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短編集

おかしなわたしたち

作者: ゆきびし

 わたしの学校は基本的にみんなおかしい。

 田中くんは鉛筆で物を切るし、鈴木さんはランドセルで空を飛ぶ。

 森くんは割り箸を使って歩くし、佐藤さんはサッカーボールで音楽を奏でる。

 そんなおかしな連中のなかで、わたしが一番気になるのは山田くんだ。

 山田くんは普段こそ影が薄くて地味でなんの面白味も存在感もない没個性の糞野郎だけど、彼のそれはわたしのハートを射止めるには充分すぎた。


 それはある日の音楽の授業だった。

 高橋先生の思い付きで、歌でもピアノでもなんでもいいから一人一曲演奏することになった。上手ければ評価は最高点。下手ならもちろん最低点。実力主義の世の中だ。世知辛いね。生きてて辛い。

「わたしの出番ね」とここぞとばかりに張り切る佐藤さんは、持ち前のサッカーテクニックで見事ベートーベンの『運命』を演奏しきった。だがわたしに言わせれば、半音ズレている箇所が何度かあって聴くに堪えるものではなかったけど。

 順番が回っていよいよ山田くんの番になった。

「ぼくが作った曲ですが、みんな熱くなれると思います」

 アルトリコーダーを持ち、じめじめと暗い顔をしているその姿からどんな熱い曲を聴かせてくれるというのか。カビ生えそう。

 そして演奏が始まった。彼が力いっぱいリコーダーに息を吹き込むと、リコーダーの穴から火が吹き出た。めっちゃ出た。

 その勢いは教卓から向かいの壁まで一直線。幸い、人と人の間だったから燃えた人はいなかったけど、渡辺くんのアフロが半分消えたのは致命的だった。今後は渡辺くんの存在感が半分以下になってしまう。魅力激減。最低。

 突然のファイヤービームにみんなはあんぐりしていたが、山田くんはいまもなお笛吹きもとい火吹きにエキサイティング中。指穴が開く度に火がこんにちはし、一直線に突撃していってはまたこんにちはの繰り返し。火が消えることはなかった。

 演奏中の山田くんは普段じゃ到底お目にかかれないほどの形相をしていた。目は血走り髪は逆立ち、顔も手足もおっかないほどに赤く染まっている。

 そしてなにより、山田くん自身が段々燃え始めていた。

「山田の奴燃えてんぞー!」

「やべー! 山田やべー!」

「お前ら落ち着け! いま加藤を呼んでくる!」

 高橋先生が念力で他クラスから加藤くんを引っ張り出す間も、山田くんは炎上なんて気にすることなく演奏に浸っていた。あんた、男だよ。

 まもなく到着した加藤くんによって、山田くんは無事鎮火した。ついでに山田くんの演奏も丁度終わったようだ。

「聴いてくれてありがとうございました」

 髪も目も全てが元に戻り、山田くんは深々とお辞儀をした。

 そして拍手の嵐が沸き起こった。

「ブラボー!」

「こんな演奏初めて!」

「すてきよー!」

「おれの髪を返せ!」

 ちなみに、メロディは一度たりとも聴こえなかった。


 そして次の日、わたしは山田くんに告白した。

「あなたの情熱に惚れてしまいました付き合ってください」

「いいよ」

 そうしてわたしたちは恋人同士になった。

 もう一生離さない。


 普段は希薄な山田くん。だけどひとたび笛を吹けば火も吹く山田くん。そのときの圧倒的な存在感はアフロ渡辺の五万倍ある。

 そんなギャップが愛おしくてたまらない。

「山田くん、かーえろ!」

「いいよ」

 今日も二人だけの帰り道。この至福のひと時がたまらない。

「ねえ山田くん。ふと思うんだけどさ」

「うん」

「わたしたちの学校って、生徒も先生も皆おかしいよね」

「うん」

「山田くんも結構おかしいし、ほんとおかしな人ばかり」

「そんな、きみも大概おかしいよ」

「え?」

 わたしの学校は、基本的にみんなおかしい。

 でも、わたしがおかしいだなんてありえない。だって鉛筆も箸もランドセルもちゃんとした用途で使っている。笛吹いたって火も吹けないのに、なんで、どうして。

「どういうこと? わたし、どこからどう見ても普通じゃない」

「だってきみ、死んだはずじゃん」

「そうだっけ?」

 記憶にございません。なんだこいつ頭おかしいんじゃないの?

 わたしの思っていることが読み取られたのかそれとも顔に出てたのか、山田くんは丁寧に説明してくれた。

「二年前に事故で亡くなったじゃん。それでみんな大泣きしてたよ。なのに次の日なにもなかったかのように登校してんだもん。みんな、涙返せって訴えてたじゃん」

 記憶にございません。なんだこいつ頭おかしいんじゃないの?

「じゃあわたしは死んでないんじゃない? きっと人違いでしょ」

「いやいやきみ以外にいないよ。きみの両親だってわんわん泣いてたじゃない」

「記憶にございません。なんだこいつ頭おかしいんじゃないの?」

「ついに思ってること口に出したねきみ」

「だってママもパパもお兄ちゃんもブラウニーちゃんもクラスのみんなも普通に接してくれてるよ?」

「だからおかしいんじゃない。死んだはずなのに平然と生活してんだもん」

 今度ママに確認してみよう。本当にわたし、死んだのかしら? 違ったらこいつを坊主頭にしてやろう。

「それにきみ、足元見てよ」

 言われて下を見る。別になにもない。

「なによ、普通じゃない」

「いやいや足が幽霊みたいになってるのがおかしいんだって」

「普通じゃない?」

「普通足あるから。やっぱりきみもおかしいんだねえ」

 腹立つ。自分だってひょっとこみたいなくせしてなにさ。糞野郎が。

「でもまあ、きみのそんなところが好きなんだけどね」

 腹立つ。そんな顔でかっこいいこと言っちゃってなにさ。男前が。


 わたしの学校は基本的にみんなおかしい。

 石田くんはシャボン玉を机代わりにするし、山本くんは枕を宙に浮かして寝る。

 山田くんは笛で火を吹くし、わたしは死んでも生きている。認めたくないけど。

 でも、そんなおかしなところがあったから、わたしは誰かを好きになれたのかもしれない。

 ああ、恋するって素晴らしい。生きててよかった。


 いや死んでるけど。

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