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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
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小さな願い

作者: 小林 小鳩
掲載日:2014/08/15

 空はひたすら馬鹿みたいに青すぎて、窓を開けると熱気を孕んだ風が入ってくる。ベランダでひっくり返ってる蝉をサンダルの先で突くと、けたたましい羽音を立てて飛んでいく。今日はのんびり出来そうにもない。

「おい、そろそろ起きろよ」

「ちょっとカーテン閉めて、まぶしい。大体熱風しか入ってこないじゃん」

「カーテン洗いたいんだよ。ほら、いい天気だし」

 とりあえずもう起きなよ、と拾い上げるように足首を掴むと、くすぐったいと足をばたつかせて僕の手を振り払って、枕をぎゅうと抱えて身体を丸める。

「タオルケットだけはあげるから、枕カバーだけ洗わせろよ」

 そう言うと折れて、タオルケットを丸めて抱え込んで顔を埋めて、また寝てる。これは寝てるんじゃなくて、寝たふりをし続けてるだけだな。枕カバーを回り始めた洗濯機に放り込んで、枕を窓の外の手すりにかける。いい天気だな、とちょっと空を見上げてみる。

 昨日の夜中、いきなり家にやってきた。泊めてって言って、勝手に部屋に上がって、何にも言わずに寝続けてる。何度も鳴ってる携帯電話の呼び出し音も無視し続けてる。いつものことだから、こっちもあえて理由は訊かない。だってその内、君の口から嫌というほど聞かされるから。

 君は1人じゃ居られない性質なんだ。

 どうしようもない女と付き合ってすぐ別れたり、出会ってすぐの女とやって後悔しては、僕のところに転がり込んでくる。1人の女と続いたためしがない。気の向くままにふらふらとつまらない恋を簡単に燃え上がらせては、すぐに飽きて燃え尽きる。そのくせ人一倍傷つきやすくて、その穴を埋めるためにまたすぐに誰かと繋がろうとする。つまり、誰かがいなきゃ生きていけない。

 どうせ今回だってそうなんだろう。その度に僕は密かにずっと用意していた優しい慰めの言葉を君に与える。お菓子の家に棲む魔女が迷い込んできた子供に、甘いお菓子を山ほど食べさせて太らせてから食べるみたいに。


 ベッドサイドに座ってカーテンのフックをひとつひとつはずしながら、君のことを横目で見る。寝返りをうつ度にするりと髪の毛が流れる。手に残る君のくるぶしの感触。不自然にならない程度に君に触れる機会を、僕はいつでもうかがってる。

 洗濯機と蝉の声が混ざりあって部屋中に鳴り響いて、テレビを点けても何も聞こえない。うるさくて寝てらんねえって君は起き上がって、反対側の端からカーテンフックを取り外す。

「……なあ、マキの結婚式の招待状届いた?」

「ああ、出席で出したけど、おまえはどうすんの?」

「……行かねえよ。だってどうせサークルのやつらみんな来るんだろ。知ってんじゃん、みんな。俺がマキと付き合ってたの」

 惨めなさらし者にはなりたくねえよ、と君は吐き捨てる。

「僕も一緒に行くからさ、同窓会だと思って披露宴だけでも出れば」

「えー……。俺と付き合ってた女は他にも来るんだろ。修羅場に招待するなんてあいつも意地が悪いよな」

 外し終わったフックをテーブルの上に置くと、君はまたタオルケットを抱えて壁側を向いて寝転がる。なるべく顔を見ないようにして君の横に座って、頭をぐしゃぐしゃと撫でる。

「こんなのすぐに笑い話になるよ」

「……そうかな」

 とりあえずこうやってそばに居れば良いんだ。ただ誰かにそばに居てもらいたいから、1人で落ち込みたくないから、君はここに来る。僕はそこに付け込んでる。だってこれが僕が出来る最大限の努力だ。

「なんかばたばたしてるとこに突然来て、悪かったな」

「全然。休みの日に1人で家の片付けしててもつまんないし、おまえといると退屈しないから」

 昼のニュースでは、陽炎の向こうに揺らぐ高層ビル群の映像が流れて、これからどんどん気温が上がって今年一番の暑さの記録を更新する見込みだって言っている。

「体温より高いって狂ってるよな」

「でもこんな日じゃなきゃカーテン洗えないし。……シャワー浴びてきたら? 僕も一段落ついたら浴びるし」

「……そうしようかな」

「汗かいたなら、Tシャツついでに洗っておくよ。この天気だから昼過ぎには乾くと思う。それまで僕の服着てて」

 衣装ケースから適当に掴んだTシャツを手渡すと、じゃあお言葉に甘えてなんて言いながら浴室へ向かった。

 着るものを奪って檻に閉じ込めて、なんて。想像するだけ。

 部屋に入ってきた君の胸倉を掴んで押し倒して、肩を抑えつける。突然のことに驚いて声も出せない様子の君の下着を脱がせようとすると抵抗して、必死で逃げようとする。足首を掴んで床を引き摺って馬乗りになると、もう抵抗するのを諦めたようで大人しくなった。さっき貸した僕のTシャツを剥いで、胸の上に舌を這わせると、泣き声が混ざったような声で小さく喘ぐ。

 ふいに君の携帯電話が鳴って、目が醒めた。ディスプレイに名前と写真が映し出される。口元でピースサインをして、カメラを覗き込むようににっこりと笑う女の子。そっか、今はこういう子と付き合ってるんだ。何十秒かその子の顔を眺めていると、呼び出し音は止んだ。

