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06,


 5階の階段近くに開いている穴は小さなボクがやっと通れるくらいの穴でしかない。

 それ以外には外へ通じる場所はなく、この窓すら一切ない建物の異様さが強調されている。

 ヴァリアントなんていう敵性体が存在するんだから窓なんて侵入路は潰すしかなかったんだろう。


 ただそれがわかっても平和な世界で生きていたボクには理解は出来ても実感はできない。


「周辺索敵を実行。成功。

 周辺5キロ圏内にヴァリアント反応369。

 偵察型ヴァリアント――ウォッチスパイダーに絞って条件を付与、検索。成功。

 マスターエリオ、エリーナの指示に従って移動してください」

「う、うん」


 平坦な仕事の顔で告げてくるエリーナの指示に従って外に出て歩き始める。

 建物の中から見てわかっていたがやっぱり外は荒野だ。

 乾いた風、草1本生えていない大地。

 足元から感じる感触はさらさらだけど堅い。水っ毛がさっぱり感じられないのだ。


 少し歩いて背後を確認するとボクが出てきた建物はずいぶん大きな物だとわかる。

 ボクが出てきた穴は5階にあった。

 窓がないので大体でしかわからないが20階以上はありそうな高層建築だ。

 そしてやはり埋まってしまっているのが正しいようで、頭を出している建物があちらこちらに散見している。

 やはり窓はなく、のっぺりとしていて建物というよりは巨大な石碑をイメージしてしまう。


 ……いや、何もない荒野。石碑のような建物。これでは墓標だ。


「なんて悲しいところなんだ……」


 ボクの呟きは荒野に吹く乾いた風に攫われてもう二度と戻ってこなかった。







◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆







 エリーナの案内で着いた場所は大きな岩のようになっている建物の上だった。

 風化したというよりは吹き付ける風に乗って砂が集まり、長い年月をかけて固まったのだろうか。

 とにかくそんな巨大な物の上から下を慎重に眺めると1匹の目玉がちょろちょろ動いていた。

 いや、目玉じゃない。目玉に6本の足が生えている。

 真上から見ていると目玉と目が合っているように感じるけどまったく気づいていないらしい。

 あの目玉は飾りなのか、目玉としての機能はなく別の機能があるのか。

 とにかくものすごく気持ち悪い。

 思わず目を逸らしたくなるくらい気持ち悪いけど、ここは我慢してBHG-77を取り出して両手で構える。

 ちょろちょろ動いているので相手の動きを予測して、仕留めないといけない。


 足場が巨大な岩のような建築物とは言っても目玉――ウォッチスパイダーとの直線距離はそれほど遠いわけではない。

 エリーナの話では射程限界の半分にも満たないそうだ。

 あとはボクの腕次第。

 止まっていればたぶん確実に当てられると思うけど、ちょろちょろ動いてしまって面倒くさい。


 ウォッチスパイダーは偵察専門のヴァリアントで、それほど大きくもないし、偵察に特化しているためか防護フィールドも薄い。

 攻撃能力も持たず、攻撃を受けたり敵を発見すると近場のヴァリアントに位置情報と共に収集した情報を送るという性質を持っている。

 そのためにウォッチスパイダーは優先的に叩く必要がある。

 放置しているとどんどんヴァリアントが集まってくるからだ。


 攻撃を受けてから情報送信までにかかる時間は30秒ほどかかるそうだが、落ち着いて対処すれば30秒は結構長い。

 でもボクは初の実戦。

 銃を撃つのだって生まれて初めてだ。やっぱり1発くらい撃っておけばよかった。


 両手で構えるBHG-77は微動だにしない。見事なくらいにほんの少しのブレすらない。

 通常戦闘アーツが齎す戦闘思考と肉体制御が呼吸ですら生じるブレすらも補正してくれている。


「マスターエリオ、バーストに設定を」


 エリーナの声に流れるように思考操作でバーストを選択。

 同時に照準はちょろちょろ動き回るウォッチスパイダーを追随していく。


「今です」


 平坦なエリーナの声に引き絞るように引き金が引かれ、着地の瞬間に合わせて弾丸が3発目玉を貫いた。

 消音装置はついていないはずなのに発射音は一切しなかった。

 まるで玩具の銃を撃ったかのような手応えのなさ。

 でもボクの視界の先にいた目玉のおばけは完全に沈黙してしまっている。

 貫いた3発の弾丸を如実に語るように穴が3つ空いている。

 不思議だ。何も感じない。さっきまでちょろちょろ動いていたモノがもう動かなくなっているのに、何も感じない。


「マスターエリオ、さすがです。目標の完全な沈黙を確認しました」

「……終わり?」

「はい、初勝利おめでとうございます」


 どうやらボクの初戦闘は勝利に終わったらしい。

 なんとも実感が沸かない勝利だけど、エリーナがそういうなら終わったんだ。


 ……はぁ……疲れた……。


 肩の力がどっと抜けて今更手が震える。

 BHG-77を握っていた時は一切震えなんてなかったくせに……。


「マスターエリオ、ヴァリアントは倒しただけでは意味がありません。

 ヴァリアント素材と因子を回収しましょう」

「あ、うん。でももうちょっと待って。足も手も震えが止まらなくて……」

「マスターエリオの身体調整を実行。成功。

 ではいきましょう」

「ちょ……」


 震える手足のせいでうまく動けなかったのに、エリーナが何かした途端震えはピタッと止まってしまった。

 いくら一心同体でもこれはちょっと怖いよ!


