05,
通常戦闘アーツで切り替える事が出来るようになった『一般戦闘モード』は意識的に心をシフトさせる技術みたいだ。
それまでボクはどれだけのほほんと生きていたのかわかるほどに心が変化した。
思考が冴える。
物事を深く考え、理解できる。
でもすぐに気づく、これは今までののほほんとした心から変化した際に生じる慣れないズレの影響であり、実際は万能とは程遠いものだ。
通常戦闘アーツをインストールした際に感じた万能感を知っているからこそすぐに気づけた事だろう。
もちろんモードをシフトさせた事により格段に上昇した理解力のせいでもある。
つまりはそのくらいには今のボクは冴えている。
……が、同時にエリーナから忠告が入る。
「一般戦闘モードは慣れない間は体力を酷く消耗します。
エリーナはマスターエリオの体力が警告領域になった場合、モードを強制シフトさせる権限を有しています」
つまりは使いすぎて倒れるような事はないってことだね。
さすがボクの妖精さん。優秀だ。
時間もないので普段のボクでは理解できない説明をエリーナにどんどんしてもらう。
時間との勝負だったけど、エリーナが早口で説明する言葉は問題なくボクの中で噛み砕かれ、染み込みんで糧になってくれた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「マスターエリオの体力が警告領域に突入しました。
強制シフトを実行。成功」
「ふぅ……。これ結構疲れるねぇ」
心のシフトを強制的に一般生活モードに切り替えられてボクは一旦一息吐く。
今のボクでは自分の体力管理まではとてもできない。
モードをシフトさせないと気づけないのだからエリーナ様様だ。
でもおかげで色々な事がわかった。
やった価値はあるし、今後ヴァリアントと戦闘するときは一般戦闘モードにシフトさせないと戦えないだろうから慣れるためにも意味はある。
エリーナの説明によると――。
ヴァリアントに対抗するにはヴァリアント素材と因子を使って生成した対ヴァリアント兵装――タイラントアイテムが必要不可欠。
ヴァリアントは体の周りに程度の差はあれど必ず防護フィールドを展開している。
その防護フィールドは通常火器――小銃どころか対戦車砲ですら突破できない。
1番弱いヴァリアントの防護フィールドすら突破するのに10KTもの爆薬が必要だったそうだ。
ずっと前に聞いた話では広島原爆には15KTの核爆弾を使われたそうなので、放射能の影響を無視しても凄まじいの一言。
しかしタイラントアイテムはその防護フィールドをある程度無効化できる。
もちろんヴァリアントによって防護フィールドの強弱が存在するので全てを無効化できるわけではなく、さらには無効化してもヴァリアントの肉体は強固なので倒すのはなかなか骨が折れる。
防護フィールドを無効化して強力な爆弾で倒すという方法は自殺と同義。
なぜならタイラントアイテムは因子と呼ばれるヴァリアントを構成する情報源を体の中に取り込んだ存在しか使用できない。
だからこそ中近距離兵装と呼ばれているのだ。
ちなみに膨大な種類の因子をこの身に取り込んでいるボクはタイラントアイテムを当然扱える。
通常ほんの少ししか取り込むことができない因子で体を満たされているボクは、もう完全に人間じゃない。
種別するならほとんどヴァリアント側なのだ。
「タイラントアイテム種別カテゴリー『ソード』――『超振動ソードG2』を生成しました。
タイラントアイテム種別カテゴリー『ハンドガン』――『BHG-77』を生成しました。
タイラントアイテム種別カテゴリー『フィールド』――『天岩戸』を生成しました」
「これがボクのタイラントアイテム……」
エリーナが生成したタイラントアイテムは3つ。
ボクにはちょっと長い、直剣型の西洋剣。
グリップがボク仕様に細くなっているベレッタを彷彿とさせる拳銃。
そして最後に小さなハート型をしたネックレスの防護フィールド発生装置だ。
これらを生成するために必要だったヴァリアント素材はこの服を作った時の残り……というか大半を使用した。
つまりは服を生成するときにはほとんど使わなかったらしい。
じゃあなんで違う服を生成するのは拒否られたのか謎だ。
ちなみにタイラントアイテムはヴァリアント素材があればいいだけじゃない。
エリーナのようなヴァリアント素材を加工できる存在と因子が必要になる。
因子はフェロモンのような特殊な情報物質であり、消耗品。
使ったらなくなってしまい、ヴァリアント素材でも複製できない。
もちろん1から作るなんて不可能だ。
でもうちのサポート妖精さんはそんな定説を覆せる存在だったのだ。
ただ彼女に登録されている因子しか複製できないし、ヴァリアント素材が大量に必要となるそうなので現状で生成できる因子は限られている。
因子は複製できない物として常識となっているこの世界でエリーナの存在は規格外と言える。
因子で体を構築しているボクが言えた事ではないが、彼女も彼女で色々とおかしい存在だということだ。
でも正直もうボクはエリーナなしでは生きていけない。
だから彼女の秘密はボク達の秘密なのだ。
「一心同体ですから」
まさにそうなのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
最後のヴァリアント素材で『完全栄養バー(バナナ味)』と『ペットボトル飲料水』を生成してもらい食事を済ませる。
エリーナはボクからエネルギーを得ているそうなので、ボクが食べれば彼女にもエネルギーが補給される。いつの間にか寄生されていたみたいだ。一心同体だからいいけど。
完全栄養バーはバナナ味という通りにバナナの味がした。
もそもそと食べづらい事もなく、しっとりとした感じで水分がなくても食べられる。
でも水は生きるのに必須アイテムなのでちゃんと摂った。
ただその時にエリーナに教えてもらったんだけど、ボクは排泄する必要がほとんどないらしい。