 君の恋人にはなれないってわかってる。僕は君が選ぶあの女たちのようにはなれない、それがわかってるから友達のふりをしてそばにいる自分が凄く惨めで。魔法使いになってお菓子の家の奥の檻に閉じ込めて、甘い蜜をたくさん与えて、いっそ君を食べてしまいたいって。

 「さっきから洗濯機、止まってない?」

 濡れた髪をタオルで無造作に拭きながら部屋に入ってきた君の声に、また醒まされた。

「あ、本当だ。終わったってアラーム鳴ったっけ?」

 洗濯機の様子を見ると確かに止まっていたのだけれど、洗濯が終わった訳じゃなくて、洗濯槽の蓋を締め忘れたたからすすぎの前で動作が停止していただけだった。ばたん、と蓋を思い切り閉めると、またゆっくりと低い音で洗濯機はうなり続ける。じっとりと汗をかいた背中にTシャツが張り付く。

 蓋が閉まってなかっただけだったよ、と何でもない顔を作って笑いかけると。

「おまえって時々、困ったような顔して笑うね」

「そう?」

「うん、そう」

 君は少し目を伏せて、いつもみたく照れたように笑ってた。僕が抱いてる欲望なんて、全く関知してない君。お菓子の家の本当の企みが知れてしまったら、逃げられてしまう。

 君はテーブルの上の携帯電話を手に取ると、じっとディスプレイを見つめてる。

「あのさ……」

「ん?」

「いや、あの……昼飯、俺コンビニ行って何か買ってくるよ。泊めてもらったお礼に奢る」

 君は何か言い淀んで、携帯電話と財布を掴んで外へ出て行った。きっと、あの子に電話するんだろう。


「やっぱりさ、もう2、3日泊めてもらってもいい?」

 コンビニから戻ってきた君は、僕から目を逸らすようにテレビから目を離さない。

「別に構わないよ。昼間は仕事でずっといないし、帰りも遅いし。自由に使って」

 少し前に同棲始めたとか言ってたけど、やっぱり長続きしなかったんだな。

 彼女と喧嘩したのか? なんて野暮なことは口には出さない。僕があれこれ干渉して来るのを君は望んでないのを知ってるから。仕掛けに獲物がかかるのを待つように、君の方から飛び込んで来るのを待つ。

「束縛するな独占しようとするなって言うから自由にしてやったら、今度は寂しいとかもっと構えって怒るし。他の女と呑みに行っただけで怒るし。女から結婚式の招待状が来ただけで怒るし。訳わかんねえよ」

 ほら、来た。君はいらついた様子でプラ容器の中のとろろそばを割り箸でぐるぐるとかき回してる。

 僕だって本当は、君の彼女たちみたいに、わがまま言って君を困らせて独占して愛されたい。もっと奥まで触れたい。少し灼けた腕に首筋に噛み付きたい。僕に犯されて喘ぐ顔が見たい。頭の中では何度もそうしてる。

 でも現実には許されないから、お菓子の家に君が入って来るのを待つだけ。彼女と別れる度、心配してるふりして本当は喜んでる。元カノの結婚式で傷ついている君を見たい。砂糖衣がかかったお菓子には本当は毒が入っている。

「遅くなるから先にメシ食って寝てろって何度も言ってんのにさ、『おなか空かせて待っててあげたのに、どうして早く帰ってきてくれないの』だって。自分で勝手に待ってたくせにヒステリー起こして」

「……おまえは悪くないよ。いくら善意でも"してあげてる"って態度が見えるとむかつくよな。勝手に尽くしたくせに見返り求めてくる方がどうなんだって思うよ」

 僕は笑って君に甘い蜜を与える。

「本当に行くとこなくなったらさ、ウチに転がり込んできてもいいから」

 その言葉に君はゆっくりと顔を上げて僕の顔を見て、また目を逸らすように俯く。

「おまえだけはさ、絶対俺のこと責めないよな。俺がどんな女と付き合ったって、人の女に手を出したって、おまえはいつも……」

 投げやりなことを言う時の深く沈んだ目つき、その目がたまらなくいい。その顔が見られるのを僕は待ち望んでた。

 もっと惨めな思いをすればいいのに。もっと傷ついて、立ち直れないくらい打ちのめされればいいのに。そしたらきっと君は僕に慰めてもらいに来るんだろう?

 どうしようもない君のこと全部受け入れて、何があっても君の味方でいるのは僕だけだってこと、僕たちはずっと一緒にいなきゃいけないこと、君にわからせなきゃ。この願いは正しくないってわかってる、でも。

 永遠に僕の恋人にならないのならせめて。君が周りの人間全員から見放されて辛くて寂しい思いをして苦しんでいるところに、そっと手を伸ばしたい。君がもっともっと立ち直れないくらい不幸になってしまえばいいのに。そんな想像を何度も繰り返してる。

「……ほんとに転がり込んじゃおうかな。おまえが会社に行ってる間、俺が家事やるからさあ。おまえと暮らせたら、きっと楽しいだろうし。馬鹿女みたく変な嫉妬もしないし」

 やかましすぎる蝉の声に、掻き消されそうだ。体温よりも暑い空気が目の前を歪ませる。いっそ醒めるなら、早く醒めてしまった方が。

「おまえが女だったら良かったのにな」

 洗いたてのカーテンが窓辺で湿った風に煽られるのを眺めながら、小さな願いを胸に宿す。あと何週間かすれば聞こえなくなる蝉の声。青すぎる空は、ひたすら気温を上げていく。

 君が僕なしじゃ生きていけなくなればいいのに。そうすれば、君は僕だけのもの。

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