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10,



 卵型のベッドはとても寝心地が良い。

 ボクの安眠はこの子のおかげで保たれているようなものだ。もうこの部屋で一生過ごしてもいいんじゃないかな。


「マスターエリオ、起床時間です」

「うぅん……。あと3時間……」

「本日は昨日よりも狩りをたくさん行う予定になっています。

 マスターエリオの身体活動状況を測定。成功。

 マスターエリオの身体活動を平常時に変更。成功」

「うあ……。ぼ、ボクの二度寝があぁ……」


 微睡みの中にあった幸せな心地が一瞬にして覚めてしまった。

 でもすっきりと朝起きれたような感じであり、眠気は一切ない。だが逆に二度寝の時の幸せなあの感じをはっきりと覚えているだけに落差が酷く、天国と地獄のような感じになってしまっている。


 ……うぅ。


「マスターエリオ、準備を整えましょう」

「うぅ……はぁ~い……」


 体はすっきりしているが心がどんよりしてしまったので、のそのそと用意されていた今日の服に着替える。

 昨日はパーカーにスパッツだったけど、今日は全然違う。

 クルーネックの黒無地Tシャツにデニムジャケットに短パンだ。

 短パンはちょっとお尻が見えそうになるくらい際どいけれど、ボクが履くと背伸びしてますって感じがぷんぷんする。

 黒無地Tシャツにデニムジャケットという格好もそんな背伸びを助長させるようで、これにサングラスか風船ガムでもぷくーっと膨らませながら拳銃なんて持ってたら、間違いなく映画や漫画に出てきそうな悪者幼女だ。テンガロンハットなんかもありかもしれない。


 一瞬だけそんなことを思いながらものそのそと着替えてしまう。

 スカートよりは抵抗がない、というか短パンにデニムジャケットだし全然抵抗がない。


 着替え終わったら完全栄養バーのマンゴー味を食べる。

 マンゴーはボクの大好きな果物だ。

 口に入れた瞬間からどんよりした心があっという間に晴れやかになっていくのを感じる。

 おいひぃなぁ。


「マスターエリオはちょろいです」

「美味しいは正義だと思うよ? もぐもぐ」


 ボク的にはエリーナの方がちょろいと思うけど、ボクもちょろい部類の人間だから仕方ない。

 完全栄養バーが美味しくて心が豊かになっているので気にもならないしね。

 やっぱり美味しいは正義だよ。


 食べたら歯磨き。でも歯ブラシが無いので歯磨き溶液で、もごもごもごもご。

 ぺっとコップに吐き出して収納して中身だけ破棄して完了だ。

 実に便利な収納さん。


「エリーナ、装備の点検は大丈夫?」

「1度天岩戸を収納してください。点検します。

 その他装備の点検は終わっています」

「りょうかーい」


 防護フィールドである天岩戸は寝るときでもお風呂に入るときでも、ずっと身に着けているのでエリーナが点検する暇が無い。

 今まで1度も攻撃を受けた事は無いけど、いざ受けた時に機能しなかったでは話にならないからね。


「点検終了しました。問題ありません」

「相変わらず早いねぇ~」

「エリーナはすごいのです」

「すごいねぇ、エリーナ」

「むふぅー」


 鼻を膨らませてご満悦の妖精さんはやっぱりちょろい。

 でもそんなボクの相棒は大変可愛らしいのでボクも満足だ。


 天岩戸を取り出して首に下げる。

 新しいボクの体は首の後ろで小さなチェーンを器用にひっかけるのも楽勝だ。これが前のボクの体だったらわたわたしながらいつまでもつけられないんだろうなぁ。


 そう思いながらも超振動ソードG2を取り出し、思考操作で超振動をオンにして確かめ、オフにする。

 BHG-77はマガジンを抜いて残弾を確かめ、チェンバーにも1発入っている事をスライドを引いて確かめる。

 思考操作で安全装置(セーフティ)を順に流れるように変更して、最後にバーストに設定しておく。


「よし、準備オーケー」

「マスターエリオ、大変お似合いです。グーです」

「あはは、ありがと」


 エリーナがウィンクしながらサムズアップしてくるので苦笑しながら答えて部屋を出る。

 今日も警報装置には反応はなかったのでこの研究所はなかなかな安全地帯なのだろう。

 何せ入れるところがたった1箇所しかないからね。

 しかも小さなボクがやっと通れるくらいしか幅が無いから、ヴァリアントでは通れない。

 なかなかいい場所だ。


 研究所の外に出るとさっそくエリーナの案内の元近場のヴァリアントへと出発だ。







◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆







 もうお馴染みになりかけているウォッチスパイダーに奇襲をかけて一刀の下に両断する。

 派生戦闘アーツ:コンバットフィジカルのおかげでどこにどれだけ効率よく力を加えるかがわかり、ウォッチスパイダー程度なら超振動ソードG2で無理なく一刀両断できるほどだ。