 でもボクの抗議は言葉にならず、怖かったはずなのになんだかだんだん笑いがこみ上げてきた。

 エリーナはすごいな。もしかしたらボクのためにわざとこんな事をしたのだろうか。

 だとしたら効果は抜群だよ。

 ちょっと怖かったけど、逆にもう笑いしか出てこない。

 一周回って怖さが笑いに変化しちゃったよ。







◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆







 順調に岩のような建築物を降りてウォッチスパイダーの死骸にまだ辿りついた。

 近くまで寄ってわかったけど、かなり大きい。

 小さくなってしまったとはいえボクよりも大きいのだから恐ろしい。

 たとえ攻撃能力がなくてもこの尖った足を突き刺されたらものすごく危険なんじゃないだろうか。

 今更ながらに息を呑み、接近戦闘なんて絶対できないと思った。


「マスターエリオ、ではバングルを死骸に近づけてください」

「う、うん。ヴァリアント素材を取り込んだ時みたいになるのかな?」

「その通りです」


 ウォッチスパイダーの死骸にバングルを近づけるとバングルが一瞬でウォッチスパイダーを包み込む。

 ヴァリアント素材よりも遥かに大きいウォッチスパイダーなのにボクの手首に巻きついているだけのバングルが覆い尽くしてあっという間に元に戻ってしまった。


 もうあの気持ち悪いウォッチスパイダーの死骸はどこにもない。

 何度見てもすごいなぁ。

 でもこれで食料や水には当分困らないはずだ。


「エリーナ、今のウォッチスパイダーでどのくらいのヴァリアント素材になるの? 結構大きかったよね?」

「死骸の体積全てがヴァリアント素材になるわけではありませんので、今のウォッチスパイダー程度では『完全栄養バー』と『ペットボトル飲料水』などでは10回分しか生成できません。

 BHG-77の弾丸では5発程度です」


 3日分くらいの食料にはなったけど、弾丸では差し引き2発分しか回収できてないってことか。

 やっぱり消耗しない超振動ソードG2を使わないと効率が悪いんだろうなぁ。

 でも接近戦なんて怖すぎる……。

 でもやらないと生きられない。

 大丈夫……。エリーナもいるんだからボクならやれる。やれる……はず。







◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆







 エリーナはまずはボクに戦闘経験を積ませる事を目的にしているようで、最初のように比較的安全な位置から相手を狙い打てるような状況に案内してくれる。

 最初はタイミングも教えてくれていたけれど、3体目のウォッチスパイダーからはボクのタイミングで撃つようになった。

 3発のバースト中1発を外してしまったけど、2発でも十分ウォッチスパイダーを仕留められるらしく問題なく倒せた。


 まだ残弾は11発。

 後3回は同じ事を繰り返せる。ヴァリアント素材から弾丸を生成すればもっと戦えるけど、食料と水の分も残しておかないとね。

 さすがに3回目にもなると最初のような緊張もなくなって大分慣れた。

 でも慣れた頃が危ないって言うし、気を引き締めていかないとね。


「エリーナ、次はどっち?」

「マスターエリオ、まずいです。哨戒型の『ソードウルフ』に見つかってしまいました。

 接敵まであと120秒」

「え、ちょ、どうするの!?」

「哨戒型のソードウルフは3体1組で行動します。

 今回も3体1組で接近中です。まずは接近される前に数を減らしましょう。

 ですが防護フィールドがありますので遠距離ではダメージを与えられません。

 十分ひきつけてから落ち着いて撃ってください。

 ヴァリアントは傷を負っても痛みを感じませんので怯みません。

 手傷を与えても行動不能に追い込むまでは気を抜かないでください」

「りょ、了解」


 エリーナから齎される情報を頭に必死に叩き込み、接近してくるというソードウルフに視線を向ける。

 まずわかったのはかなり大きいと言うこと。

 ウルフという名前から漠然とうちで飼っていた柴犬のコロを思い浮かべていたが、とんでもない。

 まだ距離があるからそれほど大きいように見えなかったけれど、小さなボクよりもずっと大きな岩が転がっていた傍を通過してわかった。

 あの岩はボクが通った時には見上げるほどの高さだった。

 でもソードウルフはその岩とほとんど同じくらいの体高を誇っている。

 大型犬どころの大きさじゃない。

 明らかに化け物レベルの大きさだ。

 それが3体。しかも牙が鋭く巨大な刃物になっている。ソードの由来はアレか。

 あんな牙で切り裂かれたらボクなんて簡単に真っ二つになってしまう。


 だからといって遠くから撃っても防護フィールドで弾かれてしまう。

 エリーナの合図があるまで撃てない。撃っても意味が無い。

 恐怖が染み出し、心を埋めそうになる。


「心拍数の急上昇を確認。

 一般戦闘モードに強制移行を実行。成功。

 接敵まで50秒」


 暗い淵に引きずり込もうとした闇が一気に晴れて行く。

 ……あぁ、エリーナ。本当に君がいてくれてボクはよかった。


 シフトした心で本当に頼りになる小さな相棒に感謝を送る。

 両手に構えたBHG-77を左端のソードウルフに定め、音が消え、背景が消える。


 今まさにボクは1つの武器となった。



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