11,
今日も日暮れまでめいっぱい狩りをしてみたけど、あの亀はそれほど遠くには行かなかったらしい。
おかげで妨害電波はまだ相当広い範囲を妨害しているらしい。
やはりネットワークに接続するにはあの亀をなんとかするしかないみたいだ。
まぁ現状ではどうにもできないのでヴァリアント素材を集めると言う、当初の目的は変わりそうにない。
派生戦闘アーツの性能には本当に舌を巻くほどなので、是非とも他の派生戦闘アーツを生成することにした。
でも派生戦闘アーツ:ポールアームは武器がないと意味がないので、とりあえず優先するのは派生戦闘アーツ:ハンドガンと派生戦闘アーツ:ソードだ。
超振動ソードG2を派生強化するのはその後ということになった。
超振動ソードG2を派生強化するのは安全に戦闘をするためにもっと射程が欲しかっただけなので、派生戦闘アーツ:コンバットフィジカルで大幅に余裕が出た以上は優先順序が変化するのは当然だ。
エリーナも賛成していたし、特に大きな問題もない。
むしろ超振動ソードG2を再度生成して派生強化しないと手に入らない超振動スピアーL1や、派生戦闘アーツ:ポールアームは有効活用するまでに時間がかかりすぎる。
確実に強くなれるだろうアーツがもっと早い時間で手に入るのだからそっちを優先するのは当然だ。
いくらボクが優れた肉体を持つと言っても、今日発見した要塞亀クラスと不意の遭遇なんかをしてしまったらかなり危険だからだ。
あんなのが早々いるとは思わないし、事前にエリーナが探知してくれるだろうけど念には念を入れた方がいい。
とはいっても、昨日よりもずっと効率的にヴァリアントを狩れたので回収したヴァリアント素材の量もかなりの量になっているはずだ。
さすがに1つくらい派生戦闘アーツを生成できるだろう。
ちょっと楽しみだったのもあってお風呂や夕ご飯の前に確認してしまおう。
「エリーナエリーナ。今日集めたヴァリアント素材で派生戦闘アーツを1つくらい生成できるよね?」
「派生戦闘アーツ:ソードならば生成可能ですが、派生戦闘アーツ:ハンドガンは生成できません」
おや? ハンドガンの方が必要なヴァリアント素材が多いのかな?
でもBHG-77はヴァリアント素材を集めている今はなるべく使わないようにしているからちょうどいい。
「じゃあソードのアーツを生成して!」
「派生戦闘アーツ:ソードを生成しました。
インストールを開始します。成功」
「うひゃ……。よっし、これで……」
ちょっとピリッと来る程度の痛みが走った感じがしてアーツがインストールされたのがわかる。
あとは実際に超振動ソードG2を持ってみればわかる。
超振動ソードG2を取り出し、ちっちゃな手で握った瞬間刃の先までボクの体と一体化した感じがした。
今までは剣、という手応えしか返さなかった超振動ソードG2はもうない。
これはもう完全にボクの手の延長だ。
漫画や小説で達人なんかは武器を体の延長として扱えたりしている。
それが今ボクの体でも起こっているのだ。
柄頭から剣先まで全ての動作が直結するかのような手応えに目が離せない。
派生戦闘アーツ:コンバットフィジカルで得た絶妙な力加減なんて目じゃない。
もう力加減なんてものを意識する事すら不必要なほどに超振動ソードG2はボクの物だ。
不意に繰り出した突きが、空気を切り裂き音を置き去りにする。
流れるように自然な1歩を踏み出し、突きから袈裟に刃が走る。
翻る刃が逆袈裟に一筋走り、大上段からの斬りおとしは大きく踏み出した1歩により床に辿り着くほんの数ミリの高さで静止した。
この間1秒足らず。
ボクの体はほんの一瞬で一流の剣士になっていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ふふふーんふんふんふーん」
「ご機嫌ですね、マスターエリオ」
鼻歌を歌いながらバスタブを泡だらけにしていると、エリーナが鼻を膨らませている。
これは褒めろという合図ですね。
でもさっきも褒めたんだけどね!
「はいはい、エリーナはすごいね。こんなにすごいアーツを生成できるんだから」
「むふー」
ずっとご機嫌なボクに惹かれるのかエリーナは何回も何回も褒めてとやってくる。
でもボクもご機嫌なのでついつい頼りになる相棒を褒めてしまう。
そんな感じでずっとエンドレス気味に褒めては鼻歌を歌うというのを繰り返していたりする。
だって一瞬で一流の剣士になったんだよ?