 別に剣の腕が上がったわけではない。

 今までは勢い任せに叩きつけていた刃をきちんと滑らせるようにして振りぬいただけ。

 たったそれだけの事だけど正直天と地ほどの差が出た。


 超振動している刃は勢いよりも部分部分の力加減の方重要なようだ。

 単純に叩きつけるだけでもそれなりの威力は出るが、刀のように滑らせて斬る(・・)というのがすごく大事らしい。


「すごいね……コンバットフィジカル」

「マスターエリオの高いスペックあってこそです」


 すでにこの体はボクのものだ。だから体のスペックを褒められたらボクが褒められているのと同じ事。

 手放しで褒めてくれるエリーナに笑顔で返し、確かな手応えをその手に残し次へと向かう。


 次はソードウルフ3体。

 相変わらず小さな群れで行動をしている。

 今回も先に見つけられたので岩と化している建築物の上から奇襲を仕掛けた。

 コンバットフィジカルの恩恵を受けているのはボクの体の全てだ。

 故に効率よく動けるようになっているのは剣を振る時だけじゃない。むしろ剣はおまけだ。


 真ん中の1体に頭上から超振動ソードG2で脳天を貫き、ボクが飛び降りた衝撃で下がった頭の上で(・・・・)右の1体の頭部を刺し貫く。

 最初の1体を貫いた超振動ソードG2は収納で一瞬のうちに回収し抜く手間を省き、2匹目を攻撃する瞬間に取り出したので無手から突然剣が出現したことになる。

 もちろんソードウルフはヴァリアントなのでそんなことでは動揺したりしないが、攻撃を繋ぐ工程が数手省ける分相手の動きを上回れる。


 だが相手は3体。

 2体目の頭部を貫いた超振動ソードG2をさらに収納し、そのまま振り返って上段に構え取り出し、振り下ろす。

 ほとんど間を置かない3連続攻撃はソードウルフに一切の反撃の暇を与える事無く終了した。


 もちろん全て一撃必殺を旨に行ったが、それでもまだ動ける可能性があったので3体目の首を切断するのと同時にソードウルフ達の背後に飛び退るのも忘れない。

 背後なら振り返る必要があるのでワン動作こちらが早く対応できる。


 しかしソードウルフはボクが着地するより少し早く崩れ落ちて、もう動かなくなった。


 コンバットフィジカルの恩恵は体の効率的な力配分だけではない。ソレを駆使したバランス感覚も相当な恩恵だと言える。

 ソードウルフが如何に巨体といえど、頭のような小さな部位の上で立ち回るのは相当なバランス感覚がいる。

 逆に言えばそんなことが出来る者は限られているので、虚を突けるというわけだ。

 今回は思惑通りに一切の反撃を許さずに殲滅する事が出来た。


 超振動ソードG2の高速戦闘時の収納、取り出しもコンバットフィジカルで得た力配分の恩恵あってこそだ。

 昨日までのように勢いよく叩きつけるにはしっかりと力を入れて握りこまないといけない。

 でもコンバットフィジカルの絶妙な力配分のおかげで力みすぎず、かといって衝撃ですっぽ抜ける事もない。

 力任せに握っていては収納したあとにワンテンポ動作が遅れてしまうのだ。


 流れるように美しくトリッキーに動けるようになったボクにとって、ソードウルフ程度では相手にならない事がわかった。

 次はファングアントで実験だ。







◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆







 発見したファングアントはなんと2体いた。

 ファングアントが単独でいないなんて初めて見たよ。

 でもエリーナに聞いても探知できる範囲でのファングアントはこの2体だけらしい。今日はファングアントが少ないようだ。

 仕方ないので2体を相手にする事にした。すでに上を取れているので、奇襲をかけることも出来るし問題ない。


 ファングアントはBHG-77を弾いてしまうほど硬い甲殻を持っている。

 でも超振動ソードG2の斬撃を数回繰り返せば切断は可能だ。

 とはいっても甲殻の隙間というものはちゃんと存在している。

 ファングアントもその辺は理解しているようで、隙間を狙えないように動いてくる。

 力任せだった昨日は難しくて甲殻を何度も切りつけて、6本の足を順に切断して行動不能にしたけど今日は違う。


 1体目のファングアントは上から奇襲をかけて頭部と胸部の隙間に刃を差し込み一気に切断する。

