03,
ボクは今ものすごく葛藤している。
16年生きてきてここまで悩んだのは初めてだと思う。
「マスターエリオは女性体なのですから問題ありません」
ボクの手の中にあるちっちゃな布切れ。
これが今ボクの悩みの種です。ちっちゃいね。こんなにちっちゃくなるんだね……。
「マスターエリオのサイズにぴったりです。このワンポイントなんてとても可愛いと思います。
縞々や紐も捨てがたいですが、やはり純白の――」
ボクの目の前で何やら力強く演説しているゴスロリ妖精はこの際放っておいて、問題はこの下着……パンツだ。
お子様用のパンツじゃなくて大人用なのも原因の1つ。
ボクは今までトランクス派だったからね。
……それがいきなりこのハードルの高さだよ。わかってもらえたかな? かな?
しかも上着はひらひらが多くて可愛らしすぎて、色々と精神が削れるけどまだいい……まだ……うぅ。
スカートも全裸よりはいいんだけど、すごくスースーするんだよ……コレ着ると。
着てみてわかる違和感ってやつだね。
そして頼りない。
もう本当に頼りない。
こんなんでよく動けるよね。世の女性は偉大すぎるよ!
だからないよりは遥かにマシなんだろうね、このおパンツ様。
だからボクは悩んでいるんだよ……。
ちなみに違うの作ってってエリーナに頼んだけど拒否られた。
ボク確かマスターだよね? あれー? マスターって一体何なんだろう……ね……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「マスターエリオ、大変よくお似合いです。特に中が」
「やめて! お願い捲らないで! もうお婿にいけない!」
「マスターエリオは女性体なのでお婿には最初から行けません」
仕事の顔じゃない、ニヤニヤした素の顔でボクのスカートを捲ってくるサポート妖精が怖いです。
そしてニヤニヤした素の顔が一瞬で平坦になって仕事の顔になった上に事実を告げてくるのでドン引きです……。
「……あ、そういえば靴ない……。でもこの部屋は綺麗だし、裸足でも大丈夫かな?」
「生成完了しました。顕現します」
「はやっ! ボクまだ頼んでないよね!?」
エリーナがとても満足そうにしているので、いつの間にか手の中にあったワンポイントのリボンが可愛いエリーナとお揃いの靴を履く。
靴だけじゃなくて靴下もついていたのでもちろん履いたのだけど、エリーナから「三つ折りしてください」と仕事の顔で言われたのだけど意味がわからなかった。
首を傾げて疑問符を浮かべていると、すかさず靴下を折り曲げてフンスと満足そうにしていた。
これって三つ折りっていうんだぁ……。確かに可愛いかも?
「とりあえずこれで準備はできたね……。色々と言いたい事はあるけどこの際我慢するよ」
「恐縮です」
……恐縮はするんだ……。
なんだか酷く疲れたような気がするけど、まだ始まってすらいない。
あれ、ボク何するつもりだったんだっけ……。
「マスターエリオ。部屋の外でネットワーク接続、です」
「……エリーナはボクの心でも読めたりするの……?」
「マスターとサポートは一心同体ですので」
「……そ、そう」
仕事の顔ではなく、素の顔でそう言い放つサポート妖精さん。
もうボクは真面目に相手にするのが難しくなってきたよ……。
そそくさとロックされていて開かなかったドアに近づくと、ボクが到着する前に先行したエリーナが先ほど同様一瞬でハッキングを済ませてしまった。
プシューというボクの想像したような音こそならなかったけど、開いたドアの先は暗かった。
ちょっと出るのを躊躇ってしまうくらいの暗闇だ。
部屋の中は煌々と明かりが灯っているのに部屋の外には一寸先も見渡せないほどの闇が広がっているのだ。
人間は本能的に闇を恐れる生き物だし、ボクの反応は正しい。
恐る恐る顔を出して再確認してみたけどやっぱり見えない。
目が慣れる云々じゃなくてまったく光がないからこれでは無理だ。
「エリーナ、明かり探そっか」
「ハッキングして調べたところ、通路の照明は完全に断線していてどうにもなりませんでした」
「そっかぁ」
一瞬でドアや収納のロックを外してしまうほどの腕を持つ彼女が無理だと言うなら、照明をつけるのは諦めた方がいいだろう。
でも部屋に懐中電灯とかあるかなぁ。普通は停電対策とかでありそうだけど……。なんか技術レベルがボクの知ってるレベルじゃないんだよねぇ。
「エリーナ、懐中電灯とかどこにあるかわかる?」
「自動追尾浮遊照明ならこちらに」
