04,
地上5階にいるはずなのにすぐ下に地面がある。
ベランダの土とかではなく、ずっと先まで同じような光景が続いていて……この建物は地盤沈下で沈んでしまったのだろうか。
それとも土に埋もれてしまった?
「スペースネットワークとの強制切断を確認しました。
スペースネットワークへの接続を開始。失敗。
スペースネットワークへの接続を開始。失敗。
スペースネットワークへの接続を開始。失敗。
マスターエリオ、ヴァリアントの妨害電波が確認されました。
これ以上のネットワークへの接続は不可能です」
目の前の信じ難い光景に意識を奪われていたら、平坦な仕事の顔で色々と告げてくる妖精さん。
ぼうがいでんぱ? じゃあ情報は手に入らなかったのだろうか。
「えぇと……何かダウンロードしてたよね?」
「はい、マスターエリオ。データのダウンロードは全体の23%終了しています」
「23%……」
4分の1以下じゃないか。
でも元々100%でどのくらいのものなのかもわからない。
それにボクが欲しい情報があればそれでいいんだし。
わけのわからない目の前の光景よりも、会話が通じるエリーナとの情報交換の方がボクの心の安寧にも役立ってくれそうだ。
「エリーナ、部屋に戻って一息吐いた方がいいよね?
あ、でも他の部屋にも電気とかついてたらそっちでもいいかな?」
「確認しました。
個別電源が確保されているのはあの部屋のみとなるようです」
「そっかぁ。じゃあ戻った方がいいかな? 潰れたりしないかな? なんか埋もれてるみたいだしこの建物」
「すでに長い間この状態で安定しているようですので今日明日どうこうはならないでしょう」
「じゃあ戻ろうか」
ここまで足元に気をつけて頑張って歩いてきたけど、結局戻る事になった。
でも行きよりはずっと楽だった。何せ1度は通って知ってる場所だからね。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「じゃあこの周辺の地図は手に入ったんだ。
でも人がどこにいるのかはわからないっと」
「はい、マスターエリオ。
そのほかにも『タイラントアイテム』のデータなどがいくつか入手できています」
「そのタイラントアイテムっていうのは何なの?」
部屋に戻ってきてエリーナからダウンロードできたデータの一覧を見せてもらったのだけど、知らない名前ばっかりでよくわからなかった。
わかったのは『周辺マップ』くらいなものだよ。
「タイラントアイテムは対ヴァリアント用に開発された中近距離戦闘用兵装の総称です」
「またヴァリアント……。そもそもヴァリアントって何なの?」
「敵勢力の総称です」
「敵……。外にいるの?」
「はい、マスターエリオ。スペースネットワークへ接続した際に同時にこの周辺の探索も行いましたが、周辺30キロメートル圏内での反応は2000を超えています」
「え、にせ……え?」
エリーナのちっちゃな口から出た言葉に思考がうまく回らない。
敵が2000もいるの? それってあれかな、虫みたいにちっちゃかったり……。
「ヴァリアントの最低サイズはマスターエリオよりも大きいです。
最大サイズになると全長200メートルを超えます」
ちょっと前にエリーナが素の顔で一心同体と言っていたけど、本当に繋がっているのかもしれないなぁ。
だって今ボク何も言ってないのに的確に大きさを教えてくれたし。
マスターとサポートの関係ってすごいんだねぇ。まさかテレパシーが使えるなんてー。
ボク超能力者になっちゃったのかなー。
「マスターエリオ、現実逃避は意味がありません。
それにマスターエリオのスペックなら、タイラントアイテムのデータを手にした以上負ける要素はそこまで多くありません」
「エリーナ……。ボク喧嘩なんてしたことないよ?」
負ける負けないの前にボクは多分戦えないと思うんだよね。
だって16年生きてきて1度も殴り合いなんてしたことないし、口喧嘩だって数えるほどだよ?
片思いの相手にすら「柏木君って優しすぎるよね」って言われて振られた経験があるくらいだ。
そんなボクが戦ったりなんて出来るとは思えない。
「マスターエリオの肉体は対ヴァリアント用に構築されています。
他のタイラントよりも多くの因子を取り込み、適応していますので適切な『アーツ』のインストールでどのような場面でも戦闘を可能とします」
エリーナの説明は専門用語が多すぎてよくわからない。
それに例え戦えるようになっても今のボクの体は4歳くらいの女の子の体なんだよ?
