えなくてもスカートは危ない。色々危ない。
だからこうしてなんとか着替え用にズボンをゲットしたのだ。
でもエリーナも頑固なので部屋の中ではスカートになってしまった。
むーん、スースーするぅ。
防護フィールドのおかげで服は汚れていない。
因子の塊のような肉体のおかげで汗1つかいていない。
でもやっぱりお風呂に入りたい。
「エリーナ、お風呂って生成できる?」
「タオルを湿らせて体を拭く程度で我慢してください」
「えー」
せっかくソードウルフからそこそこヴァリアント素材がゲットできたのにお風呂の生成はだめらしい。
まぁヴァリアント素材はいくつあっても足りないのはわかるけど、1度作ってしまえば水を入れ替えるだけだし、温めるのは簡単に出来る装置を生成できるので問題じゃない。
なんでだめなんだろ。
「ねぇ、エリーナ。もしかしてお風呂嫌いなの?」
「そんな事はありません。でもエリーナは実体ではありますが感覚器がありませんのでお風呂のよさがわかりません」
「そうなんだ。でも実体があるなら汚れるでしょ?」
「このように」
「え!」
「再構成すれば汚れなんてありません」
エリーナが一瞬消えるとまた現れた。
驚いたけどガラスケースを透過したり、ヴァリアント素材から色んな物を生成できたりする不思議な妖精さんなんだから今更だ。
でも汚れても再構成して綺麗になれるなんて便利だなぁ。
「いいなぁ、エリーナ。羨ましい」
「ふふふん。エリーナはすごいんです」
「うん。すごいよ、エリーナ。さすがボクのサポート妖精だね!」
「むふぅー」
「そんなすごいエリーナならお風呂くらい簡単に生成できちゃうよね!」
「あったり前です!」
こうしてボクは無事お風呂をゲットできました。
エリーナの扱いがまた1つ上手くなったし、エリーナはご機嫌だしまさにウィンウィンの関係だね!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ボク用にサイズは小さめに作られたバスタブに水を生成して注いでもらい、例の温度を上げる装置を入れる。
5分もしないうちに設定した温度――40度になったので装置は止まり赤く光って教えてくれる。
次は生成したタライに水を注いで装置をいれておく。
まずはボクの体を洗わないといけないので注いだ水の量はそれほど多くない。
ボディシャンプーを生成してもらい、中に注いで泡立ててゴシゴシ柔らかめのタオルで擦って終わり。
髪に使っても大丈夫なシャンプーなのでついでに髪も洗ってしまう。
泡々のままだけどそのまま半身浴気分で温まり、入浴完了。
タライの水もちょうどいい温度になっているのでそれで泡をしっかりと流して、体を拭いて髪を乾かしたら終わりだ。
ボクの新しい体の髪はとてもさらさらで手で軽く梳いただけで引っかかる事などもなく通り抜ける。
エリーナの髪も素敵だけど、きっとボクの髪も負けないくらいの素敵さ加減だと思うな。
生成してもらったふわふわのタオルで挟むようにパタパタしながら水気を飛ばす。
その間に明日外で水を捨てられるように、水が入ったバスタブごと収納しておくのも忘れない。
この思考操作は手が埋まっていても出来るので便利だ。
それに汚れた水が入っていても丸ごと収納できたのは朗報だ。もしかしたら箱を生成しておけば中に何が入っていても収納できちゃうのかもしれない。
そうしたらものすごく便利だなぁ。
髪も乾いたのだタオルなんかを椅子とかにかけて乾かす準備をしてから卵型のベッドに腰を下ろす。
ベッドはこれで十分だろう。
ボクが入るには十分な大きさだし、元々ボクが寝ていたものだろうし。
触ってみると以外とふわふわで寝心地は良さそうだ。
卵型のベッドに座りながら完全栄養バーを食べて今日はもう寝てしまう事にした。
明日は今日よりももっとヴァリアントを倒すつもりだし、しっかりと寝て英気を養おう。
「じゃあおやすみ、エリーナ」
「はい。おやすみなさい、マスターエリオ」
エリーナが部屋の照明を下げてくれて辛うじて見えるくらいの明るさになる。
卵型のベッドに寝そべって目を閉じれば、すぐに眠気が押し寄せてきてボクの不思議だけど慌しい1日は終わりを迎えた。