体のほとんどを因子で構成されているボクはすでに人間じゃないから摂取した栄養を漏らさず体に取り込める。
そのために排泄物がほとんどなくなってしまうそうだ。
ただそれでもベースは人間なので何でも食べられるわけではないし、水もいる。
そしてほとんどということは全部ではない。
普通の人よりはずっと少ない回数になるけど、排泄しなければいけないということだ。
かなり先延ばしに出来るとはいえ、それまでに女の子の体での排泄というこれまでの16年の人生では1度も味わった事が無い羞恥体験の覚悟を決めなければいけない。
……でも今は後回しだ、後回し。
通常戦闘アーツで銃器や刃物の扱いを理解しているからといって何の練習もなしに実戦というのは正直怖い。
でも銃弾は有限。
ヴァリアント素材は食料を生成して使い切ってしまったので銃弾の追加生成はできない。
せめて構えや体の動きを確認するくらいだろうか。
ちなみにBHG-77は装弾数20発。
引き金を引きっぱなしで連射される『フルオート』、引き金を引くごとに1発の弾丸が発射される『セミオート』、引き金を引くごとに一定の弾数が発射される『バースト』を思考操作で選択できる。
さらにタイラントアイテムに限り、エリーナに収納できる。
収納する時も取り出すときも思考操作で簡単に出来ると言う、もうボクの知っている世界はどこにもないという事実を突きつけられるほど驚愕の性能だ。
なので普段は天岩戸だけを身に着けておけばいい。
荷物にもならないのですごく便利だ。
その代わり思考操作での収納と取り出しを目一杯練習しておいた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
栄養を余す事無く摂取できるボクでも1日1食は摂らないとすぐに動けなくなってしまう。出来ることなら朝昼夜の3食がベストだ。
特に4歳の女の子の体なので成長期真っ盛りであり、本来ならもっとたくさん栄養を摂ってもいいらしい。
栄養をたくさん摂っても太らないらしいので世の女性から見たらすごく羨ましい体だよね。
ところでこの建物はやっぱり研究所らしい。
ボクが目覚めた部屋以外は電源が落ちてしまっていてドアが開かない。
でもこの部屋にヴァリアント素材があったように他の部屋にも保管されている可能性がある。
しかし電源が落ちているのでエリーナ自慢のハッキングではドアを開けられない。
「ドアが開かないなら、壊せばいいじゃない!」
「マスターエリオ、素敵です」
エリーナにも賛同をもらったので超振動ソードG2を片手に隣の部屋のドアの前までやってきました。
貴重な弾丸はこんなことでは無駄にできませんので、使うのはこのソードです。
思考操作で超振動をオンにすると、刃の表面が霞んで見えるようになった。
音は特にしない。
ボクの知識にある超振動する刃物は「キュイーン」って感じの音がしたんだけどなぁ。
まぁもちろん漫画知識だけど。
そのままドアに刃を押し当ててみるとものすごい力で弾かれた。
なんとかすっぽ抜ける事だけは防いだけど、思わず尻餅をついてしまうくらいの衝撃だった。
床がいたるところで崩れているので床は凶器でいっぱいだ。
天岩戸が仕事してくれてなかったら今頃ボクのお尻は穴が増えているところだ。おっかない。
天岩戸は防護フィールドなので、体の表面全てを覆っている。
そのおかげでお尻の下の尖った破片なんかから守ってくれた。体の表面といっても服も含まれるので一張羅も破けなくて済んだ。
もし服が含まれなかったらお尻丸出しになるところだった……本当に危ない。
お尻を確認がてらパンパン叩いて超振動ソードG2の刃が接触したところを見てみたけれど……焦げた跡があるだけで穴すら開いてなかった。
……このドアは相当硬いのだろう。
でもおかげで超振動ソードという物がどういうものなのかわかった。
超振動をオンにしていると物体と接触した際に凄まじい衝撃がかかる。それをしっかりと押さえ込まないと切断できない。
バターに熱した刃物を入れるような、溶けるような感触ではないのだ。
もしくはこのドアが超振動に対する何かしらの保護機能を有しているか。
とにかく今度は気合を入れて、一般戦闘モードに切り替えて超振動ソードG2を叩きつけてみた。
盛大な火花が飛び散り、刃が通った後には焦げ跡が一直線に刻まれる。
跳ね飛んできた火花は天岩戸の防護フィールドでボクまでは届かない。
そのまま数回ドアを斬りつけてみたが、焦げ跡が増えるだけで一向に切断する事はできなかった。
「これは……無理かなぁ」
「データが少ないので確証には至りませんが、対ヴァリアント用の特殊障壁のようです。
超振動ソードG2では突破するのは難しいと思います」
「そっかぁ……」
どうやら思った通りに保護機能付きのドアらしい。
このドアだけがそうとは思えないので他のドアもきっと同じなのだろう。
その証拠に崩れているのは床やドアがない壁の一部だけ。
ドアやその周辺の壁は一切破損が見られないのだ。
これではドアじゃなく、壁を破壊して中に入るのも無理だろう。恐らく破損している箇所には部屋はないと思われるので床や天井をぶち破って入るのも出来ないだろう。
「つまりは他の部屋を探索するのは無理かぁ」
「マスターエリオ、諦めてヴァリアントを狩りましょう。
マスターエリオのスペックなら問題ありません。
初戦闘になりますのでエリーナが1番弱いヴァリアントを見繕いますので安心してください」
「うぅ……。それしかないかぁ」
エリーナが励ましてくれるけど、正直気が進まない。
どんなに心をシフトできるようになってもやっぱりボクはボクでしかないからだ。
でもそろそろ覚悟を決める時なのだろう。
怖いけど、やるしかない。
超振動ソードG2の柄を握る小さな手が小刻みに震えているのを無理やり力を入れて誤魔化すと、5階へ向けて歩き出した。