ボクより大きな敵になんて敵うとは思えない。
「現在マスターエリオは『通常生活モード』になっています。
『一般戦闘モード』に切り替えるための『通常戦闘アーツ』をインストールします。
『通常戦闘アーツ』のインストールを開始。成功」
「いたっ!」
あれよあれよと言う間にエリーナがボクにアーツをインストールしてしまった。
いきなり脳に情報を大量に流し込まれて一瞬だけ頭痛がしたけど、それだけ。
でも……。
「あれ……。わわわ、何コレ。すごい……」
頭の痛みがとれた瞬間からボクは戦士になっていた。
体の先まで意識が乗り、自由自在に動かせる。
何をどうしたら効率的に敵にダメージを与えられるのかがわかる。
そしてボクの体を理解した。
16年間一緒だったあの体とは根本的に異なる。
この体は戦うための体だ。
4歳の女の子の体で繰り出される拳は薄い鉄板くらいなら貫通する。
手刀を繰り出せば簡単な刃物の代わりにすらなりうる。
頑強な肉体はトラックに突っ込まれても死なない。
それどころかかすり傷程度で済んでしまうだろう。
こんなもの……。
「……人間じゃない」
「マスターエリオは人間ではありません。対ヴァリアント殲滅人造兵器です」
自分の体が何なのか理解して零れた言葉に平坦な声が応える。
事実を事実として淡々と告げるその言葉にボクはなぜか安堵した。
例え人間じゃなくても彼女には変わらないんだ。
ボクをボクとしてみてくれて、その正体が何であろうと変わらない。
「エリーナはマスターのサポート妖精ですから」
人じゃなくなってしまったボクは目の前の小さな小さな存在に救われた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「マスターエリオは対ヴァリアント殲滅人造兵器です。
人を軽く凌駕する肉体ですが、ヴァリアントを相手にする場合は少々足りません。
基本的にヴァリアントに対抗するにはヴァリアント素材と因子を用いたタイラントアイテムか、大質量兵器しか意味がありません。
ですが大質量兵器はすでにほとんどが生産できません。
因って現行の人類の戦闘方法はタイラントアイテムを用いた中近距離戦闘となります。
マスターエリオも同様です」
「ボクが戦えるのはわかったけど、戦わないとだめなの? 逃げる事は出来ると思うんだ。
たぶん、本気で走ったらすごく早いと思うし」
実際ボクが本気で走ったら高速道路で車と並走できると思う。
それくらい今のボクは人間を辞めている。
「ヴァリアントからの逃走は策の1つではありますが、現状のマスターエリオには下策です。
マスターエリオは対ヴァリアント殲滅人造兵器ですが、エネルギーの摂取は通常の人類と変わりません。
つまり食料や水が必要不可欠となります」
「え……つまりヴァリアントを倒すと水や食料が手に入るの? ヴァリアントを食べるの?」
ボクの頭の中で大きな怪物を生で食べているボクが浮かぶ。水は血とかだろうか……。やだなぁそれは……。
「ヴァリアントはその全てがヴァリアント素材となりうる物質で構成されています。
全体積から数%しか採取できませんが、それでも1体で数日分の食料と水を生成可能です」
「あ、そうか……。この服を作ったみたいに?」
「その通りです、マスターエリオ。
エリーナがいればマスターエリオはヴァリアントを倒すだけで食料と水が手に入ります。
さらに因子を取り込めば更なるアーツを生成し、インストールする事が可能です。
ついでにタイラントアイテムの生成にもヴァリアント素材と因子が必要です」
どうやらボクが生き残るにはどう足掻いてもヴァリアントを倒す必要があるみたいだ。
現状で周辺マップで確認できる限りでは近くに人の住む場所は、ない。
周辺マップの範囲は30キロ。
本気で走ればすぐに踏破可能とはいえ、その先に人の住む場所が必ずあるという保障はどこにもない。
エリーナならネットワークに接続しなくてもボクが歩いた場所ならマップを作れるそうだけど、それは歩いた場所限定。
ヴァリアントが妨害電波を流しているからスペースネットワークに再接続するには妨害電波を流しているヴァリアントを倒さないといけない。
でもそのヴァリアントがどこにいるかわからないし、何より1体だけという保障もない。
悪ければ数千、いや数万の妨害電波を流すヴァリアントがいる可能性だってあるんだ。
いくら人間を辞めたとはいえ今のボクじゃ自殺行為でしかない。
結局エリーナの言うとおりにヴァリアントを1体ずつ、確実に倒して準備を整えて行くしかないんだ。
「エリーナ、ボクはどうしたらいいの?」
自分の体の事はわかった。
通常戦闘アーツにより戦う方法も少しだけわかった。
でもそれだけ。
ボクはボクの体をきっと御しきれない。
通常戦闘アーツをインストールした直後は万能感にも似た何かを感じて出来ると思ったけど、時間を置いて頭を冷やしたらそうでもないことがわかってしまったのだ。
今のままヴァリアントと対峙したらたぶんあっという間に負けてしまうだろう。
ヴァリアントがどのくらい強いのか知らないけど。
でもわからないのだから出来る限りの準備はすべきだ。
特に素手なのがいけない。
人間を辞めたといってもボクには道具を扱う手がある。
なら――。
「まずタイラントアイテムを生成しましょう」
さすがは一心同体。
ボクが思っていた事が正しい事を彼女が後押ししてくれた。