 頭部が転げ落ち、これで1体目は終了。


 すぐに気づいた2体目が6本の強靭な足を駆使して突進を仕掛けてくる。

 乗っていた1体目を蹴り、半回転しながら突進を躱すのと同時に背後から後ろ足の隙間を的確に突き、切断する。


 2体目が少々バランスを崩しながらも、1体目の死骸を豪快に押し上げる突進を止めこちらに向き直る前にもう1本隙間から刃を侵入させて切断する。

 ファングアントはかなり大きい。

 ボクがいくら小さいとはいえ、身長は1メートル以上はある。きっとある。

 そんなボクが接近した際に少し視線を上にしないと、ファングアントの上の方が見えないくらいにはこの蟻は巨体だ。

 そんな巨体なので体重も相応にあるだろう。

 しかしすでに片側の半分以上の足を切断されてしまったためにうまく動けなくなってしまっている。


 移動はできなくてもまだ足は動くし、強靭な顎は恐ろしい。

 でも単純作業だ。

 ボクを引っかこうと必死に動かす足の隙間を的確に捉え順に切断していく。

 完全に動けなくなったところで甲殻の上に乗り、1体目と同じように頭部と胸部の隙間に刃を侵入させれば終わりだ。


「目標の完全な沈黙を確認しました」

「ふぅ。全然問題ないね」

「さすがです。マスターエリオ」

「えへへ」


 昨日よりもずっと簡単にファングアントを倒せる事に気をよくし、移動しながらファングアントが多い場所を探す。

 もちろん途中途中でソードウルフやウォッチスパイダーはついでとばかりに殲滅していく。


 しかしどうして今日はこんなにファングアントがいないのだろうか。

 何かあったのか、それともただの偶然なのか。


「マスターエリオ。ファングアントを発見しましたが、かなりの数です」

「えぇ……。ってことは何かあったってことか」

「原因が判明しました。

 大型ヴァリアントの護衛をしているようです」

「ごえい……?」


 護衛って……。

 それよりも大型のヴァリアントだ。

 ボクは今まで小型から中型に分類される3種類しか相手にしたことが無い。大型は初めてだ。


「大型ってどんなヴァリアントなの?」

「名称『ビッグフォートレス』。種別要塞型。

 体内に中型までのヴァリアントを搭載する事ができるヴァリアントです。

 全長約150メートル。亀型のヴァリアントで甲羅部分に巨大な砲塔が多数存在しています。

 防護フィールドも強固で、その性質上中型ヴァリアントを内部外部問わず大量に侍らせています」

「えっと……。無理だよね?」

「現状での戦闘はかなり危険が伴います」

「だよねぇ。別に倒さなきゃいけないわけでもないし、戻ろうか」

「ビッグフォートレスを中心に妨害電波が発生しているようです」

「え……」


 じゃあ何? ソイツ倒さないとネットワークに接続できないの?


「そい……わわ……地震?」

「マスターエリオ、ビッグフォートレスの移動振動です」

「150メートルの要塞亀だもんね……。そりゃ動けば小さい地震が起きてもおかしくないか」


 これは無理だろう。

 動くだけで小さな地震が起こるようなやつ相手に戦えるとは思えない。

 それに中型のヴァリアントが大量に近くにいるようなやつだ。今のボクじゃとてもじゃないが無理無理。


「研究所の方には向かってないよね?」

「むしろ離れていくようです。ですが妨害電波はかなり強力なようで相当な範囲に及んでいるようです」


 じゃあ当分はネットワークに繋げないのか。

 でもこのまま進んでいくという保障もないんだよね。いつかはなんとかしなきゃいけないのかも。

 あぁでも亀とは逆の方に進めばネットワークと接続するには問題ないのかな? どこまでいけばいいのかわかんないけど。


「とりあえずは戻ってソードウルフとか狩ろうか。単独のファングアントを見つけたらそっちを優先って感じで」

「承知しました」


 結局亀を見つけてもボクのやる事は変わらない。

 ファングアントを倒した方がヴァリアント素材の回収は効率的だけど、いないならしょうがないし群がってるなら危ない。

 ソードウルフはまだ大量に3体1組で哨戒してるみたいだし、そちらを狙おう。



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