あの喧嘩も出来なかったボクが今では一流の剣士。
通常戦闘アーツやコンバットフィジカルでは体の動きを主に強化していた。
確かにすごかったけど、一流の剣士になれる派生戦闘アーツ:ソードには敵わない。
ボクも男の子だからね。
剣というものには憧れにも似た物をもっていたさ。
刀も好きだし、西洋剣も好きだ。ジャマハダルとか、カタールとか蛇腹剣とかもロマンがあって好きだ。
もちろん両手でも持てないような巨大な剣も大大大好きだ。
最初は派生戦闘アーツ:ソードをインストールしてもそこそこ剣が使えるようになる程度なんだろうと思っていた。
でも蓋を開けてみたらこれだ。
そりゃずっと鼻歌を歌いたくもなるというものだよ。ふんふふんふーん。
ソードがこれほどすごいってことは、ハンドガンでは一流ガンマンになれるのかな。
ポールアームだったら一流の槍の使い手かな。
夢がとてもとても広がるねぇ。
昨日は神秘の探究のためにエリーナの目を盗んでお風呂で色々していたけど、今日から一流の剣士になったボクは漢らしくそんな事はしないのだ。
でも一流の剣士になってわかったけど、4歳児の体はやっぱり色々と難しい。
まず第一にリーチが足りない。
ヴァリアントは皆ボクよりも遥かに大きい。安全且つ、効率的に倒すにはリーチが必要不可欠。
足運びや動作でそれなりには埋める事はできるけど、やっぱりボクの腕の長さが直接リーチに関わってくるのは変わらない。
まだ4歳児の体だから成長するだろう事は簡単に予想できるけど、待っている暇はないわけで。
かといって長い剣を作るには因子が足りないみたいだ。
超振動ソードG2はボクの胸までくらいの長さがある剣だけど、それは柄から剣先まで含めた長さだ。実際のリーチとしてはもうちょっと短くなる。
なら因子の複製をすればいいんだけど、それをやるにはヴァリアント素材が圧倒的に不足している。
一流の剣士になっても、いやなったからこそだろうか。リーチの大事さがわかってしまう。
結論としてはやはり、超振動スピアーL1だ。
アーツにも期待ができるし、ハンドガンをインストールするのを少し我慢するのもありかもしれない、と思い始めている。
BHG-77は弾丸の生成でのヴァリアント素材の消費を抑えるためにもなるべく使わない方向で戦っているしね。
それに持ち替えを基本としているのでソードも無駄にならない。いやむしろソードをインストールしたからこそわかったことが色々あって剣を持たずして様々な恩恵を得ている。
……そうか。剣士というのは剣を持たなくても剣士なんだ。
漫画や小説でよく謳われていた事だけど、心に染み込むように理解する事ができた。
剣士、超すごい。
「あぁもう! 明日が楽しみだなぁ!」
「マスターエリオ、泡が飛びますので落ち着いてください」
「むふふー」
遠足前の子供みたいだけど興奮してしまってどうしようもない。
今日はちゃんと寝れるかなぁ、ちょっと心配だなぁ。ふふんふんふーん。
「マスターエリオの精神状態が高興奮状態に移行したのを確認しました。
平常時への変更を実行。成功。
マスターエリオ、落ち着いてください」
「……エリーナ、ボクはちゃんと寝れそうだよ……」
「今日の晩御飯はピーチ味ですので早くお風呂から上がってください」
「ふえーい」
エリーナのボクの全てを管理すると言う仕事にイチャモンをつける気は無いけど、気持ちよく興奮してるときまで冷静に平常時に戻す事ないと思うなー。
興奮がなくなって平常になったからか、さっきまで感じていた状態が万能感に似た高揚感だった事に気づいた。
1度経験してるのに気づけなかった。この万能感に似た高揚感は危険だ。
自分の能力を大幅に過大評価してしまう。
冷静になった今ならわかる。派生戦闘アーツでなれるのは一流に近い二流程度だと思う。
それだけでもかなりすごいとは思うが、一流と二流には大きな壁があるような気がする。その辺は今後生成可能になるかもしれない更なる派生戦闘アーツか、ボク自身が乗り越えなくてはいけないだろう。
どちらも道のりはすこぶる遠い。
更なるアーツは複製できない未知の因子が必要だし、ヴァリアント素材も生成したアーツの比じゃない量必要だ。
ボク自身が乗り越えるには厳しい修練が必要になるだろう。肉体能力に物を言わせてもたぶん年単位の時間がかかるんじゃないだろうか。
頂が見えているとはいえ、長い道のりにガックリと肩を落としながら泡を洗い流して、視線の先にあったちっちゃな丘をむにゅむにゅする。
昨日も一昨日も揉んだけど、何度揉んでもいいものだ。
自分のっていうのが大きなマイナスになっているけど、それでもやはりいいものだ。
凹んだ心に染み渡るように広がるこのむにゅむにゅ感。実に癒しです。
……うん、自分のでも癒されるんだね。エリーナにいじめられたら揉んで癒されよう。
ボクのちっちゃな丘にも夢と希望が詰め込まれている事を知った瞬間だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ところでエリーナさん。明日の服は何にするつもりですか?」
ボクの服はエリーナが勝手に決めている。
ボクの意見で生成されたズボンはなぜか短パンとスパッツに姿を変えていたように、ボクの意見はないも同然だ。
でも衣服関連はエリーナの領分なのか、用意されている物以外を着れない。
なぜなら収納してあるはずなのに取り出せない。
寝巻き用に用意してある複数のワンピースだけは取り出せるのだけど、ワンピースは基本的にスカートだ。
ボクとしては外へ行くのにスカートは御免被りたい。
ただでさえ戦闘をしにいくのにひらひらのスカートは場違いにも程がある。
まぁ初めて外に出たときはまだボクも色々と無知だったからね……。
というわけで明日になったら用意してあるだろう服を今のうちに知っておきたいと思った次第です。
「マスターエリオ、明日のお楽しみです」
「えぇー」
可愛らしくパチンとウインクを飛ばしてくるゴスロリ妖精さん。
そういえばエリーナの服って初日から変化ないよね。
ボクの服はいっぱい作るのに自分のは作らないのかな?
「ねぇ、エリーナ。エリーナ自身の服は変えないの?」
「マスターエリオは人形遊びがご趣味なのですか?」
コテンと首を可愛らしく傾げる、人形のように整った顔立ちの妖精さん。
ボクはもうそれ以上言葉を続ける気力がなくなってしまった。
エリーナは人形じゃないと思うけど、ボクも人形じゃないと思うんだけどなー。