なんだかよくわからないけど、何かあるみたいだ。
要は明かりならなんでもいいんだしね。
エリーナが案内したのはヴァリアント素材があった収納とはまた別のところにあった収納だった。
もちろんロックがかかっていたみたいだけど、うちの優秀なサポート妖精さんが瞬殺してくれました。
「これ?」
「はい、マスターエリオ。それが自動追尾浮遊照明です」
「……どうやって使うの?」
収納の中にはボクのちっちゃな手にはちょっと大きい透明な球体がいくつか入っていた。
そのうちの1つを取り出してエリーナに見せて確認を取ったのだけど、スイッチらしいスイッチもなくてボクには使い方がさっぱりだ。
「思考操作型ですので手に持っている状態で『閲覧』としっかりと意識してください」
「しこう……」
なんだか難しそうな感じだけど、言われた通りに閲覧とはっきり心の中で声にしてみると目の前にパソコンでよく見たウィンドウが浮かんでいた。
「……へ?」
「それが思考操作型のメインウィンドウです。直感で操作できるように簡略化されているものが多いのが特徴です」
確かにエリーナの説明通りにウィンドウに書かれている言葉はわかりやすい。
照明のオンオフ。追尾距離、角度。照明の強さ。
これだけだ。
あとは詳細オプションっていうので決めるみたいだ。
とりあえず照明をオンにしてみるとボクの手から浮かび上がり、淡く優しい光を放ち始める。
正直言って、すごい……。
まず浮いてるのがすごい。サポート妖精様はこの際置いといて。
どうやって浮いてるんだろう……。
それにコレ追尾するんだよね? 障害物とか勝手に避けるのかな? 避けないと大変だよね?
すごいなぁ……。
そんなことを思いながら柔らかい光を放っている珠を見ているとエリーナがひょこっとボクの視界に入ってきた。
あぁいけないいけない。すっかり忘れてたけど外へいくんだった。
「ごめんごめん、ボクの知らない道具だからねー。びっくりしてた」
「マスターエリオ、エリーナの方がすごいです。こんな珠ころよりもずっとずっとすごいのです」
「うんうん、そうだね。エリーナの方がすごいねー」
「むふー」
不服そうだった妖精さんを棒読みの台詞で宥めると、大変満足そうだったのでこれでよし。
なんだかエリーナの扱いにもだんだん慣れてきたよ。
こんな短時間なのに……。この子結構濃いんだもの……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
自動追尾浮遊照明のおかげで一寸先も闇だった部屋の外は問題なく見渡せるようになった。
設定を少し変えて光の強弱を変更しただけでも大分違う。
最大範囲だとかなりの範囲を照らせる事がわかったのでとりあえず最大にしている。
だって何か出てきたら怖いじゃない。すぐに逃げられるようにしておかないとね。
それでというか、明るくなってすぐにわかったのだけどどうもあの部屋が綺麗なだけで他はそうでもないご様子。
というかかなり色んなところが崩れていてやばい感じだ。どこも今にも崩れそうですごく怖い。
ゆっくりと足場をしっかり確認しながら進んでいくと、階段があり辛うじて読める案内が壁に描かれていた。
どうやらここは地上4階らしい。
でも下へ続く階段は完全に埋まっていて進めない。戻るのも大変なので上へ進んでみる事にした。
今まで通ったところには窓はなかったけれど、地上5階以上からならそれなりに外の様子が見渡せるはずだ。
やっぱりボロボロでいつ崩れてもおかしくなさそうな階段を登っていくと踊り場を過ぎたあたりで光が差し込んでいるのが見えた。
これでやっと外の様子が確認できる。
「エリーナ、外が見れそうだよ」
「ネットワークへの接続を開始します」
いつの間にかボクの中で外の様子を見に行くという目的に摩り替わっていたのだが、エリーナはさすがに当初の目的を覚えていたようだ。
ネットワークが繋がって何かしら情報を得られればいいし、外の様子も確認できるし、ちょっとだけ足が進むのが速くなる。
この階の通路は下の階と比べて大分マシで歩きやすかったのもあり、すぐに光が差し込むところに到着する事が出来た。
「……へ?」
「スペースネットワークの接続を確認しました。
データのダウンロードを開始します」
エリーナの平坦な声はボクの左耳から入って右耳を素通りしていった。
なぜならボクは地上5階にいるはずなのに、ボクが通れる程度の穴から見える光景はすぐ目の前に荒野というべき大地が広がる不可思議なものだったのだから。